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SPB02 ストーリー

 SPB02 ストーリー

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 SPB02 ストーリー

嵐、ふたたび

台風一過。
晴れ渡る秋の空の下、キョウト支局は穏やかな一日を過ごしていた。
「いやー、今日はいちにち、暇でいいねぇ・・・」
局長代理の平朔太郎が、熱めのお茶をすすりながら思わず呟くと、
「全くです。平和が一番です」
と、平から今年教官を継いだ高千穂律が受けて答える。

超未来科学技術をもつトリトミーとの交流により、
異世界とのゲート開通を、ある程度制御できるようになった現在のセプトピア。
悪意ある使者の侵入はめっきりその数を減らし、
その緊急対応組織であるALCAの存在意義も変わってきている。

「だよねぇ。使者の襲来でもないのに、緊急出動で二晩徹夜とか、ホント勘弁してほしい」
「まあいいじゃないですか、お陰で人命にかかわる被害は無かったんですから」

使者と合体した定理者たちは、使者固有の様々な特殊能力を行使することができる。以前なら主に「戦闘」、つまり侵入した使者を撃退する戦力として期待されていた。

「いやー やっぱ聖那のパワーは役に立つわー
ゴリラ顔負け、ブルドーザーも形無しだったじゃん?」
「局長代理、声大きいですよ」

阿修羅と合体した聖那は、身体能力が大きく向上、特に全身の筋力強化は目を見張る。
宙を舞う4つの拳を自在に操りながら、強大な一撃を放つ天性のアタッカーだ。

「ゴリラでわるぅございましたね!」
「うわっ」

いつの間にか、その聖那が局長席の後ろに来ていた。
揺音聖那。キョウト支局の定理者チームリーダーであり、いわば前線指揮官。
キョウトを舞台にした数々の事件に、常に先頭に立って解決にあたってきた。
その彼女も、最近は天災や事故の現場に派遣されることが多い。

「いやいや聖那ちゃん、お兄さん褒めたつもりよ?」

実際、大活躍だったのである。
台風が連れてきた大雨と、直下型の地震がとある山際の町を直撃。
脆くなっていたトンネルが崩落、バスが生き埋めになりかけたのだ。
ALCAは警察の下部組織として、こういった事故の情報も受け取っている。
事態を重く見たキョウト支局定理者チームは、待機していた聖那を現場に至急派遣。
阿修羅と合体した聖那は、周囲を飛ぶ四つの拳を自在に操り、瓦礫を砕き、弾き、取り除き。
見る見る間にトンネルへの道を拓いたのだ。

「聖那~おかえり~」
と声をかけたのは、同じ支局員で定理者のノエル。
盟約者の政木狐は3本の尾を持つジスフィアの狐妖だが、今は普通の狐の姿でノエルの膝に乗り微睡んでいる。
「聖那ちゃんががんばってくれるから、もうおねーさん安心だわあ」
「ノエルさん・・・」
ノエルは既に、今年いっぱいでALCAを離れると宣言している。
元々遊び好きで奔放な彼女のこと、強制招集が無くなった今、彼女を縛りつけるのは酷と言うものだ。
「合体できなくなっても、別にマサキさんとお別れってわけじゃないしね」
と言って政木狐の頭をなでる。
狐はくぅと気持ちよさそうに声を上げる。
そう、定理者として活躍できる時間には、タイムリミットがある。
20歳を過ぎると、だんだんと合体の能力が衰えていく。
それは若く柔軟な精神でなければ異世界のロジックを受け入れられないからだ、
とか言われているが、本当のところはわからない。
まだ研究が追い付いていないのだ。
「来週末は、キヨミズでジゼルのライブでしょ? みんなで行こうね!」
聖那の相棒として数々の事件を解決してきたジゼルは、今ここにはいない。
待機任務のない時は「アイドル兼定理者」「使者と合体できる唯一のアイドル」として芸能界に復帰、アイドルとして再び売り出し中なのだ。
それが許されたのも、使者襲来の危機が去ったから。
平和が一番。改めてそのことを噛みしめる一同だったが―

鳴り響く警報。
「大変です! キョウト駅を中心に、大型の逆理領域が発生!」
オペレータの声と前後して、外出していた五条奏からも
「空が! 異常な雲が・・・雷で!!!」
いつも無口気味の奏にしては珍しい、悲鳴の様な声で報告が入ってきた。

キョウトの平和な一日は終わりを告げ、事態は風雲急を告げていた。

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  • アシュリー・ブラッドベリ & アストライアー

     アシュリー・ブラッドベリ & アストライアー

     アシュリー・ブラッドベリ & アストライアー

    アシュリー・ブラッドベリ & アストライアー

    『やっぱり、あの子が来たわね。占うまでも無かったわ』
    「そうですね。私も、そう思っていましたわ」
    ピラリ学園生徒会副会長。5年Sクラス、アシュリー・ブラッドベリ。
    小柄な彼女だが、実はけっこう着痩せするタイプ。定理者として最前線で活躍していたときは、そのプロポーションと一生懸命な様子、そして(彼女自身は気にしているが)鼻の上のそばかすがチャーミングで、ALCA職員の間でも人気だった。
    彼女の横にいる、こちらも小柄な眼鏡の少女。アシュリーと盟約したテトラヘヴンの使者で、善悪を司る天秤を持つ星乙女のアストライアー。ちなみに彼女の元体は、プラネタリウムに行けば「乙女座」の姿で見ることができるだろう。
    彼女たちの視線の先にいるのは、2年Sクラス、ニーナ・アレクサンドロヴナ。エキジビションマッチ・低学年の部の優勝者だ。

    実は、アシュリーとニーナの経歴は似通っている。
    もともと図書館に一日中籠もっていたい文学少女だったアシュリーも、ある時、定理者の資質に目覚め、当時の法律に従い強制招集を受けた。幸い、何人もの使者との盟約に恵まれ、様々な事件の解決に尽力することができた。
    ニーナも同様に、資質に目覚め、強制招集を受け、数々の修羅場を超えてきたと聞いている。
    そんな二人が今、同じ様にこのピラリ学園に通っている。

    アシュリーとニーナは学年が違うものの、実は図書館でよく出会っていた。
    アシュリーが主に読んでいるのは西洋文学、特にファンタジー小説、あるいはその元になる背景世界を教えてくれる歴史や教養本だったが、ニーナの方は主に理系、天文や物理の難しい専門書の棚に用事があったようだ。だから出会うと言ってもすれ違いばかりだったが、彼女が本を探していた時、図書館中の棚を把握していたアシュリーが手伝ったこともある。一方アシュリーがアストライアーにせがまれて天体望遠鏡の据えられた天文室に赴いたときは、ニーナに案内してもらい、星を見せてもらった。
    ニーナがこの学園に来てからのあれこれは、昨年卒業していった森ヶ谷夕子先輩から少し聞いている。傍目にもALCAに戻りたくて仕方ない様子が見えたが、良い友達に恵まれたのだろう、今はこうして学園に残ることを決めたらしい。
    一方のアシュリーは、この学園に編入された当初から学生生活を楽しんでいたから、そこはちょっと違う。でもそれ以外は、確かに似ているかもしれない。
    「でも、私はこれでも3年先輩、お姉さんですから」
    『自信があるの?』
    「さあ、どうでしょう。アストライアー、貴女の占いではどう出ていますの?」
    『自分のことはわかりません。わかっていて聞いているでしょう』
    「ふふっ」
    アストライアーは、星の運行から人の運命を読み取る力を持つ。とはいえ、それは本来の世界・テトラヘヴンでのこと。このセプトピアの星空は故郷と全く違うし、そもそもこの世界に適応した身では、人を超えた力は使えない。
    『でも、この戦いもアシュリー、あなたとあの子、ニーナにとって大事なものになる。星がそう言っている気がするわ』
    「なら、がんばらなくちゃね」

    体育祭は、いよいよ最後の競技を迎えていた。
    ここまで、紅組と白組は点差が大きく開くことも無く、鍔ぜり合いを繰り広げてきた。
    午後の目玉であった「大・騎馬戦」では、2年生ながらSクラスの橘弥生が軍師に就任。エースとも目されたニーナ・アレクサンドロヴナをあえて出場させず温存。しかしその他の騎馬たちを巧みに運用。どこから持ってきたのか軍配を右に左に振って巧みな作戦指揮を執れば、対する紅組は桐谷華凛率いる「くの一騎馬隊」が遠方から弥生の指揮を盗み見ていち早く対策を打つ情報戦を展開。非常に見どころのある戦いとして、来賓一同からも高く評価され、映像ソフト化の要望も高いと聞く。
    そして今。
    森や川、池なども見え隠れする「特別訓練場」に、二人の生徒が進み出ていた。

    「いよいよ! エキジビションマッチ最終戦が始まります!
    この戦いは、高学年より使用される、より実戦に近い地形を反映する特別訓練場にて実施されます。低学年のニーナ選手にとっては、アウェーの環境となりますが、大丈夫なのでしょうか。解説の神楽先生?」
    「まー だいじょうぶだろー」
    「はい、いつもの適当なコメント、ありがとうございます!」

    エキサイトする実況と共に、特別訓練場に設置されたカメラが二人を捉える。
    だが今回のカメラワーク・スイッチワークも生徒がやっているためか、ちょっと切り替えが遅く、観たい絵が見えてこない。
    「もう! もっとニーナちゃんの表情を映して!」
    紅組も白組もごちゃまぜで集合した2年Sクラス一同応援席。みな、かたずをのんで画面に見入っている。
    「へっへーん そんなこともあろうかとー。合体!」
    一同の中にいた、京橋万博が盟約者のセレン・リサーチャー013と合体する。
    「ちょっと万博さん! 何する気ですの?」
    「あたしもこの一年、何も進歩しなかったわけじゃあないっすよ。
    なんと! 驚け! 遂に!
    爆発しないタダの探査プローブが出せるようになったっす!」
    「ええー!」「万博ちゃん凄い!」「まーちゃんやるう!」「それは驚きましたわ!」
    「えっへん!」
    『私としては、これで驚かれる状況に忸怩たるものを感じます』
    盟約者の嘆きをよそに、爆発しないタダの探査プローブ、つまり偵察ドローンは空に舞い上がり、ニーナの戦いの一部始終を追う位置に就いた。

    「それではッ エキジビションマッチ最終戦!! 
    高学年の部優勝、紅組5年Sクラス、アシュリー・ブラッドベリ選手!
    VS
    低学年の部優勝、白組2年Sクラス、ニーナ・アレクサンドロヴナ選手!
    いざ尋常に、始め!!!!」
    妙に時代がかったアナウンスの合図が終わるか終わらぬか、二人の少女はお互いに携えたフォーリナーカードを高く掲げ、叫ぶ。

    「「ゲートアクセス・テトラヘヴン!!!」」

    奇しくも二人が選んだのは同じ神聖世界・テトラヘヴンの盟約者だった。
    黄緑のアカデミック・ドレス、所々を飾る星のアクセサリー。被った帽子は角帽に似て、その姿はあたかも星の世界の可憐な研究者。
    アシュリーと、星乙女アストライアーの合理体である。
    「アストライアー、星詠みを!」
    そう。確かにこの世界に適応している間は、アストライアーも超常の力を使う事は出来ない。だがアシュリーと合体した今なら違う。この世界の星を読み取り、人の宿命を写し取る。戦いにおいて、相手の動きが事前にわかる事の有利さは、言うまでもない。
    「―そう来ると、思っていました!」
    星詠みに備え、周囲に星型のアドバイザー・星の子を呼び出したアシュリーが見たのは。
    天使騎士団団長ミカエルと合体、光の六枚羽根を輝かせ、こちらに向かって一直線に、最速の踏み込みでレイピアを突きこんでくるニーナの姿だった。
    『名誉挽回、私のレイピアの冴え、今度こそ!』
    鋭い鋭い連続攻撃。
    思わずたたらを踏むアシュリー。かわせているのが自分でも不思議なぐらいで、とてもとても星詠みをしている暇など、ない。
    『星乙女が未来を読むというのなら―』
    「―その間を与えなければいい!」

    凄いな、と思う。
    もう疲れているだろうに、しんどいだろうに、そんな事は表情のどこにも見せず、ひたすらに鋭く剣をふるう。彼女はなぜ、ここまで戦えるのだろう?
    単純にそんな、興味が湧いた。

    「トランスチェンジ」
    星の子たちを束ね、ニーナの目の前に出し囮にして一瞬。
    ニーナが再び突きこんだレイピアの切っ先は、
    「えっ!?」
    盾のような、緑のブ厚い何かに反らされ空を斬った。
    かわいい、と何処かで誰かが叫んだ気がする。
    トランスチェンジを経て、モノリウムの使者・巌のジェイドと合体したアシュリーは、緑の着ぐるみを被った様な姿になっていた。彼女の頭の上に、半開きの大きな目がユーモラスなぬいぐるみの頭が乗り、まるでぬいぐるみの怪獣に食べられたみたいな様子だ。
    全体的にずんぐりむっくりで、とても戦いに向く姿には思えない。
    (でも・・・ モフモフ・・・ いけないいけない)
    散りそうな気持ちをしっかり束ねなおして細剣を握る。しかし。
    『くっ・・・これではっ』
    アシュリーの要所要所を装甲が守り、くるりとした曲線がレイピアを逸らしてしまう。さらに。
    「ええーい!」
    アシュリーが力任せにふるうのは、これまた巨大なハンマーだ。ジェイドの元体は大きなトカゲだが、その前脚を模した、太く重い一撃。
    ミカエルと合体したニーナにとって、この大振りのハンマーをかわすことは難しいことではない。
    しかし掠めただけでもその威力と重さを風圧が伝えてくる。危険な攻撃だ。ミカエルの大楯で受け止めても、そのまま身体ごと持っていかれてしまうだろう。
    ならば。
    「トランスチェンジ!」
    『まっかせて!にゃあ』
    今度はニーナから。午前中同様に、大振りの攻撃をかわすと同時にモノリウムの使者・闘舞のアイシャにチェンジ。得意の超近接戦に持ち込む。こう言っては失礼だが、
    『さっきの相手に比べたら、楽な相手にゃあ』
    弥生の如意棒に比べ、威力は上だが振りは大きく、スピードと回転力に欠ける。隙は見えている。
    「はっ!!!」
    空いた脇腹に掌底を叩き込む。が。
    ぶにゅっ
    「『え!?』」
    不思議な手ごたえが伝わる。
    「ニーナさん、それはあんまり効かないですわ」
    と、アシュリーが笑みで答える。そう。アイシャ自慢の大掌底、そこから伝わる浸透勁も、ふわふわ~もこもこ~の着ぐるみボディが吸収、拡散してしまい、効果的な一撃にならないのだ。
    「それならっ!」
    アイシャの舞闘術はそれだけではない。素早く切り替えると、今度は足元を狙い鋭い蹴り。更に回って旋風脚。繋げて腕の金鎖分銅を使い、敵の攻撃を封じつつ、相手のバランスを崩すことを狙う。投げ技が決まれば相手の重そうな身体がそのまま攻撃になるし、いっそ金鎖による締め技だって選択肢だ。これならふわふわもこもこも関係ない。
    巻き付いた金鎖をアシュリーが掴み返す。力で抵抗。鎖がぴん!と伸び、一瞬の静止。
    「トランスチェンジ!」
    え、と思った次の瞬間。
    今度はアシュリーがトランスチェンジ。見せる姿は豪奢な和装。これを大胆に着崩し肩から胸元をはだけさせ、頭上に深紅の角をきらめかせる。ジスフィアの鬼女・艶鬼との合体だ。
    「ええいっ!」
    そのまま、掴んだ鎖をぎゅいと引く。ジェイド以上のパワーに、抵抗すらできず引きずられるニーナ。そのまま背中からアシュリーの胸元に抱き込まれてしまう。
    『まぁ、かあいらしい子猫ちゃんやね。ふふ、頭から食べてしまおか』
    本気かウソかよくわからない艶鬼に苦笑しながら、アシュリーはそのままニーナをぐいぐい絞り上げる。技も何もない、鬼の膂力に任せたベアハッグもどきだったが、その力をもってすれば十分な脅威。
    「まだ・・・まだっ!」
    ニーナは柔らかい体を前に折り、次にぐいっと後ろに勢いよく反らす。
    「うわあ」
    彼女の後頭部が鼻にぶつかりそうで、思わず首をそらしたアシュリー。とっさのことで少し腕が緩む。もちろんそれを逃すニーナではない。
    「はあっ!!!」
    緩んだ腕をつかみ、鉄棒の要領で上体を持ち上げ身体を抜く。そして今度は、畳んだ足を勢いよく後ろに叩きつけるカンガルーキック。見事脱出に成功する。
    『あらら、逃がしてしもうた』
    「いいえ、逃がしません!」
    キックの反動で地面に転がるのを、あえてそのままにして距離を取る。間合いを取ってくるり振り向くニーナの目の前に、突然現れたのは―
    『うー!』『やー!』『たー!』
    薄青の小鬼たち。
    「行きなさい!」
    アシュリーがぐいと腕を突き出せば、背後の何もない空間から、あれよあれよと湧いて出る。
    『だだだだだー!!!!』
    「こ、これはっ」
    艶鬼の力は、その鬼の剛力だけではない。魑魅魍魎たちをジスフィアから呼び出し使役する、鬼道もまたこなすのである。
    まるっこい外見にまんまるおめめ、これまた可愛らしい外見の小鬼たちだが、
    『うわー!』『わー!』『わわわわー!!』
    力が強い。そして数が多い。後から後からひっきりなしに湧いてくる。さらに。こちらの攻撃が当たっても。ふわり。拳が突き抜けてしまう!
    『な、なんにゃー!!!!』
    これには合体しているアイシャが恐れおののいた
    『なにこれなにこれなにこれ怖い!おばけー!!!!』
    「落ち着きなさい!」
    合体している相手の精神が乱れてしまえば、力も半減してしまう。でもニーナは諦めていない。

    『これはー 勝負ありましたわいなあ』
    「いいえ、そんなはずはありませんわ」
    小鬼たちに埋もれたニーナを、油断なくみすえるアシュリー。するとその期待に応えるごとく、光があふれた―!

    「アモル、あなたの力を見せて」
    『うん、ニーナちゃん!!』

    ぎゅっと握った手と手。
    次の瞬間、テトラヘヴンのキューピッド、アモルとトランスチェンジしたニーナは、白い天使の翼を広げ、まとわりつく小鬼たちを跳ねのけふわりと宙に浮かぶ。そして。更に 足元を掴もうとする魍魎たちを見下ろすと―
    『や、闇からあふれし、ち、魑魅魍魎たち! わ、私の愛の矢で、元いた場所に帰ってください!!』
    「―ロジックドライブ」
    降り注ぐキューピッドの矢。
    貫かれた小鬼たちは次々と、不思議に満ち足りた幸せそうな笑顔を浮かべ、塵になって消えていく。
    『こら、あきまへんわぁ。相性がわるすぎやん』
    もちろん、その矢が狙うのは小鬼たちだけではない。あらかたの掃除を終えた後、鋭く狙うは、無論アシュリー。
    「行きます!」
    こうなると今度はアシュリーの分が悪い。艶鬼のパワーが届かない空中から、苦手な聖なる矢をつるべ撃ちにしてくる。それなら。
    「それで手はありますわ。―トランスチェンジ!」
    今度は金色の光がアシュリーを包む。
    光の中に現れるのは、上品な貴婦人のシルエット。いやその姿は、金色の装甲に包まれた流麗なる機体。トリトミーに数多ある自律戦闘機械群、同型の機体が秒単位で大量生産される合理の世界にあって、それらを指揮する目的でワンオフで作られた高級機。
    『アシュリー、では戦闘指揮を』
    「はい、やりましょう!」
    ルカ・キャンドル237とトランスチェンジ。金の鎧に身を包んだアシュリーは、慣性コントロールを起動、ふわり体を浮かせ、ニーナと対峙する。
    「さあ行きなさい! シューティングビット! ストライクビット!」
    ルカの主な武器は、多様な戦闘用ドローン、ビットたちだ。
    シューティングビットは小口径ながらレーザーカノンを備え、敵を包囲し様々な方向から光弾を浴びせる。ストライクビットは空飛ぶナイフといった武器で、死角からそのまま猛スピードで突進、体当たりする。
    これらの攻撃を、ニーナはあえて低空飛行、森の木々を盾に、細かく鋭い機動でかわしながら次々弓矢で迎撃、さらに機を見てはアシュリー自身にも放ってくる。
    それを防御用に展開したバリアビットで受け止めつつ。
    『敵機の機動・攻撃速度は当初の予測を超えています。―しかし』
    「ええ、わかります」
    しばしの攻撃の応酬は、トリトミーの指揮官機たるルカに十分な分析の時間を与えていた。木々を見下ろす高空に占位しながら、ルカが呟く。
    『本来、未来とは我らトリトミーの代名詞。
    予知ではなく予測、データの蓄積こそが産む高度な計算による未来予測を、ご覧いただきましょう―
    ノクターンビット01、02、起動』
    「さあニーナさん、これはいかが?」
    ノクターンビットは静粛性・隠密性に優れたステルス機能を持つ攻撃ドローン。相手の未来位置と姿勢を予測し、予め死角に潜む。その場で定められた攻撃のチャンスを待つ。そしていざという時、獲物に向け鋭く光刃を放つのだ。
    「くっ!」
    突然死角から現れたビットの攻撃を、すんでのところでかわすニーナ。しかしそのため、大きく体勢が崩れるのが観客の目から見ても明らかだった!

    「ニーナちゃん!!」

    悲鳴の様な声が観客たちから上がる中、アシュリーはさらなる一手を放つ。手持ちの武器、レーザーナイフを変形、指揮棒のようなタクトへ。鋭く前へと振り下ろす。
    『「ロジックドライブ」』
    「トライコンセントレート!!!」
    全てのビットたちが十重二十重にニーナを取り囲むと、あらゆる角度から彼女を狙い、定め、撃ちこんだ。

    「こりゃあ・・・ダメっす・・・」
    「ニーナさん・・・」
    2年Sクラスの皆が宙を見上げ、モニターを見つめ、手元のタブレットに目を落としながら呆然とする中、しかしリオンは、指をぐいっと突き出した。
    「見て!!!! ニーナちゃんは、負けてない!!!!!」

    目を疑ったのは、まず攻撃を繰り出したアシュリーだった。
    攻撃の余波、宙に漂う煙が晴れた時、そこには黒と銀のスーツに身を包み、光の鍵盤を周囲に漂わせたニーナがいた。健在だ。
    「ニーナさん・・・!」
    『そんな! 私のビットの制御が、奪われた!?』
    すこしばかり煤のついた、しかし誇りに輝く顔をついと上げて、ニーナは微かに笑みを浮かべた。
    「今度は私の演奏を、聞いてください」
    じゃあん、流れる旋律が見えない糸となり、ルカのビットたちを絡めとる。
    『さあ、奏でよう! 即興だが私の新曲だ。聞き惚れるといい!』
    新たにニーナとトランスチェンジしていたのは、ルカと同じくトリトミー出身の使者、エメラダ・シンフォニー076。
    その正体は、意識をもった自律電子楽器の集合体だ。

    弥生が午後の競技全てからニーナを外したのは、体力の回復を図るため、だけではない。
    相手がアシュリーと分かったその時から、ALCAの広報局にアクセス。
    公開されている使者襲来時代のアシュリーの戦闘記録を把握、分析、その傾向を掴み対策を立てる時間に充てたのだ。
    特に、ルカとの合体により多彩なビットを操る戦術はやっかいで、隙が無い。一人で軍勢を相手にするようなものだ。
    『ならば、私の音楽をこの子機たちにも聞かせてやろう』
    それに対抗する手段を、ニーナの盟約者であるエメラダが有していたのはまさに僥倖と言えた。
    もともとビットは、周囲の状況を確認するセンサーと、探査情報と命令情報を母機とやりとりするための通信回線を、いずれも有している。
    そこに、エメラダからそのコントロールを奪うためのハッキング命令を音情報、つまり彼女の曲として流す。無論ルカのビットもハッキング対策は備えていたが、まさか音情報を解釈する過程でAIに誤作動をさせられるなど、想定にない事態だった。

    「凄いな、ニーナちゃん」
    ぽつり、改めて、アシュリーからそんな言葉がこぼれた。
    去年のニーナは、ALCAに一日でも早く戻るため、その実力を証明しようと明らかに焦り、あがいているところがあった。
    だが今、ALCAに戻ることを考えていない今、ここまで彼女を突き動かす、その力の源は、なんなのだろう。

    『素敵な曲―! ウフフ、アイドルとしては、この挑戦、逃げるわけにはいかないよー!』
    「トランスチェンジ!」
    ルカのビットたちが消え失せる。
    代わりにアシュリーの姿が再び輝くと、今度は大きな蝶の羽が広がる。
    『オッケー! 今日のサプライズセッション、行ってみよう!
    燃え上がれ、バーニングハート! ときめけ! ダズリングハート!』

    「わったしのココロは、バーニング! あなたの視線で、燃え上がるうー!」

    『私の即興曲に、歌詞を即興で付けて歌いだしただと!』

    「あなったのココロは、ダズリング! わったしの気持ちを、うっけとめってー!!!」

    アシュリーが今度トランスチェンジした盟約者は、同じくトリトミーのアイドルアンドロイド、シュガー・ディーバロイド741。
    ピンクを基調にしたアイドル衣装に身を包み、七色に輝く蝶の羽で歌い、舞う。
    「っ!!」
    ビットをハッキングできなくなったニーナは、このままエメラダの力を使って音響攻撃をするつもりだった。しかし驚いたことに、今度はアシュリーの方が曲を乗っ取ってしまう。エメラダの即興曲はまるで流行りのアイドルソングに。戦いはあたかも、アシュリーのライブ会場に変えられてしまったかのようだ。

    そんな中、間奏のタイミングでアシュリーがニーナにマイクを向ける。
    「ねえ、ニーナさん。私、知りたいことがありますの」
    「―何でしょう」
    「ニーナさん、あなたは何故、ここまで頑張れるの?」
    突然の問い。
    でも、ニーナに躊躇はなかった。
    「実力を、証明するためです」
    「誰に? ALCAに? それとも先生たちに?」
    「いいえ、いいえ」
    かぶりを振って、強く相手を見据えて答える。
    「私の― 私の大切な、大切な友達であり、ライバルである皆のために!
    私は、私の力を証明します!!」

    ニーナ自身はその力を、こういった競技めいた勝負の場で使うのは、ちょっと卑怯なのではないか、とも思っていた。使わずに済めばいい、と心のどこかで思っていた。
    ―でもそれは甘えだと、驕りだと今思い知った。
    持てる力の全て、全てを使わないと、この先輩には勝てない。
    そして私は、勝ちたい―

    「行きます」
    決意を視線に込めて、ニーナはフォーリナーカードを掲げる。
    「トランスチェンジ、リリアナ!」
    『ええ、ニーナ、存分に』
    超自然世界・モノリウムへのゲートが開き、ニーナの盟約者、貴純のリリアナを呼ぶ。
    たちまち合体。
    黄色と緑が花びらの様に折り重なったドレス。修道女にも似たベールが頭を飾り、しとやかな印象を強調する。が、大きく開いた背中にはあやしい色香すら漂わせ、見た目通りの手折られるを待つ道端の花ではないことを匂わせる。
    間を置かず、ニーナは花弁でできた杖を掲げ、高らかに宣言する。
    「遥かな未来への希望、輝く明日への祈りを、ここに」
    「『ロジックドライブ』」
    「花園の祝福!!!!!」

    その技に、刃はない。その技に、破壊はない。
    ただただ、静かなる安らぎがあるのみ―

    舞い踊る花びらに包まれたアシュリーは、身体から心から、力が抜けていくのを感じていた。戦う気持ち、抗う気持ち、激しい気持ち、脅える気持ち。何もかもが、優しい何かに包まれて溶けていく。
    『あー・・・ なんか、しゃーわせー・・・』
    この台詞が、本来ココロを持たないトリトミーのアンドロイドの口から洩れるという奇跡。自然、アシュリーの心もひたすら静かに穏やかに、眠りにも近い何かに落ちていく。

    これがニーナのまさに必殺技、「花園の祝福」。
    貴純のリリアナはモノリウムの百合の花の獣人だが、かの世界で彼女が有する癒しの力は貴重なもので、その身柄を狙われることも多かったという。身を護るために彼女が編み出した技。彼女が求める平和な世界を、強制的にでも叶える技。それが、一面に放出する花粉を吸引することによる薬効と、展開する花びらの色彩と花杖の動作による視覚から思考に割り込みをかける強制暗示で完成する、この技だ。
    この技の効果範囲に入った者は、害意・悪意・猛々しい心を鎮められ、戦意を放棄してしまうのだ。

    戦う力を喪ったアシュリーの身体は、そのまま下へ― 池の中へと落ちていく。
    そして、水柱を上げて着水。
    アシュリー・ブラッドベリは、墜落した。
     
    「これは決まったかぁー! ニーナ選手の大技が炸・裂!
    今入りました情報によりますと、この技は花園の祝福と言い、かの無差別襲来事件の際もニーナ選手が使用し事件を解決に導いたことで有名に―」

    だがニーナは、騒ぎ立てる実況の声を聴いていなかった。
    まだ審判から決着の声は出ていない。
    リリアナとの合理体は飛ぶ力は持っていないので、そのままニーナも地面に着地。
    ゆっくり、池に近づいていく。
    ・・・
    そして、アシュリーの姿がぷかり、と水面に浮かんだ。
    シュガーとの合体は解除され、黒い上下の下着か水着という姿。見る限り、気を失っているのか、目をつむったまま力ない様子で漂っている。
     
    「後は、トドメさして決着っすねー!」
    「流石はニーナさん! 大金星ですわ!」
    上空の偵察ドローンの映像を、押し合いへし合いしながらタブレットで見守る2年Sクラスの面々。もう皆お祭り騒ぎだ。
    だがそんな中、一人だけ、じっ とただ画面を見ていた者がいる。
    リオンだ。
    そして叫んだ。
    「ニーナちゃん! 危ない!!!」

    ニーナも、気をつけては、いた。
    だが、連続したトランスチェンジの負荷、大技である花園の祝福の反動、いやそれ以上に、事前に立てておいた策がはまった事の安心感が、あと一歩の詰めのため、足を急がせたとして誰が責められよう。
    池の浅瀬に水音を立てて入り、横たわるアシュリーに花杖を突きつけようとしたその瞬間。アシュリーの目がすっ と開き。彼女はこう、言った。
    「ニーナさん、ごめんなさいね」
    次の瞬間、ニーナの全身に電撃のような痛みが走り、痺れ、手も足も動かせなくなった。
    「!!!」
    力を失い崩れ落ちる身体。それをきゅっと引き寄せて支えたのは、ニーナの足首に巻き付いていた、半透明の触手。今の今まで見えていなかったそれを、わずかに動く瞳で改めてよく見れば。触手はアシュリーの身体から。彼女を包む、同じく半透明のベビードールの様な衣装から生えている。
    そう、アシュリーは合体をただ解いた、のではない。
    ふわふわと波間を漂う、クラゲ。
    アシュリーはモノリウムのクラゲの獣人、泡沫のシェリーとトランスチェンジしていた。そしてその姿や、主な攻撃手段である電撃を放つ触手を透明化。
    ニーナが近寄って来るのを、待っていたのだ。
    「そ、ん、な・・・」
    「ごめんねニーナさん。この娘、シェリーと盟約したのは、ピラリ学園に来るちょっと前だったから、ALCAの広報資料には載っていないんですわ」

    「決着ゥー! ただいま審判が下りました! エキジビションマッチ決勝戦は、アシュリー・ブラッドベリ選手の逆転勝利です!!」

    「だ…ま…さ…」
    腕の中で力なく、しかし目力を込めて見上げるニーナと一緒に池から上がりながら、アシュリーは言った。
    「ニーナさんも、たまにはファンタジー小説とか、ライトノベルとか、読むと面白いとおもいますわ。いっそ、バトルものの漫画でもいいかも。
    ふふっ。この程度の『騙し』は、初歩の初歩、です!」

    しばし後。
    エキジビションマッチ優勝の表彰式にて、万雷の拍手で迎えられたアシュリー。
    壇上を降りると、痺れの抜けたニーナから、改めて「負けました」と頭を下げられた。
    「でも、次は負けません。必ず」
    その強い瞳に、
    「うん、そうだね。受けて立ちますわ。・・・ちょっと、怖いけど」
    と返した。
    去り際、ニーナはひとつ、アシュリーに問いかけをした。
    「先輩、先輩はどうして…」
    ニーナにしては珍しく、言葉が尻つぼみになっていく。
    どうして戦うのか、とか、どうしてそんなに強いのか、とか。
    あるいはもっと直截に、どうして勝てたのか? とか?
    でもそんな事を聞くのは失礼と思ったのかもしれない。そこを最後まで言わせず、アシュリーは自分から切り出した。
    「ニーナさん、私にも、夢ができましたの。
    将来どうしようか― ALCAに戻るか、それともまた、別の仕事に就くか。
    いろいろ、考えてました。
    私は元々本の虫で、一日ずっと、夢わくわくの、胸ドキドキの、物語の世界に浸っていられれば幸せな子でした。
    でも定理者に目覚めて、異世界の皆さんと盟約して、戦ったり、助けたり。
    それはそれはタイヘンな日々でしたけど、でも楽しかったですわ。
    おかげさまで、普通の子じゃ体験できないような、いろんな体験を。
    それこそ、私が小さい頃に胸をときめかせて読んだお話の中にしかないような体験を、いくつも、たくさんたくさん、させていただきました。
    だから今度は私が、この私の体験を、みんなに伝えたいな、って。
    そう、思うようになりましたの
    ・・・
    私、作家になろうと、思います」
    そう言ってアシュリーは、ふわりとニーナに笑いかけ、
    「だから私、もっともっとたくさんの、もっともっといろんな体験をしなければなりませんし、いろんな機会は逃さず、全力で、体験してみようと思いますの」
    「・・・じゃあ、今日は・・・」
    「とっても強い後輩から、全力で挑まれるなんて、なかなかできない体験でした。
    だから私も、全力で、がんばっちゃいました。
    それだけ、です!」

    果たして未来。
    アシュリー・ブラッドベリが本当に作家になり、その様々な体験を元に、夢わくわくの、胸ドキドキの、素敵な物語をいくつも紡いでいく、のかどうか。
    アストライアーの星占いもルカ・キャンドル237の未来予測も答えを出すことはできない。
    何故ならそれは、ひとえに、アシュリーの心ひとつに掛っているからだ。
    でもアストライアーもルカも、それにジェイドも艶鬼もシュガーもシェリーも知っている事がある。
    たとえ彼女がどんな道を選ぼうと、みな、それを支え手助けすることは確かだ、ということ。

    さて何年か後。
    ニーナ・アレクサンドロヴナは本屋に立ち寄る際、以前なら通り過ぎる小説の新刊が飾られた平台、その著名にはちょっとだけ、目をやるように、なった。
     

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  • 京橋 万博 & ドレッド・デストラクト001

     京橋 万博 & ドレッド・デストラクト001

     京橋 万博 & ドレッド・デストラクト001

    京橋 万博 & ドレッド・デストラクト001

    午前中の競技が終わると、体育祭は昼食休憩の時間になる。
    親元を離れ寮生活を送る少女たちにとっては、久しぶりに親と会い共に食事をする大切な時間だ。あちらこちらで彼女たちが可愛らしい歓声を上げているのが聞こえてくる。

    そしてその気持ちは、もちろん親の方も同じだろう。
    見事に逆三角形に鍛え上げた肉体をマントに包んだ男性も、きりっとしていればそれなり二枚目で通用するはずなのだが、見事に鼻の下が伸び、口元が緩み、にまにまと笑みがこぼれそうになっている。
    彼は、没収を免れた大量の食事―彼の妻が昨晩から仕込みをし、今朝方作り上げた弁当の数々―をザックから取り出しながら、可愛くてしかたない我が娘が来るのを待っていた。
    「ママ、ママ、リオンはまだかな? まだかな?」
    「落ち着いてあなた。先程エキジビションが終わったから、そろそろ来るはずだわ。ほら」
    すると、彼女の指差す方から、愛する娘が駆けてくるのが見えた。
    「おお、おお、リオーン!!!!」
    体全体で喜びを表現する父親と、その傍らで優しく微笑み手を振る母親。
    その姿を見つけたリオンは、一直線に二人の所に来ると―
    「パパ、ママ、来てくれてありがとー!!!」
    「おおおリオン、我が娘、我が天使、素晴らしかったぞ、あのリレーは最高だった、羽が! 天使の羽が見えたんだ!!」
    「リオン、がんばったわね」
    「うん!」
    「さ、さ、こっちに来なさい。朝からママが―」
    「あ!ありがとー!!!!
    ・・・でもごめんなさい。
    今日は夕子先輩が久しぶりにゲストで来てて、みんなにお弁当を作ってきてくれたから・・・」
    「ええー」
    がくりーと音が聞こえるぐらい落ち込む父親だったが、母親は笑顔のまま、
    「まあ、それは仕方ないわね、行ってらっしゃい」
    二人とも、自分の娘がいかにその「夕子先輩」に可愛がってもらい、彼女の事を慕っているかは、常々聞かされていたのだ。「ありがとう! でも、ママのお弁当も食べたいから、残しといてね! 後でみんなで食べる!」
    「そ、そうか! 任せろ! 保存はバッチリだからなー!」
    ぎゅいん、という感じで立ち直ると、父親はどこから現れたのか黒服のSPたちにすばやく指示。
    広げかけの弁当を密封しなおすと、最適な温度で保存できるようどこかへと運ばせた。

    そんな平和な家族の風景を見下ろす、特設スタンド。
    その中央あたりに、特に重要なゲストを招いた貴賓席がある。
    そこに、ALCAのVIPのひとりとしてヴェロニカが座っていた。
    耳にかけたロジグラフ―定理者専用の端末を操作し、進行中の作戦状況を確認する。
    「・・・何? 使者が1体と人形が5体、寝ている? 起きない? そもそも人形が寝るとはどういうことだ?」
    詳細はいまいち不明だが、オルガたちのチームが討ち漏らした何体かが入場門の外で発見されたとの報告。だが、全て何故か深く眠っていて寝息をかいているという。
    取り急ぎ捕縛の指示を出しておく。
    「やれやれ。どうやら大体掃除はできたようだ」
    視線を前に、学園の生徒達に合わせたままそう彼女が言うと、隣に座ったショートカットに眼鏡でパンツルックの女性が、
    『せやね、こっちの反応ともおうてはります』
    と笑みを浮かべながら返す。
    「貴重な情報感謝する、と言いたいところだが―
    ―全て貴様の計画通りか?、紫車リィス」
    『いややわあ。うち、そんな悪女とちゃいます』
    そう。
    今回襲撃してきた鉛鎚ラハン。その計画の全て、目的・時期・人数・装備、その一切は、リィスを通じてヴェロニカに筒抜けだったのだ。ヴェロニカはその情報が罠である可能性も考えつつ、最も打撃力・防御力のあるコマを学園外に配置。同時に自分もゲストとして学園内に行き、更に協力を申し出たリィスを同行させていた。
    『ま、ラハンの扱いにはうちも困ってましてなぁ。
    荒い商売するくせに、たまたま美味く行く事が多くて、ヘンに額も上がってましたんや』
    「始末に困る部下を、我々に掃除させた、と?」
    『でもうち優しいから、ちゃーんと伝えましたえ?
    セプトピアの定理者、あんま舐めたらあかんよ、って。
    ま、きこえへんかったかも、しらへんけど』
    「破壊した人形の残骸や、捕らえたそちらの使者は、こちらの好きにしていいのだな?」
    『お人形さんは、バラすなり調べるなり、好きにしたらええ。
    そっちの捕虜の扱いも知ってます。おんなじようにしてくれたら、それでええよ。
    ――で。約束は守ってもらえますんやろな?』
    「ふん。
    こちらは自作自演の劇に付き合わされた様なものだ。
    観劇料を払ってやる義理があるのか、あやしいな」
    『それは約束がちゃいますやろ!
    ええですか、うちらペンタクルスのロジックにとって、財貨の絡む約束は絶対ですえ。
    そう話しましたやろ!!!』
    「わかっている。
    すでにヤルノ氏を通じ、世界政府上層部の通商筋とは話をつけている。
    お前の言う「異世界間貿易構想」が承認されたときは、まずお前を窓口にしてやる」
    今回の事件で、もうペンタクルスとのゲートもALCAの監視下に入る。そこまで視野にいれたリィスは、当初の密貿易プランを修正。
    公の貿易の形を取りながら、秘密裏に計画を推進。そのペンタクルス側代表の座に座ることで、利益を得ようとしている。
    「で、お前からもらったこのリストには、先日うちのオルガが世話になった金錆ギゼとやらの名前がないな?」
    『ああ、ギゼは、どうもテトラヘヴンのおっかない堕天使はんに目ぇつけられたみたいやからね。怖い怖い言うて、もう国に帰りよったらしいですわあ』

    「みんな、ありがとう。よく食べてくれたわね!」
    夕子の広げたランチボックスを中心に、弥生、華凛、華恋、万博、リオン、それにニーナが輪になっていた。
    「うう~ 夕子先輩のお弁当、懐かしいっす~~!」
    「万博さん、何も泣かなくても」
    「いえいえ主様、これは感涙ものの味ですよ!」
    「前もおいしかったけど、もっとおいしくなってるよ主さま~!!」
    「美味しい。私もそう思う」
    「ニーナちゃんも?! 私もそう思った!」
    「あらあら~ 嬉しいわ~」
    そこへ、体育祭の運営委員の一人が駆け込んできた。放送の回線の一部が調子が悪いのか、マイクの声が一部届かないところがあるという。
    「それは困りましたわね。華凛、業者さんの連絡先を―」
    「あー、やっちゃん、あたしがちょっと見てくるっすよ」
    「助かるわ、でも手に負えなかったら素直に業者さんを呼ぶんですのよ」
    「大丈夫! この“何でも直す君5号重装改”にかかればマイクのひとつやふたつ!」
    「それをやめなさいと言っているのです!」

    幸いなことに、不調は単なるプラグ基部の接触不良だったので、ケーブルを取り替えるだけで問題は解決。“何でも直す君5号重装改”の出番すらなく、万博的には少し不満が残る。せっかくなので、より音質・音量をパワーアップしては、と改造プランを提案したが、担当の放送委員会の子から「そればかりはどうかご勘弁を」と拝まれてしまっては仕方ない。ここは素直に引いた万博である。

    午後の競技まではまだ少し時間がある。
    念の為、配されたスピーカーの様子を軽く見て回っていた万博は、ポールの台座に腰掛ける、一人の中年男性を見つけた。
    よれよれの背広姿で、上着を畳んで携え袖はまくりあげ。秋とはいえまだ少し暑いのか、ネクタイも緩めて上のボタンを外している。
    体育祭の応援にきた、誰か生徒の父親だろうか? にしては、あまりに服装が残念だ。そこらへんには全く頓着しない万博の両親だって、娘の晴れ舞台にはおろしたての白衣ぐらい来てくる。
    もちろん、ALCAの関係者とも思えない。彼らの制服とはまったく形が違う。
    『・・・おや、こちらの生徒さんですね、これは失礼。
    へばっているところを見つかってしまいましたね』
    「おじさんはいったい・・・!」
    そんな万博の不審な気持ちに応えたように、懐にいつも忍ばせている、例の機械―フォーリナーレーダーが微弱な反応を拾ってブザーを鳴らした。
    「そんな、おじさん、まさか、使者?」
    反応が弱いのでやや判然としないが、レーダーは確かに、適応した使者が放つ微かなこの世界と異なる波動を拾っている。しかもこのパターンは、既知のジスフィアやトリトミーといったどの世界とも異なる。
    万博の知らない! 未知の!! 異世界だ!!!
    『これは驚いた! 君のその機械は使者を見つけることができるのですね?
    素晴らしい。では改めて名乗りましょう。
    私はペンタクルスから来ました、金錆ギゼ。評価値は7300万GD。まあ、すぐに取り戻しますが―』
    「それがおじさんの世界の名前なんすね? どんな世界っすか? ロジックは? 住んでいる人々は? 生物は? 社会構造は? 地理地形は? 天候は? 惑星は? 暦の概念はあるっすか? 科学技術は? 通貨は?―」
    例によって例のごとく。
    ギゼと名乗った使者に掴みかからんばかりに近寄った万博は、その溢れ出る知識欲を洪水のようにぶつけたが。
    『まあまあお嬢さん落ち着いて』
    手で制し万博をすこしなだめると、肩をすくめながらこう答えた。
    『―その情報には、おいくら値を付けていただけますかね?』

    ジュースを買おうと偶然ポケットに入っていた小銭が数枚。
    残念ながらその額では、彼らの属する世界・ペンタクルスが財貨、つまりお金儲けが最も尊ばれるロジックとして世界が成立していることと、彼らの世界にも人や動物・植物がおり、彼らペンタクルス人は独自の「蒸気科学」なるものを発達させていることぐらいしか聞きだせなかった。
    『―まあ、お教えできるのはこのぐらいでしょうかね』
    「むう・・・ もうちょい教えてくれてもいいっすのに・・・」
    『私はそちらで言うところの商人ですから。お代を頂戴できませんと、これ以上は』
    しかし万博の目は興奮に輝いていた。
    まだ誰も知らない、未知の世界! その住人!!
    なぜそんな者がよりによってこのピラリ学園の敷地の片隅にいるのか。それは冷静に考えるとなかなかの緊急事態のはずだが・・・まあそんな細かいことは彼女のアタマからは吹き飛んでいる。
    だから。
    『万博! 提言する。
    未確認の使者との接触は、本学園の重要性・特殊性を鑑み、このまま看過できることではない。即時、報告し警戒態勢を整えるべきと判断する。本艦も直ちに第一級戦闘配置に就く!』
    と、携えたフォーリナーカードから声がする。
    『おや、その声は?』
    「あたしの盟約者、ドレッドっす!」
    『ま、万博! アンノウンにこちらの情報を与えるのは早計―!』
    『ご安心ください、こちらには、そちらに危害を加える気はありませんよ』
    「って言ってるっすよ」
    『し、しかし・・・』
    「もちろん! おじさんがなんかしようとして来たら・・・すぐに合体してとっちめるっす」
    『ほほう・・・お嬢さんは研究者であるだけでなく、定理者でもありましたか。ますます興味深い。この出会いは千金の価値がありそうだ。ドレッド様と申しましたかな、どうかご安心を。この機会を暴力で潰してしまうのはどう考えても損。
    我が評価額の4分の3を賭けて誓いましょう』
    「それがおじさん達の誓い、なんすね? わかったっす!
    あたしも信じるっすよ。ドレッドも、それでいいっすね?」
    『仕方ない。だがフォーリナーカードは手に持っていてくれ。いつでもすぐに合体できるように』

    今度はギゼが、万博にいろいろ質問を重ねていった。
    セプトピアに住む万博自身のこと。
    日常のあれこれ、生活の一コマ、学んでいること、友人たち。
    何でもないことの様なそれらを、ギゼは興味深くうなずきながら聞いていた。
    話がドレッドと会い盟約した時の話に及んだときは、彼も声を上げて笑った。

    『いやいや、大変、たいへん興味深い。
    こういった話は文献で調べてもリアリティに欠けますからな。
    直接ヒアリングするに限りますな』
    「じゃあ、あたしの話にはいくらくれるっすか?」
    『残念、対価については事前にお話しいただけませんとなんとも』
    「そりゃずるいっすー!」

    だが妙に話が弾んだのも事実。
    異世界ペンタクルスの使者と、こうして会話し交流を持っているのは、ひょっとするとこのセプトピアで万博が最初かもしれないのだ!
    そう考えると、持ち前の研究心が燃えるのも仕方ないというもの。
    代価を盾に、なかなか自分の事は話そうとしないギゼを、それでも質問攻めにしながら。
    それでも万博は、このやり取りを楽しんでいた。

    『・・・どうです万博さん。いっそ、私と来ませんか。―ペンタクルスに』
    「へ?」
    『なんだと?』
    『この後、私の上司が打ち合わせから戻りましたら、我々は共に一度ペンタクルスに戻ります。その時、いっしょに来ませんか。我が世界に』
    「・・・ほ、本当に?」
    『はい」
    突然の申し出。
    万博の大きな目が、さらに大きく開いた。
    『落ち着け万博! セプトピア人の君が異世界に行けば、異なるロジックに晒されたその身体がどうなるかはわからない。いや、無事では済まない!』
    「そうっすね、それが今までの定説っす。
    だから、ヨタ話の類いを除けば、学術的に検証できる状態で異世界に行き戻ってきたという報告はないっすー そう」

    「『これまでは』」

    万博とギゼの声が、何故かピタリと重なった。
    『ドレッド様、ご理解いただけるのでは?
    私も少なからぬ決意と覚悟をもって、私にとって未知の異世界、このセプトピアまで参りました。私のロジックはあくまで財貨ですが、「価値ある何かを求める」と言えばわかりますか? 未知に挑み、それを求める。
    つまり私は、そして万博さん、ドレッド様も、等しく我々は、冒険者、なのです』
    『ぐっ―』
    熱に浮かされたように、アタマの中がぼおっとする。
    握りしめたカードの感触が痛い。
    視線を上げれば、あくまで青く澄んだ空が広がり、名も知らぬ鳥が翼を広げて飛び去るのが見える。

    「午後の競技が始まります! ビリヤード大玉ころがし参加の選手は直ちにテントに集合してください!」

    少し割れた放送が、万博の心を引き戻した。
    「――」
    『心は決まりましたか?』
    「―決まったっすよ」
    『万博、冷静になるのだ!!』
    「安心するっす。ドレッド、あたしは行かない。行けないっす」
    『おお、安心したぞ』
    『・・・それは残念です・・・
    よろしければ、この千載一遇の機会を逃す理由を、教えていただけませんか』
    「あたし、おじさんの言う通り、行きたい。
    ペンタクルスにも。トリトミーにも。他の異世界にも。
    ・・・
    でもそれは、自分の力で。
    ―そう、あたしの、自分の力で!行きたいっす!!」
    『!』
    「連れて行ってもらうんじゃなく。
    あたしの、自分の、自分の力で、いつか必ず、行くっす!」
    『なるほど』
    「その時はドレッド、ドレッドの力も、それからもちろんセレンの力も借りるっすよ」
    『おう、本艦も全機能を挙げて万博を守ろう!』
    そのやり取りを、目を細めて聞いていた金錆ギゼは、軽く拍手をすると、
    『いやはや、感服しました。素晴らしい覚悟を聞かせていただきました。
    これには私、なにかお支払いしなければ釣り合いが取れませんな』
    「え? なにかくれるっすか?」
    『はい、これを是非、お持ちください』
    そう言って懐からカードケースを出すと、まるで名刺の様に、1枚のカードを差し出した。それは万博のよく知るものに酷似している。
    「これ、フォーリナーカードっすか?」
    『そのデッドコピー品です。ふふ、よくできているとは思うのですが、何しろ今回は定理者さんのご協力は得られませんでしたのでね、こちらは動作保証がありません。合体とやらは試さないほうが無難でしょう』
    改めて背筋を伸ばしたギゼは、まだ手の中でフォーリナーカード?を調べている万博をまっすぐ見ながら言葉を足す。
    『しかし、連絡をつけることは、できます』
    「―ってことは!」
    『はい、もしまだ我が世界ペンタクルスにご興味がありましたら、ぜひお声をおかけください。
    その時は、私の上司も紹介させてください。あなたとは気が合いそうです。
    それこそ盟約も、試してみると面白いかもしれません』
    このコピーカードは、まさしく彼に連絡をつける手段、つまり本当に「名刺」なのだった。
    『京橋万博さん、あなたとは良い商売ができそうだ。
    今後とも、どうぞご贔屓に』
    その言葉を言い放つと、周囲に白い蒸気が吹き出す。
    ギゼの足元に、光の歯車が現れ噛み合い回り出し―白いモヤの向こうに一瞬、歯車とピストンが突き出した、黄銅色の人影が見え―晴れたときには、その姿はどこにも無かった。

    『で、どうするのだそのカード』
    知らない人がみれば、どう見ても本物のフォーリナーカードにしか見えないコピーカードを光にかざしながら、ひとときの出会いを思い返す。
    「それはもちろん―」

    「2年Sクラスの、京橋万博さん!まーひーろーさーーーーーんん!
    どこにいらっしゃいますの! 早く集合場所に来てくださいませ!!!!」

    万博を名指しで呼び出す割れ気味の放送に、あ、いけねと苦笑しながら走り出す。

    「まずは分解してみるっすかねー!?」
    『そ、それは本艦としては承知しかねる、ま、万博!
    そのカードの価値を考えればまず報告と連絡と相談が、万博―!!』

    少女にとって、未来は全て未知の世界、冒険の大宇宙。
    明日はわからない。だから面白い。
     
    「さあドレッド、出港っすよー!」
    『どこへだー!』

     京橋万博の、冒険は続く!!!

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  • ジークハルト・クラウス & 燕黒のルシア

     ジークハルト・クラウス & 燕黒のルシア

     ジークハルト・クラウス & 燕黒のルシア

    ジークハルト・クラウス & 燕黒のルシア

    『やれやれ、紫車の姉御も金錆の兄貴も、ヤキが回っちまったんじゃないですかね?』
    何処とも知れぬ部屋の中で。
    第5世界、財貨のロジックが支配する、歯車と蒸気に彩られしペンタクルスから来た3人の使者が密談を交わしていた。
    円卓に座り、端末を開き目を落としている一人は、中年のビジネスマン然とした冴えない風貌の男。オルガ・ブレイクチャイルドの前に現れた、金錆ギゼ。
    もう一人、上座に座り、ネイビーのスーツを着こなした秘書かマネージャーかといったシャープな女性。こちらはヴェロニカ局長の前に現れた、紫車リィス。
    そして最後の一人は、扉の近くに立ち、口にタバコか何かを咥えたままの大柄な男性。
    『量産品の兵隊2体はまあご愛敬としても、貴重な身代わり人形を1体。更に高価な特注機構の人形を1体。それだけ使って、姉御は交渉決裂、兄貴は仕入れに失敗。
    おっと、もう「兄貴」呼びは失礼でしたかね?』
    慇懃無礼な態度を隠そうともしない。彼の名は鉛鎚ラハン。
    『いえいえラハン。私の評価額は下がりましたから、その態度は正当です』
    ギゼがおとなしい口調でそう返すと、ラハンはフンと鼻を鳴らす。
    『まあいいや、姉御、じゃあ俺は俺の商売をさせてもらいますぜ』
    『ええよ。はなからそういう約束やし。好きにしたらええ。
    ・・・まあ、せいぜい気張りや』

    リィスの明らかに気の入らない送り出しを受けて、当てつけにドアをわざと音を立てて閉めてやる。
    『リィスめ、見てろ。この仕事が上首尾におわりゃあ、俺の評価額は2倍、いや3倍だって狙える。手前ぇの地位も奪ってやるぜ―』
    言いつつ、左右の暗がりに向け手をやると、中から更に何人かの男たちが現れた。
    彼らは蒸気人形ではない。
    同じペンタクルスの使者であり、ラハンよりも桁下の評価値で、個人的に雇った部下たちだ。リィスやギゼに無断で、ゲートを開いて招き入れた。
    『いいかお前ら。この仕入れ、しくるんじゃねぇぞ!』

    一方。
    ギゼの工作やリィスの交渉を経て、未確認世界である「ペンタクルス」の使者侵入を確認したALCAは、トリトミーの使者の協力の下、改めて「キョウト風雷事件」前後の異世界ゲート記録を子細にチェック。
    それにより、未確認の波長をもつゲートが確かに数度開閉されていたことを確認したのである。
    この事実は、現在ALCA上層部および世界政府間でのトップシークレットとして扱われ、その対応に今も議論が重ねられている所だ。
    武断派の主張としては、新たな世界の出現を世界の危機と捉え、直ちに凍結されている
    「世界統一自衛法」を復活、いわば戦時体制に戻すべき、という意見。
    これには、各国軍部出身のALCA高官、特に平和になった現在その発言力の低下を嘆く者たちが同調している。
    一方の穏健派としては、今回のデータにより今後は対ペンタクルスのゲート開閉も監視できる事を軸に、現在の体制を保ちつつ事件の解決、今後の事件の予防に努めるという意見を主張している。
    前ALCA長官であり「ルシフェル事変」でも活躍し、現在は政治家として腕を振るうヤルノ現乃氏を主導に、こちらも多くのALCA職員が賛同している。
    ナイエン支局よりもたらされた、彼らのロジックが「財貨」である、という貴重な情報が鍵だ。彼らの目的がいわば「金儲け」であるなら、セプトピアを武力侵攻する可能性は低いのではないか。何故なら、ロジックの違うセプトピアを彼らが侵略して奪う価値は低い。
    であるなら、膨大な消費行動である戦争は、勘定に合わないと判断するのではないか。
    これを希望的な楽観と非難する声と、火のない所に煙をたてるがごとき事大主義だと非難する声が、今日もALCA本部の議事堂を埋め尽くしている。

    「というわけだよヴェロニカ君。すまないね~ これは簡単に方針は決まらないよ」
    モニターの向こうのヤルノは、いつもと変わらない飄々とした姿勢を崩さない。
    が、言葉の端々に疲れが見える。
    「いえ。長官、いえヤルノさんのご尽力には感謝しています」
    そう答えるのはALCAナイエン支局のヴェロニカ。
    すると、向こうのヤルノが柔らかく笑うのが見えた。
    「? 何か?」
    「いやいや~ 君も変わったなと、思ってね。
     昔の君なら、一も二も無く武断派に同調していただろうに」
    「そう言わないでください。
    私も、あれからいろいろ学びました。
    今の世界は、結構気に入っているんです。
    ―だから」
    ヴェロニカは体を翻すと、作戦室に集まった定理者たち、そしてナイエン支局の全スタッフに向けて檄を飛ばした。
    「いいか、必ずペンタクルスの使者の足取りを掴め。
    そして、彼らが更に事件を起こすのを、決して許すな。
    未然に防ぐんだ。必ず!」
    「頼むよ、諸君」
    了解、と返す声が作戦室に響いた。

    今も支局に詰める縁の占術を元に、支局スタッフたちは各地に飛んだ。
    今回、まだALCAや世界政府の方針が固まっていない以上、動かせるのはナイエン支局のメンバーと、一部個人的に協力してくれた他の支局のメンバーだけだ。
    そして。
    オルガ・ブレイクチャイルドと剣美親、そしてジークハルト・クラウスの3名は、ここホッカイドウはオビヒロに来ていた。
    「悪いなジーク、今回は俺たちに付き合ってもらって」
    「いえ! 剣先輩とオルガ先輩の力になれて、光栄です!」
    「剣はそうかもしれないが、俺はそんなんじゃないだろう。何せ俺はルシフェル事変の―」
    「とんでもありません!」
    食い気味に答えるジークに、オルガも少し気圧される。
    「ちょっと生意気かもしれませんが、いいでしょうか。
    オルガ先輩は、確かに過ちを犯したかもしれません。
    でも、その後の活躍で、多くの人を救っています。
    過ちを犯したことは消せないかもしれませんが、だからといって、今の行為を過去の過ちで否定するのは正しいことではないと思います!」
    真正面からそう言われたオルガは、視線を逸らしながらジークの頭に手をやると、その綺麗な灰金色の髪をぐしゃぐしゃとかきまぜた。
    「へへっ、ありがとうな、後輩!」
    「うわ、ちょっと、や、やめてください~~~!」

    彼らがオビヒロに来たのは、ペンタクルスの使者が、定理者養成校であるピラリ学園への侵入、
    生徒への悪しき勧誘、最悪誘拐などの暴挙に及ぶことを懸念してのことだ。
    「彼らの目的が、セプトピアをハブにした異世界間密貿易だとするなら」
    「ハブ、ですか?」
    「あー、つまり、セプトピアを仲介して、モノリウム、ジスフィア、テトラヘヴン、トリトミーそしてペンタクルスとの異世界間貿易をするなら」
    「その中心となる世界は、このセプトピアだ。セプトピア人の協力者が絶対に必要になる」
    「金を積まれれば、協力するセプトピアの人間はいくらでもいるだろう」
    「そんな!」
    「ジーク。この世には、ヤクザとかマフィアとか、その手の仕事の方々がいるだろ?」
    「しかし、彼らをたぶらかして協力させたとしても、わざわざゲートを開くなんて派手な事をしていれば、いずれは発覚しALCAが鎮圧に動く。
    仮に協力者たちをトランスジャックしたとしても、今のALCAなら、撃退できる」
    「でも協力させるのが、定理者だったら?」
    「それも、まだ若くて、知識や正義感の幼い子供だったら?」
    「誘拐したうえで、何かをネタに脅迫、協力しなければ家には帰してやらないぞ―」
    「ひ、卑劣です! 許せない!!!」
    「まあ、本当にあのギゼやらリィスやらがそう考えているかどうかは、わからないが―」
    「ピラリ学園の子たちが、彼らにとって宝の山である可能性は高いね」
    おりしもこの週末、ピラリ学園は学外のゲストも呼び体育祭を実施していると聞く。
    ゲストに紛れ、ペンタクルスの使者が侵入するかもしれない。
    既に、元々正式なゲストとして招待されていたヴェロニカが学園に向かい、学園長をはじめごく一部の教職員には事件の可能性を伝えているはずだ。
    「それを水際で防ぐ。できれば、学園には事件が起きた事すら気づかせずに片付ける」
    「まあ、空振りならそれはそれでいいんだけどね」
    「わかりました! 上空からの監視は、お任せください!」
    「頼むぜ」
    あたかもピクニックに行くような風体で、ピラリ学園の周囲をパトロールして回る3人。
    定期的にジークがルシアと合体し、怪しい動きが無いか、上空から周囲を偵察している。
    「―で、どうだ?」
    「はい! 今のところ、怪しい動きはありません!」
    「・・・見てきたのは、それだけか?」
    「・・・はい?」
    「あの森の向こうには、乙女の花園たるピラリ学園。
    そして今、麗しき乙女たちが集い競う体育祭が行われている―
    俺のロジックが聞こえる。
    お前が思わずその目を奪われた確率は、ひゃ」
    「ぜ、ゼロ、ゼロパーセントです!!!」
    顔を真っ赤にして抗議するジークを、まあまあと美親がなだめる。
    「だ、だいたい、僕が空を飛んでいる時は、ルシアと合体しているんですから!
    そんな、他の女の子を見てるなんて、するわけないじゃないですか!」
    「ほぉう。ルシアってのは、お前の盟約者の―」
    「モノリウムの、燕の獣人の女の子だったね」
    「はい! ルシアは、その―」
    と、自分の盟約者について説明しようとした時。
    ジークはふと気づき、いつもポーチにしまっているフォーリナーカードを、改めてポーチごとタオルにぐるぐると包み、背負ったザックの底にぎゅっと押し込んだ。
    これからの会話は、聞かれたくない。
    「・・・剣先輩、大事な相談があります」
    「なんだい?」
    「ふ、俺たち歴戦の定理者に相談とは。いかなる難事か想像がつくな」
    「剣先輩、剣先輩は、テトラヘヴンの女神アテナと、その、お、お付き合いされてるんですよね!」
    「は?」
    思いもよらぬ言葉に、先輩二人が目を丸くする。
    「先輩、教えてください! どうやったら、その、僕も使者の子と、その、あの、特別な関係に、なれ、ますか?」
    「・・・・あー。つまり君の相談というのは・・・・」
    「恋の相談、ということか」
    更に顔を赤くする少年を前に、美親とオルガはだいたいの事情を悟った。

    定理者と、盟約した異世界の使者との、恋愛。
    もちろん、過去に例が無かったわけではない。
    だが大抵は悲劇に終わり、しょせん住む世界が違う者、結ばれることはない、というのが定説だ。
    しかし一方。完全にセプトピアに適応し人の身体を得た使者ならば、もはや物理的な垣根はない。
    神話などに登場する人と神との恋愛沙汰は、過去にあった定理者と使者の恋愛が人伝えに形を変えて伝説になったのだ、と主張する学者もいる。

    「そりゃあまあ、何というか、お互いの気持ちを尊重して、っていうか・・・」
    「―よくわかりません」
    「ふっ 男なら正々堂々正面突破。
    俺のロジックが聞こえる。
    お前の告白が成功する確率は―」
    「―オルガ先輩には聞いてません」
    男3人、ああでもないこうでもないと、話し出す。
    そもそも、実はこの3人、確かに女性と接することは多いものの、別に恋愛に達者なわけではなく。口々に出てくるのは、実に他愛無い、それこそ男子中高生の休み時間と変わらない会話だった。

    『・・・美親、ちょっと良いですか』
    少し硬い声でフォーリナーカードから現れたのは、剣美親の盟約者テトラヘヴンのアテナ。
    そのままジークの手をぐいとつかむと、つかつか歩き出し、美親とオルガから距離を取る。
    引きずられていくジークの無事を祈る二人である。

    『―ふう、ここらへんでいいかしら』
    声が届かないぐらいに離れると、アテナは掴んでいた手を放す。
    「あ、アテナさん、あのう・・・」
    憧れの先輩定理者の、その盟約者。
    テトラヘヴンに名高い女神アテナを前に、流石のジークも緊張していた。
    ジークは女系家族の中で特に可愛がられて育ったうえ、配属されたALCA支局でも女性職員たちにはいろいろあれこれ騒がれてきた。だから特に女性の前で緊張するということは無いのだが―これは格が違う。
    光に透ける金の髪をさらりと流し、振り向いたアテナは、まず一言。
    『ジークハルトさん。貴方、意外と意気地がないんですね』
    うっ、と思わず声が詰まるジーク。
    『私はテトラヘヴンの勝利の女神として、多くの戦士たちと共に戦い、祝福を与えてきた者です。
    でも今の貴方には、祝福を与えることはできません。
    戦いに赴く前に、怯えて立てない様ではないですか。
    そもそも剣を握ることすらできないのでは、願う勝利など掴めません』
    「すいません・・・」
    『仮に貴方が女の子だったとして、そんな様子の男の子を好きになりますか?』
    アテナの口調はいつもの様に穏やかで、優しげですらある。
    いっそ厳しく叱責されるならまだいい。
    まさしく「女神」の様な綺麗で素敵な大人の女性から、こうして諭されるのは、正直辛い。
    ・・・そんな気持ちが表情に出ていたのだろうか。
    俯いていたジークに、
    『顔を上げなさい、ジークハルト・クラウス』
    その言葉には、背筋を少し伸ばさせる魔法の力があった。
    『ごめんなさい。私も神とはいえ女、ですから。どうせならあの娘にも幸せになってほしくて、ちょっとおせっかいをしてしまいました』
    顔を上げた少年の額を、揃えた指先でちょっとつつく。
    『ではジークさん、この勝利の女神アテナが、今回だけは特別に、貴方にひとかけら勇気を差し上げましょう』
    そのまま腰を折るようにかがんで、そっと耳に囁く。
    『-キライな人と、合体なんて、できないでしょう?』
    その言葉が、ジークハルトの勝利への祝福となった。

    「オルガ先輩、次は左から3体、早いです!
    剣先輩、そちらには5体!」
    「ふっ、任せろ! 銀影、全て斬り伏せる!」
    『承知だ』
    「アテナ、ロジックドライブで行こう」
    『ええ!』
    「『ロジックドライブ、リフレクション!』」

    戦闘は、極めて唐突に、かつ雑な形で始まった。
    明らかに不審な様子の集団―どう見ても、観光客でも、学園の関係者や父兄でもない、チンピラヤクザの様な風体の数人に率いられる、表情すら変えない人形の様な、いや本当に人形の一団。
    ずらずらと列を揃え、堂々山道を登ってくるのをジークが発見。
    オルガの誰何の声に、答えたのは何らかの銃器による射撃だったのだ。
    『ちっ この完璧な変装が見破られちゃあしょうがねえ。
    お前ら、相手はたったの3人だ、潰して通れ!』
    鉛鎚ラハン、評価額8200万GD。その得意商売は、強盗まがいの仕入れと押し売りだ。手荒い仕事を数撃ちゃ当たるでこなしてきた。
    今回も、量産品の戦闘専門の蒸気人形100体を揃え、更に手下を潜ませ、金でたぶらかした人間をさらっておき、
    『へへっ、トランスジャックってえんだろ!』
    噴き出す蒸気。
    うなりを上げる歯車とピストン。
    それが彼らの元体なのか、身体を奇怪なパワードスーツに潜め、襲い掛かる。

    しかし。

    『オルガ。この者たちは、私をこの世界に呼び戻した痴れ者の仲間の様だな』
    「ああ。―罰を、与えたいか?」
    『当然だ。行いには報いを。それが神と人との関わりだからね』
    「いいだろう。トランスチェンジ!」
    湧き上がる黒い神気。
    二又の魔杖が唸りを上げ、暗黒をたたえた星を呼ぶ。
    『神罰を受けよ―』
    「セブンスター!!!」
    七つの流星が、数多の人形を巻き込み砕いていく。

    「アテナ、ここは誰一人、通さない」
    『はい、美親』
    オルガの派手な攻撃を前に置き、美親は後衛に。
    討ち漏らし横を抜けようとする者を、空を舞う盾が打ち砕く。
    『ええい、何してる! しかたねぇ、これでもくらえや!』
    背負った筒は大きな大砲だったらしい。
    前に倒すと、ひときわ大きな蒸気の漏れる音とともに、巨大な何かが唸りをあげて飛んでくる。巻き込まれて壊れる人形も無視し、連射、連射。
    「オルガ!」
    「剣!」
    ひと呼吸で位置を変える。
    飛来する砲弾、それを受け止めるのはもちろん美親の盾だ。
    そのままロジックドライブで相手に返す。
    巨大砲弾の往復が、相手の布陣をずたずたに崩した。
    「剣先輩、オルガ先輩、今です!!」
    「いくぞ剣!」
    「ああ、オルガ!!」
    白と黒の流星が、混乱する敵陣へと飛び込んでいった。

    *******

    さて今回は特別に、時計の針を少し先に進めたい。
    今回の騒動の後の、もう一つの戦いの、話だ。

    彼をかまいたがる各種のお姉さんたちを撒いて、ルシアと二人きりの時間を作るのに成功したジーク。
    二人だけで歩く秋の公園の夕暮れはとても綺麗で、これならムード満点だ!と心中で勝利を確信する。
    大丈夫、大丈夫。
    いけ、行くんだ、ジークハルト・クラウス!
    自分で自分を叱咤して、横を楽しそうに歩くルシアの手を、ぎゅっと握る。
    『ん? ジーク、どうしたの?』
    「あ、あのね、ルシア。
    君に、君に伝えたいことが、あるんだ」
    『何?』
    ルシアはいつも、ジークの話なら顔をまっすぐ見て聞いてくれる。
    赤い空の色に照らされて、ルシアは『重くて暗くて嫌い』というけど彼はとても似合っていると思うその黒髪が映え、いつも以上に可愛く見えた。
    「ルシア、君が、君が、好きだよ」
    『!』
    「出会った時からずっと、盟約してからもずっと、君のことが、大好きだ。
    君のことを思って合体するといつも、心がふわっとして、胸の奥がぎゅっと熱くなる。
    だから僕と、これからもずっと、いっしょにいて欲しい!」
    『-』
    しかしルシアは、大きな目をもっと大きく開いたかと思うと―
    ぎゅっと下を向いて、黙ってしまった。
    「あ、あれ?」
    なんてことだろう。
    このシチュエーションなら、このタイミングなら、ええと、うまく行くと思ったのに!
    「だ、だめ、なの、か、な・・・」
    思わず声が小さくなっていく。
    湧き上がっていた期待と幸せの未来のプランが、空気の抜けた風船の様にしぼんでいく。
    ああ、やっぱり僕はまだまだダメなのか。
    『-ばか。
    ばかばかばか。ジークのばか。
    ジークはあんなに勉強もトレーニングもやってるのに、ほんっとにばかなんだね!』
    「え、ええええ!」
    勇気を振り絞ったにもかかわらず、この返答。
    先輩たちのアドバイス(というより、女神の一言)に背中を押され、自分なりには自信が持てたのに、このザマはどうしたことか。
    ・・・でも、顔を上げたルシアの、この表情は何だろう。
    口調とは裏腹に、怒っているわけでも、もちろん嫌がっているわけでもなさそうだ。
    というより、泣いているし・・・笑っている?
    『ジークは忘れちゃった?
    最初に合体の説明をいっしょに受けたとき、言われたよね。
    合体していると、お互いのロジックを与え合う。だから、お互いの記憶や感情が交じり合うことがある、って』
    「うん」
    『合体すると、こころがふわっとして、胸の奥がぎゅっと熱くなるんだよね』
    「うん」
    『そんなの、私も同じに決まってるじゃん!』
    「!」
    『ジークはそんなこともわからない、ばかだから。
    私が見ていないと、ほんとダメなんだから。
    だから・・・ 
    だからこれからも、いっしょにいてあげる!』

    ルシアは今も覚えている。忘れることなんてできない。
    「ねえ、ルシア。
    使者はね、合体することで、本来の力をセプトピアでも使う事ができるんだって」
    あの日、あの時、彼がそう言ってくれて。
    彼と盟約することで、また空を飛ぶことができるようになった。
    セプトピアの空の素晴らしさを知ることができた。
    この空とこの翼は、ジークからルシアへの贈り物だ。
    彼から私だけに贈られた、大切な宝物だ。

    (いつもいっしょにいてね、私の王子様)

    今は言えないこの気持ちも、ジークと合体している限り、いつかはきっと、彼にばれてしまうだろう。
    でも早くばれてしまわないかな、とも思っている。
    その日が楽しみでもある。

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  • ニーナ・アレクサンドロヴナ & ミカエル

     ニーナ・アレクサンドロヴナ & ミカエル

     ニーナ・アレクサンドロヴナ & ミカエル

    ニーナ・アレクサンドロヴナ & ミカエル

    「さーあ盛り上がってまいりました!
    ピラリ学園体育祭! 午前中最後の競技は、各学年のSクラス選手によるエキシビション・マッチです!」

    ピラリ学園体育祭は、最初の競技から観客を含めて大盛り上がりだった。
    予想通り、紅組・白組それぞれの中心には各学年のSクラスの生徒がおり、縦横無尽の活躍をしていた。
    例えば普通の女子競技とは思えないアスレチックな障害物の数々を並べた「スーパー障害物競走」では、紅組の2年Sクラス、桐谷華凛が次々と障害を突破しコースレコードを記録。
    「フフフ、主様、今日ばかりは私が勝利させていただきます!」
    一方ちょっと乙女にはどうか?と思うサイズの焼きたてパンをブドウのごとく鈴なりに吊るした「エクストリームパン食い競走」では、
    白組の同じく2年Sクラス、桐谷華恋が
    「おねえちゃんばかりに、いいかっこさせないよ~
    もぐもぐぱくぱく おいし~~!」
    全てのパンを食らい尽くし、他の生徒をゴールさせない荒業で観客を唖然とさせていた。
    ちなみに観客たちは、生徒たちの父兄とその関係者など招待客。一部、ALCAの職員やOBも混じっている。
    とある国の国王が巨大な映像機器を持ち込み、あらゆる角度からその娘の活躍を記録収録しようとしたが、規則ということで家庭用ビデオ端末一台を残して全て没収されたらしい。

    この日のために、鍛えてきた少女たち。
    みな、個人競技に、あるいは団体競技に、輝かしい汗をきらめかせている。
    もちろん中には、運動の苦手な子たちもいただろう。
    彼女たちにも、できる範囲で参加できる競技が用意されたり、あるいは運営の方で活躍させたり。
    生徒会の面々が細かいフォローをしていたことがわかるのは、また後日のことである。

    「・・・ごめんニーナちゃん、負けちゃった・・・」
    いつも太陽の様なリオンが、落ち込むとこれまた分かり易い。しおれた花の様だ。
    しかし。
    「そう、リオンに勝ったのね-」
    視線の先には、リオンを倒し、決勝に上がってきた選手が見えていた。
    「-じゃあ、仇取らなくちゃね?」
    自分なりに少し冗談めかして言うと、
    「うん!頑張って!応援してる!」
    これまた花が咲くように笑顔を向けてくれた。

    「Sクラスエキシビション・マッチ、低学年の部・決勝戦を開始します!
    1年から3年までのSクラス選手の中で、まず決勝に名乗り出ましたのは、優勝候補No.1、白組2年Sクラス、ニーナ・アレクサンドロヴナ選手!」
    拍手と応援の声に背中を押されて、中央に進み出る。
    そして。
    「対しますは、これまた白組2年Sクラス! 有言実行の努力の天才!、橘弥生選手!」
    そう。
    リオンを倒し、今目の前に立つのは、弥生だった。
    ちなみにトーナメントの結果、どっちに転んでも優勝は白組の選手なので、白組にボーナスポイントが入る事が確定している。
    「ニーナさん、いい試合をしましょう、なんて申しませんわ。
    私、今日こそは全力を尽くし、あなたに勝ちます!」
    「そう。難しいと思うけど」
    「だからこそ、挑戦する価値があるのですわ!
    -それに。ひとつ、賭けを受けて欲しいのです」
    「何?」
    「もしこの勝負で私が勝ったら・・・」
    「・・・」
    「その時は、私の事は橘さん、ではなく、弥生、と呼んでもらいますわ」
    「-」
    ニーナの目が一瞬大きく見開いて、直ぐに閉じ-
    軽く右手を胸の上に置くと、何かを確かめるようにして、また目を開く。
    「-分かったわ、橘さん」

    残念ながらニーナの両親は国を離れられず、彼女を個人的に応援してくれるのはALCAの元同僚のスタッフ。あるいは、結局来ているかどうかわからない文通相手。そして。
    「ニーナちゃん、がんばれ!!!!」
    大切な友達。うん、充分。いや、充分以上だ。

    「やっちゃ~~~~ん! 今日こそ目にもの見せてやるっす!!!!!」
    「万博ちゃん、万博ちゃんは弥生ちゃんの応援するんだね!」
    「主様!!」「主さま~~~!」
    「もちろん私たちも」「主さまを応援するよ~」
    「ってわけっす。だからこの一戦だけはリオンとも敵っすね!」
    「いいよ!ニーナちゃんは負けないから!」

    弥生と正対するニーナ。
    アモルとミカエルのフォーリナーカードを手に取る。
    「アモル、ミカエル、最初から全力で」
    『うん、ニーナちゃん、わたしがんばるね!』
    『ああ、手加減はしない』
    「-でないと、勝てない」

    「ゲートアクセス、テトラヘヴン!」
    「ゲートアクセス、ジスフィア!」

    最初の交錯は空中戦で始まった。
    優雅で柔らかな天使の白い羽を翻し、アモルと合体したニーナは弧を描きながら飛翔、素早く弓を連射する。
    一方の弥生は凪と合体。黒い烏天狗の翼を広げて飛ぶ。と同時に高下駄で空を蹴る。ジグザグの機動で動きを読ませない。更に。
    「凪、やりますわよ!」
    『おう、俺の力を見せる時だ!』
    人型の符をばらまくと、符は次々鴉天狗の式神と化し、ニーナに襲い掛かる。
    だがそれらは彼女の傍までたどり着くことなく、アモルの矢に撃ち落されていく。
    「まだまだ!出し惜しみは無しですわ!」
    「いくらでも来なさい!」
    ニーナの機動は小回りに優れ、前後左右自由自在。勢いを増す凪の符術もくるりくるり舞うようにかわす。
    一方の弥生は、一瞬の直線加速ならニーナに勝る。そこを使う。
    「凪!今ですわ!」
    『おおう!』
    さんざんばら撒いた全ての式神。それら全部、全部を囮に。
    式神たちの姿が一瞬ぶわっと膨れ上がったかと思うと、黒い霧を吐いて形を解き、ニーナの視界を奪う。
    そして-

    『わわっ、わわっ』
    「アモル、落ち着いて。こう来るなら、きっと!」
    振り仰いだ空。
    体育祭にぴったりの、雲ひとつない青空。それが黒い霧に覆われて、太陽の光もさえぎっている。
    だからこそ。
    「-来る」

    黒い霧がかすんでいく刹那。
    弥生はニーナの真上、太陽を背に飛んでいた。
    広げた黒翼が太陽をさえぎり、
    「トランスチェンジ! 七宝、出番ですわよ!」
    『ふふっ、腕が鳴るわねぇ~!』
    七宝とトランスチェンジ。
    その姿が変わった時、背にした太陽をさえぎっていた黒翼はなくなり―
    「しまった!」
    弥生が上を取ってくることも、太陽を背にしてくることも、読めていた。
    しかし。頭上でトランスチェンジすることで、太陽の光すら武器にするとは!
    さえぎるもののない日光が、振り仰いだニーナの目を灼いた。
    『「如意棒!!!」』
    脳天逆落とし。
    如意棒を手に、天空からニーナを急襲する。
    だが黙ってやられる彼女ではない。
    「トランスチェンジ! ミカエル!!」
    『任せろ!』
    ごきん、と鈍い音と共に、ミカエルの大盾が如意棒を受け止める。
    そのままもつれ合うように落下、地面へ。

    「ニーナちゃん!」
    「やっちゃん!」
    「主様!」「主さま!!」

    観客の悲鳴、それが鳴り止まぬうちに。
    地面の土煙の中から、鋭く鈍く、金属音が鳴り響いた!
    鋭く突き出される棒を盾ではじき、返すレイピアを更に棒を回してそらす。
    「やはりこの程度では、倒せませんわね!」
    「でも少し驚いた」
    「なら、もっと驚いていただきますわ!!」
    更に弥生が肉薄してくる。
    如意棒はやや短めの長さに抑え、更に突くよりは打撃で。体に巻き付けるような動きで振るいつつ、さらに接近。
    「っ!」
    「いかがです!」
    ニーナの表情が少しゆがむ。
    額から汗が滴り目の端をかすめる。
    『流石だな』
    「ええ」
    合体しているミカエルも、弥生の動きを思わず称えていた。
    ミカエルの主な攻撃は、もちろんレイピアによる鋭い刺撃。
    従って攻撃範囲は彼女の前方に限定される。もちろん彼女自身が鋭く動くことで、そもそも相手を近づけず縫い留める様に攻撃してしまうのが本来のスタイルだ。
    だが今回は弥生の作戦により、レイピアの間合いよりやや短い肉薄戦になっている。
    間合いを突き放したいところだが、弥生の巧みな足運びがそれを許さない。
    さらに武器の相性も問題だ。
    レイピアは相手の武器をそらしていなし、カウンター気味に突き込むこともできるが、如意棒の打撃は極めて重く、まともに受ければレイピアがゆがむ。
    勢い、弥生の攻撃を盾で受け止める事が多くなるが-
    『くっ 重い』
    そう、重いのだ。
    身体を軸に、その重さを十分乗せたうえ、回転の勢いをつけてぶつけてくる打撃。
    盾で受け止めてはいるが、受け止めた身体ごと沈んでしまいそうだ。

    「-」
    ALCA支局で最前線に立ち、実戦を切り抜けてきたニーナ。
    己の才能を、気高い意志と努力で磨き上げてきた数年間。
    その蓄積に、橘弥生はわずか1年と半年で、追い付こうとしている。
    それも、日々の勉強や生徒会の庶務としての仕事をこなしながら、だ。
    そのことを思い、ニーナは決めた。
    「ミカエル、ごめんなさい」
    『わかっている。悔しいが、今日は譲ろう』
    そう心中で会話を交わす。
    気高いミカエルだからこそ、万言を費やすよりも、この一言で通じると信じた。

    「もらった!ですわ!!」
    必勝を期したひと振り。
    それはもしかしたら、ほんの少し踏み込みが深すぎ、ほんの少し振りが大きすぎたかも、しれない。
    そのわずかなブレに、ニーナは柔らかく体を折って飛び込む。
    「-トランスチェンジ。いくわよ、アイシャ」
    『おっけ~ みんなを釘付け。みんな見惚れるがいい、にゃあ』

    光を放ち、ニーナは再びトランスチェンジ。その姿は。

    「かわいいいいい~~~!!!!!」

    思わず絶叫するリオンの視線の先には、モノリウムの使者、山猫の獣人である闘舞のアイシャと合体。
    薄く肌もあらわな踊り子の衣装に身を包み、頭の上から可愛らしい猫の耳を生やしたニーナがいた。

    「!」
    万博も華凛も華恋も、そしてもちろん弥生も見たことのないニーナの姿。
    だが思考を止めることこそ愚策。弥生はためらわずそのまま、如意棒を振るった。
    が。
    「!!」
    棒は当たっている。
    ニーナの身体に当たっている。
    しかし、限りなく当たった手ごたえがない。
    『これは・・・まずいわねぇ』
    あたかも、空に浮かぶ木の葉を打ったかの様に。
    ふわり。
    棒がそのまま回っていくのを、ニーナの体が、まとわりつくように絡めとる。
    「そんな・・・!」
    恐るべき体術。
    いかなる技か、如意棒の勢いを見事殺し、柔らかく受け流したかと思うと、
    「はっ!」
    カウンターで突き出されたニーナの掌底-なんと大きな猫の肉球-が弥生の腹に吸い込まれる。
    その可愛らしいビジュアルに反し、想像以上の重い一撃。
    おなかの中をかき回されるような衝撃が、弥生を襲う。
    『浸透剄。やるねぇ・・・』
    「か、かんしんしてるばあいじゃ、ありませんわっ」
    そして弥生は気づいた。
    今度はニーナが自分の間合いの内側にいるのだ、と!
    本来、如意棒の威力はいかなニーナといえど、そうそう殺しきれるものではないはず。
    しかし、棒を振るう半径の、さらに奥に位置することで、十分な回転を乗せられず威力は半減する。
    そう、接近戦を仕掛けた弥生が、さらに肉薄された超接近戦を仕掛けられているのだ。
    「ならば!」
    棒を引き戻し、今度はこちらが突きで縫いとめようとするが。
    じゃらん。
    弥生の視界を、ニーナの両腕に繋がった金色の鎖が舞った。
    (ちなみに鎖の先には、猫の顔をかわいく形どった分銅がついている)
    鎖は棒にきゅっと絡むと、その動きを一瞬制止する。
    そのまま手前に引きこむと同時に、ニーナは弥生の足元を軽くなでるように蹴る。
    それだけで、弥生のバランスは大きく前に崩れた。
    ぐるぅり。
    身体が半回転、背中から地面に転がされる。
    その弥生のお腹をニーナは軽く踏みつけながら、掌底を今度は顔に打ち下ろし-
    「-参りましたわ」
    次の瞬間、弥生の顔は大きく柔らかく不思議な弾力のあるあたたかなものにむぎゅっ とされていた。

    「決着ー! 勝者は2年Sクラス、ニーナ・アレクサンドロヴナ選手!」

    大歓声と拍手の中、ニーナは肉球のついた手を弥生に差し出し、助け起こした。
    「ニーナさん、そんな奥の手がありましたのね!」
    「ええ」
    「今回も負けましたけど、次こそは勝ちます! 七宝の技をもっと私が使えれば、きっと!」
    「いつでもどうぞ。
    -橘さん」

    『今回はアイシャ殿に譲ったが、次こそは必ず、私のレイピアで!』
    『にゃ、がんばれがんばれ』
    『う、うぬぬぬー!』
    『ミ、ミカエル様、ごめんなさい、私のせいで・・・』
    『ばか、泣くんじゃない!お前のせいではないだろう!』
    フォーリナーカードを介して彼女の盟約者たちが騒いでいるのを放置しながら、軽く空を見上げる。
    この学園に来てから盟約した、アモルとミカエルの力だけでは勝てなかった。
    ・・・
    何故だろう、なのにニーナの顔には、少し笑みが浮かんでいた。

    「ニーナさん。今日の最後に、最後の出し物として、高学年の部の優勝者とのエキジビション・マッチを検討しているのだけど、どうされます?
    他の競技もありますし、疲れもあるでしょうし、それに相手は高学年ですから、辞退しても問題ないですわよ?」
    対戦の後、今度は体育祭の運営委員としてそう尋ねてきた弥生に、
    「やります」
    即答だった。
    強い意志の光が瞳に宿る。
    「相手は誰?」
    その時、訓練場の方から歓声、そして高らかに勝者を称えるアナウンスが聞こえてきた。
    「決まったー!!
    勝者、紅組5年Sクラス、生徒会副会長、アシュリー・ブラッドベリ!!!」

    ―続く!

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  • 剣 美親 & アテナ

     剣 美親 & アテナ

     剣 美親 & アテナ

    剣 美親 & アテナ

    「剣美親のこと、ねぇ・・・」
    「ヨシチカのこと? あのねあのね!」
    「あー、ちょっとお前はおとなしくしてくれるか。
    じゃあ、私から話そう」
    「えー ずっるーい」
    ホンコン支局の支局長に就任したばかりのを青年、アーロン・ラウは、隣に同年代の女性を従えながらゆっくり話し始めた。
    「剣美親という奴は― そうだな、眩しかったな」

    親の仕事の都合で、当時ホンコンに住んでいた日本人の少年、剣美親。
    彼が定理者としての素質を「発見」され強制招集を受けたのは、13歳の時だった。
    当時ホンコンでは、各地で頻発するジスフィアの悪しき妖怪・悪霊たちの襲来に頭を悩ませており、対抗し市民を守るための戦力は喉から手が出るほど欲しかった。

    「溌溂とした、元気のいい奴だった。
    いつも話すとき、相手を真っ直ぐに見る。その真っ直ぐさを良く覚えている」
    「しかもスッゴク可愛かったのヨー
    女の子、特に年上の女子にモテたよねー。
    天然のタラシってやつー!」
    「お前もう黙れ」

    有無を言わさぬ強制招集の上、少年には過酷なトレーニングの日々。
    それを持前のタフさ、そして正義感で乗り越えた剣美親。
    そんな彼が、最初に盟約した相手。
    それが、ジスフィアから来た女サムライ、緋華だった。

    『剣美親の事か… ふふ、懐かしいな』

    異世界ジスフィアには、一応世界の中を統治する政治機構があり、若干官僚的とはいえ、人を、民を守る意思がある。またセプトピアにあふれた悪霊たちは、彼らが最も大事にするロジックである「輪廻」から外れた者たちだ。ジスフィアの者たちからしても退治は急務であり、多くの戦士たちが派遣されてきた。
    緋華もその一人である。

    『そう、あいつと最初に合体したのは私だよ』

    そう語る彼女の目は、懐かしそうに細められていた。

    『当時私は、魑魅魍魎どもを退治るよう上から下知されてな。
    これでも一所懸命、お役目を果たそうと気張っていたのサ。
    そしたら引き合わされたのがあの小僧だろう?
    面食らったねぇ。
    最初は、あんまり易々と合体の事を語るもんだからさ、睨みつけてやったんだよね。
    こう、目力こめてさぁ』

    なるほど、女サムライの眼光は、普通の人ならそれだけで震え上がりそうなほど、怖い。

    『にも拘らず、まっすぐ目を逸らさずに言うものサ。
    「俺はこの街を守りたい……子供たちの夢を守りたいんです!」
    ってね。自分もガキだろうに、良く言ったもんだ・・・
    だけどまあ、
    「緋華さん。あなたは俺のロジックを受け入れてもらえますか?」
    そう言われたときには、もうこっちが飲まれていたね』

    『ふふっ だからね、あの小僧に合体のいろは、を教えてやったのは私って事にならぁね』

    そう語る表情は、今度はいたずらっぽく笑みを浮かべていた。

    『で、なんだい。今そんな事になってんのかい。難儀だねぇ……
    ま、でも何とかするだろうよ。大丈夫、そういう“相”をしている』

    その後、美親と緋華のペアはホンコンの治安維持に尽力。
    さらに美親の飽くなき向上心とたゆまぬ努力は、ジスフィアに名高い剣鬼・羅刹までも降すことに成功する。

    『済まない、口下手でな。あまり話すのは得意じゃない』

    羅刹は、己の剣を磨くため、闘争とその相手を求め、モノリウムからセプトピアに侵入した獣人たちを狙ってやってきた。その前に立ちふさがったのが、美親である。

    『我は格上と認めた者しか相手にせぬ。
    だが美親は、刀を抜いて我の前に立った。
    軽くあしらうつもりであったが―』

    目を閉じた羅刹の表情は、あの時の事を思い出している様だった。

    『始めは相手になぞしなかった―
    サムライの技を多少は使えるようだったが、まだまだ児戯。
    刃を見せるまでも無かったが、ふふ、しつこい小僧だった』

    羅刹があくまで武芸者としての仁義にこだわり、格下の命を奪う気が無かったのが幸いしたのか。彼がトランスジャックして現れるたび、その前に美親は立った。
    倒されても、倒されても、ケガを負っても気絶しても、食い下がった。

    『そして遂に― 我は負けた』

    羅刹に追いつかんと急速に成長した美親は、ついに羅刹を倒すことに成功する。
    『斬れ』と言う羅刹を、美親は生かした。
    それは美親自身の不殺の信念ゆえでもあったが―
    もしかしたら、美親も羅刹に剣の師としての姿を見ていたのかもしれない。

    その後、羅刹も美親と盟約を結び、さらに活躍を広げていくことになる。
    ホンコン支局定理者チームのエースとして、その名が知れ渡ったころ、あの事件が起きた。
    ジスフィアから侵入した強力無比な妖怪・鬼夜叉を退治するため。
    そして、同じくセプトピアに侵入しながらも、鬼夜叉の鬼気に巻き込まれ死に瀕していた小妖怪の命を守るため。
    二人は、禁断のオーバートランスを実行したのだ。

    『後悔はない―
    あの時、美親も我も、鍛えた刃の使いどころを得たのだから』

    オーバートランスの後遺症で美親は「合体のロジック」を喪い合体ができなくなった。
    そして羅刹は、「剣術のロジック」を喪い、人生を賭けた全てを失った。しかし。

    『彷徨の果て、我はまた新たな剣術を一から学び会得した。
    美親にも伝えるがいい。いずれまた手合わせを、と』

    『ふふっ 楽しいお話が、たくさん聞けました!』
    白いワンピースに白い帽子。編み上げた金色の髪が映える。
    そう言って彼女は、寄り添う青年の顔を見上げた。
    『美親はどうでした?』
    「やっぱり・・・少し恥ずかしいな」
    『それは良い事です! 恥ずかしいのは自分の事だ、って思えているからです』

    喪った「合体のロジック」を見つけたのが、傍らに立つ女性、アテナ。
    彼女はテトラヘヴンから派遣されてきた使者であり、その正体は正義と勝利を司る女神であった。
    アテナと出会った美親は、ロジックを回復し、彼女と盟約を結ぶ。
    そして再び、人々を守る戦いに挑んだ。
    彼らが挑んだナイエン区の使者襲来事件。
    その背後で糸を引いていたのが堕天使ルシフェルであり、その後の「ルシフェル事変」はこの世界そのものを脅かす大事件であった。
    これを解決するため、美親はアテナと二回目のオーバートランスを断行。
    事件は解決したものの、彼は今度は「記憶のロジック」を失う。

    その後美親は、アテナと「剣美親の記憶」を巡る長い旅を続けていた。
    急ぐ旅ではなかった。
    彼の生地を訪ね、育った土地を歩き、時折、というかしばしば、寄り道をしながら、ゆっくりゆっくり旅を続けていた。
    「剣美親の物語」。
    最初は、記憶を喪った美親にはまるで他人の話だったが―

    「ロジックカードがあっても無くても、お兄ちゃんは私の自慢のお兄ちゃんだよ!
    お母さんもきっとそう思ってる!」
    「そうだな。かすみもそう思ってるさ。
    そうそう、お前ももうそろそろいい年だ。
    ここは父親として、オトナのアソビって奴を教えてやらなくちゃなー」
    「ダメだよ!」『お断りします』

    彼を育んだ人の愛情が、彼と共に戦った者の友情が、その胸に染み入る度、身体の隅々、細胞のひとつひとつが何かを応える感じがする。
    そう、それは確かにこの身に、この体にあったことなのだ、と。

    そして、ある日の「中華ななほし」。
    ナイエン支局定理者チームの七星縁の実家で、定食屋を営んでいる。
    昼の忙しい時間を終え、いったん暖簾を降ろした時刻。
    今日は非番の縁が帰って来ており、家族と語らう時間を過ごしている、はずであったが―
    締め切った店の中、剣美親とアテナの前に立つのは、

    「―久しぶり、剣。アテナも」
    栗色のウィッグを脱ぎ、眼鏡をかけた玉姫は、そう言って微笑んだ。
    『もー アテナも全然連絡してこないんだからー 心配してたのよ? 玉姫が』
    「ちょ、ちょっとヴィーナス!?」
    玉姫の携えたフォーリナーカードから、アテナの同僚でもある女神ヴィーナスが声をかける。
    今回のキョウトから始まる一連の事件の背後に、ルシフェル事変の事を知る何者かの存在を嗅ぎ取ったオルガは、一計を案じた。
    秘密裏に剣美親と連絡を取り、呼び戻し、こうして玉姫を縁に変装する手はずまで整えて、彼女を仲介に任務を伝えたのだ。

    玉姫が胸元に掲げた端末から、ナイエン区メンバーたちが次々と美親に声をかける。

    まずはリーダーのオルガ。
    「剣、頼むぞ」
    「ああ、任せろ」

    ナイエン区定理者チームのアタッカー、クロエとヴァルキリー。
    「チカヨシとは一度、思いっきりマジで戦ってみたいンだよねー。どう?」
    『クロエ、お前というヤツは・・・ ま、私も構わんぞ?』
    「じゃあ・・・そのうちに」

    当時は新人定理者だった七星縁とケツァルコアトル。
    「先輩!」
    「もう七星の方がベテランじゃないか?」
    「いえいえ、私にとっては剣先輩は今でも剣先輩です!
    私、お祝いにご飯をいっぱい作りたい!・・・んですが、
    今日は無理なんで、代わりにウチの定食、たくさん食べて行ってくださいね!」
    『おう! お前がいないと男が少なくて肩身がせめーンだ。早く戻ってこいヨー!』

    ナイエン区のスナイパー、明日葉学とアルテミス。
    「リーダー? 戻ってきた・・・」
    「もう俺はリーダーじゃないよ。だからその呼び方は」
    「命令?」
    「いや、これは・・・お願いかな」
    「・・・わかった。
    これからは・・・ヨシチカ。
    ヨシチカ、これでいい?」
    『着いては離れが世の定めなら、今ひと時は、良き旅の道連れとなりましょう』

    そして支局長のヴェロニカとネメシス。
    「剣、お前には私の、誤った復讐を止めてもらった恩がある」
    『ま、アタシも復讐の女神だからネ。感謝しといてアゲルー』
    「せめてもの礼だ。戻ってきたら沢山仕事を与えてやるから、安心しろ」
    『シロー!』

    他にも、ゼラやクラウ、ピエリ、あるいはキタオカなど顔見知りのスタッフたちのメッセージが伝えられると、自然と目蓋が熱くなる。

    任務の説明と、仲間たちのメッセージを届ける。
    だが玉姫にはもう一つ、大事な仕事が残っていた。

    「・・・じゃ、試すね」
    「―ああ、頼むよ」
    『お願いします』

    「ゲートアクセス・モノリウム!!」

    清純のニコと合体、聖なる一角獣の癒しの力を宿した玉姫は、そのありったけを込めて、美親の胸にそっと手を置いた。
    「―ロジックドライブ」
    産まれた光は、ふわりと周囲を温めたかと思うと、すぐに美親の身体へと吸い込まれ、その全身を巡っていく。
    「・・・どう?」
    「・・・どうかな」
    心配そうな玉姫、そしてアテナの見る中、剣美親は、己の手を己の心臓の上に置き、ゆっくり深呼吸する。

    欠落したのは「記憶のロジック」。
    自分が誰かもわからず、真っ黒な穴をのぞき込む様な果てない不安が胸に空いていたが―
    ―あれから随分経った。
    アテナは片時も離れず彼につき従い、ともすると穴に落ちそうになる自分を支えてくれた。
    旅を決意し、各地を回る度、ひとつひとつの出会いがその穴を埋めてくれた。
    そして今、玉姫のくれた温かい光が、強く、眩しく、黒い穴を満たしていく。
    美親の家族、友人、知り合い、ライバル、皆が与えてくれた記憶の欠片を、その光が結び付けていく―

    「うん、大丈夫。きっと、大丈夫だよ」
    「・・・そう」
    残念ながら、表面上でハッキリと治療の効果がわかるわけではない。
    抑えていないと叫びだしそうになる気持ちを、無理やり留めて。
    「―剣」
    「なんだい?」
    「あなたの事は、あの時からずっと、信じてる」
    「ああ」
    「だからこれからも、信じさせて。美親」

    夕日が落ちようとしていた。
    この後、この公園でジークハルトたちと合流。作戦を開始する予定だ。
    既に時計合わせは済んでおり、今少しだけ、アテナは美親と二人きりの時間を作った。

    向かい合うと、特に言葉もなく、ただ何気なくどちらからともなく、ふと、微笑む。

    『・・・・・!』
    「アテナ、どうしたの?」
    『美親さん―』
    アテナが見た美親の微笑みは、そう、まさしく彼女の記憶の中にある微笑み。
    彼が記憶を喪ってから、どう繕ってもぎこちなさの影が潜む表情が、今―

    剣美親。
    2度のオーバートランスを経験した世にもまれな定理者。
    数年前のルシフェル事変を解決した英雄として称えられながらも、本人は記憶を喪い、何処かへと去ったと伝えられていた。
    今なお「記憶のロジック」は喪われたままだが、しかし、彼の掛け替えのない「記憶」は彼だけの物では無い。彼と縁を結んだ人々が欠片を持ち寄り、暖かな光で埋めている。

    美親はアテナの伸ばした手を取り、そのまま抱き寄せていた。
    『やっと、美親さん、いえ美親を見つけました・・・』
    「ありがとう・・・アテナ・・・」

    「じゃあ、行こうか」
    『はい、美親』

    「『合体!』」

    ―そして白き大楯の勇者は三度、戦場に現れる。

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  • リオネス・エリストラートヴァ & 花唇のローザ

     リオネス・エリストラートヴァ & 花唇のローザ

     リオネス・エリストラートヴァ & 花唇のローザ

    リオネス・エリストラートヴァ & 花唇のローザ

    異世界モノリウムは、「力」のロジックに支配された驚異の大自然世界である。
    この世界では、意志と知恵を持った様々な生命由来の獣人たちが闊歩し、何か事あれば「力」そしてその表明たる「闘争」で解決する。
    それは、遥か北方の大森林に住む草花樹木由来の獣人たちも変わらない。
    北方花樹人の国に咲く大輪の薔薇姫と称えられしは花唇のローザが、その玉座に可憐かつ豪奢な身をたたえながら
    『ほぅ』
    と物憂げなため息をついた時ですらも。
    『―姫、いかがされましたか』
    『我ら臣下一同、ご下命あればいかにても果たす所存』
    『皆、蔓を張り棘を磨き、討って出る準備はできております!』
    腕自慢知恵自慢の家臣たちが膝を折りローザの言葉を待つ。
    が。彼女の親しい友人として宮殿にも出入り自由を許された、とある藤の花の姫は広間の隅に立ちながら、半目でローザの方をみやる。
    『・・・ま、だいたいわかってるけど』
    視線の先、大輪の薔薇姫は、その名の通り薔薇色の唇を物憂げに開いた。
    『―妾の―』
    家臣たちが息することも忘れ、一言も聞き逃すまいと静まる中。ローザは言った。
    『―妾の盟約者が、最近妾を呼んでくれぬのじゃ・・・・』
    一同が膝から崩れたりせず、堅く姿勢を保ち続けた鋼の精神力は、まさしく力のモノリウムの獣人として称えられてよいと思われた。
    『なあなあなあ、誰か聞いてくれぬか!
     しかも、しかもな? 最近リオンがまた考え込んでいるようなのじゃ・・・
     妾は、妾はどうしたら良いのだ!』
    居並ぶ臣下たちが、くるりその首を巡らせる。
    視線が集中した先は、今にも広間から逃げ出さんとしていた藤の花の姫を縫い留めた。
    『・・・ええ~ わたくし?』

    ホッカイドウはオビヒロの、更にその奥に設立されたピラリ学園。
    元々は悪意ある異世界の使者からこの世界を守るため、定理者の素質を持つ子女を集め育成する、特別な教育機関だった。
    今もその建前は変わっていないが、使者襲来事件が激減し世の中が平和になった現在、教職員たちもその在り方を考えている真っ最中ではある。
    ただはっきりしているのは、異世界の使者と合体し超常の力を奮うことができる彼女たちの力は、戦う事以外にも使う道がある、という事だ。
    いざという時その力を正しく使う事ができるよう、今日もピラリ学園の少女たちは己を磨き切磋琢磨している。

    「―っ ぜーっ はーっ も、ダメっす~~~」
    ばたりと倒れ込んだのは、2年Sクラスの京橋万博。
    頭には、真っ赤な鉢巻が巻かれているが、それもだらしなく解けていく。
    「つ、疲れたっす~~~」
    おりしも現在、ピラリ学園は生徒会の発案で始まった「体育祭」に向け、校内一丸と盛り上がり始めているところだ。
    この企画には、生徒たちに普通の子供らしい学生生活を与えたいと考えている教職員たちも賛成で、そのためここひと月の体育の授業は全て体育祭の練習となっている。
    Sクラス特有の、合体しての訓練も最近は特殊な能力よりも基本的な身体能力の発揮・向上に着眼点が置かれている。例えばリオンでは、モノリウムの使者・綿毛のワッフルと合体しては縦横無尽の運動能力を見せつけていた。
    さて何本もスタートダッシュをさせられ、日ごろの不摂生がモロに出た形の万博がなんとか身を起こすと、そこには既にノルマを終えたリオンが、ぽつんと座っている。巻いている鉢巻は赤。万博と同じ、紅組である。
    「リオン、どうしたっすか?」
    「あ、万博ちゃん・・・」
    リオンは万博よりもずっとタフだ。この程度の運動なら楽にこなしてしまう。合体しなくても単純な体力勝負なら、Sクラスでもトップなのではないか。
    そんな彼女が、何やら物憂げにため息をついている。
    傍にいる青い毛並みの小さな獣―異世界の使者らしいベルもお揃いの鉢巻をしながら、
    『キュウ~・・・』
    と心配そうに鳴いている。
    「・・・ニーナちゃんがね・・・」
    言われて視線の先を追えば、そちらには同じSクラスのニーナがスタートダッシュを素早く繰り返すのが見える。
    元ALCAの現役定理者として戦いにも赴いていただけあって、彼女の運動能力もクラスでトップクラスだ。
    「ニーナがどうかしたっすか?」
    「体育祭の準備が始まってから、ちょっと元気が無いんだー」
    「・・・そうっすか? そうは見えないっすけど・・・」
    切れ味良く体を翻すニーナ。そのたび、白い鉢巻がくるりと踊る。
    今回、各学年のSクラスはくじ引きで紅組と白組に分けられることになっていた。
    こういう催しではクラス単位で組み分けをすることが多いが、ピラリ学園の場合、盟約者を持ち合体ができるSクラスの面々はとりあえず「目立つ」。
    特に、身体を動かすことでは自然良い成績を取ることも多く、これをどちらかの組に入れてしまうと、入らない組の方から不公平だ!と声が上がるのは明らかだった。
    なので、生徒会の発案でSクラスの生徒は同じ人数ずつ紅組と白組に分けられる。
    2年Sクラスではリオン、万博、華凛たちが紅組。ニーナや弥生、華恋たちは白組だ。
    「・・・ううん、元気ない。ちょっとだけだけど」
    ニーナはあまり感情を表情に乗せる方ではない。
    少なくとも万博にはリオンの言う「ちょっと」の違いはわからなかったが、
    「なるほど、そうっすかー」
    「うん」
    ことニーナのことで、リオンの感覚が間違うことはないだろう、と思う。
    「聞いてもね、何でもない、って言うんだ」
    「それは困ったっすねぇ」
    万博にとってもニーナは大切なクラスの仲間だし、それにルームメイトでもあるリオンがこうして落ち込んでいるのは、部屋の空気的にちょっと困る。
    「じゃあ、ちょっと考えてみるっす」
    え? とリオンが顔を上げた時には、既に万博は弥生の方へ走っていくところだった。
    「やーっちゃーん ちょっと聞いて欲しいっすー!」
    「だからやっちゃんは止めなさい! で、何ですの?」
    ごにょごにょごにょ
    「なるほど、それは困りましたわね。ではこういうアイデアは―」
    ごにょごにょごにょ
    遠目で見ながら、リオンは少し胸が軽くなり、丸まっていた背が少し伸びた。
    そう、万博ちゃんも弥生ちゃんも、すごいんだ。
    二人とも、リオンの自慢の友達である。

    さてそれからしばし後。また体育の授業にて。
    「今日の体育の授業は、騎馬戦の練習をしますわ!」
    神楽先生の代理とばかりに、声を張る弥生。
    「じゃあ班分けをしますねー 基本、背の順ですから」
    「あう~ わっちも主さまの馬やりたいのに~」
    「華恋ちゃんは大きいから仕方ないでしょう!」
    藤崎先生の指示に従い、まず紅組と白組に分かれ、次いで騎馬を組む班に分ける。
    誰が馬になり、誰が馬に乗るかは班の中で決めていいことになった。
    「リオン、今日はリオンが乗るっす」
    「でも、万博ちゃんの方が小さいのに」
    そう言うリオンに、万博はグラウンドの反対側を指さした。
    丁度、弥生とニーナのいる班がニーナを上に乗せようと騎馬を組んでいるところが見えた。
    「思い切りぶつかってみるっすよ」
    「―うん、わかった!」
    恐らく今日の体育が騎馬戦の練習になったのも、万博と弥生の「おせっかい」の結果なのだろう。ここは「ありがとう」の気持ちで受け取っておく。
    さて今日は初めて騎馬を組む生徒も多い。まずは騎馬として動けるか、が最初の関門だ。だが流石にSクラスのメンバーたち。すぐにある程度慣れて動ける様になる。困ったところと言えば、後ろ脚の一本になった華恋が派手に動きすぎるのでその馬がまっすぐに走れない!というぐらいだった。
    「じゃあ、模擬戦、してみましょうか」
    弥生の掛け声で、早速お互いの鉢巻に手を伸ばす模擬戦が始まる。
    当日の競技では、他の学年や他のクラスも混ぜて行う予定なので、もっと多くの騎馬が入り乱れる乱戦になるだろう。しかし今日は数が少ないから、直ぐにぶつかっては崩れ― まるで予め決まっていたかのように、ニーナを乗せた弥生たちの馬とリオンを乗せた万博たちの馬の一騎討ちになる。
    「万博ちゃん、まっすぐ前に!」
    「りょうかーい!いくっすよー!!」
    と前のめりの勢いのまま突っ込んでくれば、
    「橘さん、右にかわして!」
    「わかりましたわ!」
    と応じる。
    上手くかわすも、リオンは全身と腕をぐいと伸ばして攻めてくる。こういう時のリオンのバランス感覚、身体を動かすセンスというのは侮れない。
    しかし、それにしても。
    「ニーナさん、こちらからも攻めないと!」
    「え、ええ。わかって、る」
    と言いつつ、返すニーナの勢いは弱い。彼女だって格闘のセンスはずば抜けているし、下の騎馬も前脚を預かる弥生の下、しっかり支えられているはずなのに。
    「ニーナちゃん、どうしたの!!」
    リオンも叫ぶ。
    「こんなの、ニーナちゃんらしくないよ!」
    「・・・・」
    いつの間にか、既に崩れた騎馬のクラスメートも遠巻きに見守り、それぞれの組の馬もバランスを取るのに専念し。
    ひたすらに手を伸ばすリオンと、それをなんとか弾いてやり過ごそうとするニーナ、二人の荒い息遣いだけがグラウンドに響いていた。
    「ニーナちゃん!!!!」
    ニーナがリオンに伸ばした手は、それこそ皆がわかるぐらい、気の入っていない緩いものだった。それをぱしっ と、掴むリオン。
    「・・・・だって・・・・」
    「・・・・だって?」
    馬上のニーナは、手を掴まれたまま、リオンに顔を背けながら、ぼつりと漏らす。
    「私たち、敵、になっちゃったのに。・・・リオンは平気、なの?」
    「・・・・え?」
    「私は白組で、リオンは紅組なのに! 平気なの!?」
    ニーナの叫びに、思わず弥生も万博も、Sクラスの皆が頭が真っ白になった瞬間。
    「ニーナちゃーーーーん!」
    掴んだ腕を引き戻す勢いで、リオンが馬から飛び、ニーナに抱き着いていった。
    「ちょっ リオンさん!」
    「う、うわああああああ」
    もちろん双方の馬が無事で済むわけはなく、突然衝撃をくらった弥生の馬も、反動をくらった万博の馬ももちろん崩れてしまい勝敗的にはドローとなったが、まあ、そんなこと誰も気にしてなかった。
    「大丈夫だよニーナちゃん! 私も、万博ちゃんも、紅組のみんなも、みんなみんな友達だよ!ライバルだけどね!」
    崩れた馬の上で。
    リオンに抱き着かれながら、ふと見た青空はとにかく澄んで、青く、高く、深かった。
    「―ええ、そうね」
    ニーナにとって、同じ年頃の少女たちとクラスでいっしょの仲間として学び暮らしていく経験は、まだ1年と半年に満たない。
    更に、様々な経験を経て、学園に残ると決めたのはまだ今年の春の事だ。
    だから―
    「・・・ふふっ 私、バカみたい?」
    視線を落とすと、今度はクラスの皆が自分たちを見ていて、なんとも言えぬ緩んだ笑顔だったので― 自然と顔が赤くなっていく。
    「・・・ニーナさん、リオンさん、早く、早く降りてくれませんこと・・・?」
    「もう、中身出るっす・・・ぎゅう」

    この一件があってからというもの。
    ニーナは元々の運動能力をいかんなく発揮、いやそれ以上に成績を伸ばすので、紅組首脳陣としてはどう彼女を押さえるか、あるいは彼女の出場種目を読んでどう捨てるか、みたいな作戦を練り始めたとか。
    リオンはといえば、こちらも思い煩う事がなくなり、今日も明るい笑顔を周囲に振りまいて皆を自然と前に引っ張っている。
    「ニーナちゃん、私、先輩たちの勧めで、応援団に入ることになったんだ!
     見て! かっこいい?」
    ちょっと丈の長い学ランを羽織った姿は、カッコいいというより可愛いとか愛らしいとか言うべき姿だったが、みんなを鼓舞し力づける応援団という役割はリオンに相応しいと思えた。
    「うん、いいんじゃない。似合ってる」
    「へへー。あくまで紅組の応援団だけど、ニーナちゃんの出る種目は、ニーナちゃんを応援するね!」
    「それはダメっす! 利敵行為でタイホっす!」
    「うわ、逃っげろ~~!」
    「待つっす~~!」

    『というわけで、妾の盟約者も、無事笑顔を取り戻したのじゃ。
     めでたしめでたし、じゃなあ』
    まさしく大輪に咲くごとく、ローザの笑顔は煌びやかに周囲を照らす。
    それを受け、
    『おお、流石は姫の盟約者たるお方』
    『同じく姫の身ながら、自ら騎馬を率いてぶつかられるとは!』
    『うむ、セプトピアの者でありながら、我らがモノリウムのロジックを体現しておられる』
    口々にローザの盟約者を称える臣下たち。
    一方少し離れた場所で。
    一連のローザのボヤキというか愚痴というかを聞かされた挙句、勝手に自己解決した結末まで聞かされてきた藤の花の姫は、もちろん塩でも舐めたような表情を浮かべていたが―
    『・・・で、いつになったらわたくしと合理体同士で戦っていただけるのです?』
    その呟きは、残念ながらローザの耳には届かないようだった。
    『今宵は宴としよう! さあ、歌じゃ!踊りじゃ!』
    『おお、これは久方ぶりに、姫の御歌が聞けますな』
    『素晴らしい、酔いしれるとしましょうぞ!』
    『ティア様もぜひ、ご一緒に楽しまれていかれるとよかろう』
    やってられるかとそっぽを向いていた藤姫ティアだったが―
    『とんでもありませんわ。
    歌は聴かされるものではありません。
    ――聴かせるものです!!』
    『よかろう! ならば妾から、まいくを奪ってみよ!』
    『いいでしょう、そこになおりなさい!!』
    とりあえず、北方果樹人の国も、今日の所は平和であるようだ。

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  • ヴェロニカ・アナンコ & ネメシス

     ヴェロニカ・アナンコ & ネメシス

     ヴェロニカ・アナンコ & ネメシス

    ヴェロニカ・アナンコ & ネメシス

    「こちらへどうぞ」
    『おおきに、ありがとな』
    クラウの先導でサロンに入ってきたのは、上品でシャープな印象の、ネイビーのスーツを着こなした女性だった。
    ALCAナイエン支局のサロンルーム。
    奇しくも、あのルシフェルを迎えた時と同じ場所。
    女性は、やはりシャープな印象を与えるブルーメタルフレームの眼鏡に軽く指を当て、視線の先を確かめる様に首を少しかしげる。
    『そちらさんが、ALCAのヴェロニカ局長はん?』
    「―ああ。ヴェロニカ・アナンコだ」
    『なるほど、お姿は拝見しとりましたが、ホンモノはそれ以上にお綺麗ですわ。
    そしてそちらが―』
    『テトラヘヴンのネメシス』
    『こちらもまあ、可愛らしいお嬢さんで。お会いできてホンマ、嬉しいわあ』
    だがそう言われたネメシスの方は、口にくわえたロリポップキャンディーをガリっと噛み砕くと目を逸らす。
    『おやまあ、嫌われてしまいました?』
    「―見え透いた世辞はいい。ペンタクルスの使者」
    『さいですか? そりゃあ、話早くて助かりますわ。
    うちはペンタクルスの紫車リィス。評価額は2億3千万GD。
    以後よろしゅうに』

    「あいつもペンタクルスの使者なのか」
    サロンを見下ろすフロアに、オルガ、玉姫、クロエ、そして縁が揃っている。
    いずれも懐にフォーリナーカードを忍ばせ、事あれば即合体して対応できる構えだ。
    それ以外の、警備員を含め一般のスタッフは万一に備え退避させている。
    「…ヴェロニカさん、大丈夫でしょうか…」
    「大丈夫だ。そのために、俺たちもこうして待機しているんだからな」

    ナイエン支局の定理者は、みな様々な試練を乗り越えてきた、言わば歴戦の勇士だ。
    彼らが見守る中、会談は表面上、穏やかなムードで進行していた。
    『・・・ちゅうわけで、金錆はうちの部下なんやけど、
    焦ってしもたんやろなぁ。此度のことは、ほんに申し訳ないことしましたわ』
    といって、ついと視線を上に伸ばす。その先には、オルガ。
    『特に、そちらの色男さんには、重ねてお詫び申し上げます』
    と言って、いったん席を立つと、腰を折って綺麗なお辞儀をして見せる。
    「俺のことはいい。
    ルシフェルのロジックの件も、解決した話だ。
    それより、金錆のギゼはどうしたんだ。
    詫びというなら、本人が来て謝るべきじゃないのか」
    『暖かいお言葉、ありがとうございます。
    おっしゃる通りです、本人に謝らせるべきなんですけど・・・
    当人、あれから行方をくらましてもうて。
    うちらの呼び出しにも応じんのですわ』
    その言葉を受け、ヴェロニカが柳眉をひそめる。
    「我々も行方を追っている。
    そちらの言う事が本当なら、ヤツを追うための情報は提供してもらえるのか?」
    『もちろんです。どれだけお役に立つかわかりませんが、なんでも提供させていただきます』

    リィスの説明によれば。
    彼女のギルドに所属する「金錆ギゼ」が今回の事件を主導。
    オルガの左手に宿る「ルシフェルのロジック」の奪取を企図した彼は、そのためにロジック採取の機能を持つ蒸気人形を制作。さらに、行動をやり易くするため、ジスフィアの玉風・鳴神をそそのかしキョウトで事件を起こさせた。

    「貴様の部下の企みのために、キョウトの街は随分被害を受けた」
    『申し訳もありませんわ。
    ただ、キョウト支局の皆さんも随分優秀なようで。ジスフィアの暴れもんもあっちゅうまに捕まったらしいやんか』
    「それは貴様の知ったことではない」
    『フフ、そりゃ失礼しましたわ』

    日本のALCAの目がキョウトに集中する中、ナイエン支局の定理者たちを調べ上げ、更にオルガを一人で誘い出すことに成功した金錆ギゼ。
    その目的まであと一歩のところで、計算外の切り札によって阻止される。

    『これは、せめてもの詫びの印ですわ』
    そう言って、紫車リィスは手にしたカバンから布袋を取り出すと、机の上にそっと置く。
    袋の口から、かしゃりと澄んだ音と共に、白銀に輝く光が漏れる。
    「・・・これは?」
    『白金― プラチナ製の歯車ですわ』
    「プラチナ?」
    結構な量だった。
    ヴェロニカが手に持ってみると、それなりの重さがある。
    『調べてみて構いまへんわ。純度はPt1000。
    綺麗に見せるんはパラジウムとか混ぜた方がええねんけどね。
    歯車にしたんは、まあ、うちの気まぐれや。
    別に、溶かしてくれても構わんよ?
    それだけで、こっちの価格で100万円ぐらいにはなるやろ』
    「これで、キョウトの被害を弁済できるとでも?」
    『とんでもありまへん。
    これは、うちから局長はんへの、あくまで個人的な、そう、プレゼントや』
    「―なんだと?」
    『こんなもん、うちにとっては大したもんやない。
    うちの世界では、こっちの石ころ程度のもんやしね?』
    「・・・」
    『局長はん、うち、局長はんと仲良うしたいねん。
    もちろん、そっちの皆さんともな?』
    といいつつ視線を軽く上へ投げ、また降ろす。
    「何を考えている」
    『もうお分かりでっしゃろ?』

    「プラチナの歯車のプレゼントねー アクセにはちょーっとゴツイよねぇ」
    「でもこれだけの物をあっさり用意できるという証明ね」
    「俺のロジックが聞こえる・・・
     財貨のロジックで動くお前たちの狙いは―」
    「つまり、そのう、お金儲け、ってことですか?」

    『ふふっ それ以外に、うちらに生きる意味はあらしまへん』

    と言って、今度は扇子を取り出すと、くるりと回して広げる。
    青く染めた和紙に白く鳥の絵が描かれている。
    『綺麗ですな。これ、扇子言うんですね。
    似たもんはうちの世界にもあるんやけど、こないに綺麗なもんは無かった。
    というか、わざわざ色付けて、絵を描くなんて発想が無かった!』
    あたかも舞う様に、手の中でくるりくるりと扇子を弄ぶ。
    『これな、うちの世界で大流行りしましてん。
    うち、ようけ儲けさせてもらいましたわ。
    流石はセプトピア。
    快楽のロジックは、伊達じゃありませんなあ』
    「つまり、何が言いたい?」
    『うちと組んで、お金儲けしまひょ』

    そしてリィスは語り始めた。
    ロジックの影響で、世界を超えると物質は変わってしまう。
    しかし、元から両方の世界に在る物質なら?
    さらに、その価値に大きな差があるなら?
    セプトピアでは産出量では金よりも貴重なプラチナが、彼女の世界ペンタクルスでは石ころ並みに手に入るという。
    さらに。

    『情報。概念。思考。理念。アイデアや発想は、世界を超えても有効ですわ』

    手動の涼を得る道具に絵を描くことが、彼女の世界で大ヒットしたように。
    お互いの世界での「当たり前」が別の世界では「青天の霹靂」となるのだ。

    『儲かりますえ? たーくさん!』
    目を輝かせ、乗り出さんばかりに語る彼女に対し。
    見た目は愛らしい幼女、しかして人の尺度では追い付かない長さを生きてきたテトラヘヴンの復讐の女神、ネメシスはぼそりと言った。
    『―バカじゃん?』
    『え?』
    リィスの滑らかな口調が止まったのは初めてかもしれなかった。
    『そっちの世界のロジックがなんだか知らないけど。
    抱えきれないお金持って何するのサ』
    『―!!!!!』
    「まあ待て」
    ヴェロニカはあくまでその姿勢を崩さない。
    冷めた目でリィスを射抜く。
    「お前の話はそれなりに興味深い」
    『せ、せやろ?』
    「だから、ALCA本部に行こう。
    ヤルノさんが段取ってくれる。
    すぐに国際的な異世界間貿易の枠組みを検討し、協定を検討しよう。
    素晴らしい事業になるんじゃないか?」
    そういう台詞の内容に比べ、その口調の冷たい事。あたかも、異世界の使者の熱を冷やすがごとく。
    『わ、わかってまへんな・・・
    これはぁ、うちとあんたさんの・・・』
    「お前がやりたいのは、開かれた異世界間貿易ではないな。
    セプトピアとの窓口を独占し、利益を収奪する。
    ―つまり密貿易だ」
    『・・・』
    ひゅうっ と息を飲むような音の後― リィスから出た言葉は・・・

    『だってその方が、儲かりますやろ?』

    ヴェロニカとかわす視線。
    不思議なアイコンタクトだった。
    ある意味この瞬間、この二人は誰よりもお互いを分かっていたのかもしれない。

    『交渉、決裂ですな』
    言うが早いか、身を翻す。その背中に、
    「私が、おとなしく貴様を帰すとでも?」
    ヴェロニカの目が鋭く光る。伸ばした手は盟約者、ネメシスの手を握り。

    『「合体」』

    『カミカミボム、出ておいで!』
    「動かないでいた方がお前の為だぞ?」
    瞬きする間すら与えない。リィスの足元をぐるり囲むように、小さな爆弾たちがニタニタと笑みを浮かべて整列する。

    「きょ、局長! 室内で爆弾は!」
    「ま、まあ一度爆破したけどな」
    「あれは後片付け大変でした!」
    言いながら、彼女たちもフォーリナーカードをかざそうとする。

    『ご心配には及びませんわ!』
    リィスの体のあちこち、スーツを破って白い蒸気があがる。
    「ちっ」
    起爆。
    ためらいなく足元の爆弾を爆発させるが、そもそも足止め程度の威力に設定していたためか、白煙の向こうに人影が飛んで逃げるのが見える。
    しかし。
    「明日葉!」
    「―」
    ゆらりと空気がうごめく。
    長いライフルの銃身が現ると、そのまま発砲。光の弾丸がその影を射抜く。
    「―命中」
    学はこの会談の前に合体してスニークウォークを発動。姿を隠しながら、サロンの中でずっと待機していたのだ。

    「・・・まあ、こんな事だろうとは思ったがな」
    白煙が晴れた時。
    そこに横たわるのは、人形。
    穿たれた穴から除くのは、歯車。
    血は流れていない。

    『エろうすいマせんなァ・・・』
    壊れた調子で人形のどこからか声が流れる。
    『うチもさすがニ、名高イないえん支局さンに、
    自分デ来るンはこわいコワい・・・』

    つまりそういうことだ。
    ここに来たのは紫車リィスの影武者。
    本物は別のどこかから、これを観ている。
    『まタ、お会イしまひょ・・・ そオの時は、勉強サせてもらいま―』
    と言って、音は途切れ、二度と鳴らなかった。

    「忙しくなるぞ」
    合体を解いたヴェロニカは、定理者たちを見回し、そう、告げた。
    ―続く

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  • オルガ・ブレイクチャイルド & ルシフェル

     オルガ・ブレイクチャイルド & ルシフェル

     オルガ・ブレイクチャイルド & ルシフェル

    オルガ・ブレイクチャイルド & ルシフェル

    その建物は、ガイエン地区の端、路地を抜けた所にあった。
    中庭の様に開けた場所、月光の落ちるそこに、寂れた協会が建っている。
    「・・・」

    彼にとって、懐かしく、またある意味忌まわしい、因縁の場所だ。

    錆びついた門を押し開き、中に入る。
    中は想像通り薄暗い。長椅子の連なる奥に祭壇、その脇に朗読台。
    ひび割れた天井からは細く月光が差し、祭壇の上を照らし出していた。
    そこには十字架に架けられた聖人の姿があるはずだったが、何者かに壊されたのだろう、折れて途中から無くなっている。
    左右の壁に行くに従って、光は影に呑まれ、見通し辛い。
    ―だが、いる。
    戦士の肌感覚とでも言うのか、何人かが陰に潜んで自分を見ているのが、わかる。
    軽く息を整えると、声を張った。
    「オルガ・ブレイクチャイルドだ。呼び出しに応じ、来てやったぞ!」

    話は数時間前に戻る。
    今回のキョウトでの事件の裏に、ルシフェルらしき人物がいるとのクロエの報告。
    その情報に、ALCAナイエン支局は揺れた。ただし。
    「クラウ、この情報はこの指令室から外へ出すな。
    ヴェロニカ局長には俺から話す」
    「―はい、しかし良いのですか?」
    それに答えたのは、オルガではなくゼラだった。
    「流石にルシフェルの名前はデカすぎる。
    この名前だけが独り歩きすれば、せっかく平和になったこの町への影響は計り知れない。
    ということですな?」
    「ああ。ピエリ、今日までの調査報告をすぐに上げてくれ、確認したい」
    彼の個人用端末がメッセージの着信を伝えたのは、その時だった。

    『二人だけで逢いたい、あの思い出のセプトヘヴンで』

    記されていた文章はそれだけ。発信者の名前もなく、アドレス情報は隠蔽されている。
    だがもちろん、オルガにはその発信者も、指定された場所も、想像がついた。

    そして、今。
    『久しぶりだね、オルガ。我が盟約者よ』
    妖艶な笑みを浮かべた男。
    思い出と寸分変わらない姿が、説教壇の影から現れた。
    「―ルシフェル、なのか?」
    『もちろんだ。忘れたのかい?』
    「・・・忘れるわけがない」
    ルシフェル。
    その名を聞けば、ナイエン区・ガイエン区の住民、いやこの国、この世界全ての人が震え上がるだろう。
    元は異世界テトラヘヴンの天界に仕える大天使の一人でありながら、大神に反逆して100年戦争を引き起こし、破れ、堕天の地に永遠に幽閉された大罪人。
    しかし堕天の地の底でゲートカードを手に入れた彼は、この世界・セプトピアへと脱出。
    そして次々仲間の魔神を呼び寄せた。あまつさえ、セプトピアを自らの物にすべく、ガイエン区の住民たちを洗脳し支配。
    さらにALCAの定理者をも誘惑し、遂には新世界「セプトヘヴン」の創造まで夢見た。
    ルシフェルはオーバートランスをも実行し、この世界を黒い羽根のロジックで塗り変えんとしたが、
    ALCAナイエン区定理者チームのリーダー、剣美親とその盟約者アテナの献身的な戦いにより企みは阻止され逮捕。その後、ALCAによって密かに「処理」された。
    それが数年前に起きた大規模使者連続襲来事件「ルシフェル事変」の真相であり、愚かにもその口車に乗せられた定理者というのが俺、オルガ・ブレイクチャイルドというわけだ―
    『約束通り、独りで来てくれたんだね』
    「そういうお前は、独りではないようだが」
    『ああ、気にしないでくれ』
    軽く手を振ると、壁際の影に潜んだ何人かの気配が動く。
    『彼らは私の協力者さ。
    ALCAによって消された私を助け、
    ここに帰ってくるのを手伝ってくれた』
    そう言いつつ、右手をつと伸ばす。そう、まるであの日の様に。
    『お帰り、オルガ・ブレイクチャイルド。
    君と私が揃えば、ここが約束の地、セプトヘヴンだ』
    その手を取り、握手する。
    ―いや、強く握る―

    「・・・で、お前は誰だ? ルシフェルを騙る偽物め」

    空いた左手。胸の前に握った拳の上で、翼の様な紋章が紅く輝く。
    『な、何を言う―』
    「ひとつ。
    ルシフェルのロジックのうち1枚、人と神の共存を謳うロジックはここ、俺の中にある。
    なのにお前は、何の欠落もなくセプトヘヴンを口にする。
    ふたつ。
    ルシフェルはALCAに処刑されたんじゃない。
    自分からロジックを解いて消えたんだ。
    みっつ。
    そんな誇り高き者が、おめおめと平気な顔で俺の前に現れるわけがない!!」
    決して逃さぬと、腕に力を込める。
    「俺のロジックが聞こえる―
    お前が堕天使ルシフェルである可能性は、マイナス200%だ!」

    驚愕の顔を張り付けた、ルシフェル。いや、ルシフェルを騙る偽物。
    考えてみれば、ルシフェルのそんな表情を見たことは無かったな―そんな風に思ったのも束の間。
    闇の中から、乾いたまばらな拍手が聞こえてきた。

    『スバラシイ、いやスバラシイですよ、オルガ・ブレイクチャイルドさん』
    「・・・誰だ」
    わずかな月明りに半分だけ姿を現したのは、中年のビジネスマン然とした、どこにでもいそうな普通の男。今にも名刺を差し出してきそうだ。
    『初めまして。ワタクシ、金錆ギゼと申します。評価額は9500万GD』
    「評価額?」
    『ああ、申し訳ございません。
    我々の世界では、自己紹介の際に、己の「金額」を伝えるのですよ。
    それが我が世界、歯車と蒸気に彩られしペンタクルスのロジック!!』
    「ペンタクルス!? 聞かない名だ。まさか、未だ見ぬ異世界か!」
    それにしても、随分と金に目が無さそうな世界じゃないか」
    『然り!慧眼です。
    わが世界ペンタクルスは、全てを財貨が支配する世界。
    さすがはオルガさん、ご理解が早くていらっしゃる』
    「黙れ。このくそ芝居を仕掛けたのはお前か?」
    『フフ、いやあ、そうおっしゃられてしまうと悲しいですなぁ。
    いかがです? ビジュアルといい、受け答えといい、
    わが社の蒸気人形はなかなか良くできていると思うのですがね!』
    「蒸気人形?」
    目の前のルシフェル、らしきもの。その肩から腹から腰元から、まるで合図があったかの様に、どうじに白い蒸気が吐き出される。
    『いやあ、苦労しました。
    我が世界で製造したものママでは、こちらの世界に持ち込んだ端から変質してしまいますから。技術と製法だけもちこんで、材料からこちらでかき集めて作ったのですよ。
    どうです? 一家に一台、蒸気人形。
    オーダーメイドでお望みの姿に作ってさし上げますよ』
    「確かに、良く調べたようだな。外見だけはソックリだ」
    『お褒めにあずかり恐悦至極です」
    「―どこまで調べたんだ?」
    『それはもう、顧客となられる方のニーズを調べ、適切なシーズを選択し商品化・提供する。マーケティングは営業活動の基本ですから。
    ご所属のALCAのスタッフ、定理者のお仲間たちにいたるまで、調べてございますよ?』
    「だが流石に俺とアイツだけが知る事柄まではわからなかったようだ」
    『弊社の力不足をお詫びいたします。
    よろしければぜひ、ご意見ご感想をお聞かせ願えませんか?
    今後の開発の参考にさせていただきたい』
    「とんでもない。聞くのはそっちじゃない。こっちだ。
    いったいどんなつもりでこんな事をしでかしたのか、局の尋問室でたっぷり話してもらうぜ」
    『まあまあ落ち着いて。今回のプレゼンは、これからが本番です』
    「―なんだと!?」
    ギリギリっと何かが噛みあう音がする。
    突然握手したままの右手を強く引かれ、つんのめるところを受け止められる。
    ―いや、左手を掴み取られている。
    「くっ、離せっ」
    しかし離さない。
    それだけではない。
    蒸気人形。その腹が、服を破りギチギチと不吉な音ともに開くと・・・オルガの左拳を抱えたまま、腹に抱き込んだではないか。
    「な、なにをす― ぐわああああ」
    『申し訳ない、もう少し穏便な手も考えたのですがね。
    貴方の手には、素晴らしい価値が付いているのです。
    より正確に言いますと、貴方に宿る、堕天使ルシフェルのロジックに、です。
    あなた方セプトピア人は、もっと貴方の価値に気づくべきです。
    オーバートランスを実行した定理者のロジックカードなど、この世界広しといえど、そう何枚もないのですから!!!』

    ブツン

    『ありがとうございます。堕天使ルシフェルのロジック、確かに頂戴しました』
    吐き出された拳を右手で確かめる。手も指もついている。肉体的には何も傷ついたわけではないのに、圧倒的な喪失感がある。思わず力が抜け、膝から崩れ落ちる。
    「貴様ァ・・・・」
    『くっくっく、ありがとう、ありがとうございます!!!
    このロジック、いくらの値が付くか・・・想像しただけでも震えますねぇ!!!』
    胸元からフォーリナーカードを出すオルガ。紅武、あるいは銀影と合体すれば、こんな使者の一人や二人、一刀の下に切り伏せられるはず。
    『おおっと、無駄なことはおよしなさい』
    「なんだと?」
    確かに。掲げたカードは、いつもの光を放つ素振りが無い。
    『我らが蒸気科学の結晶は、この蒸気人形だけにあらず。
    異世界ゲートの開閉技術についても、手中にしております。
    ・・・まあ本当の事を申し上げますと、トリトミーから供与された技術を受けたALCAの技術を、それとなくリスペクトさせていただいた、ってだけですがね。
    それでも、短時間ならそのカードの作動を阻害するのは十分に可能です!』
    「―なら、当然通信も遮断しているんだろうな」
    『もちろんです!
    お仲間の定理者の方々、揺音さん・明日葉さんは局にいらっしゃる様ですね。局長さんも同様。クロエさんはまだこちらに戻られていませんし、非番の七星さんも御家にいらっしゃることを確認しています。
    仮に通信されてお呼びになったとしても、今からではとてもとても、間に合いません』
    「本当によく調べたな」
    『重ね重ね、光栄です…
    さて、残念ですが、そろそろ本日はお開きといたしましょう。
    お前たち!』
    その声に応じて、二人の男が陰から現れる。姿かたちともにそっくりで双子の様だ。
    『人形を運び出しなさい。大切な商品ですから、丁寧に扱うのですよ。
    ―いやあ、お恥ずかしい。ロジックの回収機構は複雑でしてね?
    これを機能させますと、他の機能が全て停止してしまうのです。
    せめて歩くぐらいはできたらと思いましたが、やれやれ至らぬ所ばかりでして』
    「やらせると思うのか」
    立ち上がろうとするオルガを手で制する。
    『虚勢を張るのはおよしなさい、貴方にはもう打つ手はない』
    いつの間にか、その手には銃らしきものが握られている。
    『おとなしくしていてくれませんかねぇ?
    ワタクシ、将来的に顧客になっていただけそうな方は傷つけたくないのですが…
    商売の邪魔をされるなら、容赦はしません』
    そう言って銃口を左右に振る。だが。
    「本当に、俺が独りでここに来たと思っているのか?」
    『・・・!?』
    笑みを浮かべた金錆ギゼの顔に、初めて別の表情が浮かんだ。
    「お前は調べきれなかったようだ。
    俺が、一番信頼している定理者の事を―」
    腕に巻いた時計に目を落とす。
    「―そろそろ時間だ」

    その数瞬前。
    遥か上空に、大きな黒い翼を広げて飛ぶ姿があった。
    見れば、翼を生やした少年が、一人の白いマント姿の青年を抱え星空の下を飛んでいる。
    「―先輩、本当に良いんですか? こんな空から、落としちゃって?!」
    「大丈夫、任せろって」
    「だけど無茶しますよね。定理者による高空からの空挺潜入なんて」
    「いや? ナイエン支局はよくやるらしいぜ、この作戦。
    いつもは七星がクロエや明日葉を運ぶ、らしい。
    悪いな、皆が目を付けられているらしいから、君に来てもらった」
    「とんでもないです!憧れの先輩のお役に立てて、嬉しいです!」
    端末を叩くと、現在の時刻が表示される。そろそろだ。
    「いいぜ、落としてくれ」
    「わ、わかりました!」
    黒翼の少年が手を離すと、白の青年は星空を背景に、一直線に落ちていく。そして。

    「『ロジックドライブ!! リフレクション!』」
    その声が聞こえたか。
    轟音と共に天井が砲撃でも受けたかの様に吹き飛び、崩落する。
    広がった月光をスポットライトにして、中心に降り立った青年が顔を上げる―
    「遅いぜ、剣」
    「悪い、ちょっと手間取った」
    『ま、まさか・・・貴方は!!!』
    金錆ギゼのうろたえた様子は、少しオルガの留飲を下げた。
    『剣美親― ロジックを喪い、何処かへと去ったと聞いていましたが―』
    ギゼは手にした銃らしきものを軽く構えるが―
    『想像通りの方ならば、ハハ、この銃ごときが通用する相手ではございませんね』
    「試してみるか?」
    左腕に光り輝くは、アテナの盾。
    『いいえいいえ、ワタクシ、無駄は最も嫌うところです・・・しからば!』
    言うが早いか、突然教会のあちこちから白い蒸気が噴き出した。
    たちまち視界は白く染まる。
    『これにてオサラバさせていただきましょう!』
    「貴様、逃がすと思うのか! 剣!」
    「ああ!」
    『お前たち、人形、人形を確実に! 
    この際、手足がもげても構いません!すぐに運びだし―』

    『それは困るな』

    「!!!」
    煙幕替わりの蒸気が晴れていく。
    ついさきほどまで、マネキンの様に突っ立っていた人形が、強烈な存在感を放っていく。
    月光の影、夜と星に照らされて、輝くロジックカードが見えただろうか?
    人形を中心に、999枚のロジックカードが束ね、集まっていく。
    それはあの日、彼の魔神が手放した、己のロジック。
    『神の依代としては、まあまあの出来栄えだね。
    せっかくの供え物だ、ありがたく使わせていただこうじゃないか』
    ゆらり、その姿が闇より現れる。
    『神の名を騙る不届き者に、その報いを与える間ぐらいはね』
    その笑みは、さきほど人形が浮かべていたものとは確かに比べるべくもない。
    『そのためならば、この世界に在るという恥辱すら、しばし耐えよう』
    もっと美しく、そしてはるかに―恐ろしい。
    『―神罰を、くれてやる』

    『もはやこれまで!』
    優れたビジネスマンは、その引き際の判断も早いと聞く。
    金錆ギゼが手を叩くと、人形を運ぼうとしていた2人が―身体の内側からいきなり弾けた。
    さらに噴き出す煙と蒸気。
    『改めて、オサラバです!商談はまたの機会に!!』
    運搬役の二人すらも人形だったのだろう。
    それらを自爆させ、逃げに徹したペンタクルスの使者。
    彼の後を追うことはできなかった。

    後に残されたのは―
    『「トランス解除」』
    月光の下たたずむ、ひと組の男女。
    『―久しぶりだね、アテナ。そして剣美親。仲睦まじいようで何より。
    ・・・そして』
    もう一人の青年もまた、ゆっくり、おそるおそる、あたかも手を伸ばせば消える幻に近づくように、歩を進める。
    「ルシフェル」
    『我が盟約者よ。
    また逢う事になるとは思っていなかったが』
    差し出された手を取り、握手する。
    「―やはり、本物は違うな」
    『だろうね』

    再会、そして新たな出会い。
    奇しくも七星縁と蓮香仙女の占いは的中していた。
    果たしてこの縁の糸は、どこへ続いているのか。
    事件はまだ、解決していない。

    ―続く

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  • クロエ・マクスウェル & 楓狐

     クロエ・マクスウェル & 楓狐

     クロエ・マクスウェル & 楓狐

    クロエ・マクスウェル & 楓狐

    縁と蓮香の占いを受けたナイエン支局定理者チームリーダー・オルガは、早速キョウトに出動中の玉姫と学に、いったん帰投するよう連絡を入れた。
    「―以上、私の方は残念ながら収穫はないわ」
    モニタの向こうから、そう語る玉姫に
    「いや、清純のニコの能力と効果が確かめられた。
    多くの人の逆理病が治療され、キョウト支局からも感謝の言葉が届いている。
    十分な成果だと俺は思う」
    とオルガは返す。
    「ありがとう、リーダー。ニコも喜ぶと思うわ」
    一方の学は、
    「報告書の通り。特にない」
    「報告書は読んだ。要点を押さえて簡潔にまとめられた良い報告だ。
    それに、また一人使者を保護したそうだな。
    担当を名乗り出てくれて助かる。よろしく頼む」
    「・・・わかった」
    それだけ言い、通信を切ろうとする学だったが、流石に玉姫が止めた。
    「学、いい加減、オルガをリーダーって認めても」
    「―認めてる。だから従ってる」
    「だったら呼び方も」
    「やだ」
    「あなたね、やだってそんな子供みたいな」
    「リーダーって呼ぶのは、一人だけ。
    ・・・玉姫だって、忘れてないくせに」
    「―っ」
    だがオルガはそんな二人に割って入ると、
    「揺音、いいんだ。構わない。
    明日葉も、呼びたいように呼べばいい。な」
    すると、今の今まで、ほとんど口を挟まず事態の推移を見守っていた少女がオルガの席を振り仰いで言った。
    「ガンガンリーダー、アタシもキョウト、行っていい?」
    豊かな金髪をポニーテールに結った、活発的な印象を与える少女、クロエ・マクスウェル。
    このナイエン支局定理者チームきってのアタッカーであり、単純に戦闘能力、あるいは攻撃力という尺度では他のメンバーの追随を許さない。
    だがもう一つの面として―
    「タマヒメとマナマナが戻ってきた後で良いからさ」
    「匂うのか?」
    「んー なーんとなく。空振りかもしんないけど」
    と言いながら、オルガに向けたニヤッとした笑いは肉食獣の様な輝きに満ちている。
    「わかった、好きにしろ」
    ―クロエは天性のハンター、狩猟者でもある。

    玉姫・学と入れ違う様に、クロエはリニアでキョウトへと向かった。
    行った先で、特にキョウト支局のスタッフに連絡を入れることもなく。
    まるで普通の観光客の様に、ぶらぶらと街を歩く。

    今回、鳴神と玉風が暴れまわったのは、京都駅から観て北方、錦市場や二条城がある方になる。京都御所はやんごとなきお方のご指示により周辺住民の避難場所として機能していたが、もしキョウト支局チームの活躍が遅れていたら、そこまで被害が広がっていたかもしれない。

    クロエはそのあたりを軽く散策しつつ(もちろん食べ歩きも欠かさない)レンタサイクルを使い南へ。
    いくつか見て回り、辿り着いたのは千本鳥居で有名な伏見稲荷大社。全国に三万社ある「お稲荷さん」こと稲荷神社の、総本宮である。
    特に何か、あてがあったわけではない。
    が、クロエは自分の勘と嗅覚を信じて、朱塗りの鳥居をくぐった。
    すると。
    『お主、参拝かや?』
    連なる鳥居の間から、白と朱色を艶やかに彩った黒髪の少女が現れた。
    着ているのは和装の巫女姿の様でもあり、洋装のスカートの様でもある。
    ただ何より目を引くのは―
    「お面?」
    『ふふっ こんこーん、じゃ』
    顔には狐の面。なので年の頃はよくわからないが、背格好や声の様子からみて、クロエとそう変わらない歳に思える。
    「サンパイ、ってわけでもないんだけど・・・ うーん、探し物、かな」
    『ふん、金髪の異人であれば仕方も無し。わしが参拝の作法を教えてやろう。
    まずはほれ、神域に入る際は鳥居をくぐる前に一礼するものじゃ。
    今からでも遅くない。神に礼を尽くすがよい』
    「・・・ん、わかった」
    言われるまま、軽く目を閉じ頭を下げる。
    「これでいい?」
    と顔を起こすと、すぐ目の前に狐面。いつの間にか、少女がすぐ近くに来ていた。とー
    『隙あり、じゃ!』
    額にぱちり。いわゆるデコピンをかまし、にははっと笑う。
    『ひっかかったのう!』
    「―――やったな!」
    さしものクロエも、何が起きたか理解するのに少し間が必要だった。
    が、一度スイッチが入ってしまえばクロエのエンジンはかかりが早い。
    『おっと』
    クロエの伸ばした長い手をすんででかわすと、身をくるりと翻す。
    『わしを捕まえてみよ! さすれば、探し物とやらも見つかるであろうよ!』
    腰からわさっ と尻尾の様に垂れるのは、紙垂という特別な折り方をした紙製の祭具である。
    「いいよ。捕まえて― イタズラ娘はオシリペンペンだよ」
    そういって唇をなめる。
    そういえば本気の追いかけっこは、ダイガとやって以来かな?と思いながら。

    夕陽が山肌を赤く染め、鳥居の朱と混じって絶妙なコントラストを出している。
    遠くを烏の鳴く声が響く。
    例の騒動のせいで参拝客も少ない稲荷神社総本宮の、その中心たる本殿の前の広場で。

    「ぜーっ ぜっ ぜーっ・・・ つ、捕まえた・・・」
    『お、おう、つ、捕まえられて、やった、わ・・・・』

    ほぼ半日。
    有り余る体力と鍛えぬいた運動センス、そして天性の嗅覚で追いかけるクロエに対し。
    少女は土地の理を活かして縦横無尽に逃げ回り、時には服を脱いで変装したり、面を他人にかぶせてまで逃げ回った。
    しかし流石の少女も、無限とも思えるクロエの追走に、ついに音を上げたのである。

    『いや、こりゃ参ったわ。こーこーまでシツコイとは』
    「あんたが逃げるからでしょー」
    『お主が追うからじゃー』
    「捕まえてみよ、とか言ったくせに!」
    『そ、そうじゃったかのー 
    むー
    そうじゃったのー』
    「で? ホントに私の探し物、見つけてくれるの?」
    『む? むー。仕方ないのー。
    ここまで境内で大騒ぎしておきながら、何もせんでは、流石に稲荷大神様に叱られてしまうわなあ。
    ほれ、まずは居住まいを正し、そこの本殿で、お稲荷さまに願い奉れ』
    「シキタリとかって?」
    『お稲荷さまは堅苦しいのは苦手なふれんどりーな神様じゃ。
    気持ちのままに、素直に頭垂れて手を合わせ、願いを述べたらええ』
    「んー。わかった」
    言われるまま、賽銭を放り手を合わせる。
    「今、このキョウトに・・・セプトピアに、何か起きてるらしいの!
    その後ろにいるやつの、尻尾をつかみたい!
    んで、そいつらがなんかする前に!そのーなんていうの?捕まえる?
    んー・・・・」
    『どうした?』
    「・・・違う。うん、違う。ゴメン、やり直し。

    アタシ、戦う!戦いたい!
    この世界で悪さするヤツを、追いかけて、捕まえて、とっちめてやる!
    だから、見てて!オイナリさま!!」

    こーん、と何処か遠くで狐が鳴いた、様な気がした。

    『・・・なんともまあ』
    呆れたように、楓弧は声をかける。
    『お主、その勢いで、悪者とやらと戦って戦って戦いぬくつもりかや』
    「そうだよ?」
    『じゃあもし、全ての悪者を退治したら、その後どうする?』
    「んー。その時は、その時! その時考える!
    考えて、また戦う相手を見つける!」
    『お主、思ったより難儀なやつじゃな』
    「ナンギ?ナンギって、何?」
    『面白い、ちゅうことじゃ。
    ま、ええじゃろ、手を貸してやるわい』
    「え?」
    『お主、名前は何という』
    「クロエだよ。クロエ・マクスウェル。よろしく!」
    『わしゃあ楓狐。ジスフィアより稲荷大神さまの命を受けまかりこした神使よ。
    今回、鳴神と玉風の始末を頼まれたのじゃが、ふふ、セプトピアの定理者、とやらもやるわいな。わしがなんやらする前に、もう捕まったようじゃの』
    「ん、そうなんだけどね。でもさー」
    『そうじゃ。あのバカ者共をそそのかした者がおるはず。
    ・・・お主も定理者じゃろ?』
    「わかる?」
    『匂いでな。なんとなく。
    ふん、遊びも飽きたでな。よかろ、お主、わしをキョウトの詰所に連れて行け』

    さて楓狐を連れてキョウト支局に顔出したクロエ。
    挨拶もそこそこに。クロエやくららが見ている前で、鳴神と玉風に対し、楓弧によるそれはそれは激しい「折檻」があったりしたのだが本筋ではないので省く。

    『つまり、お前たちの前に門を開き、セプトピアに招いた輩がいる、という事じゃな』
    『アタタ・・・おもいっきし叩きやがって。ケツ割れるっつーの!』
    『質問に答えんか! さらに割ってやろうかの!』
    『はいはい、その通りです。こう、背の高い美丈夫ってやつでしたわ。
    緑の髪が印象的で、こう、なんとも言えず色気があるというか・・・』
    『ケッ!たまはあんなのが好みかよー!』
    『そんな事言ってないでしょう!』
    『お主ら少し黙れ。
    さてわしが考えるに・・・そやつ、このバカ共を囮にしたな』
    「なるほど。じゃあ探すのは、反対側かな?」
    『うむ。キョウトの南、じゃろ。
    ま、もうそこにはいないかもしれんがな』
    と、そこへ今までスマホをいじっていたくららが割って入る。
    「なるも、たまも、ちょっといいかな。
    そいつって、こいつ?」
    スマホに表示されたのは、1枚の写真。
    『こいつだ!』
    『うん、まちがいない!』
    くららが示した写真は、彼女のクラスメートたちが撮影したもので、キョウトに来た外国からの観光客、ということらしい。確かに旅行客、と見えなくもないが、こちらに向けて妖しい笑みを浮かべる緑髪の存在は確かに浮いている。
    「やられたねぇ」
    キョウト支局の調査班、および警察たちが捜査網を引いたのは、二人の女性の使者と思われる者たち。そして、こちらの捜索から逃げるかのように怪しい動きをする者。
    逆に、堂々とふるまう観光客は網の外だった。
    『クロエ、こやつ、見覚えは?』
    楓弧が問うまでもなく、クロエはその写真から目を離せなくなっていた。
    見覚え? あるなんてもんじゃない。

    「―ルシフェル・・・!」

    続く

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  • 橘 弥生 & 七宝

     橘 弥生 & 七宝

     橘 弥生 & 七宝

    橘 弥生 & 七宝

    あの「桜に見送られる卒業式」からしばらくして。
    春、Sクラスの皆と共に2年に進級した橘弥生は、
    生徒会副会長となったアシュリー・ブラッドベリから、とある誘いを受けた。

    「生徒会の仕事を、経験してみませんか?」

    生徒会のメンバーは、上級生である5年生の中から毎年秋に選ばれるのが通例だという。
    だが昨年の生徒会はあの東瑞希が会長として仕切り、転入したばかりの五六八 葵を会計に。
    そしてまだ3年生だったアシュリーを書記に、と任じてきた前例がある。

    「私に、生徒会のメンバーに加われ、と?」
    「流石は主さま、アシュリー先輩もお目が高い!」
    「やったね主さま~ ゆくゆくは生徒会長だね~~」
    「二人ともお待ちなさい、まだお引き受けしたわけではありませんわ。
    まずは詳しい話をお伺いしてからです」

    華凛と華恋が勝手に盛り上がるのをたしなめつつも、
    弥生自身、心がわくわくしてくるのを感じている。
    弥生の目標はずばり、ALCAの長官になること。
    そして世界を平和に導き、ますます世の中を豊かにしていくことだ。
    大商人である橘家の家訓と、弥生自身の向上心が合わさった結果の高い目標だが、
    そこに至る道筋として、ピラリ学園の生徒会に招かれる、というのは良いステップの様な気がする。

    「お話、大変光栄ですわ。ぜひお引き受けしたいところですが、
    どんなお仕事を任せていただけますの?」
    アシュリーは柔らかく微笑みながら答える。
    「ハッキリこれ、という役割を任せたいというわけではないの。
    肩書はそう、庶務、というところになりますわね」

    ピラリ学園の生徒会の場合。
    様々な物事を判断し、作業を割り振るリーダーである、会長。
    そのサポート役であり、こぼれた物事を拾っていく、副会長。
    それら一切合切に関わる話し合いを、議事録として保管・整理する、書記。
    さらに、様々な物事に関するお金の動きを確認し報告する、会計。
    以上の役割分担は決まっていたものの―

    「東先輩が会長だったころは、
    先輩の思い付きを実現するのに、みんなであたふたしていた思い出ばかりですわ」
    と言いながら、アシュリーは笑顔だ。
    「今の生徒会は、東先輩を見習って、
    生徒の皆が楽しく学園生活を送れるよう、頑張っていますわ。
    そのお手伝いをして欲しいんですの」

    皆が楽しく学園で過ごす、その手伝いをする―
    であれば、弥生に否はない。

    「わかりました。
    この橘弥生、ピラリ学園生徒会庶務として、全力を尽くさせていただきますわ!」

    かくして弥生は、早速生徒会の一員として働き始めた。
    新入生がなじめずに困っていると聞けば、行って悩みを聞いてやり。
    グラウンドの使い方でソフトボール部と陸上部がケンカしていると聞けば、仲裁に走り。
    風紀の先生が下した処罰が厳しすぎると聞けば、先生に対して抗議をし。
    もちろんその後、その生徒にもたっぷりお説教をした。ちなみに上級生だった。

    『弥生、こっちだ』
    夜も更け、生徒たちはみな寝静まったころ。
    月明りが雲に陰った中、盟約者であるジスフィアの使者、凪がそっと耳打ちしてくる。
    「わかりましたわ。華凛、華恋、二人も手はず通りに」
    「了解です!」
    「はいな~!」
    白樺寮で、不審な侵入者の姿を見かけた、という噂が立った。
    だがピラリ学園は、元々は世界を守る要員としての定理者を育てる教育施設。
    その警備体制は、ちょっとした軍事基地並み、と言われている。
    そこに侵入者なんて!何かの見間違いじゃないの?という者も多い中、
    親元を離れたばかりの1年生を中心に、震えて脅える子も出ていた。
    もちろん、それを黙って見ている生徒会庶務橘弥生ではない。
    自主的なパトロール隊を組織、夜回りを開始。
    そして。
    『悪の企みは往々にして闇夜に紛れて行われる―
    だが任せておけ。この俺が、必ずや悪を粉砕してやる』
    本来、勝手にフォーリナーカードを使って凪を呼び出すのは、先生に知られたら大目玉ものだ。しかし適応体でも闇夜を苦にせず、いざとなれば合体できる凪の存在はとても心強い。
    その凪が、早速忍び込んでいた怪しい人影を見つけた、と言うのだ。

    『見つけたぞ、あれだ』
    凪の指さす先に、確かに人影が見える。
    見れば、寮の壁沿いに動き、時折上を見る様な動きをしている。
    窓から忍び込もうとでもいうのだろうか。
    凪にはそのまま見張りを命じ、
    「お待ちなさい!」
    ぴしり、と通る声で一喝。
    人影もおびえたように、びくりと震えた。
    ―と、ばたばたと取り乱した様子で逃げ出し始めた。結構速い。
    このままでは、夜の闇に紛れて逃がしてしまうかもしれない。
    素早くフォーリナーカードをかざして叫ぶ。
    「ゲートアクセス・ジスフィア!
    出番ですわよ、七宝!」
    『あらあら、しょうがないわねぇ~』
    「『合体!!』」
    七宝と合体した弥生は、七宝が長きにわたり研鑽してきた功夫と、その体術の数々を己のものとして使いこなす。
    「お待ちなさい! 待たないというのなら―」
    乙女の園に忍び込み、後輩を脅えさせ泣かせた罪は重い。
    「如意棒!」
    如意金箍棒。かの孫悟空が使ったと伝えられる、伸縮自在の神宝。
    重さは一万三千五百斤、つまり約8トンと伝えられるが本当か否か。
    これをあたかも体の一部の様にふるい、鋭く重く、不審者の後ろの地面に突き落とす。
    「ひっ」
    重い音が背後で響き、おもわず立ち止まる侵入者。
    そこを、如意棒を棒高跳びの棒にして高々飛び上がった弥生が、背中から踏みつける様に襲い掛かる。
    「ぐわっ」
    地面に叩きつけると、そのまま首を如意棒で押さえつけ拘束。
    「おとなしくなさい。さもないと」
    『この如意棒で~ もっと痛いおしおき、しちゃうわよ~』
    逃げ道を断つために待機していた華恋が、ロープを持ってやってきた。
    「よ~し、ぐるぐる巻きにしちゃうぞ~!」
    いずれ、華凛が先生たちを連れてやってくるだろう。
    雲が晴れて月の光が届くと、そこにはぐるぐる巻きに縛られ観念した、平凡な中年男の姿が現れていた。

    「結局、なんだったんすかねー?」
    「あのチカンが忍び込もうとした時、
    たまたま警備システムが不調で、敷地内に入れてしまった、という事だそうですわ」
    「うーん、この学園の警備システムにそんな穴が・・・
    これはつまり、あたしの出番って事っすね!
    アリの入り込むスキもない、不審な人間は即・タイホなシステムを構築してやるっすよ!」
    「-はいはい、無実の人まで、捕まえないようにお願いしますわ」

    この事件を経て、弥生の名はますます校内で有名になった。
    そして今日もまた、華凛・華恋の二人を従え、校舎を右へ左へ走り回る弥生。
    その姿を学園の皆が見慣れるようになるのに、そう時間はかからなかった。

    「-夕子先輩、やはり先輩の目は確かでしたわ」
    弥生の姿を生徒会室から見下ろしながら、アシュリーは春に卒業した先輩の言葉を思い出していた。

    「弥生ちゃんはね、天井を高くしてあげると、どんどん大きく、何処までも登ってこれる、そんな子だと思うの。
    ただ、ちょっと頑張り屋さんすぎるから、思わぬところでつまづいたり、疲れてしまったりするかもしれない。
    そんな時、支えてあげる人が周りにいたら、いいわね」

    ここからなら良く見える。
    先頭切って走り出す弥生に、付いたり離れたりしながら周囲を走っては戻ってくる華凛と華恋の姉妹。
    さらに。

    「やっちゃ~~ん、頼まれてたものっすけど、これでいいっすかー?」
    「それでいいですわ! でもやっちゃんは止めなさい」
    「橘さん、これ、頼まれていた計算書」
    「ありがとうニーナさん。ニーナさんの計算はいつも確かだから安心ですわ」
    「やよいちゃーん、みんな連れて来たよー!!」
    「ありがとうリオンさん。さあ皆さん、やりますわよ!」

    中心にいるのはリオンやニーナ、万博といった2年Sクラスの皆だがそれだけではない。
    弥生の世話になった生徒たち、上級生も下級生も巻き込んで、弥生の指示で動いていく。

    「今日中に、入場門の設営は終えますわよ!」
    「「「りょうかーい!」」」

    季節は夏を過ぎ秋。
    生徒会の企画した新たな催し、「ピラリ学園大運動会」。
    その開催が近づいていた。

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  • 小湊 くらら & 鳴神【後編】

     小湊 くらら & 鳴神【後編】

     小湊 くらら & 鳴神【後編】

    小湊 くらら & 鳴神

    「新入りのくららで~す♪ これからよろしくね、先輩?」
    「え、ええ・・・」
    キョウト支局定理者チームのチームリーダー、揺音聖那もちょっと気圧される。
    明るく笑顔を振りまき、屈託なく接するゆるふわロング。
    人の視線を捉えてはにこっ と返し、隙を見せるとすぐ距離を詰めてくる。
    かと思えば、再びついと離れて距離をとる。
    椅子の上でだらー っとしていたかと思えば、真剣な表情で端末をいじっては何かを調べている。かと思えば、年の近い女性スタッフと何やらファッションの話題で盛り上がる。
    「・・・わ、若い・・・」
    「何言ってんの、聖那だって若いでしょうに!」
    そう答えるノエルは、けっこう彼女のノリにも付き合えるようだ。もともとお祭り好きの性質が合っているらしい。一方、委員長気質の奏はすぐに自室に逃げたようだ。
    「じゃあ、小湊さんの指導、よろしく頼むね・・・」
    そう律から言われ、「教官は律さんでしょ」と言いかけて言葉を飲み込む。
    律の顔が心なしゲッソリしていたからだ。
    「最低限の座学は、しておいたから、あとお願い・・・」
    「は、はい・・・」
    そういえば、ジゼルの時もなんだかんだ言って教育係を押し付けられたな、と懐かしく思う。あの時はまずジゼルの非協力的な態度に困らされたが・・・
    「はい!はい!はい! 聖那先輩! 何するんですか?」
    「ああ、うん、そうね・・・」
    くららの距離の取り方やテンションの変化についてけないものを感じる。
    「じゃあ、まずは律さんから習ったことの復習と確認を―」
    「えー つまんなくない?」
    「つまんないって、小湊さんね」
    「くららでいいですよー 先輩」
    「じゃあ、くらら。いい? ちゃんと定理者として活躍するには、何よりまず基本の―」
    「先輩、あたし、合体ってしてみたいなー」
    「え?」
    「だから、合体―」
    「あのねくらら。合体ってのは、異世界の使者と心を通じ通わせてね」
    「知ってまーす」
    「大体あなた、盟約者がいないでしょう?」
    「いるよ?」
    「え?」
    「なるー、たまー、出てきなよ!」
    いつの間に手に入れたのか、手には2枚のフォーリナーカード。
    「ゲートアクセス・ジスフィアー!!」
    瞬く光が晴れると、そこには二人の使者の姿が。
    「あたしのズッ友、なるとたまだよ! みんなもよろしくね!」
    『おう! ジスフィアの雷神・鳴神だ。よろしくな!!』
    『・・・同じく、風神・玉風です・・・ あの、すいません・・・』
    そこには、ここ数日支局総出で探し回り、警察の力も借りて捜索中の2体の使者の姿が、あった。

    「「「「ええー!!!!」」」」

    『はっはー! くららの言ったとおりだな! 皆びっくりしてるぜ!』
    『なるも、くららも、正気? わたしたち、お尋ね者、だったと思うのだけど・・』
    「にゃはは、ダイジョーブ! あたしがホショーするし?
    二人とも、もう悪い事しないし、ひとにメーワクもかけないから。ね!」
    周囲一同、呆然と息を飲み声も出ないところ、
    「まあ、いいんじゃないの~?」
    と声を掛けたのは局長代理の平朔太郎
    「で、でも平さん!」
    「事情聴取とかは後でやらせてもらうとして、さ。
    まずはちょっと、見せてもらおうか」

    場所を移して、支局内のVR戦闘訓練室。
    早速、鳴神と合体したくららを前に、少し間を空けて立つはこちらも阿修羅と合体した聖那。
    「―平さん、どういうつもりですか?」
    端末の回線を合わせ、問いただす。
    「ほら、彼女も早く合体試したがってたじゃない?」
    「だからって、いきなり模擬戦だなんて」
    「聖那もここでしっかり実力差ってやつを教えてやってよ」
    「でも!」
    それを遮るように、律のアナウンスが被る。
    「二人とも、防御バリアが張られてるから、普通の攻撃ならダメージは出ない。
    でも一定量のダメージをカウントしたら、シールドカウントを減らすからね。
    先に相手のシールドを全てブレイクした方が勝ち、だけど・・・
    ホントにハンデ無しで、いいの?」
    「ダイジョブでーす!」
    思わずくららの表情を伺う聖那だが、そこには、こちらを下に見るような侮った様子も、あるいは力に浮かれて上気した感じもうかがえない。
    「・・・わかりました。じゃあくらら、本気、見せて」
    「りょーかいっ!」

    さて、初めての合体をしたくららの方は、と言うと。
    「ちえー ちょっとざんねーん」
    『おう、何が残念なんだよ? アタシの力に文句あんの?』
    鳴神にしても合体は初めての経験だ。
    ひとつの体を二つの意識で共有し、記憶と感情が端の方で混じり合うような不思議な感覚。
    「だってさー。合体したら、もっとおっきくなるかなーって」
    『そこかよ!』
    「ま、いっかー。あんまりおっきくても、おもそーだしね」
    『うるせぇよ。 おい! 始まるぞ』
    「うん!」

    「んじゃ、いっくよー!」
    「―速い!」
    素早い踏み込み。くららは一瞬のうちに、ひと太刀の間合いに入ってきた。
    リニアモータ効果。
    くららと鳴神の合理体は、その大電力を操って床を磁化、一種の電磁石にして吸引力と反発力を操って恐ろしい初速を得る。
    「ずぎゅーんて感じで!」
    『やってやるぜ!』
    「いきなりこんな事ができるなんて!」
    聖那の驚きは続く。
    「てやー!」
    両手にひとつずつ。両刃の直刀が鋭く振り下ろされる。
    ちなみに
    「右がバリバリで、左がビリビリね!」
    「別に聞いてない!」
    くららの太刀筋は、剣士のそれではない。
    まだまだ粗く、隙だらけだ。
    だが―
    「うりゃ! てい! たあ!」
    回転が速い。踏み込みが速い。そして
    「ビリっといくよー!」
    特有のオゾン臭が鼻をつく。
    この二振りの刀。これは鳴神の雷のちからを凝縮し、くららにイメージしやすい武器として顕在化させたものだ。つまり掠めただけでも電撃を受けるのと同じ。必然、大きくかわさざるを得ない。
    「どお先輩? もうコーサン?」
    「んなわけないでしょ」
    周囲に浮かぶ、阿修羅の四つの拳。
    うち二つがぐいと飛び出し、くららに殴りかかる。
    「おっと!」
    これを双剣で迎撃。しかし、
    「まだまだ!」
    残る二つが弧を描きながら時間差で飛び、くららを死角から狙う。
    「あぶなっ!」
    これもなんとか迎撃、撃ち落す。だが。
    「はっ!」
    「うわっ」
    逆に距離を詰めた聖那は、自らの拳をボディーブロー気味に叩きこむ。
    訓練用のバリアがその衝撃を大半包み込むが、吹き飛ばされたくららは大きく距離を取らされる。シールドを先に破られたのは、やはりくららだった。
    「阿修羅の拳は六つ。六手拳は甘くないよ」
    「さっすが先輩、やるじゃん」
    口元をぬぐうくらら。その目は闘志を全く失っていない。
    「んじゃあ、たま、出番だよ!」
    「トランスチェンジするつもり?」
    複数の盟約者を持つ定理者は、フォーリナーカードを介することで、合体相手を素早く変えることができるようになった。
    ―しかし。
    「その暇はあげないよ!」
    わずかな間ではあるが、合体を解き、また別の盟約者を呼び出して再度合体する以上、そこには隙ができる。だから、実戦慣れした定理者は物陰に身を隠したりしてトランスチェンジをする。くららにはその素振りはない。拳を飛ばして教訓を与えようとする聖那だったが―
    「!!!」
    拳はあっさり迎撃された。
    だけではない。次々連射される鋭い弾丸が聖那を押し返す。
    パキン、と乾いた音が響き、かわし切れなかった弾丸が聖那のシールドを割った。
    「どういうことだ」
    観察していた一同が困惑する中、まるで動画の途中を切って繋いだかの様に、瞬時にくららの姿は変わっていた。雷の双剣士から、嵐の双銃士に―!
    「わかりません。合体が解けた隙は無かったようですがー」
    そう。くららは合体を解いていない。
    彼女に言わせると、
    「んとねー
    なるにちょっとあっち行ってもらって、代わりにたまにこっち来てもらうの!」
    正直、スタッフも良く分からない。
    後にくらら自身によって「メーク」と名付けられるこの能力は、合体を解くことなくその相手だけを入れ替えることができる。そこにほぼ、隙は無い。
    「いっくよー! 覇離氣院! 沙射苦論!!」
    『ふふっ 私の嵐にふさわしい名前です』
    『そっかー? なんかガチャガチャじゃね?』
    『なるのバリバリビリビリよりましです!』
    両手に持った自動拳銃。同じくこれは玉風の暴風のちからを凝縮し、くららにイメージしやすい武器として顕在化したものだ。超圧縮された空気を弾丸として発射、その威力とスピードはマグナム弾を超える。そして玉風の力が続く限り、弾切れは、ない。

    「―すごい」
    正直驚く。
    合体したばかりでここまで動けるのはもちろん、使者の力をいかんなく引き出し、自分の武器として使いこなしている。本当に今合体したばかりなのか? よほど深く、くららと鳴神、玉風の3人は「繋がって」いるのだろう。
    何を平が狙っているのかはわからないが― だからと言って、ここで負けてやるわけにはいかない。
    「トランスチェンジ」
    阿修羅の拳を相手の顔面目掛けて叩き込み、これを影に一瞬視界を奪う。聖那にはその一瞬で十分だ。
    「いくよライア」
    『任せろっ!』
    モノリウムの狼の獣人・鉄牙のライアと合体した聖那は、オオカミのスピードと体術を得る。
    「このー!」
    『ちょっと、当たらないわ!』
    直線的な射線を弧を描いて回避。そして。
    「『ウゥオオオオオオオオオーーーー!!!!』」
    「うわっ」
    ライアの持つ滅裂の咆哮は、破壊力をもつ狼の咆哮だ。
    たまらず耳を押さえるくらら。
    そこを聖那の鋭い爪が迫る。
    「ま、まだまだっ!」
    また瞬時に鳴神との合体に戻すと、剣で爪を払う。
    「―っ、はーっ、はーっ」
    終始、玄人顔負けの新人離れした動きを見せるくららだったが、流石に息が切れてきた。
    「―まだ続ける?」
    対する聖那は、すぐに飛び掛かれる間合いを保ったまま、ゆらり悠然と立つ。隙は無い。
    「・・・さっすが先輩、強いじゃん・・・でも」
    ぐいと体を起こすと、強い目力が聖那を捉えた。
    「でもあたしも、引けないんだよね!」
    両手をぐいと握り、まっすぐ前を見ながら。
    「なる、たま、気合いだー!」
    『おう!』
    『ええ!」
    三度、くららの姿が変わった。
    目を疑う一同。
    その姿は。
    右手を中心に、渦を巻く青い嵐のちから。
    左手を中心に、光を放つ黄の雷のちから。
    玉風と合体した姿とも、鳴神と合体した姿とも異なる、強いて言うなら
    「―二人の使者と、同時に合体している、っていうのか―」
    驚愕に包まれる指令室をよそに、今度はくららが吼えた。
    「いっくよー!!!!!」
    滑る様に、弾ける様に、まっすぐ突進。
    迎撃する聖那の爪を、
    「!」
    ブ厚い風のバリアが遮り、逆から鋭い雷をまとった手刀が裂く。
    攻防一体。
    単純だからこそかわしにくい、意思を持った雷嵐。
    『『「うわああああああああ!!!!!!!」』』
    荒れ狂うそれを、聖那は―
    「くっ」
     バリアの割れる音と共に、遂にくららの突き出した手刀が聖那を捉える。
    「やった!!」
    だが。
    「―うん。捕らえた」
    そのまま誘い込まれるように腕を掴まれロック。
    「え?」
    次の刹那、自分が宙に浮いた感覚があるかと思うと、天井が見えて―
    だあん!
    激しい音と共に、自分が床に投げ落とされたことが分かる。
    背中に響く鈍い痛み。バリアでも殺しきれない。
    さらに、首元にちくり。
    のぞき込む様に聖那の顔が迫り、鋭い爪が首に当てられる。
    そして。
    鋭く耳障りなブザーが鳴り、決着がついた事を知らせた。

    身を起こした聖那は、合体を解き、くららに声をかける。
    「凄いね、驚いたよー って」
    くららも合体を解く、というより流石に維持できなくなったのだろう。
    彼女を中心に、鳴神と玉風も姿を現し、みな大の字になって倒れている。
    ―いや、くららは、荒い息のまま、身を起こそうとしていた。
    「いいよ、まだ寝てなって。しんどいでしょ?」
    首を振り、無理やり手を膝について、身を起こす。
    「ぜーっ ぜっ はっ はっ」
    「―あなたいったい・・・」
    「せんぱい、せんぱい、あ、あたし、つよかった? 強かった、でしょ?」
    「うん。認める。だから」
    「だから、だからいいでしょ?
    なるも、たまも、強いから! 役に立つから!
    あたしもがんばるから! だから、だから、いいでしょ?」
    「良いでしょ、って何が―」
    「だから、許してあげて!
    なるも、たまも、これからいっしょけんめい、役に立つ。
    悪い奴がいたら、戦う。こらしめる!
    困ってるひとがいたら、飛んで行って、助ける。
    役に立つ。
    だから二人を、許してあげて!」
    「・・・」
    鳴神も玉風も起き上がっていた。
    くららを挟んで立つと、二人も深々と頭を下げる。
    『悪かった』
    『ごめんなさい』
    「これから一生懸命、3人でガンバルから! だからー」
    目を上げると、視界にニヤリと笑う平の姿が目に入った。なるほど、こういう筋書きか。
    シナリオ通りに踊るのはしゃくに障るけど。
    「うん、聖那ちゃんもこーゆーの、好きだよね?」
    「うっさい」
    3人に近寄った聖那は、そのままぐいっとまとめて抱きしめてやることで、その気持ちを伝えてやった。

    それからしばらく後のことになる。
    キョウトで有名なニシキ市場は、先日の襲来騒ぎでも停電や倒壊騒ぎで被害の大きかったところだが、今はその影もない。
    今日も買い物客を呼び込む声が響いているが、最近は特ににぎやかだ。
    『おうおう、そこ行く見物人のにーちゃんよう! この千枚漬け、うめーから買ってけ!な?』
    『今日はこちらのお惣菜がお安いですよ。いかがです?』
    「オススメはこの番茶ソフト! ちょーアガる!ヤバイ!食べて!」
    時折、髪の色が黄色に青色にピンクと、とても目立ってしかも可愛い女子高生3人が、商店街で呼び込みのバイトをしているとの話だ。
    地元でもちょっとした人気で、そろそろTVの取材も噂されている。
    「え? ヤバくない? メークどうする?」
    『私たちなら』
    『素でいけっだろー!』
    「ヤバイヤバイ、それはヤバイって!!」
    周囲の人々の暖かな笑顔が、3人を何より輝かせていた。

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  • 七星 縁 & 蓮香仙女

     七星 縁 & 蓮香仙女

     七星 縁 & 蓮香仙女

    七星 縁 & 蓮香仙女

    玉姫と学のキョウトからの報告を受けた、ナイエン支局作戦司令室。
    使者はいったん撃退され、被害は最小限に留まったのはなによりだった。
    玉姫の活躍で逆理病患者もみな後遺症なく治療できそうだ、という報告は特に支局のスタッフを喜ばせた。それに、学が新たな使者を拾った、というのは驚きだ。
    だが、問題の使者二人はいまだ見つかっていない。
    一連の報告の後、オルガは縁を呼び、新たな指示を出した。

    「―なるほどわかりました、蓮香仙女さんの占いの力を使おうというわけですね!」

    縁の盟約者のひとり、蓮香仙女はジスフィアでも名高い仙術の使い手である。
    特に未来を見通す占いの道術に優れ、その力を人々の生活や日々の幸せを守るために生かしてきた。最も、本人に言わせると
    『私よりも優れた道術を使いこなす、それこそ天に才を授かったような娘がいたのですよ』
    ただその娘は、道術を研鑽し修行して仙人になることより、遊んで暮らしたり他愛のないイタズラで人を困らせたりする方が好きだったらしく、
    仙女にはなれなかったらしい。
    『とはいえ、私も吉凶を見通すことにかけてはそれなりに修めて参りました。
    事はジスフィアとも縁の深いキョウトの一大事。
    ぜひこの力、お使いくださいませ』

    「ゲートアクセス・ジスフィア!」

    フォーリナーカードをかざし、直ちに合体。
    こうすることで、このセプトピアでも蓮香仙女の道術を使うことができる。
    「いきますよ!」
    『吉凶あざなえるごと縄のごとし。
    しかして縄をなうは大いなる運命の導き。
    いざ問わん、宿縁の蛇、因果の果てへ』
    両手を前にかざすと、背中にまとった水晶の帯がきらめき光を放つ。
    手の間に遁甲盤と呼ばれる道具が現れ、水晶の光を跳ね返す。中央に黒白の太陰を描き、八方に描かれた方位と図表。
    一見、セプトピアで使われる占いの道具にも似ているが、より細かく文字が描き込まれ、怪しい呪術の道具にも見える。
    そして縁の周囲を一抱えもありそうな大きな水晶の塊がぐるぐると回りだし、時に高く微かに、時に低く太く、不思議なうなりを上げる。
    「む、むむむむ・・・」
    『これは、なかなか因果が深い―』
    自然、少し額にしわが寄り、汗がひとしずく頬を流れていく。

    ところで、七星縁もなかなかのナイスバディであることは、ナイエン支局の男性スタッフなら皆知っている。
    最初に盟約したテトラヘヴンの蛇神・ケツァルコアトルとの合体の時はよかった。何故か、可愛らしいモコモコの着ぐるみ姿になっていたので。
    しかしその後やってきたトリトミーのアリオールやソルトとの合体は、体の線がはっきり見えるボディスーツ姿だったりした。モノリウムのサンドラとの合体はまるでサンバの様な極彩色の孔雀姿で、相当露出が激しかった。
    そして今。蓮香仙女との合体は、ジスフィア由来の着物に身を包みながらも、裾は短く縁の見事な脚線美を隠してくれないし、占いに夢中で前かがみになると、なかなか胸元が悩ましく、ハッキリ言って目の毒だ。
    「・・・(おい、ゼラ!)」
    ナイエン支局の定理者チームリーダーの職責を担う者として、かかる事態は見過ごせない。
    オルガは、戦術部主任であり強面で睨みを効かせるゼラにアイコンタクトを送った。
    「・・・(了解です、お任せください)」
    ゼラはひとつふたつ、あからさまな咳をして注意を引くと、フロア中に低く響く声で、
    「お前たち、目の前の業務に集中しろ。いいな、集中だ、集中!」
    「「「は、はい!了解です!」」」
    オペレーションフロアのスタッフたちの背筋がピンと伸び、各自、目の前のモニターに集中する。

    しばしのち。
    「リーダー、出ましたよ!わかっちゃいました!」
    と、いつもの明るい調子で縁が報告してくる。
    「―わかったわかった、落ち着いて報告してくれ」
    「顔赤いですね、どうしました?」
    「何でもない!報告!」
    「はい!」

    縁と蓮香によれば。
    キョウトに起きた凶事そのものは、これで片付くだろう、とのこと。
    『良き出会いが凶事を慶事に変える、と卦が出ています。
    使者二人のことは、流れに任せるべし、と』
    「それよりも、気になっちゃう事があるんです」
    『傷門より景門へ・・・つまりキョウトから流れこんだ因縁の流れが、このナイエン区を通り、さらに北へと流れていくのが見えます』
    「因縁・・・それは何なのだ?」
    「すいません、そこまではっきりとはわからないんです」
    「キョウトに端を発し、ナイエン区、そして北へ・・・?
    俺のロジックが聞こえる。
    キョウトの騒ぎが大きな企みの始まりに過ぎない可能性は90%・・・」
    目を閉じ、しばし考えこんだオルガは、目を開くと素早く指示を出した。
    「ゼラ、揺音と明日葉には、当面の治療などが終了次第、こちらに戻ってもらってくれ。
    ピエリ、キョウトの事件発生後の、ナイエン区周辺の不振報告を再度洗いなおしてくれ。
    クラウは調査部および警察に警戒レベルを上げるよう指示。
    ただし不必要に市民に動揺を与える必要はない。あくまで内々の調査に務めること」

    太古からの占術に、亀卜というものがある。
    亀の甲羅を桜の枝を燃したもので熱し、現れたヒビの様子で吉凶を占う、というものだ。
    オルガに一旦の報告を行った後、縁はさらに占いを続けていた。
    『不思議な卦が出ています。吉凶いずれとも判じがたし』
    「再会、そして新たな出会い」
    『吉と出るか、凶と転じるか』
    「導くのは、人の縁・・・」
    縁は、人と人、あるいは人間と使者をも結ぶ絆を、大事に考えている。
    (言葉にしちゃえば、「せっかく出会ったのだから、仲良くしましょう」ってだけ、なんだけど・・・)
    出会いは偶然。でもそれを良いものにするか、悪いものにしてしまうかは、自分の意志と努力で変えることができる、と思っている。

    だから縁は―
    「それじゃあ皆さん、忙しくなりそうですから、今のうちにご飯でも食べましょうか!
    久しぶりに、私が鍋を振っちゃいますよ!」
    すると、すぐさまフォーリナーカードが輝き、縁の周囲は賑やかになる。
    『メシか! オレ様も食うぞ!たくさん作ってくれー!』
    とケツァルコアトルがいつものミニサイズで騒げば
    「はいはい、待っていてくださいね」
    『わかった。本機は直ちに狩猟任務に就く』
    とアリオールが爪を光らせ
    「いいです、材料は既にありますから!」
    『任務、了解。材料の切断を開始する』
    とソルトがレーザー剣を抜こうとし
    「ソルトさん、包丁。包丁を使ってください!」
    『あ、あの、わ、私は何をすれば? お、お皿を並べるぐらいなら・・・わわっ』
    とサンドラがわたわたし
    「サンドラちゃん、落ち着いて。ゆっくりでいいからね!」
    『これは興味深い。私の発見した新種のキノコを干して砕いたパウダーを提供しよう』
    と怪しい粉末を振りかけようとする。
    「止めて! 毎回だけど、それだけは止めて!」

    彼女の名前は「縁」―
    『人と人の繋がりを意味する、「えにし」とも読む文字。
    この字をあてたご両親は、先見の明が御有りになったのでしょうね』
    この繋がりこそが彼女の力だ。
    その一端であることを、蓮香仙女はひそかに誇りに思っている。

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  • 明日葉 学 & 月影の ロウ

     明日葉 学 & 月影の ロウ

     明日葉 学 & 月影の ロウ

    明日葉 学 & 月影の ロウ

    学の首に巻かれた光るマフラーは、合体したアルテミスの能力の一部である。
    学の意志によって自在に動き、必要に応じ壁面を登るためのアンカーやロープにもなる。
    マフラーを助けにしながら、壁面のハシゴやパイプを手掛かり足掛かりに、宙を跳ねるように駆ける。
    あっという間に高層ビルの屋上まで駆け登った学は、スナイパーの性か、さっと周囲を確認。
    さらに高所から状況を伺う。
    しかし。
    「―アルテミス?」
    『ええ。宴の主人は場を辞した様ですね』
    ―空気が変わった。
    もう雷の音も嵐のうなりも聞こえず、空の黒雲が流れ、光が差し込んで来ていた。
    そして玉姫から通信が入ってきた。
    「……うん、わかった」
    どうも、玉姫の妹・キョウト支局の聖那と相棒のジゼルがうまいこと問題の使者を撃退したらしい。しかし使者は適応体となって逃亡したらしく、まだ確保に至っていないという。
    「アルテミス、行くよ」
    『貴女の願いのままに』

    再び光るマフラーを打ちこみつつ、地上へと跳ねる様に降りていく。
    時に住宅の屋根、時にベランダの端を蹴りながら、周囲に油断なく目を配っていく。
    「―この地区に不審な姿はない。他の地区に回る」
    「了解、気を付けて」
    玉姫と短い通信を交わすと、次の地区へ。
    だが怪しい姿を発見することはできなかった。

    そこで、何か情報がつかめるかもと思い、近くの避難所へ足を向ける。
    合体を解き、アルテミスをいったんフォーリナーカードで異世界テトラヘヴンへと戻す。
    学の後見人として、セプトピアで暮らしていることの方が多い彼女だが、今は万一に備え、いったん故郷で力を蓄えてもらった方がいいと判断。
    すると別のフォーリナーカードが輝き、光の中から今度は一抱えほどのサイズのぬいぐるみ、もとい、青と白の羽毛に包まれたペンギンが現れた。
    学の盟約者のひとり、モノリウムから来た海颯のウィーゴである。
    「ウィーゴ?」
    『状況はわかっている。まだ付近に危険な使者がうろついているかもしれないのだろう?
    安心しろ、学は俺が守ってやる』
    どうやらボディーガードを買って出てくれたらしい。
    断る理由もなく、学はそのまま避難所のゲートをくぐる。
    その後ろを、赤いマフラーを巻いたペンギンが、ぺったぺったと続く。
    すると。

    「うわぁあああ ペンギンさんだー!」
    「かわいいー!」
    「もこもこー」
    「ふわふわー」

    避難所には、付近の幼稚園に通う子供たちがそのまま避難してきていた。
    以前から度々あったこととはいえ、避難所内の空気と、大人たちの深刻な様子、そして時折聞こえてきた雷と嵐の轟音は、子供たちを脅え縮みこませていた。

    そこに、可愛らしいペンギンが現れたのだ。
    親や先生が止める間もあらばこそ、あっという間にウィーゴはもみくちゃにされる。

    『う、うわああああああ、お、お前たち落ち着け、こら、やめろおおおお』

    ペンギンは寒い海での生活に特化するため、翼は1枚のオールの様な形状へ進化した。
    このひれ状になった翼を「フリッパー」という。
    フリッパーは鋭く水を打ち、飛ぶがごとく海中を泳ぐ、その推進力を産み出す。相当な筋力を備えているのだ。
    さらに、モノリウムの拳法家である海颯のウィーゴにとってこのフリッパーは、鍛え抜かれた武器であり気合を込めて振り下ろせば、岩をも砕く自信がある。(セプトピアではまだ、試したことがない)
    しかし。
    このまとわりつく子供たちの頭に、フリッパーを振り下ろすわけにはいかないではないか。

    『-学、学、おい、早く、助けてくれー!』

    学としてもお気に入りのぬいぐるみ、もとい、盟約者であるウィーゴが子供たちにもみくちゃにされているのは、自分のモノを奪われたようで嬉しくはないが―

    「-がんばれ」

    子供たちが歓声を挙げて喜び微笑んでいる姿、それを見てその親たちが微笑んでいる姿、さらにその笑顔が周囲に伝染していく様子を見ると、今取り上げるのは酷な様な気がした。

    『お、おい、そんな殺生な、ちょ、おま』
    「うわぁあああああい」
    「かわいいー!」
    「もこもこー」
    「ふわふわー」

    聞こえたかどうかわからないが、「健闘を祈る」と伝えて学はALCAの職員の下へ足を進めた。
    さて職員の話によると、付近で大きなミミズクの目撃情報があるという。
    キョウトにも野生のフクロウはいると思うが、昼間に街の中にいるのは、ちょっと珍しい。
    子供たちにたっぷり遊んでもらい(もみくちゃにされただけだ!とは本人の弁)へとへとのウィーゴを連れ、目撃されたという公園の方に向かう。

    いつもは子供たちや親子連れで賑わっているであろう公園が、人ひとりいない様子はなんとも悲しく寂しいものだ。
    以前はたいして気にもしなかった学だが、過去の事件を通じ、命を大切にすること・生きて全うすることの意味を教えてもらって以来、人と人のつながりには少し気を惹かれるものがある。
    (だからこの場所は大切……きっと)
    思わず握った拳に力の入る彼女の袖を、ウィーゴが引いた。
    『おい、あそこだ』
    見れば、公園の木の一本、その根元に寄り掛かるように、大きな鳥が倒れている。
    正面を向いた顔に、特徴的な羽角。ミミズクだ。
    駆け寄って抱き上げてやると、気を失っているのか目は開かないが、苦し気な鳴き声がもれる。
    『……学、こりゃ俺と同じ匂いがするぜ?』
    「うん」

    キョウト支局に連絡を入れトランスポーターを回してもらった学は、保護したミミズクを抱え、そのまま支局の盟約室へと向かった。
    『俺のカンが当たりなら、モノリウムの元体に戻してやった方が、傷の治りは早いぜ』
    職員から借りた応急手当キットを傍に置きつつ、フォーリナーカードを掲げる。
    「ゲートアクセス、モノリウム」
    学の声に応じて、超自然世界・モノリウムへのゲートが開く。
    モノリウムの青白い月の光が照らすなか、ミミズクはみるみる元の姿―モノリウムの獣人としての姿を取り戻していく。
    『そうじゃねぇかなとは思っていたが―』
    すらりとした長身の、若い女性の姿。
    やや浅黒い肌に、灰白色に縞の入った髪。
    露出の多い服装は、緑や赤の帯で縁取られエキゾチックな魅力を出している。
    一見、野性的な民族衣装のダンサーにも見える彼女だが、背中側の腰のあたりから生えた大きな翼が、人ならざる身であることをはっきり主張している。
    『こいつは珍しい。フクロウ族だぜ』
    ゆっくり目を開いていく。どうやら気が付いたらしい。
    「―大丈夫?」
    『・・・ここは、モノリウム?』
    「違う。でも、近い」
    学とウィーゴが見守る中、彼女は周囲を見回し、そして―
    『ヒト! それに、ペンギン!!』
    『おう、俺サマは海颯のウィーゴ。北厳海の鉄拳たぁ俺のことよ。
    そしてこっちが、アンタを助けたセプトピアの定理者、俺の盟約者の学だ』
    「よろしく」
    『・・・ええ、ありがとう・・・痛っ』
    『おう、ドコが痛いか言ってくれ。簡単な治療はできるからよ!』
    「見せて」

    かくして、このモノリウムのフクロウ族の女性は、学とウィーゴの治療を受けながら、少しずつ自分の事、これまでの事を話し始めた。
    『私は、月影のロウ、と言う。ただの風来坊だよ。
    元々わたしは、風の吹くまま気の向くまま、旅をしていたのだけど―』
    モノリウムの各地を放浪していたロウだったが、ある時、セプトピアへのゲートが開いた際、その一団に混ざってセプトピアに渡ったのだ、という。
    『こちらに来たのもなんとなく、だったのだけどね』
    セプトピアに渡ったロウの体は、セプトピアのロジックに適応し大柄のミミズクになった。
    最初は戸惑ったものの、彼女にとって空を飛ぶことは地上を走るより容易い。
    新しい体のバランスにもすぐに慣れ、セプトピアの空を自在に飛ぶことができたという。
    そしてしばらくは、セプトピアでの旅暮らしを楽しんでいた。
    しかし。
    『あの突然の嵐には、驚いた』
    折悪しく、キョウト付近の森を飛んでいた所、
    今回の鳴神と玉風が起こした事件に巻き込まれたらしい。
    『お恥ずかしい。枝に掴まろうとしたところを、あおられてこのザマさ』
    といって自嘲するのを、学はかぶりを振って否定した。
    「あの嵐はジスフィアの風神が起こした嵐。しかたない」
    『そうだ、気にするこたぁないぜ!』
    「ウィーゴだって無理だった」
    『ああ、俺にだってあの嵐は― って学!俺はそもそも飛べねぇよ!』
    「うん、知ってた」
    そんなやりとりを見て、初めてロウの顔に自嘲ではない本当の微笑みが浮かんだ。
    『定理者と使者というのは・・・噂には聞いていたが、仲の良いものなのだね』
    『ああ!俺たち盟約者同士の仲ってのは』
    反らすぐらい胸を張るウィーゴを背中から学がぎゅむと抱きしめる。
    「うん、なかなか」
    『お、おい、だからむぎゅう』
    『―長いこと独りで旅してきたからね、眩しいね。そういうのも』
    「ロウも、盟約してみる? 誰かと」
    『いやぁ、私なんかは・・・
     いろいろなしがらみに捕らわれるのが嫌で、
    ろくに目当ても無く放浪していたような私だ。とても務まらないよ』
    「そう」
    応急処置を済ませた学は、それ以上無理強いはしなかった。

    その後、怪我が治り飛べるようになるまで、当面ロウの身柄は学が預かることになった。
    かつてのナイエン支局の問題児も、今や立派なベテラン定理者である。
    『未知の領域に漕ぎ出す船。新たな航海の始まりに、皆の祝福を』
    つまり皆で見守り、支えてあげて欲しい、ということらしい。
    アルテミスを始め、星や冥、ウィーゴという盟約者たち。
    あるいは玉姫やクロエ、そして縁といった同僚の定理者たち。
    オルガやヴェロニカ、他にALCAのスタッフたちも、
    ちょっと言葉足らずで顔色の読みにくい、
    だが少しずつ、少しずつ感情が豊かになっていく学がロウの面倒をみているのを、心配し、応援していた。

    『いろいろ手間をかけた。ありがとう。
     何か、私に礼をさせてもらえないだろうか』
    「―いらない」
    『しかし…』
    「リーダーが言ってた。
    人と神―使者が共存しちゃいけない、なんて、誰が決めた事でもない。
    そう、オルガに教えられたって」
    ロウの怪我はすっかり癒えて、モノリウムへと戻ることになった。
    盟約室でゲートを開くと、またあの時の様に、青い月が輝いている。
    「仲良くできるなら、その方が、いい。
    だから、こうした」
    『そうか』
    大きな翼を広げ、軽くはばたくと、ふわり体が浮かびあがる。
    ロウの姿を見上げながら、学がぽつりと尋ねた。
    「―空を飛ぶのは、楽しい?」
    『それはもちろん。特に夜、月明りの下、空を飛ぶのは―』
    と説明をしようとして口を閉ざす。
    ロウも、あまり言葉を費やすのは得意ではない。
    『なぜそんなことを?』
    「仲間に、空を飛ぶのがいる。楽しそう、だから」
    合点がいった、とうなずいて、
    『ならば、その答えは、君自身が出すべきだ』
    ロウが差し出した手を、学が受ける。
    『共に飛ぼう。青白き月の下、星の瞬きを縫うように』
    「・・・うん」

    「『―合体』」

    さてしばらくのちの事。
    夜に生きるフクロウの眼は、わずかな光でも闇を見通す力をもつ。
    影から影へ目を盗んで走る犯罪者の姿を、ロウと合体した学はしっかり捉えていた。
    柔らかな羽毛は羽ばたく音を消し、気配を絶ちながらの追跡を可能にする。
    そして。
    「―獲った」
    気づいた時には、もう遅い。
    頭上から振り落とす鋭い爪が、逃亡者の服を地面に縫い付けていた。
    「オルガ、対象を確保」
    「フッ、流石はナイエン支局随一のハンター。
    俺のロジックが聞こえる・・・
    お前が獲物を逃がす確率は、0パーセン―」
    「対象を警察に引き渡した。帰投する」
    『仕事はこれで終わり。
    そして今夜は、月が綺麗だ。』
    「うん」
    ならば、少し遠回りして帰っても、いいだろう。
    音もなく羽ばたいた翼が、学を夜空へと舞い上げた。

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  • 小湊 くらら & 玉風【前編】

     小湊 くらら & 玉風【前編】

     小湊 くらら & 玉風【前編】

    小湊 くらら & 玉風【前編】

    「小湊くーん! やっと連絡ついた! 今ドコ? 無事なの?」
    「うん、ダイジョブだよ。いま? んとねー シンキョーゴクの方ぶらぶらしてるー」
    「無事ならよし。
    で、そろそろどうするか、決めた?」
    「んー まだ。そのうち、決める」
    「だからそのうち、っていつだよ、おい、おーいー!」
    まだしゃべり続けているケータイをプチっと切って。
    キョウトの女子高生小湊くららは、鼻歌混じりに散歩を再開する。

    玉風と鳴神と呼ばれる、ジスフィアの風神と雷神によるトランスジャック事件が起きて数日。
    幸い被害が大きく広がる前に、二人の使者はALCAキョウト支局の活躍によって撃退されていた。
    街は平穏を取り戻し、暴風や稲妻の直撃によって破損した建物や施設についても、急ピッチで修復が進んでいる。
    なにより、逆理領域に捕らわれた人々の逆理病が、ナイエン支局から派遣された揺音玉姫によって素早く治療されたことが大きい。

    まだ、当の使者二人の身柄は確保できていない。
    未だこのキョウトの何処かに、潜んでいるかもしれない。
    適応体になりこの世界の人々や生物に紛れ込んだ使者は、非常に見つけにくいのが実情だ。
    何しろ見た目は、この世界の人間となんら見分けがつかないのだから。

    とはいえ、まだ捕まらない使者たちを恐れて家に閉じこもっているほど、キョウトの人々は臆病ではない。
    あしざまに言えば「慣れた」というところだが、またあの2体が暴れてもALCAがなんとかしてくれる。そんな信頼も、あるのだ。

    というわけで。
    営業を再開した商店街の一角を、くららはだらだらと歩いていた。
    手に持っているのは、さきほど列に並んで買ってみたドフィノワ。
    旬のくるみをたっぷり使った焼き菓子で、外側のサブレのさくさく加減と内側のキャラメルとくるみのこってりした甘さがたまらない。
    「これヤバイ。わかるー!」
    歩きながら、手づかみも構わず、むしゃむしゃと食べる。
    そんな彼女の爪は、それぞれの指を別々の色で染めたネイルでキラキラ輝いている。
    ネットで観たデザインで気に入ったものを即採用、今日は早起きしてネイルしてきたのだ。
    普段は学校の規則があるから、うっすらピンクのネイルでキメているが休みの日ぐらいはばっちり派手派手にしたい。

    (・・・いや、ガッコ―行かないなら、毎日ネイルしてもいーのかなー)

    ひと月ほど前。
    定期の健康診断といっしょに受けさせられた、定理者の適性検査で、非常に高い適正値を示したくららは、ホッカイドウのピラリ学園へ転校し、定理者としての才能を伸ばしていくことを強く勧められた。
    現在、以前の様な強制招集こそ行われていないものの。
    定理者の才能はやはり特別な才能であり、世の中にその力を役立てていくことを、周囲からかなり期待される。
    「以前と違って、今は命がけで戦ったりとかはないんだろう?
    これで将来も安心じゃないか?」
    と両親や進路相談の先生も喜んでくれた。

    ・・・だけど。
    だけど、くららはイヤだったのだ。
    いつも学校帰りにだべる友達たちと、別れるのが。
    くっだらない事をあれこれ喋りながら、流行りのスイーツを食べ歩いたり、互いのファッションにあれこれケチつけながらも笑いあう、あの時間をなくすのが。

    パパとママのことは好きだけど、ああもあからさまに「良かったね!」「でかした!」みたいな目で見られると、ツライ。
    だからこの間、大好きなバァチャンの所に相談した。
    バァチャンは苺農家を切り盛りして、ジイチャンが腰を悪くした後もしっかり働いてパパを育てて大学に入れたという、小湊家のビッグマザーだ。パパもママも頭が上がらない。
    でもくららにはとっても優しくて(でも悪い事したり約束を破るとチョー怖い)若いころはすっごい美人で服のセンスもイケてる、憧れのバァチャンなのだ。
    バァチャンは一言、

    「くららの好きにさせたらええ」

    でみんなを黙らせた。サスガ。
    バァチャンのお墨付きを得たくららは、自分でALCAのキョウト支局に行き、
    「キョウトは離れたくない、友達とも別れたくない。
    通いでいいなら、すぐここで働いてあげる」
    と啖呵を切った。
    定理者のリーダー、とか紹介されたお兄さんが、優しそうな表情を白黒させると、どうしよう、こうしよう、いやルールが?規則が?でもでも? とアタフタするのは見て面白かった。
    でも局長代理の平、とかいうオジサンが出てくると、オジサンは、顔は笑顔だったけど―
    「バイト感覚なら、学校へ帰っていいよ」
    とぴしゃり言った。
    その後、定理者としてALCAに務めた場合の、いろいろな仕事について説明を受けた。
    どちらかというと、軍隊というよりは警察や消防、救急に近い仕事をしていること。
    また、異世界の使者との平和的な共存や、世界の仕組みについての研究も、ALCAの大事な仕事であること。
    「異世界の使者とも、友達になるの?」
    「そう、仲良くなれる奴とは仲良くするさ」
    そういうと、おっきな烏が部屋の中に飛んできて、傍の止まり木につかまりカァと鳴いた。
    ちょっとびっくり。
    「確かに今世界は平和だし、命のやり取りなんてしないかもしれない。
    でも、いざという時、やはり矢面に立つのは僕たちだ。
    覚悟がない子は、いらないな~」
    くららにしては珍しく、ぱっと返事ができなくて。
    連絡先だけ教えて、その日は家に帰った。

    あれからしばらく。
    時々、オジサンからは電話がかかってくるが、なかなか返事ができないでいる。
    家族とも友達とも別れて、ホッカイドウに行くのか。
    学校には行けなくなるみたいだけど、キョウトに残り、定理者として働くのか。
    あるいは、全部忘れてしまうか。

    ぐうううう

    と、突然、派手にお腹の鳴る音が聞こえた。
    思わず自分のお腹を押さえるが、さっきお菓子も食べたし、そこまでお腹が空いているわけではない。

    ・・・では、誰?

    見れば。
    道端に二人の少女が座り込んでいる。
    ぱっと見たところ、自分と同じ年恰好の二人。
    顔はけっこうきりっとした美人系で、二人ともよく似ている。姉妹か?
    (・・・むねおっきー)
    出るところ出てひっこむとこ引っ込んだ、グラビアアイドルか?って感じのスタイルは正直うらやましい。
    そして目を引くのが髪の毛の色。
    どこで染めたんだか、ひとりは金髪にちかいすこしくすんだ黄色。
    もうひとりは空の色みたいな青になっている。
    (・・・コスプレってやつ? なんかイベントあんの?)
    思わず頭の中にハテナが飛び回るくららの目の前で。

    ぐうううう

    またお腹の音が鳴り、黄色の少女がお腹を押さえて
    『腹減ったあああああ』
    すると青色の少女の方はそれをとがめて、
    『ちょっとなる、恥ずかしいわよ』
    『だーって腹減ったンだからしょーがねーだろー!』

    ぐうううう

    う、とうめいて今度は青色の少女がお腹を押さえる。
    『ほらみろ、たまだって腹減ってンじゃねーか!』
    『わ、私は鳴ってない。ごろごろ鳴るなんて、なるじゃあるまいし』
    『んだとー!
    -っておい。お前、見てんじゃねーよ』
    なる、と呼ばれた黄色の少女、鳴神がくいと目尻を吊りあげてこちらをにらむ。
    たま、と呼ばれた青色の少女、玉風も少し垂れ気味の目を細めるようにねめつける。
    その視線と表情の圧に対し。

    「ん」

    くららは左手の紙袋をぐいと突き出した。まだドフィノワが残っている。
    『な、なんだよ!』
    反射的に声を荒げる鳴神を手で制しながら、玉風は
    『それ、私たちに?』
    「だって、お腹空いてるんでしょー?」
    確かに、その紙袋からは甘く美味しそうな匂いがただよっている。
    「だから、あげる」
    『-ホントだな? 嘘じゃないな?』
    『ちょっと、なる?』
    止める暇もあればこそ、鳴神は紙袋をひったくるように奪うと、中に入っていた焼き菓子にかぶりついた。
    『んぐんぐんぐ・・・うめー!! たま、これすげーうめー!!!』
    『ちょっとあなた、はしたないわよ。仮にもジスフィアの神格たる者が』
    『たまも食えよ、ほらほら』
    『え、う、うん・・・ あら、確かにこれは・・・』
    あの土壇場の逃走劇から、丸二日。
    この世界のことなど何も知らない二人は、自分たちをこの世界に呼び寄せた「あの男」を探すも出会えず連絡もつけられず。
    うるさい音(サイレン、というらしい)を鳴らしながら街を走り回る車と、
    厳めしい制服の男たちが自分たちを探して見つけて捕まえようとしている気がして。
    ろくに食べることも眠ることもできず、逃げ回っていたのだ。

    (こんなはずじゃなかったのに)
    (あたしたちは、上の神さまから言われた通りに雷を落としたり風を吹かせたりするのに飽き飽きしてた)
    (そしたら「あの男」が手紙を寄こしてきた。
    セプトピア。
    この世界に来たら、なんでも好きなように遊べる)
    (自分のちからを好きにしていい。
    そうして遊んでいたら、次々楽しい遊び相手も現れて、もっともっと楽しくなる!)

    そう、こんなはずじゃなかったのに。
    お腹に甘いお菓子が入って少し落ち着いたからだろうか。
    目尻から熱いものが落ちる。
    「ちょっとなる・・・」
    玉風が布でこちらの顔をぬぐおうとするのを
    「な、泣いてない。泣いてないし!たまだって!」
    みれば、玉風の顔もちょっとぐしゃっとなっていた。
    これは大泣きする前兆だ。

    ―すると
    「ゴハン、食べにいこ」
    『『え?』』
    いつのまにか、くららが二人のそばに来ている。
    腰を落とし、そのまま二人の肩に手を回すと、肩を抱くようにしながら顔をくっつけてきた。
    「今回はぁ、あたしの、おごり。
    だから、ゴハン、食べよう」
    そして、ぎゅっと、腕に力をこめてきた。
    「あたし、ヤなんだ。人が泣いてんの。
    あたしまでオチる感じするんだ。
    だからさー
    がーっと食べて、
    ぱーっとやって、
    アゲてこ?
    ぶわーっと。ね?」
    正直、くららの言葉の意味はイマイチわからないとこもあるが、
    彼女の言いたいことは、わかった。
    『なるぅ』
    『たまぁ』
    「ばか、あたしも貰い泣きするじゃん、やめてよぅ」
    何故だかわからないが、後から後から涙が出るので。
    鳴神と玉風、そしてくららは、恥ずかしくも道端で、
    3人抱き合いながら、わんわん泣いた。おんおん泣いた。

    その後、ドスバーガーとファミレスとカラオケをハシゴした3人。
    鳴神も玉風も、自分たちが異世界から来た事や、元の世界で退屈していたこと、
    「あの男」の言うまま、この世界にきて遊ぼうとした事などを自分から語りだした。
    擬音混じりで勢い込んで喋る鳴神と、こぼれ落ちる話を拾う様に喋る玉風が面白かった。
    くららの今月の小遣いは見事空っぽになってしまったが、まぁいいかな、と思った。

    「・・・ねぇ、定理者になったら、あんた達ともなれるかな。
    -友達に」

    くらら×鳴神編(後編)に続く

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  • 揺音玉姫 & 清純の ニコ

     揺音玉姫 & 清純の ニコ

     揺音玉姫 & 清純の ニコ

    揺音 玉姫 & 清純の ニコ

    「揺音、明日葉、行ってくれるか」
    ALCAナイエン支局、リーダーのオルガ・ブレイクチャイルド。その判断は早かった。
    しばらく無かった、大型の逆理領域の展開。
    2体の使者による同時襲来、さらに固有能力によるものと思われる異常気象。
    「でも…いいの?」
    「構わない。ゼラ?」
    以前から戦術部主任を務めるゼラは、
    「万一ナイエン区側で襲来事件が発生しても、クロエと縁がいる。大丈夫だ」
    と太鼓判を押す。分析官のピエリに視線を移せば、
    「キョウトに現れた2体の使者は、単体ならパラドクスレベル3程度と観測されています。
    しかし2体が相乗効果でその影響を広げているため、単純観測では自乗のレベル9、
    という意見も出ています」
    「それってルシフェル事変並みじゃないですか!  ・・・あっ」
    思わず声を出しながらも、失言に気づいて口をつぐむのが管理官のクラウ。
    「いいんだクラウ。移動の手配は?」
    「は、はい、既にALCAの緊急権限でトウキョウ‐キョウト間の路線を確保しました。
    緊急車両もスタンバイまであと10分とのことです」
    「リニアで1時間。すぐに行け。そして―」

    緊急輸送専用のリニア車両に学と乗り込みながら、玉姫はオルガの最後の言葉を思い返していた。
    「そしてできるなら、早く、早く解決してくれ」
    今、世界は使者襲来からやっと解放されたばかりだ。
    ここで再び大きな事件が起きれば、世の中は再び、使者襲来への恐怖から定理者たちを戦いの備えに駆り立てるだろう。
    玉姫自身は、そのことを受け入れてきた人間ではある。
    が、同僚の七星縁の様に、本来やりたい事・今やっていることを強制的に取り上げて戦いに備えさせるのが、決して良い事とは思っていない。
    早く解決しなければ。
    その思いが、思わずフォーリナーカードを収めたケースを握りしめさせる。
    「…それ、新しい子?」
    それを見た隣席の学が、気を紛らわせるためか、そんなことを聞いてくる。
    昔は口を開くこと自体珍しかったのに、ずいぶんと変わったものだと思う。
    「うん、ニコ。モノリウムの子で、清純のニコって言うの」

    話は数週間前に戻る。
    ナイエン区の玉姫と言えば、「じゃじゃ馬慣らしの玉姫」としてALCAにその名は鳴り響いている。
    ジスフィアの竜媛皇珠 小玲を始め、トリトミーのシグマ・ブラスター010やジスフィアの薫花のティア。
    扱いの難しい使者と次々盟約を結んでおり、盟約者の数ではALCAでもトップクラス。
    現在交流のある全ての異世界の使者と付き合いがあり、能力もバラエティに富む。
    ハッキリ言って、世界のALCA各局を見渡しても、そんな定理者はそうはいない。
    「……」
    にも関わらず。
    このところ玉姫は、時間を作っては支局のデータベースを漁ったり、
    あるいは使者たちに話を聞いたりして、「新たな別の使者」を探していた。
    ―すると。
    『玉姫、私では力不足だと言うのですか?』
    いつの間にか、豊かな巻き毛の少女が傍らに立っていた。
    「そうじゃないのよ、ティア」
    『何が違うというのです!』
    愛らしく高貴に整った顔立ちの彼女だから、怒るとなかなかに迫力がある。
    薫花のティアはモノリウムの使者だ。
    モノリウムは力のロジックが全てを決める世界。
    それに、彼女はそもそも、ライバル(と彼女が思い込んでいる)の使者と対決し乗り越えるため玉姫と盟約したという成り行きがある。
    自分の力が足りぬ、と判断されるなど、認められないのだろう。
    「あなたの力は私が一番わかってるわ」
    実際、ティアと合体した玉姫は、モノリウムらしい運動能力・生命力の向上のうえに、藤の蔓を自在に操る力を使い、更に活躍を広げている。
    「でも、あなたにもできないことがあるでしょう?」
    『私にできないことなんて・・・!』
    ティアはちょっと早合点がすぎるところや思い込みの過ぎるところがあるが、けっして愚かな子ではない。
    玉姫の表情を見て、それを悟る。
    『あの時は・・・力になれず、すまなかったわ』
    かぶりを振る玉姫。
    「別に、ティアのせいじゃないもの」
    あのジゼル・サンダースのロジックカードが破損した事件で。
    玉姫は強力な治癒の力をもつテトラヘヴンのヴィーナス、そしてトリトミーのキュア・メディスン119を盟約者に持ちながら、結局何もできなかった。
    「傷つく人たちを救いたい。
    逆理病や使者の襲来に悩まされる人を救う。
    それこそが私の願いだし、
    ううん、正直なことを言うと、私が一番うまくやれる。
    そんな自信だってあったのだけど・・・」
    と、背中からぎゅっと抱きしめられる感触。
    この暖かさと豊かさ、いっそこのまま眠ってしまいそうな心地よさと言えば―
    『ふふっ 玉姫ったら、ずいぶんお姉さんになったのね』
    「もう、ヴィーナス、からかわないで・・・」
    玉姫を豊かな胸元に収めて離さない、妙齢の美女はヴィーナス。
    テトラヘヴンの愛の女神であり、こうしてセプトピアに適応してもその愛らしさ、そして周囲に振りまく過剰な愛情表現は相変わらずだ。
    恥ずかしさからとがめる様に言う玉姫の台詞も、彼女の胸の中では勢いを失ってしまう。
    『自分に出来る事と、出来ない事。
    それがあるってわかるのは、人として大きな成長よ?』
    そしてそのまま、ティアへと目をやると
    『だからティアちゃんも、出来ることがあったら、力を貸してくれると嬉しいな?』
    『・・・』
    ティアの胸のうちで、どんなやり取りが成されたかはわからない。
    だが相当な葛藤があったらしいことは、その表情から見て取れる。
    「―ティア?」
    『わかった。わかったから。私がなんとか、してあげるから』
    「え?」
    『だから― そんな顔をしないでくれる?
    貴女は、この薫花のティアの、盟約者なんですから』

    そんなやりとりの後。
    ティアが自分の世界で、どれだけ周囲に掛け合ったかはわからない。
    相当な苦労が察せられた。
    そもそも、自分の「力」を貴ぶモノリウムという世界で、他者を頼るという行為がどれだけロジックに反しているかは、想像するしかない。
    だがティアは連れてきた。
    モノリウムの、とある草原の果て。
    緑の海の彼方に住むという、ユニコーンの一族。その一人を。
    清純のニコ。
    揺音玉姫の、また新たな盟約者となる少女であった。

    キョウトに到着後、キョウト支局の定理者・五条奏と合流した二人は、そのまま街の人々が避難しているエリアに向かう。
    聞けば、玉姫の妹・聖那が相棒のジゼルと共に今回の事態を引き起こしている使者を撃退に向かっているという。
    そちらに向かいたい気持ちをぐっと抑えて―
    「-学、頼める?」
    「わかった」
    その一言で、光るマフラーを翻し学が走り出す。
    その背中を見送りながら、
    「ありがとう、玉姫さん。
    でも安心してください。ウチのリーダーも、結構やる時はやるんですよ。
    来てるのはどうもジスフィアの使者らしいし、
    だったら私たち、キョウトが一番わかってますからね。
    ちゃんと罠も張りましたから、もしかしたら今頃、もう倒しちゃってるかも」
    「ええ、そうね。だから、私もできることをしなくちゃ」
    「はい、お願いします」

    既に逆理領域から運び出された逆理病の患者たちが、避難所の床に並べられている。
    およそ50人ほどだろうか。体のところどころがモザイク状になり、ロジックの喪失をうかがわせる。
    「既に損傷ロジックの回収は済んでいますが、身体への吸収と定着が追い付いてません」
    「わかった。任せて」
    ひとつ息を吸うと、高々とフォーリナーカードを掲げて叫ぶ。
    「ゲートアクセス・モノリウム!」
    生命の樹を模した樹状魔法陣が輝き、彼方から光の珠に包まれて一人の少女が現れる。
    『たまきー!』
    見たところ、まだ5歳ぐらいだろうか?
    元気いっぱいに駆けてくる、でも時折ちょっとつんのめるような様子がまた愛らしい。
    うすく紫に輝く尻尾と、頭の上からつんと突き出した角が、彼女が人の子でないことを教えてくれる。
    「ニコ、いっしょに、がんばってくれる?」
    『うん、にこ、たまきといっしょにがんばるー!』

    光が収まったとき、玉姫は清純のニコとのトランスチェンジを終えていた。
    頭にはニコのものと同じ、ユニコーンの白く輝く角。
    おなじ色で輝く槍を掲げ、高らかに唱える。

    「『ロジックドライブ!!』」

    玉姫の角と槍が共鳴し、周囲に七色の光を放っていく。
    虹にも似た光が横たえられた患者たちを包んでいくと―
    「!」
    体のそこかしこを蝕むモザイク状のロジック障害が消え、
    苦しんでいた人も穏やかな寝息を立てていくではないか。

    「・・・すごい・・・」
    数々の現場に立ち会ってきた奏だからこそわかる、ロジック障害をも修復する癒しの光。
    これこそは、「力」のロジックに従い壮大なる生命が輝く世界・モノリウムに伝わる究極の癒しの力、ユニコーンの角に秘められた力である。
    「奏さん、次の避難所へ行きましょう」
    「は、はい!」
    次の場所へと先導する奏の背中を追いながら、玉姫は自分の手にした力の手ごたえを感じていた。

    (この、この力ならきっと、喪われたロジックも!)

    だが今は、キョウトの人々を一人でも多く救う時。
    胸に思いを秘めつつ、玉姫は走った。

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  • 揺音聖那 & 懍玲

     揺音聖那 & 懍玲

     揺音聖那 & 懍玲

    揺音 聖那 & 懍玲

    黒雲が空を覆う。
    ひっきりなしに雷鳴が轟き、時折空が輝いては、てんでんバラバラな方向に稲妻が走る。
    『ハッハッハァ! 轟け!吠えろ! アタシの稲妻、たっぷり拝んでいきな!』
    かと思うと、猛烈な風が嵐となって、横殴りに叩きつけて体ごと飛ばそうとする。
    『吹けよ風、呼べよ嵐。ふふっ これほどの凄風、セプトピアにはないでしょう!』
    見上げれば、良く似た黄と青の装束の少女が、翼も無いのに空に浮かんでいる。
    もちろん、ただの少女でないことは見ればわかる。
    黄色の少女は二つ、青の少女はひとつの立派な角を生やし、雷、そして嵐をまとって高らかに笑っている。
    『こうしていれば、面白い事が起きる、ってアイツは言ってたなァ』
    『ええ。私たちを楽しませてくれる相手がいるって、言ってましたけど・・・』
    『なんでもいいや。さあ、楽しもうゼ!』
    黄色の少女が手を振れば、背中に八つの太鼓が現れる。
    手にした五鈷杵の様なバチを叩きつければ、ドドンという音ともに稲光が空を裂く。

    「なにあれ。カミナリ様ってこと? じゃああっちは―」

    急行したトランスポーターから空を見上げる聖那。
    視線の先で、今度は青の少女が、
    『あなたは乱暴すぎるわ。もっと風流になさいな』
    腰に巻き付けた白い帯。これを解くと、たちまち大きな袋になる。
    なったかと思うと更に膨らみ膨らみ、縛った紐を解けば、その口からゴゴウと旋風が舞う。

    『ああ。こっちの―ジスフィアの雷神と風神だ』
    フォーリナーカードが震え、阿修羅―ジスフィアの闘神にして聖那の盟約者―のぼやくような声が響いた。
    『悪ィな、こっちの神格がまた迷惑かけてよ。
     ―おおぃ手前ら! 何やってんだ!』
    「あなたたち、すぐに止めなさい!」
    トランスポーターから降り、声を張る聖那。
    その声が届いたのか、二人の少女は初めて聖那を見た。
    『なんだァ、今イイとこだってのによお』
    『なにやら聞いた事のある声ですね。闘神阿修羅です?』
    「その盟約者、ALCAキョウト支局の揺音聖那。
     すぐに止めないと、世界統一自衛法第7条に基づき実力を行使するわ」
    『アぁん?ナンだって?』
    『ちょっと聞こえなかったです―わ!」
    青の少女が袋をしごくと、猛烈な風が聖那を襲い―
    ―降りたばかりのトランスポーターが巻き上がり、そのまま聖那の上に落ちてきた。
    『アタシはジスフィアの雷神、鳴神』
    『同じくジスフィアの風神、玉風』
    『っても、もお聞こえねぇかなぁ!ハハハハ―』
    二人の笑いは途中で止まった。
    聖那を押しつぶすかと思った車体がゆらり浮くと、二つの宙を飛ぶ拳に支えられ、ゆっくり路上に降ろされたからだ。
    「安全なところへ、早く」
    ドライバーに声をかけ、彼が脱出するのを確認すると、改めて二人を見据える。
    「これが返事ってわけね。いいわ。
     力づくでも、おとなしくしてもらう」
    『手前ぇらちょっと降りてこい。熱いゲンコでおしおきしてやるからよ』
    闘神・阿修羅と合体した聖那は、和風のボディスーツに身をつつみ女性らしい健康的な肢体を見せながらも、優れた格闘センスと強化された身体能力、そして宙を自在に舞う四つの拳を使って戦うALCAキョウト支局きってのパワーファイターだ。
    『ハ! 驚かせんな! 阿修羅だろーと、空飛べないんじゃあケンカにもならね―』
    と胸を張る鳴神のすぐ横を、風を突き破る勢いで阿修羅の拳が飛んだ。
    『-ッ!!』
    『降りてこねーってんなら』
    「無理やり引きずりおろすまでよ」

    とはいえ。
    二人の使者を相手に、独りで戦うのは困難を極めた。
    勝手知ったるキョウトの街を盾に使い、隙を見ては対空ミサイルの様に拳を叩きつけるが、向こうも暴風で身を守り、鞭のごとく稲妻を振らせてくる。
    息の合ったコンビプレイが、聖那を追い詰めていく。
    なにより、愛する街が巻き添えに壊れていくのが、まるで自分の体を傷つけられたように感じる。
    「・・・まだなの?」 
    焦る聖那に、やっと待ちかねた通信が入る。
    「-聖那、こっちはだいたいOKだよ」
    「ありがと、律さん」
    キョウト支局の他のメンバー、律の率いる別動隊は、雷と暴風に囲まれた街から人々を非難させていた。
    異世界から来た使者がこの世界に及ぼす悪影響は、異世界由来の特殊な力で暴れることそのもの、だけではない。
    彼らがこの世界の人間を取りこむ―トランスジャックして世界に現れる時、周囲に己の異世界に合わせて世界を作り変えようとする力が働く。これを「逆理領域」と呼ぶ。
    逆理領域に取り込まれた普通の人間は、程度の差こそあれ、徐々に異世界のロジックに体を蝕まれこの世界のロジックを喪ってしまう。そのまま放置すれば、人格が破壊され、死に至る。
    使者の悪意ある侵入に対し、定理者たちがまずしなければならないのは、逆理領域から人々を避難させることだ。
    幸い、キョウトにはシェルターも充実し、人々の意識も高い。
    時折飛んでくる流れ弾ならぬ「流れ岩」も、
    『カカカっ この程度!』
    律と合体した妖怪・唐笠小僧の番太が広げる、巨大な蛇の目傘ががっちりブロックする。
    「それと、君の相棒の方も―」

    通信を終えた聖那は、宙の二人に背を向けると、小路を抜けて走り出す。
    『あ! おい! 逃げんのかよ!』
    『逃がさない。ふふふ、神を挑発してタダですむと思ってるのかしら』
    細い路地を選んで走ることでこちらを巻こうとしているのか、見え隠れする聖那を追いかける鳴神と玉風。
    『追いかけっこも面白いけどよー』
    『そろそろ飽きましたね』
    鳴神の放つ稲妻をくぐるように、聖那はとある商店街のアーケードを折れ、そのまま大きな建物の中へと逃げ込む。
    『建物ン中なら安全ってかぁ?』
    『とんだ間違いですわ』
    玉風の風が拳となって扉を吹き飛ばし、そのまま後を追う。と。
    ―バチリ。
    『ぐっ』
    入口から伸びる通路をくぐろうとした鳴神を、四方から雷が襲った。
    『・・・雷神のアタシに、雷だと? 効くわけねーだろーがー!』
    腹立ちまぎれに周囲に稲妻を飛ばせば。
    別の通路の先にたたずむ、金髪に和装のドレスを着こなした少女も涼しい顔でそれをやり過ごす。
    「そうかしら。貴女の雷、たいしたことないんじゃない?」
    『まあまあジゼル。鳴神も若い神ですから、仕方ないですよ』
    『んだと!!!!』
    更に勢いを増す雷の雨の中、踊るようにかわして微笑む。
    『ALCAキョウト支局所属、ジスフィアのイカヅチの神、八雷神』
    「その盟約者、ジゼル・サンダース。今日は特別に、アンタと踊ってあげるわ」
    『・・・たま』
    『わかった、なる』
    その一言で決めたのか、鳴神は八雷神と合体した少女・ジゼルを追い、玉風は聖那の後姿を追う。

    ―つまり、見事に分断されたのである。

    『ジゼルさん、気を付けて。ああは言いましたが、単純な力比べなら、鳴神の方が上かもしれません』
    「ちょっと、敗北宣言?」
    通路を駆け抜けつつ、ところどころに稲妻を放つ札を地雷の様に配置。
    鳴神は稲妻そのものにはダメージを受けないが、八雷神の操る「雷」とは。
    『とんでもありません』
    黒雷は天地を暗くし視界を奪い。土雷は鳴神の雷を地面にそらし。伏雷は闇に潜んで稲光を走らせ。
    『「火雷(ほのいかづち)!!」』
    声を合わせるジゼルと八雷神。放つ雷の起こす炎が、鳴神を炙った。
    『うわーっ』
    『雷の扱いにかけては、この八雷神に及ぶ者はおりません』

    セプトピアの建物は、玉風の知るジスフィアの建屋とは違い、硬く、隙間がなく、冷たく。
    彼女の放つ風にいちいち抵抗する。
    だが無駄な抵抗だ。
    風で拳を作って殴りつけてやれば、扉も吹き飛んでしまう。
    だが。
    それをあざ笑うように、あの阿修羅と合体した女はひょいひょいと逃げ回る。
    『いつまで逃げまわるつもり? 闘神阿修羅の名が泣くのではなくて?』
    いらいらするので壁の2、3枚ごと殴りつけてやるが、砕けた扉の破片を縫って、阿修羅の拳が飛んでくる。顔を思わずそらす。が。
    『ぐっー!』
    影から飛んできたもうひとつの拳が、深々と腹をえぐる。
    『・・・・おのれ・・・・』
    視界の端を、女のおさげが消えていく。
    『許さない!!!』

    それぞれを追う鳴神と玉風は、とある廊下の端でぶつかる様に再会した。
    『-なる、ひどい顔。煤けてるわ』
    『うっせー。たま、お前こそ服破けたんじゃねーの』
    視線をかわし、改めてあのナマイキな二人に目にもの見せることを誓う。
    扉の向こうにいるはずだ。
    近づくと勝手に扉が開き、踏み込むと閉まる。
    『誘いこまれた?』
    『かんけーねー ぶっつぶす』
    耳がキンとなって痛む。
    少し息苦しい。
    ついでに、妙に熱い。

    ホールの様になった少し広い部屋の向こうに、あの阿修羅と合体していた女が、別の装束で立っている。
    『鳴神様、玉風様、少しは頭が冷めましたかの?』
    『だれだてめー』
    『また別の者と合体しているのね?』
    『合体しながらで失礼申す。わらわは懍玲。ゆえあって、この者とキョウトを守っておる』
    「いいかげん暴れ飽きたでしょ? おとなしくトランスジャックを解いてくれないかな?」
    『うっせー!』
    『その顔にお返しするまでは、止められませんわ』
    「-しかたないか」
    『一度、痛い目を見てもらうしかないようじゃ』
    聖那の前にある、青く輝く水晶のような八角錐。
    それがひときわ強く輝いたかと思うと、むっ とした熱気が更に高まった。
    「-ロジックドライブ」
    『「驚烈超火球!!!」』
    そのまま蒼い火の玉となって、鳴神と玉風に向かってくる。
    『バカね、こんなもの!』
    風の壁を作って弾き返そうと風袋を膨らませるが―妙に手ごたえがない。
    「気圧が落ちてるの、わかる? 当然、風の力も弱まるってわけ」
    気圧、というのが何のことだかはわからなかったが、風が薄くなっているのはわかった。
    『どけ、アタシの雷で!』
    だが放つ雷は、あらぬ方向へと飛ぶ。その先にはあの雷女が札を持って立っている。
    「なんかね、気圧の低くなったところでは、放電しやすくなるんだって。
    勝手に雷が出ちゃうから、うまく操るのは難しいみたい。
    ま、私たちは楽勝だけど―
    あんたには無理みたいね」
    『てっめええええ!!!!』
    『なる、ダメ!!!』
    火の玉が二人を直撃するのと、無理やり束ねた風が天井を吹き飛ばすのは、ほとんど同時だった。

    「で? 鳴神と玉風だっけ? 逃げちゃったの?」
    「-ゴメン、平さん」
    聖那とジゼルの奮戦によって、鳴神と玉風はトランスジャックを維持できなくなり、取り込んだ人を解放してどこかへと逃げたようだ。
    逆理領域も消え、青空が戻ったキョウトではシェルターから出てきた人々が笑顔を取り戻している。
    通信の向こうで、支局長代理の平もほっとした返事を返す。
    「ま、しょうがないよ。あとは調査部に任せて、いったん戻ってこいや」
    「-いや、まだそこらにいるかもしれない。私はちょっと探してみる」
    と聖那が答えると、
    「私はリハに戻らせてもらうわ。抜け出してきたんだからね、取り戻さないと」
    とジゼルも答える。
    二人は視線を交わし、
    「ありがとねジゼル。ライブ、楽しみにしてるから」
    「ハイハイ、じゃあ私が集中できるように、なるべく呼び出さないでね」
    ふっ、と笑みを浮かべると、反対方向に向けてそれぞれ歩き出した。

    「ちょっとー! お兄さんの指示、たまには聞いてくれても良くない?」

    後には平のいつものボヤキが残された。

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  • 当麻芽路子 & ヒュプノス

     当麻芽路子 & ヒュプノス

     当麻芽路子 & ヒュプノス

    当麻 芽路子 & ヒュプノス

    帰宅して部屋に戻ると―
    ―知らない少女が寝ていた。

    「・・・これ何てギャルゲ?」

    芽路子は、とりあえず部屋の電気を点けると(同時に端末の電源も立ち上げる)
    椅子に腰を落ち着けて、ゆっくり深呼吸してみた。

    (うん、落ち着いている。さすが私)

    異世界から来たやたら陽気な死体(得意技・呪殺)に憑りつかれて高い所から落ちてみたり。
    異世界から来たやたら面倒見よすぎる蜘蛛型ロボに押し掛けられ高い所から落ちてみたり。
    異世界から来たやたらギャルな鬼娘にズッ友とか懐かれて高い所から落ちてみたり。
    異世界から来たやたら明るい死神に死に方を選びましょ?と高い所から落ちてみたり。

    (フフフ、いまさら幼女の一人や二人で驚かないわ)

    今までのアレやコレやを思い出しては、昏い笑みが浮かぶ芽路子。
    ちなみに彼女は高所恐怖症なのである。

    さて改めてベッドの上を見てみれば。
    小学生ぐらいだろうか。
    赤いくせっ毛をざっくりショートにまとめ、頭にのった青いベレー帽が良く似合っている。
    羊だろうか?ふわふわとしたぬいぐるみをクッションにして抱き込み、
    それはそれは気持ちよさそうに熟睡している。
    白いベッドの中心で、猫の様に体を丸めた姿は、まるで1枚のイラストの様だ。

    ・・・

    そのまましばらく見ていたが、起きる気配は、ない。
    起こした方がいい。お前は誰だ、と問い詰めたい。
    何処から来たの? ってか、どの異世界から来やがったの?
    いやもう、何処から来たんでもいいから、すぐに帰ってほしい。

    (私だって寝たいんだし!)

    お気に入りのベッドなのである。
    以前のアジトを引き払ってこっちに移った時、ついでにベッドを買ったのだ。
    実際の寝心地を試すため、出不精の自分を奮い立たせ、
    寝具店・家具店を回りお節介な店員を眼力で排除。
    ひとつひとつ確かめて選び抜いた、至高の逸品なのである。

    ・・・あ、よだれ。

    可愛らしいものではあるが、流石に我慢ならぬ。
    芽路子は敢然と立ちあがり、少女の肩に手を掛けた。

    「ちょ、ちょっと! あんた、人の部屋で、何寝てんのよ!」
    『・・・』

    返事がない。ただのようじょのようだ。(ムカッ!)

    「うあー もう! 起きろ!起きろっての!!!」
    頭にきた芽路子は、さらに激しく少女をゆすり、大声で起きろと叫ぶ。
    すると流石に。

    『・・・・』
    まぶたを開くと、青色の瞳がきらっと輝く。確かに美少女だ。ほんとゲームみたい。
    「あんた、どこの誰? なんで勝手に私のベッドで寝-むぎゅっ」
    少女は抱きしめていた羊クッションをつかむと、それで芽路子を叩く。叩く。叩く。
    別に痛くはないが、顔を狙ってくるので喋れない。
    「ちょ、ちょっと止めなさい、止めなさいよ!」
    『お前。死ぬか』
    可愛い顔の可愛い唇から、なかなか物騒な台詞が出てきた。
    『人間のブンザイで神の眠りをジャマするとか。死ぬか。死ぬのか。死にたいのか』
    「へ、へぇ、神サマでしたか」
    そう言われても、もはや驚かない芽路子である。神様なら知り合いがいる。
    『そうだ。わかったか。わかったら邪魔するな。オヤスミ』
    と言って再び寝転がろうとする自称神サマを慌てて止める。
    「ちょっと! その神様が、なんで私のベッド占領して寝てるのよ!」
    『先ほどから軽々しく神の体に手をかけおって・・・ 殺すぞ。
     タナトス! ターナートースー!』
    すると、芽路子の懐、フォーリナーカードが震え、勝手に宙に浮きあがると光を放った。
    『はーい、タナトスさんですよ。こんばんわー』
    あたかもスマホの様に、異世界テトラヘヴンにいるはずの死神・タナトスの声が響く。
    「『タナトス。こいつなんとかしろ(して)』」
    面白いことに、芽路子と少女の声がユニゾンした。
    『まあまあヒュプノスちゃん。芽路子さんはただいま、私と共に楽しい終活中なので』
    「してない。終活してない」
    『そのうち死にますから、待っててくださいね?』
    「しばらく死なないから!死ぬ予定ないから!」

    やはりというか、案の定というか。
    芽路子の盟約者のひとりであるタナトスが説明するに、
    この少女も同じくテトラヘヴンの、安眠と微睡みを司る神ヒュプノスだという。
    芽路子と盟約し、この部屋に転がり込んだタナトスが、
    そのベッドの素晴らしさをうっかり茶飲み話で持ち出したのが、きっかけらしい。
    興味を持ったヒュプノスが、わっざわざゲートをこっそり開けてその寝心地を確かめにきた。そして今に至る。

    『お前、寝床を選ぶセンスはいいな。ニンゲンにしては。
     さっきの無礼は許してやる。喜べ。じゃあな。ふわああ』
    と言って再び寝ようとするものだから、
    「ちょっと! 返せ! 返して! 私のベッド!!」
    『うるさい。安眠妨害。黙れ』
    「私どこで寝るのよ!」
    『床ででもどこでも寝るがいい』
    「私のベッドよ!!」
    芽路子は、無理やり自分もベッドにあがって取り返そうとする。
    『お前、やめろ、狭いじゃないか』
    「いやならあなたが出なさいよ」
    『断る』
    「ちょっと、枕返しなさいよ」
    『イヤだ』
    ベッド上で今、神と人との極めてしょうもない争いが始まるところだったが。
    『じゃあ、合体しちゃったら?体がひとつになるから、ちょうどいいんじゃない?』
    タナトスのこの馬鹿な提案を受け
    『なるほど、死神にしては良い案だ』
    「・・・はぁ?!」
    『さ、合体するぞ』

    ALCAに未登録の非合法な定理者とはいえ、
    ここまでしょうもない理由で合体を迫られるのは自分ぐらいだろうな、と芽路子は思った。

    しばしのち。
    大騒ぎしてドタバタやったせいか、すっかり目が冴えてしまった彼女は、
    ウェブにアクセスして日課の巡回を始めていた。
    ちなみにヒュプノスの方は、ちゃっかりベッドで寝ている。
    寝ている姿がホントに可愛らしいのがまた頭にくる。

    と、メーラーが着信を伝えてきた。ビデオメールだ。

    「-またあの子か」

    気が進まないながらも、仕方なく、ビデオメールを再生する。
    ウィンドウの中で、銀髪の美少女が微かに表情をほころばせながらしゃべり始めた。

    「――というわけで、私にも、友達と呼べる人ができました。
     ぜひメジィさんにも紹介したいのです! お願いします。お待ちしています」

    今でも、決して表情豊かというわけではない。
    破顔一笑、という感じではない。
    しかし随分可愛らしい表情をするようになりやがったなー、とは思う。
    あの時は、窮屈そうな軍服みたいなグレーの制服を着ていたが、今は可憐なブレザー姿で胸元の赤いリボンが良く似合っている。
    本人が言うように、学校で、良い友人ができたのだろう。

    「美少女はいいよねー」

    思わず口に出していたらしい。すると。
    『いやいや、メジもけっこイケてっしょ! マジで!』
    テンション高く答える声が響く。
    と同時に、また別のフォーリナーカードが光り、ピンク髪に着崩した風の和服というド派手な少女がそばに現れた。
    彼女の名前は鬼道丸。こう見えて、ジスフィアから来た鬼娘。
    使者で、芽路子の盟約者で、そのうえ
    『ズッ友のアタシがホショーするし?』
    芽路子のズッ友でニコイチだ。ただし自称。
    「・・・・」
    声にならない返事とジト目を送るが、鬼娘は全くそれを理解せず
    『だーいたい、メジにはアタシらがいるじゃーん!
     さびしくナイナイ。うりうり!』
    何を勘違いしたか、背中から絡みついてきた。重い。
    しかも手には、チョコ塗りポテチなる罪深いお菓子を持ちもっしゃもっしゃ食べている
    『ほらほら、メジもポテチ食う?ウマいよ?』
    口の前に突き出されたそれを、悔しいのでぐわっと噛みつかんばかりに食ってやった。
    しょっぱさと甘さが交互に襲ってきて、いつまでも食べ飽きないという恐るべき菓子である。糖分と塩分と油分、ついでにジャガイモのでんぷんとまあ乙女の敵なのだが。
    「――貰ったの私だってのに、勝手に食べやがって」
    画面の向こうの、銀髪の美少女がたまに送ってくれるのだ。
    こっちはろくにメールの返事もしないのに、ちょっと申し訳ない。いやかなり。

    あの連続使者襲来事件のただなか。
    ALCAに逆恨みで復讐してやろうと研究所をハッキングした芽路子は、偶然にもあの少女と出会った。いや映像を介してだが。出会ってしまった。
    行きがかりで彼女の説得に負けて、研究所内の暴走したシステムを回復、復旧への手助けをさせられてしまった。
    その時のことを、彼女は随分恩に感じたらしく、たびたびメールを送ってくる。
    そうそう、最初のころは、ALCAの実働部隊から外されて学校に通わされた、と押し殺した怒りがダダ漏れのメールを貰ったことを覚えている。
    割と適当に、同意と相づちだらけの返事を戻した気がするのだが、向こうはなんか嬉しかったらしい。

    『メジ、ポテチなくなっちゃったよー』
    「そりゃ、食ったらなくなるよね」
    『もっと無いのー?』
    「ここらじゃ売ってない。ホッカイドウの名物なんだよ。お取り寄せって奴だね」

    ほとんど脊髄反射でブラウザをなぞると、通販サイトが商品と料金を表示する。
    ウィンドウの横では、開きっぱなしのメールが添付ファイルの存在を主張する。
    ホッカイドウへのデジタルチケット(宿泊付き!)に、ついでにピラリ学園とやらの体育祭への招待状がついている。

    『へー メジ、ホッカイドウまでポテチ買いに行くの? いいね、たくさん食おう!』
    「はァ? な、なにを」

    思わず変な声出た。

    『ポチっとな。アタシにもわかるよ、へへん、これでチケット受け取りなんだろ?』
    「ば、ばかばか、受けとるなぁ!」

    受け取ったら、受け取ったことが相手に伝わるじゃないか。
    ご招待を受け取ったことが、伝わっちゃうじゃないか。

    『りょっこう、りょっこう、みんなでりょっこう、イエー!』
    「イエー!、じゃないよ!」
    『ホッカイドウで何食べる? 他にどんなデザートある? 楽しみー!』
    『ホッカイドウには、どんな自殺の名所があるんでしょうか。わくわくしますね』
    「わくわくしないよ!ってかタナトス! 出てくんな!」
    『うるさい。寝てられない。ホッカイドウだかなんだか知らないが、とっとと行って』
    「あんたも帰れぇ!」

     どうして私の使者どもは人の話を聞かないやつらばかりなのか。
     不幸だ。
     ちくしょう。
     みんな呪われろ。

     ・・・

    鬼道丸が首根っこにつかまってぐらんぐらん揺らすものだから、止まったままのビデオメールが視界に入る。

    そんなに、友達って、いいもんだろうか。

    画面の向こうで、少女がふわりとほほ笑んだ。

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