キャラクター&ストーリー

テトラヘヴン

  • アルテミス

    アルテミス

    テトラヘヴンからやってきた、ミステリアスな「月の女神」。
    長身で細身の美女で、詩をこよなく愛し、詠う。
    盟約者となったパートナーの事を、あたかも月の光が照らすように、優しく見守っている。

     明日葉 学 & アルテミス

    嵐の前

    ニーナたちの分析によって、使者たちが大挙襲来した原因が突き止められた。
    実験段階にあったゲートカードの暴走によって、
    各異世界との間に次々とゲートが開き、
    それを通じて招かれざる客たちが押し寄せたのだ。
    新型ゲートカードを手にした定理者たちの奮闘で、
    市街地での騒動は沈静状態に向かいつつあった。
    しかし、ALCA研究所の暴走しているゲートカードを止めなければ、根本は解決しない。
    ただちにオルガを中心に作戦が立案され、今、実行の時を迎えていた――。

    「よりによってこんな時に……」
    慌ただしく鳴り響く警報に、司令部の一同は苦虫を嚙みつぶしたような顔を浮かべた。
    作戦実行のため、出撃準備をしていた最中に敵が再び大挙して襲来したのだ。
    その目標は、ALCA本部である。
    作戦を続け攻めるべきか、定理者たちを待機させ守るべきか。
    危険を承知のうえで作戦を決行すべきか。
    それとも、中止にして本部を防衛するか。
    現行の作戦では、本部の防衛に当たる定理者は学ひとりだけだったためだ。
    苦悩の表情を浮かべるオルガに歩み寄ったのは学だった。

    「……作戦は続けるべき」
    「しかし!」
    「大丈夫。本部は私一人で守る」

    学の鬼気迫る表情に、オルガも決断する。

    「……わかった。作戦決行だ」

    学の決死の覚悟は、他の定理者たちにも伝わり、士気はいっそう高まった。
    だが、その中で一人、アルテミスが学を心配そうに見つめていた。
    (……あの子、まだ死に場所を求めているのかしら)

    親に捨てられた孤独な出自を抱え、
    今生きる世界に執着を持たず、
    生と死の境界線に憧れのような感情を抱き続けていた学。
    長い間、学を母親のように見つめていたアルテミスは、
    学が抱え続けていた苦悩をよく知っていた。
    仲間たちと歩むことでその闇は消えたように思えたが、
    この危機を前に再びあの感情が蘇ったのか――
    アルテミスの脳裏には、直感的にそんな不安が過ぎった。

    アルテミスと合体した学は、本部の屋上にある狙撃ポイントへ向かう。
    エレベーターの中で、敵の到達予想時間を通信で聞きながら、
    学は無表情のまま静かに目を瞑っていた。
    合体しているアルテミスに伝わるのは、静かな凪の海のような落ち着いた感情。
    学の心の奥底に眠る心理まではわからなかった。

    『……嵐の前の静けさね』

    アルテミスの声が耳元で囁くように聞こえた。

    「え?」
    『あなたの心を表わす言葉……』
    「……嵐」

    学がボソリとつぶやいた。
    その瞬間、学の心がざわめき始めたのをアルテミスは感じた。

    『……あなたの心に炎が見えた。それは自らも焼き尽くす炎かしら?』

    学はクスッと笑うと首を横に振った。

    「……みんなと、約束したんだ」
    『約束?』
    「ぜんぶ終わったら、遊園地にいこうって……」
    『遊園地……』
    「射撃のゲーム。おもちゃのライフルで景品を当てるヤツ。
    私がぜんぶ当てて係の人を困らせてみようって……」

    それを聞いていたのかクロエから通信が入った。

    「そーそー! なんか、楽しそうじゃない?」
    「申し訳ない気もするけど――」

    今度は玉姫からの通信。

    「――キョウトにいる聖那とジゼルちゃんにプレゼントできるもの、
    ゲットできたら嬉しいな……」

    その後、続々と仲間たちから通信が入った。
    いずれも、遊園地で何をしようかという話ばかりだ。
    やがて狙撃ポイントへと到着した学。
    その心は紅蓮の炎に燃えている。
    だが、それは自らを焼き尽くす炎ではない。
    仲間たちとの未来、希望に燃える学の心だ――と、アルテミスに伝わった。
    (杞憂だったわね……)
    今ここにいる学は、もう昔の学ではないと知り、アルテミスは喜びを噛みしめる。

    「敵影、指定距離に到達!」

    司令部からの通信を聞き、学はライフルを構える。
    アルテミスが囁いた。

    『……嵐が来たわ。でも、それが過ぎれば、あとは希望があなたを照らす』
    「―うん」

    一条の光芒。
    先頭の影が音もなく崩れ落ち、押し寄せる使者たちに動揺が走る。
    相手の姿を視認することすら難しい、超・長距離。
    動揺する敵たちに、立て直す隙を与えず次々光の銃弾を当てていく。

    『風よ、嵐よ、しかし我が灯火は消せず』
    「一人も通さない」

    至高の銃撃が、嵐を切り裂いていく。

    定理者のカード 使者のカード 合理体のカード

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  • ルシフェル

    ルシフェル

    テトラヘヴンからやってきた、謎の魔神。
    その正体は、テトラヘヴンに百年戦争を引き起こした張本人の堕天使。
    セプトピアでの平和な暮らしを楽しんでいる様子だったが・・・

     オルガ・ブレイクチャイルド & ルシフェル

    オルガ・ブレイクチャイルド & ルシフェル

    その建物は、ガイエン地区の端、路地を抜けた所にあった。
    中庭の様に開けた場所、月光の落ちるそこに、寂れた協会が建っている。
    「・・・」

    彼にとって、懐かしく、またある意味忌まわしい、因縁の場所だ。

    錆びついた門を押し開き、中に入る。
    中は想像通り薄暗い。長椅子の連なる奥に祭壇、その脇に朗読台。
    ひび割れた天井からは細く月光が差し、祭壇の上を照らし出していた。
    そこには十字架に架けられた聖人の姿があるはずだったが、何者かに壊されたのだろう、折れて途中から無くなっている。
    左右の壁に行くに従って、光は影に呑まれ、見通し辛い。
    ―だが、いる。
    戦士の肌感覚とでも言うのか、何人かが陰に潜んで自分を見ているのが、わかる。
    軽く息を整えると、声を張った。
    「オルガ・ブレイクチャイルドだ。呼び出しに応じ、来てやったぞ!」

    話は数時間前に戻る。
    今回のキョウトでの事件の裏に、ルシフェルらしき人物がいるとのクロエの報告。
    その情報に、ALCAナイエン支局は揺れた。ただし。
    「クラウ、この情報はこの指令室から外へ出すな。
    ヴェロニカ局長には俺から話す」
    「―はい、しかし良いのですか?」
    それに答えたのは、オルガではなくゼラだった。
    「流石にルシフェルの名前はデカすぎる。
    この名前だけが独り歩きすれば、せっかく平和になったこの町への影響は計り知れない。
    ということですな?」
    「ああ。ピエリ、今日までの調査報告をすぐに上げてくれ、確認したい」
    彼の個人用端末がメッセージの着信を伝えたのは、その時だった。

    『二人だけで逢いたい、あの思い出のセプトヘヴンで』

    記されていた文章はそれだけ。発信者の名前もなく、アドレス情報は隠蔽されている。
    だがもちろん、オルガにはその発信者も、指定された場所も、想像がついた。

    そして、今。
    『久しぶりだね、オルガ。我が盟約者よ』
    妖艶な笑みを浮かべた男。
    思い出と寸分変わらない姿が、説教壇の影から現れた。
    「―ルシフェル、なのか?」
    『もちろんだ。忘れたのかい?』
    「・・・忘れるわけがない」
    ルシフェル。
    その名を聞けば、ナイエン区・ガイエン区の住民、いやこの国、この世界全ての人が震え上がるだろう。
    元は異世界テトラヘヴンの天界に仕える大天使の一人でありながら、大神に反逆して100年戦争を引き起こし、破れ、堕天の地に永遠に幽閉された大罪人。
    しかし堕天の地の底でゲートカードを手に入れた彼は、この世界・セプトピアへと脱出。
    そして次々仲間の魔神を呼び寄せた。あまつさえ、セプトピアを自らの物にすべく、ガイエン区の住民たちを洗脳し支配。
    さらにALCAの定理者をも誘惑し、遂には新世界「セプトヘヴン」の創造まで夢見た。
    ルシフェルはオーバートランスをも実行し、この世界を黒い羽根のロジックで塗り変えんとしたが、
    ALCAナイエン区定理者チームのリーダー、剣美親とその盟約者アテナの献身的な戦いにより企みは阻止され逮捕。その後、ALCAによって密かに「処理」された。
    それが数年前に起きた大規模使者連続襲来事件「ルシフェル事変」の真相であり、愚かにもその口車に乗せられた定理者というのが俺、オルガ・ブレイクチャイルドというわけだ―
    『約束通り、独りで来てくれたんだね』
    「そういうお前は、独りではないようだが」
    『ああ、気にしないでくれ』
    軽く手を振ると、壁際の影に潜んだ何人かの気配が動く。
    『彼らは私の協力者さ。
    ALCAによって消された私を助け、
    ここに帰ってくるのを手伝ってくれた』
    そう言いつつ、右手をつと伸ばす。そう、まるであの日の様に。
    『お帰り、オルガ・ブレイクチャイルド。
    君と私が揃えば、ここが約束の地、セプトヘヴンだ』
    その手を取り、握手する。
    ―いや、強く握る―

    「・・・で、お前は誰だ? ルシフェルを騙る偽物め」

    空いた左手。胸の前に握った拳の上で、翼の様な紋章が紅く輝く。
    『な、何を言う―』
    「ひとつ。
    ルシフェルのロジックのうち1枚、人と神の共存を謳うロジックはここ、俺の中にある。
    なのにお前は、何の欠落もなくセプトヘヴンを口にする。
    ふたつ。
    ルシフェルはALCAに処刑されたんじゃない。
    自分からロジックを解いて消えたんだ。
    みっつ。
    そんな誇り高き者が、おめおめと平気な顔で俺の前に現れるわけがない!!」
    決して逃さぬと、腕に力を込める。
    「俺のロジックが聞こえる―
    お前が堕天使ルシフェルである可能性は、マイナス200%だ!」

    驚愕の顔を張り付けた、ルシフェル。いや、ルシフェルを騙る偽物。
    考えてみれば、ルシフェルのそんな表情を見たことは無かったな―そんな風に思ったのも束の間。
    闇の中から、乾いたまばらな拍手が聞こえてきた。

    『スバラシイ、いやスバラシイですよ、オルガ・ブレイクチャイルドさん』
    「・・・誰だ」
    わずかな月明りに半分だけ姿を現したのは、中年のビジネスマン然とした、どこにでもいそうな普通の男。今にも名刺を差し出してきそうだ。
    『初めまして。ワタクシ、金錆ギゼと申します。評価額は9500万GD』
    「評価額?」
    『ああ、申し訳ございません。
    我々の世界では、自己紹介の際に、己の「金額」を伝えるのですよ。
    それが我が世界、歯車と蒸気に彩られしペンタクルスのロジック!!』
    「ペンタクルス!? 聞かない名だ。まさか、未だ見ぬ異世界か!」
    それにしても、随分と金に目が無さそうな世界じゃないか」
    『然り!慧眼です。
    わが世界ペンタクルスは、全てを財貨が支配する世界。
    さすがはオルガさん、ご理解が早くていらっしゃる』
    「黙れ。このくそ芝居を仕掛けたのはお前か?」
    『フフ、いやあ、そうおっしゃられてしまうと悲しいですなぁ。
    いかがです? ビジュアルといい、受け答えといい、
    わが社の蒸気人形はなかなか良くできていると思うのですがね!』
    「蒸気人形?」
    目の前のルシフェル、らしきもの。その肩から腹から腰元から、まるで合図があったかの様に、どうじに白い蒸気が吐き出される。
    『いやあ、苦労しました。
    我が世界で製造したものママでは、こちらの世界に持ち込んだ端から変質してしまいますから。技術と製法だけもちこんで、材料からこちらでかき集めて作ったのですよ。
    どうです? 一家に一台、蒸気人形。
    オーダーメイドでお望みの姿に作ってさし上げますよ』
    「確かに、良く調べたようだな。外見だけはソックリだ」
    『お褒めにあずかり恐悦至極です」
    「―どこまで調べたんだ?」
    『それはもう、顧客となられる方のニーズを調べ、適切なシーズを選択し商品化・提供する。マーケティングは営業活動の基本ですから。
    ご所属のALCAのスタッフ、定理者のお仲間たちにいたるまで、調べてございますよ?』
    「だが流石に俺とアイツだけが知る事柄まではわからなかったようだ」
    『弊社の力不足をお詫びいたします。
    よろしければぜひ、ご意見ご感想をお聞かせ願えませんか?
    今後の開発の参考にさせていただきたい』
    「とんでもない。聞くのはそっちじゃない。こっちだ。
    いったいどんなつもりでこんな事をしでかしたのか、局の尋問室でたっぷり話してもらうぜ」
    『まあまあ落ち着いて。今回のプレゼンは、これからが本番です』
    「―なんだと!?」
    ギリギリっと何かが噛みあう音がする。
    突然握手したままの右手を強く引かれ、つんのめるところを受け止められる。
    ―いや、左手を掴み取られている。
    「くっ、離せっ」
    しかし離さない。
    それだけではない。
    蒸気人形。その腹が、服を破りギチギチと不吉な音ともに開くと・・・オルガの左拳を抱えたまま、腹に抱き込んだではないか。
    「な、なにをす― ぐわああああ」
    『申し訳ない、もう少し穏便な手も考えたのですがね。
    貴方の手には、素晴らしい価値が付いているのです。
    より正確に言いますと、貴方に宿る、堕天使ルシフェルのロジックに、です。
    あなた方セプトピア人は、もっと貴方の価値に気づくべきです。
    オーバートランスを実行した定理者のロジックカードなど、この世界広しといえど、そう何枚もないのですから!!!』

    ブツン

    『ありがとうございます。堕天使ルシフェルのロジック、確かに頂戴しました』
    吐き出された拳を右手で確かめる。手も指もついている。肉体的には何も傷ついたわけではないのに、圧倒的な喪失感がある。思わず力が抜け、膝から崩れ落ちる。
    「貴様ァ・・・・」
    『くっくっく、ありがとう、ありがとうございます!!!
    このロジック、いくらの値が付くか・・・想像しただけでも震えますねぇ!!!』
    胸元からフォーリナーカードを出すオルガ。紅武、あるいは銀影と合体すれば、こんな使者の一人や二人、一刀の下に切り伏せられるはず。
    『おおっと、無駄なことはおよしなさい』
    「なんだと?」
    確かに。掲げたカードは、いつもの光を放つ素振りが無い。
    『我らが蒸気科学の結晶は、この蒸気人形だけにあらず。
    異世界ゲートの開閉技術についても、手中にしております。
    ・・・まあ本当の事を申し上げますと、トリトミーから供与された技術を受けたALCAの技術を、それとなくリスペクトさせていただいた、ってだけですがね。
    それでも、短時間ならそのカードの作動を阻害するのは十分に可能です!』
    「―なら、当然通信も遮断しているんだろうな」
    『もちろんです!
    お仲間の定理者の方々、揺音さん・明日葉さんは局にいらっしゃる様ですね。局長さんも同様。クロエさんはまだこちらに戻られていませんし、非番の七星さんも御家にいらっしゃることを確認しています。
    仮に通信されてお呼びになったとしても、今からではとてもとても、間に合いません』
    「本当によく調べたな」
    『重ね重ね、光栄です…
    さて、残念ですが、そろそろ本日はお開きといたしましょう。
    お前たち!』
    その声に応じて、二人の男が陰から現れる。姿かたちともにそっくりで双子の様だ。
    『人形を運び出しなさい。大切な商品ですから、丁寧に扱うのですよ。
    ―いやあ、お恥ずかしい。ロジックの回収機構は複雑でしてね?
    これを機能させますと、他の機能が全て停止してしまうのです。
    せめて歩くぐらいはできたらと思いましたが、やれやれ至らぬ所ばかりでして』
    「やらせると思うのか」
    立ち上がろうとするオルガを手で制する。
    『虚勢を張るのはおよしなさい、貴方にはもう打つ手はない』
    いつの間にか、その手には銃らしきものが握られている。
    『おとなしくしていてくれませんかねぇ?
    ワタクシ、将来的に顧客になっていただけそうな方は傷つけたくないのですが…
    商売の邪魔をされるなら、容赦はしません』
    そう言って銃口を左右に振る。だが。
    「本当に、俺が独りでここに来たと思っているのか?」
    『・・・!?』
    笑みを浮かべた金錆ギゼの顔に、初めて別の表情が浮かんだ。
    「お前は調べきれなかったようだ。
    俺が、一番信頼している定理者の事を―」
    腕に巻いた時計に目を落とす。
    「―そろそろ時間だ」

    その数瞬前。
    遥か上空に、大きな黒い翼を広げて飛ぶ姿があった。
    見れば、翼を生やした少年が、一人の白いマント姿の青年を抱え星空の下を飛んでいる。
    「―先輩、本当に良いんですか? こんな空から、落としちゃって?!」
    「大丈夫、任せろって」
    「だけど無茶しますよね。定理者による高空からの空挺潜入なんて」
    「いや? ナイエン支局はよくやるらしいぜ、この作戦。
    いつもは七星がクロエや明日葉を運ぶ、らしい。
    悪いな、皆が目を付けられているらしいから、君に来てもらった」
    「とんでもないです!憧れの先輩のお役に立てて、嬉しいです!」
    端末を叩くと、現在の時刻が表示される。そろそろだ。
    「いいぜ、落としてくれ」
    「わ、わかりました!」
    黒翼の少年が手を離すと、白の青年は星空を背景に、一直線に落ちていく。そして。

    「『ロジックドライブ!! リフレクション!』」
    その声が聞こえたか。
    轟音と共に天井が砲撃でも受けたかの様に吹き飛び、崩落する。
    広がった月光をスポットライトにして、中心に降り立った青年が顔を上げる―
    「遅いぜ、剣」
    「悪い、ちょっと手間取った」
    『ま、まさか・・・貴方は!!!』
    金錆ギゼのうろたえた様子は、少しオルガの留飲を下げた。
    『剣美親― ロジックを喪い、何処かへと去ったと聞いていましたが―』
    ギゼは手にした銃らしきものを軽く構えるが―
    『想像通りの方ならば、ハハ、この銃ごときが通用する相手ではございませんね』
    「試してみるか?」
    左腕に光り輝くは、アテナの盾。
    『いいえいいえ、ワタクシ、無駄は最も嫌うところです・・・しからば!』
    言うが早いか、突然教会のあちこちから白い蒸気が噴き出した。
    たちまち視界は白く染まる。
    『これにてオサラバさせていただきましょう!』
    「貴様、逃がすと思うのか! 剣!」
    「ああ!」
    『お前たち、人形、人形を確実に! 
    この際、手足がもげても構いません!すぐに運びだし―』

    『それは困るな』

    「!!!」
    煙幕替わりの蒸気が晴れていく。
    ついさきほどまで、マネキンの様に突っ立っていた人形が、強烈な存在感を放っていく。
    月光の影、夜と星に照らされて、輝くロジックカードが見えただろうか?
    人形を中心に、999枚のロジックカードが束ね、集まっていく。
    それはあの日、彼の魔神が手放した、己のロジック。
    『神の依代としては、まあまあの出来栄えだね。
    せっかくの供え物だ、ありがたく使わせていただこうじゃないか』
    ゆらり、その姿が闇より現れる。
    『神の名を騙る不届き者に、その報いを与える間ぐらいはね』
    その笑みは、さきほど人形が浮かべていたものとは確かに比べるべくもない。
    『そのためならば、この世界に在るという恥辱すら、しばし耐えよう』
    もっと美しく、そしてはるかに―恐ろしい。
    『―神罰を、くれてやる』

    『もはやこれまで!』
    優れたビジネスマンは、その引き際の判断も早いと聞く。
    金錆ギゼが手を叩くと、人形を運ぼうとしていた2人が―身体の内側からいきなり弾けた。
    さらに噴き出す煙と蒸気。
    『改めて、オサラバです!商談はまたの機会に!!』
    運搬役の二人すらも人形だったのだろう。
    それらを自爆させ、逃げに徹したペンタクルスの使者。
    彼の後を追うことはできなかった。

    後に残されたのは―
    『「トランス解除」』
    月光の下たたずむ、ひと組の男女。
    『―久しぶりだね、アテナ。そして剣美親。仲睦まじいようで何より。
    ・・・そして』
    もう一人の青年もまた、ゆっくり、おそるおそる、あたかも手を伸ばせば消える幻に近づくように、歩を進める。
    「ルシフェル」
    『我が盟約者よ。
    また逢う事になるとは思っていなかったが』
    差し出された手を取り、握手する。
    「―やはり、本物は違うな」
    『だろうね』

    再会、そして新たな出会い。
    奇しくも七星縁と蓮香仙女の占いは的中していた。
    果たしてこの縁の糸は、どこへ続いているのか。
    事件はまだ、解決していない。

    ―続く

    定理者のカード 使者のカード 合理体のカード

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  • ヴァルキリー

    ヴァルキリー

    テトラヘヴンからやってきた、「戦の女神」。
    小柄だが剣の達人であり、冗談の通じない真面目な性格。
    奔放なパートナーに振り回され、ちょっと苦労性の面もある。

     クロエ・マクスウェル & ヴァルキリー

    ロンリー・ウォーリアー

    ティーブと合体したクロエが研究所へと続く路上に降り立つと、
    無数の視線が彼女を突き刺した。
    それは研究所の前でたむろしていた使者たちだ。
    その時クロエは、よくある西部劇の一場面のようだと思った。
    町の酒場にふらりとやってくる流れ者。主人公の凄腕のガンマンだ。
    すると、その瞬間、酒場に賑やかに笑っていたならず者たちから笑顔が消えて、鋭い眼光を主人公に向けるのだ。

    「――って映画みたいじゃない?」
    『観たことないが面白そうだな――』

    そう言って、ティーブはイタズラっぽく笑った。

    『――で、その後どうなるんだ?』
    「決まってるじゃない……ド派手な撃ち合いよ!」

    クロエが言い放つと、無数のミサイルが放たれる。

    『!!』

    突然の攻撃に敵たちも面食らった。
    使者たちに炸裂したミサイルは、轟音を上げ爆発していく。
    辺りは爆風が吹き荒び、白煙が舞い上がる。

    「まだまだ」

    クロエはニヤリと笑う。
    これで終わりではないことは百も承知だ。
    白煙の中から雄叫びを上げて、無数の使者たちの影がこちらの向かってくるのが見えた。

    「いっくよ! クレイジーパワードキャノン!!」

    お次は肩部のキャノン砲から放たれるビーム。連射モードで乱れ打ちだ。

    『こりゃ敵に当たってるかどうかわかんねぇな』

    ティーブも思わず笑ってしまう。

    「いいのいいの! 派手にやるほどいいんだから!」

    クロエの言う通り、考えなしに滅茶苦茶やっているわけではない。
    これは立派な作戦の一部だった。
    倒しても倒しても敵は続々と湧いて出てくる。
    クロエのド派手な攻撃が呼び水となって、
    研究所の内部からも続々と使者たちがやってきていたのだ。
    この間に、はるか上空で仲間たちが研究所に突入するタイミングを見計らっているはずだ。
    クロエの役割は、陽動。
    敵の目を引きつけ、仲間たちを無事に潜入させること。
    なので、ド派手に攻撃すればするほど効果バツグンなのである。

    「よーし、ここらへんで……グレートフルブレークバーストッ!!」

    と、ミサイルのビームの一斉放射で、至るところが爆発。爆発。大爆発。

    『……こんな性に合った任務はねぇな』

    ド派手な火柱を眺めながらティーブのつぶやくと、クロエはうなずく。

    「陽動って……サイコーッ!」

    なにせ、思う存分暴れ回っても、誰も怒らない作戦なのだから、クロエもノリノリだ。

    『ギャアアアアオッ!!!』
    『「!?」』

    凄まじい哭き声とともに、炎の中から、巨大なワイバーンが現れた。
    だが、クロエは動揺することなく、むしろ楽しげだ。

    「ティーブ、サンキュー!」
    『ラジャー』

    クロエはティーブとの合体を解除すると、ゲートカードでヴァルキリーを呼び出す。

    「だって、ドラゴンっていったら、やっぱ剣で倒すものじゃない?」
    『なるほど、竜といえば剣で――って、そんな理屈があるか!?』

    などと、真面目に返すヴァルキリーの手を取るクロエ、そして合体。
    対するワイバーンは、クロエが先ほどまでやっていたことを真似をしているのかように、口から炎を乱れ打つ。
    それを躱すクロエの動きは早い。
    炎の間隙を縫い、踊るように敵へと近づくと、高く跳躍。
    あっという間にワイバーンの鼻先に姿を現した。

    「ハロー、ドラゴンちゃん」

    と、相手をおちょくるように笑顔で手を振るクロエ。

    『!!』

    ワイバーンは再び炎を吐き出す。

    「うりゃあああああっ!!!」

    だが、その炎をクロエの大剣が切り裂いた。
    真っ二つに割れた炎の中から、現れたクロエの身に纏う鎧、そして大剣が黄金色に輝き始めた。
    クロエが再び大剣を振り上げる。

    「ゴールデンッ!ファイナルフィニッシュソオオオドッ!!!」

    大剣は黄金色の軌跡を残しながら、ワイバーンを一気に斬り裂いた。
    クロエが着地すると、ワイバーンの断末魔の叫びが聞こえる。
    だが、

    『ギャアアアオッ!!!』

    再び、ワイバーンの叫びが聞こえた。
    別のワイバーンたちの群れが姿を現したのだ。

    『仲間の叫びを聞いてやってきたか……義理堅い種族だ』

    苦笑いを浮かべるヴァルキリー。
    クロエは怯むことなく不敵な笑みを浮かべた。

    「陽動って言ってもさ……私がぜーんぶ倒しちゃってもいいんでしょ?」

    定理者のカード 使者のカード 合理体のカード

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  • ヴィーナス

    ヴィーナス

    テトラヘヴンからやってきた、「愛と美の女神」。
    思わず目を引く魅力的な体の持ち主。
    どんなものにも恋心をいだき、全てを愛する女性。
    隙あらば男女関係なく愛の言葉を語りかけている。

     揺音 玉姫 & ヴィーナス

    癒しの障壁

    星の力によって使者たちを撃退した学。
    避難民たちと一緒に、学は星と冥に肩を担がれて高層ビルから降りてきた。

    「学っ!」

    その声に反応して、学は顔を上げる。
    こちらに駆け寄ってくる玉姫の姿が見えた。

    「怪我してるの?」
    「……怪我だけで済んでよかった」

    学が星に向かって微笑むと、星も微笑み返す。
    それを見て、玉姫も安心して微笑んだ。
    だが、周囲を取り巻く怪我人や疲弊した人々の姿に、すぐにその笑顔を消した。

    「学たちがこの人たちを守ってくれたのね……カードが届いてよかった」
    「あのカードは玉姫が?」

    玉姫は頷くとポケットに入れていた淡く光るカードを取り出した。

    「……詳しくはまだわからないけど、
    このカードで別の世界にいる盟約者を呼び出せるみたい」
    『だから星がこの世界に……』

    冥が感慨深げにつぶやいた。

    『玉姫は一人なの? 盟約者は?』

    星が訊いた。

    「小玲は一旦ジスフィアに帰ってもらったの。状況によってはまた来てもらうわ」
    『状況によって……って?』

    よくわからず戸惑う星。

    「たとえば、今、私たちを助けてくれるのは……」

    玉姫がそう言った瞬間、カードは閃光を放った。
    そして、その光の中から飛び出したのはヴィーナスだ。

    『もう心配したんだからッ!!』

    現れるや否や、玉姫に抱きつくヴィーナス。

    『セプトピアが大変だって聞いて、私ずーっと早く呼んでって念じてたのよ。
    でも良かったわ。玉姫が無事で……』

    そう言いながら頬ずりをするヴィーナスに玉姫は苦笑い。

    「……私もヴィーナスに会えて嬉しいわ。でも喜ぶのは後にしよう?」
    『あッ! いけない私ったら……』

    ヴィーナスは照れてペロリと舌を出す。

    「! 来た……」

    その時、玉姫たちは不穏な気配を感じる。
    再び使者が玉姫たちの周囲を囲むように現れたのだ。
    一難去ってまた一難――学、星、冥、そして避難民たちもその状況に戦慄する。
    だが、ヴィーナスは余裕の表情だ。

    『大丈夫。任せて』

    頷く玉姫。次の瞬間、2人は合体する。
    ヴィーナスと合体した時の玉姫の武器は鞭のように使うリボン。

    『こんなふうな使い方もできるのよ』

    玉姫がリボンを掲げると、リボンはスルスルと伸び続け、
    それは巨大なドームとなって周囲を取り囲んだ。まるでバリアーのように。

    「これなら敵も入ってこられない……」

    驚きながら学がつぶやく。

    『ウフフッ、ただのバリアーじゃないわ』
    「?」

    学が訊こうとした瞬間、リボンの中にいた人々から次々と声が上がった。

    「痛くない!」
    「治ったぞ!」

    リボンから放たれる力によって傷つき疲弊していた人々が続々と回復していったのだ。
    それは学の怪我も例外ではない。

    『すごい……』

    驚く星。学も、冥も、さらにパワーアップしたヴィーナスの癒しの力に目を見張った。

    『どう? 名づけてラブリーバリアーよ』

    得意げなヴィーナスに、玉姫は笑って返した。

    「それ今、適当に考えたでしょ?」
    「玉姫、聞こえるか!?」

    突然聞こえたのはオルガの声だった。途絶えていた司令部との通信が回復したのだ。

    「オルガ? 聞こえるわ! 私は無事よ」
    「よかった……まだ戦えるようなら、至急クロエのところに向かってほしい」
    「クロエのところ……?」
    「現在、港付近の海底で交戦中と確認できた。クロエを狙って続々と敵が集まっている」
    『よし今度は海の中ね!』

    それを聞いたヴィーナスがはりきる。
    だが、玉姫に考えが。

    「ありがとうヴィーナス。でも適材適所があるから。
    水の中か……今度はあの子の力が必要になるわね」

    そう言った途端、バリアーの外でリボンが淡く光り、動き出す。
    一瞬のうちに、敵たちに向かってリボンが巻きつくと、
    敵たちはまるで大きな愛に包まれたかのように敵意を失い、グッタリと弛緩。
    あっという間に、敵の殲滅が完了した。

    一体倒したかと思えば、続々と現れる敵にクロエは手を焼いていた。
    どれほどの時間を戦闘に費やしていたのか。
    クロエの体力もロジックも限界に近づいていた。
    (このままじゃトランスリミットがきちゃうよ……)
    クロエの焦りを嘲笑うかのように敵の数はなおも増え続ける。
    ざっと見ただけで50体はいそうだ。

    「!!」

    その時だった。
    突如現れた魚の群れが、敵とクロエの間を割って入ったのだ。

    「なんなの……!?」

    クロエが驚いてると、群れをなしたサメや巨大なイカが現れ、敵を襲い始めたのだ。
    よく見ると、その中に、人影が混じっている。
    それは乙姫と合体した玉姫だ。

    「乙姫、まだまだ足りないわ! もっと仲間を呼んで!」
    『任せて!』

    (魚を操っているのは、タマヒメ……?)
    唖然としているクロエに向かって、玉姫が叱りつけた。

    「もう、クロエは無茶なんだから! 一人で飛び出すなんて!」
    「え? だってタマヒメが連絡つかなくてピンチだって言うからさ!」
    「え? そうだったの? ありがと……」

    頭ごなしに怒ってしまったのを反省して頬を赤らめる玉姫。
    一方、クロエは気にしていない様子で、玉姫と背中合わせになった。

    「まぁ、ともかくタマヒメがいれば100人力だね。指示だして」
    「うん、わかった……」

    玉姫の表情が再び引き締まる。
    玉姫とクロエのタッグは、海中でも健在だ。

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  • アテナ

    アテナ

    テトラヘヴンからやってきた、「知恵と戦略の女神」。
    テトラヘヴンの魔神たちがセプトピアへのゲートを開いたことを知り、他の女神たちと共にその後を追ってやってきた。
    正義感と、尊い命が失われるのを何よりも嫌う心の優しさを持つ女性。

     剣 美親 & アテナ

    剣 美親 & アテナ

    「剣美親のこと、ねぇ・・・」
    「ヨシチカのこと? あのねあのね!」
    「あー、ちょっとお前はおとなしくしてくれるか。
    じゃあ、私から話そう」
    「えー ずっるーい」
    ホンコン支局の支局長に就任したばかりのを青年、アーロン・ラウは、隣に同年代の女性を従えながらゆっくり話し始めた。
    「剣美親という奴は― そうだな、眩しかったな」

    親の仕事の都合で、当時ホンコンに住んでいた日本人の少年、剣美親。
    彼が定理者としての素質を「発見」され強制招集を受けたのは、13歳の時だった。
    当時ホンコンでは、各地で頻発するジスフィアの悪しき妖怪・悪霊たちの襲来に頭を悩ませており、対抗し市民を守るための戦力は喉から手が出るほど欲しかった。

    「溌溂とした、元気のいい奴だった。
    いつも話すとき、相手を真っ直ぐに見る。その真っ直ぐさを良く覚えている」
    「しかもスッゴク可愛かったのヨー
    女の子、特に年上の女子にモテたよねー。
    天然のタラシってやつー!」
    「お前もう黙れ」

    有無を言わさぬ強制招集の上、少年には過酷なトレーニングの日々。
    それを持前のタフさ、そして正義感で乗り越えた剣美親。
    そんな彼が、最初に盟約した相手。
    それが、ジスフィアから来た女サムライ、緋華だった。

    『剣美親の事か… ふふ、懐かしいな』

    異世界ジスフィアには、一応世界の中を統治する政治機構があり、若干官僚的とはいえ、人を、民を守る意思がある。またセプトピアにあふれた悪霊たちは、彼らが最も大事にするロジックである「輪廻」から外れた者たちだ。ジスフィアの者たちからしても退治は急務であり、多くの戦士たちが派遣されてきた。
    緋華もその一人である。

    『そう、あいつと最初に合体したのは私だよ』

    そう語る彼女の目は、懐かしそうに細められていた。

    『当時私は、魑魅魍魎どもを退治るよう上から下知されてな。
    これでも一所懸命、お役目を果たそうと気張っていたのサ。
    そしたら引き合わされたのがあの小僧だろう?
    面食らったねぇ。
    最初は、あんまり易々と合体の事を語るもんだからさ、睨みつけてやったんだよね。
    こう、目力こめてさぁ』

    なるほど、女サムライの眼光は、普通の人ならそれだけで震え上がりそうなほど、怖い。

    『にも拘らず、まっすぐ目を逸らさずに言うものサ。
    「俺はこの街を守りたい……子供たちの夢を守りたいんです!」
    ってね。自分もガキだろうに、良く言ったもんだ・・・
    だけどまあ、
    「緋華さん。あなたは俺のロジックを受け入れてもらえますか?」
    そう言われたときには、もうこっちが飲まれていたね』

    『ふふっ だからね、あの小僧に合体のいろは、を教えてやったのは私って事にならぁね』

    そう語る表情は、今度はいたずらっぽく笑みを浮かべていた。

    『で、なんだい。今そんな事になってんのかい。難儀だねぇ……
    ま、でも何とかするだろうよ。大丈夫、そういう“相”をしている』

    その後、美親と緋華のペアはホンコンの治安維持に尽力。
    さらに美親の飽くなき向上心とたゆまぬ努力は、ジスフィアに名高い剣鬼・羅刹までも降すことに成功する。

    『済まない、口下手でな。あまり話すのは得意じゃない』

    羅刹は、己の剣を磨くため、闘争とその相手を求め、モノリウムからセプトピアに侵入した獣人たちを狙ってやってきた。その前に立ちふさがったのが、美親である。

    『我は格上と認めた者しか相手にせぬ。
    だが美親は、刀を抜いて我の前に立った。
    軽くあしらうつもりであったが―』

    目を閉じた羅刹の表情は、あの時の事を思い出している様だった。

    『始めは相手になぞしなかった―
    サムライの技を多少は使えるようだったが、まだまだ児戯。
    刃を見せるまでも無かったが、ふふ、しつこい小僧だった』

    羅刹があくまで武芸者としての仁義にこだわり、格下の命を奪う気が無かったのが幸いしたのか。彼がトランスジャックして現れるたび、その前に美親は立った。
    倒されても、倒されても、ケガを負っても気絶しても、食い下がった。

    『そして遂に― 我は負けた』

    羅刹に追いつかんと急速に成長した美親は、ついに羅刹を倒すことに成功する。
    『斬れ』と言う羅刹を、美親は生かした。
    それは美親自身の不殺の信念ゆえでもあったが―
    もしかしたら、美親も羅刹に剣の師としての姿を見ていたのかもしれない。

    その後、羅刹も美親と盟約を結び、さらに活躍を広げていくことになる。
    ホンコン支局定理者チームのエースとして、その名が知れ渡ったころ、あの事件が起きた。
    ジスフィアから侵入した強力無比な妖怪・鬼夜叉を退治するため。
    そして、同じくセプトピアに侵入しながらも、鬼夜叉の鬼気に巻き込まれ死に瀕していた小妖怪の命を守るため。
    二人は、禁断のオーバートランスを実行したのだ。

    『後悔はない―
    あの時、美親も我も、鍛えた刃の使いどころを得たのだから』

    オーバートランスの後遺症で美親は「合体のロジック」を喪い合体ができなくなった。
    そして羅刹は、「剣術のロジック」を喪い、人生を賭けた全てを失った。しかし。

    『彷徨の果て、我はまた新たな剣術を一から学び会得した。
    美親にも伝えるがいい。いずれまた手合わせを、と』

    『ふふっ 楽しいお話が、たくさん聞けました!』
    白いワンピースに白い帽子。編み上げた金色の髪が映える。
    そう言って彼女は、寄り添う青年の顔を見上げた。
    『美親はどうでした?』
    「やっぱり・・・少し恥ずかしいな」
    『それは良い事です! 恥ずかしいのは自分の事だ、って思えているからです』

    喪った「合体のロジック」を見つけたのが、傍らに立つ女性、アテナ。
    彼女はテトラヘヴンから派遣されてきた使者であり、その正体は正義と勝利を司る女神であった。
    アテナと出会った美親は、ロジックを回復し、彼女と盟約を結ぶ。
    そして再び、人々を守る戦いに挑んだ。
    彼らが挑んだナイエン区の使者襲来事件。
    その背後で糸を引いていたのが堕天使ルシフェルであり、その後の「ルシフェル事変」はこの世界そのものを脅かす大事件であった。
    これを解決するため、美親はアテナと二回目のオーバートランスを断行。
    事件は解決したものの、彼は今度は「記憶のロジック」を失う。

    その後美親は、アテナと「剣美親の記憶」を巡る長い旅を続けていた。
    急ぐ旅ではなかった。
    彼の生地を訪ね、育った土地を歩き、時折、というかしばしば、寄り道をしながら、ゆっくりゆっくり旅を続けていた。
    「剣美親の物語」。
    最初は、記憶を喪った美親にはまるで他人の話だったが―

    「ロジックカードがあっても無くても、お兄ちゃんは私の自慢のお兄ちゃんだよ!
    お母さんもきっとそう思ってる!」
    「そうだな。かすみもそう思ってるさ。
    そうそう、お前ももうそろそろいい年だ。
    ここは父親として、オトナのアソビって奴を教えてやらなくちゃなー」
    「ダメだよ!」『お断りします』

    彼を育んだ人の愛情が、彼と共に戦った者の友情が、その胸に染み入る度、身体の隅々、細胞のひとつひとつが何かを応える感じがする。
    そう、それは確かにこの身に、この体にあったことなのだ、と。

    そして、ある日の「中華ななほし」。
    ナイエン支局定理者チームの七星縁の実家で、定食屋を営んでいる。
    昼の忙しい時間を終え、いったん暖簾を降ろした時刻。
    今日は非番の縁が帰って来ており、家族と語らう時間を過ごしている、はずであったが―
    締め切った店の中、剣美親とアテナの前に立つのは、

    「―久しぶり、剣。アテナも」
    栗色のウィッグを脱ぎ、眼鏡をかけた玉姫は、そう言って微笑んだ。
    『もー アテナも全然連絡してこないんだからー 心配してたのよ? 玉姫が』
    「ちょ、ちょっとヴィーナス!?」
    玉姫の携えたフォーリナーカードから、アテナの同僚でもある女神ヴィーナスが声をかける。
    今回のキョウトから始まる一連の事件の背後に、ルシフェル事変の事を知る何者かの存在を嗅ぎ取ったオルガは、一計を案じた。
    秘密裏に剣美親と連絡を取り、呼び戻し、こうして玉姫を縁に変装する手はずまで整えて、彼女を仲介に任務を伝えたのだ。

    玉姫が胸元に掲げた端末から、ナイエン区メンバーたちが次々と美親に声をかける。

    まずはリーダーのオルガ。
    「剣、頼むぞ」
    「ああ、任せろ」

    ナイエン区定理者チームのアタッカー、クロエとヴァルキリー。
    「チカヨシとは一度、思いっきりマジで戦ってみたいンだよねー。どう?」
    『クロエ、お前というヤツは・・・ ま、私も構わんぞ?』
    「じゃあ・・・そのうちに」

    当時は新人定理者だった七星縁とケツァルコアトル。
    「先輩!」
    「もう七星の方がベテランじゃないか?」
    「いえいえ、私にとっては剣先輩は今でも剣先輩です!
    私、お祝いにご飯をいっぱい作りたい!・・・んですが、
    今日は無理なんで、代わりにウチの定食、たくさん食べて行ってくださいね!」
    『おう! お前がいないと男が少なくて肩身がせめーンだ。早く戻ってこいヨー!』

    ナイエン区のスナイパー、明日葉学とアルテミス。
    「リーダー? 戻ってきた・・・」
    「もう俺はリーダーじゃないよ。だからその呼び方は」
    「命令?」
    「いや、これは・・・お願いかな」
    「・・・わかった。
    これからは・・・ヨシチカ。
    ヨシチカ、これでいい?」
    『着いては離れが世の定めなら、今ひと時は、良き旅の道連れとなりましょう』

    そして支局長のヴェロニカとネメシス。
    「剣、お前には私の、誤った復讐を止めてもらった恩がある」
    『ま、アタシも復讐の女神だからネ。感謝しといてアゲルー』
    「せめてもの礼だ。戻ってきたら沢山仕事を与えてやるから、安心しろ」
    『シロー!』

    他にも、ゼラやクラウ、ピエリ、あるいはキタオカなど顔見知りのスタッフたちのメッセージが伝えられると、自然と目蓋が熱くなる。

    任務の説明と、仲間たちのメッセージを届ける。
    だが玉姫にはもう一つ、大事な仕事が残っていた。

    「・・・じゃ、試すね」
    「―ああ、頼むよ」
    『お願いします』

    「ゲートアクセス・モノリウム!!」

    清純のニコと合体、聖なる一角獣の癒しの力を宿した玉姫は、そのありったけを込めて、美親の胸にそっと手を置いた。
    「―ロジックドライブ」
    産まれた光は、ふわりと周囲を温めたかと思うと、すぐに美親の身体へと吸い込まれ、その全身を巡っていく。
    「・・・どう?」
    「・・・どうかな」
    心配そうな玉姫、そしてアテナの見る中、剣美親は、己の手を己の心臓の上に置き、ゆっくり深呼吸する。

    欠落したのは「記憶のロジック」。
    自分が誰かもわからず、真っ黒な穴をのぞき込む様な果てない不安が胸に空いていたが―
    ―あれから随分経った。
    アテナは片時も離れず彼につき従い、ともすると穴に落ちそうになる自分を支えてくれた。
    旅を決意し、各地を回る度、ひとつひとつの出会いがその穴を埋めてくれた。
    そして今、玉姫のくれた温かい光が、強く、眩しく、黒い穴を満たしていく。
    美親の家族、友人、知り合い、ライバル、皆が与えてくれた記憶の欠片を、その光が結び付けていく―

    「うん、大丈夫。きっと、大丈夫だよ」
    「・・・そう」
    残念ながら、表面上でハッキリと治療の効果がわかるわけではない。
    抑えていないと叫びだしそうになる気持ちを、無理やり留めて。
    「―剣」
    「なんだい?」
    「あなたの事は、あの時からずっと、信じてる」
    「ああ」
    「だからこれからも、信じさせて。美親」

    夕日が落ちようとしていた。
    この後、この公園でジークハルトたちと合流。作戦を開始する予定だ。
    既に時計合わせは済んでおり、今少しだけ、アテナは美親と二人きりの時間を作った。

    向かい合うと、特に言葉もなく、ただ何気なくどちらからともなく、ふと、微笑む。

    『・・・・・!』
    「アテナ、どうしたの?」
    『美親さん―』
    アテナが見た美親の微笑みは、そう、まさしく彼女の記憶の中にある微笑み。
    彼が記憶を喪ってから、どう繕ってもぎこちなさの影が潜む表情が、今―

    剣美親。
    2度のオーバートランスを経験した世にもまれな定理者。
    数年前のルシフェル事変を解決した英雄として称えられながらも、本人は記憶を喪い、何処かへと去ったと伝えられていた。
    今なお「記憶のロジック」は喪われたままだが、しかし、彼の掛け替えのない「記憶」は彼だけの物では無い。彼と縁を結んだ人々が欠片を持ち寄り、暖かな光で埋めている。

    美親はアテナの伸ばした手を取り、そのまま抱き寄せていた。
    『やっと、美親さん、いえ美親を見つけました・・・』
    「ありがとう・・・アテナ・・・」

    「じゃあ、行こうか」
    『はい、美親』

    「『合体!』」

    ―そして白き大楯の勇者は三度、戦場に現れる。

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  • ケツァルコアトル<br>(ケッツー)

    ケツァルコアトル
    (ケッツー)

    テトラヘヴンからやってきた、蛇の魔神。
    マスコットの様な可愛い姿はセプトピアに適応した姿で、本来は翼ある大蛇の姿をしている。
    自分を畏れ敬う相手を求めていた。

     七星 縁 & ケツァルコアトル

    ディナー・オア・ダイ

    ――作戦が始まった。
    ケッツーと合体した縁は、アシュリーと葵を抱え、輸送機から飛び立った。

    「うわあああああッ!!」
    「きゃあああああッ!!」

    高度33000フィートからの急降下に思わず悲鳴を漏らすアシュリーと葵。
    だが、縁の表情は引き締まったままだ。
    縁の使命は、アシュリーと葵の2人を研究所まで無事届けること――。
    雲を突き抜けると、眼下に研究所が見えてきた。
    そして、その周辺に上がる火柱も。
    (あれはクロエ先輩が……)
    地上で陽動作戦をしているクロエの奮闘を想像し、縁はいっそう気持ちを引き締める。
    縁とは対照的に、

    『なア! なア! なア! これが終わったら何を食わせてくれんだ!?』

    ケッツーには緊張感がまるでない。
    ため息混じりで返す縁。

    「……なんでも作りますよ。ケッツーは何が食べたいですか?」
    『そうだなァ、ええと……あ、焼き鳥!』

    その瞬間、バサッと羽音が聞こえたかと思うと、黒影が縁たちを覆った。
    鋭い眼光を放つ鳥型の使者が3体。縁たちの周りを羽ばたいている。

    「ケッツーが焼き鳥を食べたいなんて言うから!」
    『オレのせいじゃねぇ!!』

    だが、縁は落ち着いていた。

    「しっかりつかまっていてください! あと、目が回りますので気をつけて!」

    アシュリーと葵に声をかけると、迎撃態勢に入る。

    「いっきますよぉおおおおおお!!!」

    縁が叫んだ瞬間、竜巻が大蛇のようにうねり彼女の身体に巻きつく。
    そして、敵たちに突進していった。
    その衝撃と竜巻に巻き込まれ、一瞬にして3体の敵は飛行能力を失い、
    空から地面へと真っ逆さまに落ちていく。

    「お見事です……!!」
    「落ち着いてますね、さすがベテランです」

    縁の手際よい攻撃に、感心の声を上げるアシュリーと葵。
    ところが縁は、
    (わ、私がベテラン……??)
    と、照れて頬を赤らめた。

    『当たり前だ! オレの巫女を舐めんじゃねえ!!』

    口は悪いがケッツーも縁が誉められて嬉しいようだ。
    それを聞いて縁は苦笑いを浮かべていると、再び羽音が聞こえた。

    「!!」

    新たな鳥型の使者が縁たちに接近しようとしている。
    しかもその数は数えきれないほどの大群。
    本部を襲っていた使者たちが研究所の異変を察知し引き返してきたのだ。
    (けど、今はこの2人を届けないと――)
    縁は再び気を引き締めると、研究所に向かって急降下を始める。
    使者の大群を振り切るつもりだ。
    それを見て使者たちもスピードを上げる。
    残り300メートル、200メートル、100メートル……。
    研究所が縁の目の前に迫って来た。
    (あと少し……もう少し……)
    だが、その瞬間、縁の身体に激痛が走る。
    敵の鋭い嘴が縁の背中を斬り裂いたのだ。

    「うッ」
    『縁ッ!!』

    ついに縁は追いつかれ、続々と敵たちが襲いかかる。
    縁は痛みに耐えながら必死にアシュリーと葵を庇った。
    (なんとか2人を送り届けなきゃ……でも、どうすれば……? あ、そうだ!!)
    絶体絶命の危機の中で、縁は彼女の存在を思い出した。

    「ケッツー、サンドラと交代です!」
    『わかった! 縁、死ぬんじゃねぇぞ!! 晩飯ちゃんと作ってもらうんだからな!!』

    ケッツーの別れの言葉に、微笑む縁。
    次の瞬間、眩い閃光が彼女を覆った。
    ケッツーとの合体は解除され、ゲートカードから現れたサンドラと新たに合体する。
    一方、 縁の手を離れたアシュリーと葵は、

    「「きゃあああッ!!!」」

    地面に向かって落下していく。

    「サンドラ、風を!!」
    『――っ!!!』

    縁は、手に握った鮮やかな羽でできた扇を2度振るう。
    最初に起こった風は、囲っていた敵たち吹き飛ばし、
    2度目の風は落ちていくアシュリーと葵に向かって吹いていく。

    「!?」
    「風が!」

    アシュリーと葵の身体はその風に乗り、再び上昇。研究所へと運ばれていった。
    それを見て、使命を果たせたとホッと胸を撫で下ろす縁。
    だが、まだ安心はできない。
    相変わらず敵の大群に囲まれたままなのだ。

    『だ……大丈夫……縁、私が守る……』

    サンドラの小鳥のような優しい声が聞こえた。
    縁は嬉しそうに、小さく頷く。

    「ありがとう。この戦いが終わったら、サンドラは何が食べたいですか?」

    定理者のカード 使者のカード 合理体のカード

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  • ネメシス

    ネメシス

    テトラヘヴンからやってきた、毒舌家の「憤りと罰の女神」。
    幼い子供の様に見えるが、読書好きで博学。
    ゾンビ映画が大好物で、グロテスクなものに目がない。

     ヴェロニカ・アナンコ & ネメシス

    ヴェロニカ・アナンコ & ネメシス

    「こちらへどうぞ」
    『おおきに、ありがとな』
    クラウの先導でサロンに入ってきたのは、上品でシャープな印象の、ネイビーのスーツを着こなした女性だった。
    ALCAナイエン支局のサロンルーム。
    奇しくも、あのルシフェルを迎えた時と同じ場所。
    女性は、やはりシャープな印象を与えるブルーメタルフレームの眼鏡に軽く指を当て、視線の先を確かめる様に首を少しかしげる。
    『そちらさんが、ALCAのヴェロニカ局長はん?』
    「―ああ。ヴェロニカ・アナンコだ」
    『なるほど、お姿は拝見しとりましたが、ホンモノはそれ以上にお綺麗ですわ。
    そしてそちらが―』
    『テトラヘヴンのネメシス』
    『こちらもまあ、可愛らしいお嬢さんで。お会いできてホンマ、嬉しいわあ』
    だがそう言われたネメシスの方は、口にくわえたロリポップキャンディーをガリっと噛み砕くと目を逸らす。
    『おやまあ、嫌われてしまいました?』
    「―見え透いた世辞はいい。ペンタクルスの使者」
    『さいですか? そりゃあ、話早くて助かりますわ。
    うちはペンタクルスの紫車リィス。評価額は2億3千万GD。
    以後よろしゅうに』

    「あいつもペンタクルスの使者なのか」
    サロンを見下ろすフロアに、オルガ、玉姫、クロエ、そして縁が揃っている。
    いずれも懐にフォーリナーカードを忍ばせ、事あれば即合体して対応できる構えだ。
    それ以外の、警備員を含め一般のスタッフは万一に備え退避させている。
    「…ヴェロニカさん、大丈夫でしょうか…」
    「大丈夫だ。そのために、俺たちもこうして待機しているんだからな」

    ナイエン支局の定理者は、みな様々な試練を乗り越えてきた、言わば歴戦の勇士だ。
    彼らが見守る中、会談は表面上、穏やかなムードで進行していた。
    『・・・ちゅうわけで、金錆はうちの部下なんやけど、
    焦ってしもたんやろなぁ。此度のことは、ほんに申し訳ないことしましたわ』
    といって、ついと視線を上に伸ばす。その先には、オルガ。
    『特に、そちらの色男さんには、重ねてお詫び申し上げます』
    と言って、いったん席を立つと、腰を折って綺麗なお辞儀をして見せる。
    「俺のことはいい。
    ルシフェルのロジックの件も、解決した話だ。
    それより、金錆のギゼはどうしたんだ。
    詫びというなら、本人が来て謝るべきじゃないのか」
    『暖かいお言葉、ありがとうございます。
    おっしゃる通りです、本人に謝らせるべきなんですけど・・・
    当人、あれから行方をくらましてもうて。
    うちらの呼び出しにも応じんのですわ』
    その言葉を受け、ヴェロニカが柳眉をひそめる。
    「我々も行方を追っている。
    そちらの言う事が本当なら、ヤツを追うための情報は提供してもらえるのか?」
    『もちろんです。どれだけお役に立つかわかりませんが、なんでも提供させていただきます』

    リィスの説明によれば。
    彼女のギルドに所属する「金錆ギゼ」が今回の事件を主導。
    オルガの左手に宿る「ルシフェルのロジック」の奪取を企図した彼は、そのためにロジック採取の機能を持つ蒸気人形を制作。さらに、行動をやり易くするため、ジスフィアの玉風・鳴神をそそのかしキョウトで事件を起こさせた。

    「貴様の部下の企みのために、キョウトの街は随分被害を受けた」
    『申し訳もありませんわ。
    ただ、キョウト支局の皆さんも随分優秀なようで。ジスフィアの暴れもんもあっちゅうまに捕まったらしいやんか』
    「それは貴様の知ったことではない」
    『フフ、そりゃ失礼しましたわ』

    日本のALCAの目がキョウトに集中する中、ナイエン支局の定理者たちを調べ上げ、更にオルガを一人で誘い出すことに成功した金錆ギゼ。
    その目的まであと一歩のところで、計算外の切り札によって阻止される。

    『これは、せめてもの詫びの印ですわ』
    そう言って、紫車リィスは手にしたカバンから布袋を取り出すと、机の上にそっと置く。
    袋の口から、かしゃりと澄んだ音と共に、白銀に輝く光が漏れる。
    「・・・これは?」
    『白金― プラチナ製の歯車ですわ』
    「プラチナ?」
    結構な量だった。
    ヴェロニカが手に持ってみると、それなりの重さがある。
    『調べてみて構いまへんわ。純度はPt1000。
    綺麗に見せるんはパラジウムとか混ぜた方がええねんけどね。
    歯車にしたんは、まあ、うちの気まぐれや。
    別に、溶かしてくれても構わんよ?
    それだけで、こっちの価格で100万円ぐらいにはなるやろ』
    「これで、キョウトの被害を弁済できるとでも?」
    『とんでもありまへん。
    これは、うちから局長はんへの、あくまで個人的な、そう、プレゼントや』
    「―なんだと?」
    『こんなもん、うちにとっては大したもんやない。
    うちの世界では、こっちの石ころ程度のもんやしね?』
    「・・・」
    『局長はん、うち、局長はんと仲良うしたいねん。
    もちろん、そっちの皆さんともな?』
    といいつつ視線を軽く上へ投げ、また降ろす。
    「何を考えている」
    『もうお分かりでっしゃろ?』

    「プラチナの歯車のプレゼントねー アクセにはちょーっとゴツイよねぇ」
    「でもこれだけの物をあっさり用意できるという証明ね」
    「俺のロジックが聞こえる・・・
     財貨のロジックで動くお前たちの狙いは―」
    「つまり、そのう、お金儲け、ってことですか?」

    『ふふっ それ以外に、うちらに生きる意味はあらしまへん』

    と言って、今度は扇子を取り出すと、くるりと回して広げる。
    青く染めた和紙に白く鳥の絵が描かれている。
    『綺麗ですな。これ、扇子言うんですね。
    似たもんはうちの世界にもあるんやけど、こないに綺麗なもんは無かった。
    というか、わざわざ色付けて、絵を描くなんて発想が無かった!』
    あたかも舞う様に、手の中でくるりくるりと扇子を弄ぶ。
    『これな、うちの世界で大流行りしましてん。
    うち、ようけ儲けさせてもらいましたわ。
    流石はセプトピア。
    快楽のロジックは、伊達じゃありませんなあ』
    「つまり、何が言いたい?」
    『うちと組んで、お金儲けしまひょ』

    そしてリィスは語り始めた。
    ロジックの影響で、世界を超えると物質は変わってしまう。
    しかし、元から両方の世界に在る物質なら?
    さらに、その価値に大きな差があるなら?
    セプトピアでは産出量では金よりも貴重なプラチナが、彼女の世界ペンタクルスでは石ころ並みに手に入るという。
    さらに。

    『情報。概念。思考。理念。アイデアや発想は、世界を超えても有効ですわ』

    手動の涼を得る道具に絵を描くことが、彼女の世界で大ヒットしたように。
    お互いの世界での「当たり前」が別の世界では「青天の霹靂」となるのだ。

    『儲かりますえ? たーくさん!』
    目を輝かせ、乗り出さんばかりに語る彼女に対し。
    見た目は愛らしい幼女、しかして人の尺度では追い付かない長さを生きてきたテトラヘヴンの復讐の女神、ネメシスはぼそりと言った。
    『―バカじゃん?』
    『え?』
    リィスの滑らかな口調が止まったのは初めてかもしれなかった。
    『そっちの世界のロジックがなんだか知らないけど。
    抱えきれないお金持って何するのサ』
    『―!!!!!』
    「まあ待て」
    ヴェロニカはあくまでその姿勢を崩さない。
    冷めた目でリィスを射抜く。
    「お前の話はそれなりに興味深い」
    『せ、せやろ?』
    「だから、ALCA本部に行こう。
    ヤルノさんが段取ってくれる。
    すぐに国際的な異世界間貿易の枠組みを検討し、協定を検討しよう。
    素晴らしい事業になるんじゃないか?」
    そういう台詞の内容に比べ、その口調の冷たい事。あたかも、異世界の使者の熱を冷やすがごとく。
    『わ、わかってまへんな・・・
    これはぁ、うちとあんたさんの・・・』
    「お前がやりたいのは、開かれた異世界間貿易ではないな。
    セプトピアとの窓口を独占し、利益を収奪する。
    ―つまり密貿易だ」
    『・・・』
    ひゅうっ と息を飲むような音の後― リィスから出た言葉は・・・

    『だってその方が、儲かりますやろ?』

    ヴェロニカとかわす視線。
    不思議なアイコンタクトだった。
    ある意味この瞬間、この二人は誰よりもお互いを分かっていたのかもしれない。

    『交渉、決裂ですな』
    言うが早いか、身を翻す。その背中に、
    「私が、おとなしく貴様を帰すとでも?」
    ヴェロニカの目が鋭く光る。伸ばした手は盟約者、ネメシスの手を握り。

    『「合体」』

    『カミカミボム、出ておいで!』
    「動かないでいた方がお前の為だぞ?」
    瞬きする間すら与えない。リィスの足元をぐるり囲むように、小さな爆弾たちがニタニタと笑みを浮かべて整列する。

    「きょ、局長! 室内で爆弾は!」
    「ま、まあ一度爆破したけどな」
    「あれは後片付け大変でした!」
    言いながら、彼女たちもフォーリナーカードをかざそうとする。

    『ご心配には及びませんわ!』
    リィスの体のあちこち、スーツを破って白い蒸気があがる。
    「ちっ」
    起爆。
    ためらいなく足元の爆弾を爆発させるが、そもそも足止め程度の威力に設定していたためか、白煙の向こうに人影が飛んで逃げるのが見える。
    しかし。
    「明日葉!」
    「―」
    ゆらりと空気がうごめく。
    長いライフルの銃身が現ると、そのまま発砲。光の弾丸がその影を射抜く。
    「―命中」
    学はこの会談の前に合体してスニークウォークを発動。姿を隠しながら、サロンの中でずっと待機していたのだ。

    「・・・まあ、こんな事だろうとは思ったがな」
    白煙が晴れた時。
    そこに横たわるのは、人形。
    穿たれた穴から除くのは、歯車。
    血は流れていない。

    『エろうすいマせんなァ・・・』
    壊れた調子で人形のどこからか声が流れる。
    『うチもさすがニ、名高イないえん支局さンに、
    自分デ来るンはこわいコワい・・・』

    つまりそういうことだ。
    ここに来たのは紫車リィスの影武者。
    本物は別のどこかから、これを観ている。
    『まタ、お会イしまひょ・・・ そオの時は、勉強サせてもらいま―』
    と言って、音は途切れ、二度と鳴らなかった。

    「忙しくなるぞ」
    合体を解いたヴェロニカは、定理者たちを見回し、そう、告げた。
    ―続く

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  • アモル

    アモル

    まだまだ見習いの未熟なキューピッド。
    上位の天使型フォーリナーのお付きとして人間の住む世界の
    ALCAを視察する際、自分と近い年代であり、理想そのもの
    のニーナの姿を見て、一大決心し、彼女へ声をかけた。
    その後、彼女と友人となり盟約する。

     ニーナ・アレクサンドロヴナ & アモル

    ニーナ&アモル

    命令に従い、ALCAの支局を離れ、ピラリ学園に入学してきたニーナ。
    教室に集まったニーナたち新入生に、副担任の藤崎が早速クラスのカリキュラムについて
    丁寧に説明をしてくれている。
    ―が。
    失礼な事とは思いながら、藤崎の声はニーナの頭の中を上滑りしていく。
    心の中の大半は、ずっとひとつの事に占められたままだ。

    昨日までは、ALCAの第一線で定理者として人々のために働く自分。
    今日からは、ピラリ学園で学ぶ自分。
    でも何を学ぶのか?
    3人の使者と盟約し、彼女たちと深く心を通わせ信頼の絆を保ってきた自負がある。
    それぞれの能力、特性を引き出し、様々な事件を解決してきた実績もある。
    その私が、いまさら何を学ぶというのか。
    何を学べば、力を証明し、戻ることができるのか。
    ずっと考えているが、その答えは出ていなかった。

    「ところで、テトラヘヴンの天使サマが、ニーナにぜひ会いたいそうだ。どうする?」
    担任の神楽の、そんな唐突な声に引き戻される。

    ―異世界、テトラヘヴン。
    テトラヘヴンと言えば、神や女神、魔神たちが実在する神話の様な世界と聞く。
    以前ナイエン区で大事件を起こしたのはそのテトラヘヴンの魔神たちだし、
    その時活躍したナイエン支局の先輩定理者たちも、テトラヘヴンの女神たちの力を借りて事件の解決にあたったのだ。
    そんな世界の使者と盟約できたら、自分がALCAに戻るための糸口がつかめるかもしれない。

    盟約室に入ると、たちまち室内はテトラヘヴンの風景に変わった。
    宙に浮かぶ白亜の神殿。事前の知識では知っていたものの、その荘厳さに思わず息をのむ。
    すると。はるか天空から、光に透ける6枚の翼を広げ、白銀の鎧に身を包んだ女性が降りてきた。
    頭上に輝く大きな光の輪が印象的だ。
    『お前がニーナ・アレクサンドロヴナか』
    「はい、私です」
    相手の名前は聞いていた。テトラヘヴンでも、神々に次ぐ高い地位の大天使だという。
    『我はミカエル。天使騎士団の団長を務めている。
    我が声に応じてくれたこと、感謝しよう』
    「では、貴方が私と盟約したい、と?」
    『うん? ちがうぞ?』
    どうも話が間違って伝わっているらしい。
    『すまん。お前とぜひ盟約したい、というのはこっちだ。ほら、アモルよ、挨拶をせよ』
    『は、はい…』
    ミカエルの陰でわからなかったが、おずおずと羽ばたきながら現れたのは、ニーナよりも背の小さい、幼く可愛らしい天使の少女、だった。

    『わ、わたし、その、あ、アモルと・・いいます・・・』
    おじぎのつもりか、頭を下げたまま、うつむいて動かない。
    ふわふわの髪から覗く可愛らしい耳が真っ赤に染まっていくのが見える。どうも相当に恥ずかしがりやらしい。
    (初めてのタイプだわ・・・)
    超然とした自信家で天才肌のエメラダ、傍若無人で天真爛漫なアイシャ、落ち着いていて高貴なリリアナ。
    かつて盟約した者たちと全く違う目の前の天使の姿に、ちょっと驚いた。
    (いや、というより・・・)
    そう、驚いたというより、心配になってしまう。

    『こら、アモルよ、ちゃんと自己紹介して、思いを自分で伝えぬか!
    それではニーナが困ってしまうだろう』
    『あ! ご、ごめんなさい、ごめんなさい・・・』
    ますます頭を下げ小さくなってしまうアモルに、思わず助け舟を出してしまう。
    「いえ、謝らないでください。緊張しているんですね。
    気を楽にして、貴方の話を聞かせてください」

    そしてニーナは、アモルのたどたどしい話をゆっくりと聞いていった。
    アモルはまだ見習いのキューピッドであること。
    この世界、セプトピアへの視察団に手伝いとして随行してきたとき、ニーナの活躍を目撃したこと。
    彼女から見た自分は、強くて、綺麗で、かっこよくて、りりしくて―
    聞いているこっちも赤くなってしまいそうだが、とにかくそういうこと、らしかった。

    『わ、わたし、こんな、何もできない、ダメな天使、だけど・・・
    か、変わりたい、そう、変わりたいんです!
    わたしも、皆の役に立てるような、
    人と人を結ぶ、立派なキューピッドに、なりたいんです!だから、だから、そのぅ・・・』
    「だから?」
    『う、ううう・・・』
    次の言葉を、ニーナもミカエルも急かしはしなかった。
    ただ待った。
    この言葉ばかりは、アモルが自分で伝えなければならない。
    『私の、盟約者に、なってください!』

    正直なことを言うと、最初にアモルが盟約を希望していると聞いて、落胆とまでいかなくても
    (どうなんだろう?)と思ったのは確かだ。
    ALCAに復帰するために、自分の強さを証明する。
    そのためには、強い使者と盟約した方がいい。
    (―でも。
    もしそうだとするなら、エメラダやアイシャ、リリアナが弱かった、ということ?
    そんなことはない。そんなことは認められない。
    私、ニーナ・アレクサンドロヴナの誇りにかけて)

    アモルはついに顔をあげて、まっすぐニーナと目を合わせた。
    今にも泣きだしそうに目が潤んでいるが、しっかりと、目を合わせた。

    今までの盟約者たちは、いつも自分を引っ張ってくれる存在だった。
    しかし今度は私が、この幼い天使の手を引いて共に歩くことができたなら。
    ―私がちゃんと一人前の定理者であると、証明できるかも?

    後にニーナはちょっと反省してこの時のことを語る。
    少々、打算がありましたね、と。

    「いいわアモルさん。私と盟約しましょう」

    小さなキューピッドの小さな勇気。
    それが大きな力となって、ニーナを助けていくようになるのに、それほど時間はいらなかった。

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  • トール

    トール

    テトラヘヴン屈指の戦闘力を誇り、常に闘いと強さを求める。基本的には真面目な性格であるが、闘いを純粋に求めるあまり、子供っぽい一面も。闘いでは、雷とトールハンマーを操る姿から“雷の戦神”という異名を持つ。

     五六八 葵 & トール

    五六八 葵 & トール

    射場に入る。
    足踏みにて射位に着くとき。以前ならこの段階で周囲の音や空気、あるいは内なる雑念などといったものが消え失せたものだ。
    だが今は。
    感覚の違いを悟る。
    意識のほんの片隅が、周囲の気配を常に探っている。他の競技者たち、審判団、応援の部員たち、観客。皆の視線を、常に肌の上で感じ取っている。
    呼吸と共に、丹田に気を溜めていく。
    弓に矢をつがえつつ、的を見定める。
    頭上に弓を持ち上げ、大きく伸びる。
    そのまま、胸を開くように、ゆっくり弓を降ろしながら引いていく。
    全身の筋肉と気力、心の力を会わせる。

    ―会。そして離れに至る。

    残身の中、ひんっと矢道を裂いて飛んだ矢は、狙いあやまたず的を射抜いた。
    皆中―。
    周囲の拍手の中、葵は礼を返すと、射場を降りた。

    話は半年前にさかのぼる。
    ピラリ学園を卒業した葵は、元のALCA支局に戻り、そのまま以前の仕事に戻ろうと思っていた。
    しかし戻った彼女を迎えた支局長は、
    「なぜ戻ってきた。お前の席は、もう無いぞ」
    と、冷たく彼女をあしらった。
    あまりの言い草に悲しくなったし、怒りもしたが、葵自身がその怒りをぶつける前に彼女の盟約者にしてボディガードを自認する兎の獣人・稲穂のロッタが
    『なんだとこらーーー!!』
    と怒声を上げながらコンバットナイフを手に踊りかかろうとしたので、かえって葵の怒りは行き先をなくし冷静になってしまった。
    騒ぎを聞きつけて、教官や以前の同僚たちが集まってきた。支局長の口の悪さを責めつつも、しかし皆の気持ちはいっしょ、だという。 
    若くして、真面目過ぎるほど任務に打ち込んできた葵を、いかに皆が心配していたか。
    戦闘が日常である日々を、どれだけ酷いものと考えていたか。
    もちろん、ここにいる皆は同じ様にその日々を送っていたわけだが―
    「選べる道があるなら、選んでいいんだぜ」
    しかし葵は選ばなかったわけではない。
    「いいえ皆さん、私は別に、惰性で流されてここに戻ってきたのではありません。
    皆さんにピラリ学園に送り出していただいて、得難い経験をし、友人も得て―
    その上でなお、世界を守るこの仕事に、戻りたいと思ったのです」
    結局、支局長とひざ詰め談判で押し問答した挙句、元の仕事―ALCAの定理者チームの一員として復帰することはできたものの、
    「その代わり、大学に通え」
    と条件を付けられた。
    「どうせ事件か災害でも起きない限り、以前とは違ってヒマなんだ。
    お前も少しは、その武張ったアタマをなんとかしろ」
    編入試験を受け法学部の1年生となった葵は、ALCAの勤務の無い平日は大学に通うようになった。さらにクラブ活動として弓道部を選び、放課後は他の学生に混じって弓を引く。
    しばらく、ALCA職員と大学生の二足のわらじを履く、平和な日々が続いた。
    この間はキョウトで大規模な使者襲来事件が発生したものの、これもキョウト支局の定理者と応援のナイエン支局の定理者たちの活躍によって、すぐに解決してしまったと聞く。葵の出番は、無かった。

    そして現在。
    葵は弓道部の選手として今日の競技会に参加、見事な成績を修めつつある。
    「葵さん、さすがです!」
    「一人だけ皆中ですよ!すごい!」
    女子弓道部の子たちが葵を取り巻き、口々にほめそやすが、葵の表情は少し曇っている。
    「五六八さん」
    「―先生」
    声をかけてくれたのは、彼女の大学で長く弓道を指導している壮年の女性だ。本来は古文を教える講師だが、彼女も昔から弓道を修めており高い段位を持つ。指導は厳しいながらも丁寧で、理不尽な精神主義もなく、弓道部の皆に人気があった。
    少し離れて二人だけになると、講師は葵の様子を
    「まだ、迷いがありますね」
    と断じた。
    「はい。お恥ずかしい限りです」

    定理者の才能を見出され、ALCAの強制招集を受ける前。
    葵の射形―弓を打つ姿勢、そして心の動きに至るそれは、美しく定まったものだった。若くして射法八節を体現したかの様だとまで言われ、流石は五六八の家の娘としばしば称えられた。
    もし当時の葵が今この競技会に参加すれば、相当良いところまで勝ち進むとすら思える。
    一方、ALCAで葵を待っていたのは、戦場さながらの戦いの日々であった。
    そこは整えられた射場ではなく。競技の場ではなく。
    射形の美しさよりも、先に弓を射る事を。
    的に中る事よりも、敵に当てる事を。いや倒す事を求められる世界。
    自然、葵の射形は変わり、ひとつの「戦闘術」として練磨されていった。
    この会場で「的に素早く命中させる事」いやいっそ、「弓を武器に、いち早く敵を倒す事」を競わせたとしたら、葵に敵う者はいない。
     ―しかし。

    「やはり私は、弓道とは遠ざかってしまったようです」
    今、弓道部の活動の中、葵はあえて基礎に立ち返り、時間をかけてゆっくりと、射法八節をなぞって学びなおしている。
    だが一度戦いの場で身についた戦闘術としての射形は、そう簡単に抜けるものではない。体の運びは騙せても、心はそうはいかない。
    心の有り様が、違ってしまっている。
    「まだ、『敵』を探してしまっている?」
    「はい、いえ、今はそんな時ではない、ってことは、頭ではわかっているのですが・・・」
    「そうねえ。貴女の弓はずっと『敵を射る術』だったものねぇ
    でも弓道は違う。そんなこと、言われなくても五六八さんにはわかっていますね」
    「―はい」
    すると、葵の胸当ての裏―こればかりは、いつも肌身離せず持ち歩いている―ひとそろいのフォーリナーカードのうち1枚が光を放ち―
    『まてまてまて。それはわからぬ』
    オレンジに輝く髪を豊かに結わえた、大柄の女性が現れた。
    葵は慣れたものだが、流石に講師は驚き目を丸くする。
    「すいません先生、この子は」
    『うむ! オレはテトラヘヴンのトール。この葵と盟約を結ばせてもらっている。よろしくな!』
    「は、はあ、トールさんね、始めまして」
    講師の手を握って握手の真似事をするトールだったが、そのまま手を離さず、
    『で、さっきの話だが! 師範殿。
    弓は戦う術、『敵を射る術』なのは当然ではないか?』
    「・・・」
    『しかし師範殿は今、弓道は違う、と申された。
    ―敵を射るのではない・・・
    ま、まさかニホンの弓道を修めた者は、敵を射る事すらなく倒してしまうということか?
    それほどに優れた戦士になるということなのか!?』
    「ああ、トール、違う、違うの」
    葵がなだめようとするが、トールの耳には入らず。講師がまるでその「優れた戦士」に映るのか、キラキラ光るときめきの目で見つめている。
    さあ!さあ!と講師を問い詰めんとするが、何を問われているのかわかった講師は、一息ついて押し着きを取り戻すと、言った。
    「トールさん。そもそも、『弓道』に『倒すべき敵』はいないのです」
    『!?』
    そして講師は、ゆっくりとトールに説明を始めた。
    「弓は、もちろん貴女の言うように、敵を射殺すための、武器です。
    そして『弓術』は、弓を上手く扱うための術。敵を殺すための術でした。
    でもねトールさん。
    この世界、セプトピア。特にこのニホンエリアでは、ずいぶん昔から、人と人が武器を持って殺し合うことは、止めてしまったの」
    暖かな日の差す午後。
    競技会の続く道場周囲はあくまで静かに、人々の営みが続いている。
    「ふふっ それに今の世の中、人を殺めたければ、銃やらミサイルやら、もっと便利で威力が高くて、扱いの簡単な武器はいくらでもあるわ。
    なのになぜ、私たちはこの弓を、捨てなかったのか。
    当てるべき敵はおらず、敵を倒すには時代遅れの、この弓を。
    何故だかわかる?」
    『わからん。何故だ?』
    「それはね、この弓を引くことを通じて、より良く生きるための、より高みへ至るための、心と身体を手に入れられると、信じたからよ」
    『む、むむむむ・・・』
    眉にシワのよるトールに、講師はゆっくり、丁寧に、彼女たちが積んできたものを説く。
    弓道において、矢を的に充てるのは目的の様でいて目的そのものではない。
    弓を引く技術の研鑽を通じ、心と身体を磨いていく。
    そうすることで、正しい心の有り様と正しい身体の使い方を知る。
    それを得ること、あるいは鍛え磨き続けることそのものこそが真の目的であり、的に矢が中るのはその結果。一種の答え合わせに過ぎない、と。
    『・・・なるほど、だから「弓術」ではなく「弓道」なのだな』
    「ええ、道ですから。歩み続けるのです」
    合点がいったのか、大きくうなづくトール。
    『なるほど、わかった気がする。
    だから葵の魂は美しいのだな!』
    「え?」
    急に話が振られ、しかもいきなりの大仰な褒め言葉で頬が赤くなる葵。
    『オレもヒルデも、ピノやアルヴ、メルチ殿や、それにロッタのやつも、葵と合体することで、その魂に触れた。
    だからわかる。
    お前の魂の美しさは、オレが、オレたちが保証する。
    なるほど、お前の魂は、まさしくこの弓道、によって磨かれたのだな!』
    「ああら、そうなの? 良かったわねえ」
    「い、いえそんな、恥ずかしい、です・・・」
    思わず縮こまる勢いの葵を見つめながら、講師は改めて言った。
    「だからね、五六八さん。
    悩みなさい。悩んでいいの」
    「え?」
    顔を上げた葵に
    「もう一度、原点に返った射法を学ぶのもいい。
    あるいは、あなただけの体験を元に、あなたの射法を追求するのもいい。
    ふふ、我流の射法は、まあ競技会では評価されないから不利になるでしょうけど・・・別にあなたは、人から褒められるために弓を引いているわけではないでしょう?」
    柔らかく微笑んだ。
    「迷いなさい。悩みなさい。
    そして、あなたなりの答えを、あなた自身が歩む道を、見つけなさい。
    あなたの弓は、それをちょっとばかり、手助けしてくれるはず」

    競技会場を後にすると、そばを歩くトールはすっかり弓道に興味を持ったようで、
    『今度、オレも弓を試してみてもいいか?
    あ、でもな、戦闘訓練の方も、忘れないでくれ? 振ってやらねばオレのハンマーも泣いてしまう』
    そこへ、道の向こうからピンクの髪の少女が跳ねるように駆けてくる。
    『あー! ちょっとトール、何勝手に出てきてんのよー! 葵のボディガードはわたし、ろったがするんだからー!』
    どうしてもロッタは騒ぎだしてしまうと思ったので、会場の外で待ち合わせにしていたのだが、
    『はっはっは、その様に騒がしくては、弓の道は理解出来ないな。
    つまり葵の心に寄り添うにはまだまだ未熟ということだ!』
    『え? 何? またろったに難しい事言って! なんかバカにされた気がする!
    やるかこのー!!!』
    『いいだろう、今日の戦闘訓練の代わりにしてやる!』
    適応して、物理的にはセプトピアの人間と変わらないはずのロッタとトールだが、この二人の戦闘力は危険だ。じゃれ合いを放置すると周囲が破壊されかねない。慌てて間に入りつつ、
    『なあ葵、早速山に入って、野兎を的に弓の修行でもするか』
    「それはもう弓道じゃないわよ!」
    『ろった知ってるよ。セプトピアにもぼーぱるばにーっていう首刈りウサギがいるんだよね。ろった仲良くなれる気がする。さっそくこのデカブツの首刈りたい』
    「それはお話の中ね!」
     
    この平和になった世界で、向ける相手のいない武器を持ち。いざという時のため、その技を磨く。
    恐らく私は、その事を止めないし、辞められない。
    五六八葵はそれを選んだ定理者だ。
    一方今は、そうでない定理者もいるし、それが許される世界でもある。
    それは、葵たち定理者が、戦って、戦い抜いて、勝ち取った世界だ。
    「だからこそ私たち定理者は-」

    第七世界、セプトピア。
    快楽のロジックに支配されたこの世界は、今も他の異世界から注目を集め続けている。

    第一世界、力のロジックに支配されし世界モノリウム。
    第二世界、魂のロジックに支配されし世界ジスフィア。
    第三世界、合理性のロジックに支配されし世界トリトミー。
    第四世界、信仰のロジックに支配されし世界、テトラヘヴン。
    第五世界、財貨のロジックに支配されし世界、ペンタクルス。
    あるいはまだ見ぬ第六世界、未知のロジックに支配されし世界、ヘキサリア。
    それらの世界に住む者たちの中で、また誰かが、このセプトピアに渡り、その欲望を、快楽のロジックを、叶えようと試みるかもしれない。
    今は平和なセプトピアも、その時再び、揺れることだろう。
    歴史を考えれば、それは必然ともいえる。
    その時、いかなる動乱がセプトピアを、あるいは周囲すべての世界を巻き込んでいくのか、それは今はわからない。
    だが一つだけ、はっきりここで断言できることがある。

    「―だからこそ私達定理者は、この世界を守る」

    例えいかなる事があっても。
    この世界には、定理者がいる。盟約の縁で結ばれた使者がいる。
    人々が理不尽にその身を焼かれようとするなら、必ず彼ら・彼女らは立ち上がり、その手を天高く差し上げ叫ぶだろう。

    「ゲートアクセス!!!」

    定理者たちの物語は、まだ、終わらない。

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  • ブリュンヒルデ

    ブリュンヒルデ

    テトラヘヴンからやってきた、戦いを好まないおしとやかな使者。どうしても戦わなければならない時には、ニーベルングリングを使う。彼女が葵の元へやってきた理由は、大切な人を“守る”ためである。

     五六八 葵 & ブリュンヒルデ

    五六八 葵 & ブリュンヒルデ

    「ここで仕留めるわ!」

    葵の声が宵闇に響き渡る。
    使者の襲来が激減したとはいえ、それでも完全に途絶えたわけではない。

    『戦うことでしか、分かり合うことが出来ないのですね……』
    ブリュンヒルデが哀しそうに呟く。
    「大切な人を。平和を守るために。戦いましょう。」

    トールと盟約した少し後、ALCAの盟約室に葵は再び呼び出されていた。
    またしても、葵と盟約をしたいという使者が現れたという。
    (なんだか人気者になった気分だわ…)
    そんなことを考えていると、
    「あなたが葵さん・・・ですね。伺っていた印象とぴったりです。
    私と盟約してくださいませんか?」
    いきなり名前を呼ばれてハッとする。
    室内はテトラヘヴンの風景に変わっていた。
    目の前にいたのは、綺麗なでおしとやかな女性であった。
    紫色の髪をなびかせて、憂いを帯びた表情に、思わず見とれてしまう。
    「葵さん…?」
    返答がない葵に、ブリュンヒルデは再度問いかけた。
    見とれていた、と言うわけにもいかず、少し焦る。
    「ごめんなさい…!でもなぜ盟約を?」
    いきなり盟約をしようと持ち掛けられる理由が全く見当たらなかった。
    トールの時と同じ流れだな、と思いながらも問いかける。
    「トールが、葵さんと盟約をしたと聞きました。」
    ちょうど今考えていた名前が、目の前の女性の口から出てきたことに驚く。
    「なぜご存知なんですか?」
    「同じテトラヘヴンにおりますから。“闘い”と“強さ”を求め、強く、凛とした定理者と盟約をしたと聞いて、その定理者の方を探していたのです。」
    葵の目を見つめながら、話を続けるブリュンヒルデ。

    「私は、戦いを好みません。トールにもできるだけ戦いをさせたくないのです。
    それが出来るのは、葵さんのそばにいることだと感じました。」
    戦いをさせたくないから、盟約をしたいとは、今までに聞いたことがない理由であった。
    「私も出来ることなら戦いたくはないわ。
    でも平和のために“強さ”は必要だと思ったからトールと盟約したの。“強さ”を求めているのはトールも私も同じよ?」
    「私とトールは幼馴染なんです。」

    いきなりの告白に動揺する。
    「トールは、小さいころから、戦いから帰るたびに、私に楽しそうに戦いの様子を話してくれていました。戦神として名を知られるようになってからは、もっと目を輝かせて。
    トールが楽しそうにしているのを見るのは私もとっても嬉しかったです。」
    「それなら、戦いをさせたくないなんて…」
    葵の言葉を遮るように、ブリュンヒルデは言葉を続けた。
    「それでも…楽しそうに話す彼女の身体は、いつも傷だらけでした。
    私は、彼女にこれ以上傷ついてほしくないのです!」
    ブリュンヒルデの、強い想いが葵の心を動かす。
    「・・・。あなたの、トールを守りたいという気持ちはよくわかったわ。」
    「それでは・・・!」
    ブリュンヒルデの顔が明るくなる。

    「私は平和を守りたい。必要があれば、戦うこともあるし、
    ブリュンヒルデにも一緒に戦ってもらうわ。それでもいいかしら?」
    「私がトールを守りたいのと同じように、葵さんは平和を守りたいのですね。
    平和のために戦うというのであれば…お手伝い致します。」
    “守りたい”という共通の気持ちが、盟約の決め手となった。

    「なぜブリュンヒルデが!?」
    ブリュンヒルデを見たトールが驚きの声を上げる。
    「私も葵さんと盟約をしたんですよ。」
    微笑みながら答える。
    驚きながら、トールも嬉しそうな表情をしている。
    二人のやり取りを見ていると、本当に仲が良いことが伝わってくる。
    その様子を見ながら、
    (私にも、あんな仲間がたくさんできたらいいな)
    と葵は考えていた。

    ―これは、アシュリーと共にピラリ学園に転入して、大切な仲間がたくさん出来る、
    数か月前の出来事である。

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  • アストライアー

    アストライアー

    星を司り、占いによって人の未来を予知する能力を持つ。ただし、自分自身の未来を占うことはできない。公平さを重んじる「星の女神」。好奇心が強く、面倒見がよい。ふとした理由で人間に興味を持ちセプトピアにやってくる。

     アシュリー・ブラッドベリ & アストライアー

    アシュリー・ブラッドベリ & アストライアー

    『やっぱり、あの子が来たわね。占うまでも無かったわ』
    「そうですね。私も、そう思っていましたわ」
    ピラリ学園生徒会副会長。5年Sクラス、アシュリー・ブラッドベリ。
    小柄な彼女だが、実はけっこう着痩せするタイプ。定理者として最前線で活躍していたときは、そのプロポーションと一生懸命な様子、そして(彼女自身は気にしているが)鼻の上のそばかすがチャーミングで、ALCA職員の間でも人気だった。
    彼女の横にいる、こちらも小柄な眼鏡の少女。アシュリーと盟約したテトラヘヴンの使者で、善悪を司る天秤を持つ星乙女のアストライアー。ちなみに彼女の元体は、プラネタリウムに行けば「乙女座」の姿で見ることができるだろう。
    彼女たちの視線の先にいるのは、2年Sクラス、ニーナ・アレクサンドロヴナ。エキジビションマッチ・低学年の部の優勝者だ。

    実は、アシュリーとニーナの経歴は似通っている。
    もともと図書館に一日中籠もっていたい文学少女だったアシュリーも、ある時、定理者の資質に目覚め、当時の法律に従い強制招集を受けた。幸い、何人もの使者との盟約に恵まれ、様々な事件の解決に尽力することができた。
    ニーナも同様に、資質に目覚め、強制招集を受け、数々の修羅場を超えてきたと聞いている。
    そんな二人が今、同じ様にこのピラリ学園に通っている。

    アシュリーとニーナは学年が違うものの、実は図書館でよく出会っていた。
    アシュリーが主に読んでいるのは西洋文学、特にファンタジー小説、あるいはその元になる背景世界を教えてくれる歴史や教養本だったが、ニーナの方は主に理系、天文や物理の難しい専門書の棚に用事があったようだ。だから出会うと言ってもすれ違いばかりだったが、彼女が本を探していた時、図書館中の棚を把握していたアシュリーが手伝ったこともある。一方アシュリーがアストライアーにせがまれて天体望遠鏡の据えられた天文室に赴いたときは、ニーナに案内してもらい、星を見せてもらった。
    ニーナがこの学園に来てからのあれこれは、昨年卒業していった森ヶ谷夕子先輩から少し聞いている。傍目にもALCAに戻りたくて仕方ない様子が見えたが、良い友達に恵まれたのだろう、今はこうして学園に残ることを決めたらしい。
    一方のアシュリーは、この学園に編入された当初から学生生活を楽しんでいたから、そこはちょっと違う。でもそれ以外は、確かに似ているかもしれない。
    「でも、私はこれでも3年先輩、お姉さんですから」
    『自信があるの?』
    「さあ、どうでしょう。アストライアー、貴女の占いではどう出ていますの?」
    『自分のことはわかりません。わかっていて聞いているでしょう』
    「ふふっ」
    アストライアーは、星の運行から人の運命を読み取る力を持つ。とはいえ、それは本来の世界・テトラヘヴンでのこと。このセプトピアの星空は故郷と全く違うし、そもそもこの世界に適応した身では、人を超えた力は使えない。
    『でも、この戦いもアシュリー、あなたとあの子、ニーナにとって大事なものになる。星がそう言っている気がするわ』
    「なら、がんばらなくちゃね」

    体育祭は、いよいよ最後の競技を迎えていた。
    ここまで、紅組と白組は点差が大きく開くことも無く、鍔ぜり合いを繰り広げてきた。
    午後の目玉であった「大・騎馬戦」では、2年生ながらSクラスの橘弥生が軍師に就任。エースとも目されたニーナ・アレクサンドロヴナをあえて出場させず温存。しかしその他の騎馬たちを巧みに運用。どこから持ってきたのか軍配を右に左に振って巧みな作戦指揮を執れば、対する紅組は桐谷華凛率いる「くの一騎馬隊」が遠方から弥生の指揮を盗み見ていち早く対策を打つ情報戦を展開。非常に見どころのある戦いとして、来賓一同からも高く評価され、映像ソフト化の要望も高いと聞く。
    そして今。
    森や川、池なども見え隠れする「特別訓練場」に、二人の生徒が進み出ていた。

    「いよいよ! エキジビションマッチ最終戦が始まります!
    この戦いは、高学年より使用される、より実戦に近い地形を反映する特別訓練場にて実施されます。低学年のニーナ選手にとっては、アウェーの環境となりますが、大丈夫なのでしょうか。解説の神楽先生?」
    「まー だいじょうぶだろー」
    「はい、いつもの適当なコメント、ありがとうございます!」

    エキサイトする実況と共に、特別訓練場に設置されたカメラが二人を捉える。
    だが今回のカメラワーク・スイッチワークも生徒がやっているためか、ちょっと切り替えが遅く、観たい絵が見えてこない。
    「もう! もっとニーナちゃんの表情を映して!」
    紅組も白組もごちゃまぜで集合した2年Sクラス一同応援席。みな、かたずをのんで画面に見入っている。
    「へっへーん そんなこともあろうかとー。合体!」
    一同の中にいた、京橋万博が盟約者のセレン・リサーチャー013と合体する。
    「ちょっと万博さん! 何する気ですの?」
    「あたしもこの一年、何も進歩しなかったわけじゃあないっすよ。
    なんと! 驚け! 遂に!
    爆発しないタダの探査プローブが出せるようになったっす!」
    「ええー!」「万博ちゃん凄い!」「まーちゃんやるう!」「それは驚きましたわ!」
    「えっへん!」
    『私としては、これで驚かれる状況に忸怩たるものを感じます』
    盟約者の嘆きをよそに、爆発しないタダの探査プローブ、つまり偵察ドローンは空に舞い上がり、ニーナの戦いの一部始終を追う位置に就いた。

    「それではッ エキジビションマッチ最終戦!! 
    高学年の部優勝、紅組5年Sクラス、アシュリー・ブラッドベリ選手!
    VS
    低学年の部優勝、白組2年Sクラス、ニーナ・アレクサンドロヴナ選手!
    いざ尋常に、始め!!!!」
    妙に時代がかったアナウンスの合図が終わるか終わらぬか、二人の少女はお互いに携えたフォーリナーカードを高く掲げ、叫ぶ。

    「「ゲートアクセス・テトラヘヴン!!!」」

    奇しくも二人が選んだのは同じ神聖世界・テトラヘヴンの盟約者だった。
    黄緑のアカデミック・ドレス、所々を飾る星のアクセサリー。被った帽子は角帽に似て、その姿はあたかも星の世界の可憐な研究者。
    アシュリーと、星乙女アストライアーの合理体である。
    「アストライアー、星詠みを!」
    そう。確かにこの世界に適応している間は、アストライアーも超常の力を使う事は出来ない。だがアシュリーと合体した今なら違う。この世界の星を読み取り、人の宿命を写し取る。戦いにおいて、相手の動きが事前にわかる事の有利さは、言うまでもない。
    「―そう来ると、思っていました!」
    星詠みに備え、周囲に星型のアドバイザー・星の子を呼び出したアシュリーが見たのは。
    天使騎士団団長ミカエルと合体、光の六枚羽根を輝かせ、こちらに向かって一直線に、最速の踏み込みでレイピアを突きこんでくるニーナの姿だった。
    『名誉挽回、私のレイピアの冴え、今度こそ!』
    鋭い鋭い連続攻撃。
    思わずたたらを踏むアシュリー。かわせているのが自分でも不思議なぐらいで、とてもとても星詠みをしている暇など、ない。
    『星乙女が未来を読むというのなら―』
    「―その間を与えなければいい!」

    凄いな、と思う。
    もう疲れているだろうに、しんどいだろうに、そんな事は表情のどこにも見せず、ひたすらに鋭く剣をふるう。彼女はなぜ、ここまで戦えるのだろう?
    単純にそんな、興味が湧いた。

    「トランスチェンジ」
    星の子たちを束ね、ニーナの目の前に出し囮にして一瞬。
    ニーナが再び突きこんだレイピアの切っ先は、
    「えっ!?」
    盾のような、緑のブ厚い何かに反らされ空を斬った。
    かわいい、と何処かで誰かが叫んだ気がする。
    トランスチェンジを経て、モノリウムの使者・巌のジェイドと合体したアシュリーは、緑の着ぐるみを被った様な姿になっていた。彼女の頭の上に、半開きの大きな目がユーモラスなぬいぐるみの頭が乗り、まるでぬいぐるみの怪獣に食べられたみたいな様子だ。
    全体的にずんぐりむっくりで、とても戦いに向く姿には思えない。
    (でも・・・ モフモフ・・・ いけないいけない)
    散りそうな気持ちをしっかり束ねなおして細剣を握る。しかし。
    『くっ・・・これではっ』
    アシュリーの要所要所を装甲が守り、くるりとした曲線がレイピアを逸らしてしまう。さらに。
    「ええーい!」
    アシュリーが力任せにふるうのは、これまた巨大なハンマーだ。ジェイドの元体は大きなトカゲだが、その前脚を模した、太く重い一撃。
    ミカエルと合体したニーナにとって、この大振りのハンマーをかわすことは難しいことではない。
    しかし掠めただけでもその威力と重さを風圧が伝えてくる。危険な攻撃だ。ミカエルの大楯で受け止めても、そのまま身体ごと持っていかれてしまうだろう。
    ならば。
    「トランスチェンジ!」
    『まっかせて!にゃあ』
    今度はニーナから。午前中同様に、大振りの攻撃をかわすと同時にモノリウムの使者・闘舞のアイシャにチェンジ。得意の超近接戦に持ち込む。こう言っては失礼だが、
    『さっきの相手に比べたら、楽な相手にゃあ』
    弥生の如意棒に比べ、威力は上だが振りは大きく、スピードと回転力に欠ける。隙は見えている。
    「はっ!!!」
    空いた脇腹に掌底を叩き込む。が。
    ぶにゅっ
    「『え!?』」
    不思議な手ごたえが伝わる。
    「ニーナさん、それはあんまり効かないですわ」
    と、アシュリーが笑みで答える。そう。アイシャ自慢の大掌底、そこから伝わる浸透勁も、ふわふわ~もこもこ~の着ぐるみボディが吸収、拡散してしまい、効果的な一撃にならないのだ。
    「それならっ!」
    アイシャの舞闘術はそれだけではない。素早く切り替えると、今度は足元を狙い鋭い蹴り。更に回って旋風脚。繋げて腕の金鎖分銅を使い、敵の攻撃を封じつつ、相手のバランスを崩すことを狙う。投げ技が決まれば相手の重そうな身体がそのまま攻撃になるし、いっそ金鎖による締め技だって選択肢だ。これならふわふわもこもこも関係ない。
    巻き付いた金鎖をアシュリーが掴み返す。力で抵抗。鎖がぴん!と伸び、一瞬の静止。
    「トランスチェンジ!」
    え、と思った次の瞬間。
    今度はアシュリーがトランスチェンジ。見せる姿は豪奢な和装。これを大胆に着崩し肩から胸元をはだけさせ、頭上に深紅の角をきらめかせる。ジスフィアの鬼女・艶鬼との合体だ。
    「ええいっ!」
    そのまま、掴んだ鎖をぎゅいと引く。ジェイド以上のパワーに、抵抗すらできず引きずられるニーナ。そのまま背中からアシュリーの胸元に抱き込まれてしまう。
    『まぁ、かあいらしい子猫ちゃんやね。ふふ、頭から食べてしまおか』
    本気かウソかよくわからない艶鬼に苦笑しながら、アシュリーはそのままニーナをぐいぐい絞り上げる。技も何もない、鬼の膂力に任せたベアハッグもどきだったが、その力をもってすれば十分な脅威。
    「まだ・・・まだっ!」
    ニーナは柔らかい体を前に折り、次にぐいっと後ろに勢いよく反らす。
    「うわあ」
    彼女の後頭部が鼻にぶつかりそうで、思わず首をそらしたアシュリー。とっさのことで少し腕が緩む。もちろんそれを逃すニーナではない。
    「はあっ!!!」
    緩んだ腕をつかみ、鉄棒の要領で上体を持ち上げ身体を抜く。そして今度は、畳んだ足を勢いよく後ろに叩きつけるカンガルーキック。見事脱出に成功する。
    『あらら、逃がしてしもうた』
    「いいえ、逃がしません!」
    キックの反動で地面に転がるのを、あえてそのままにして距離を取る。間合いを取ってくるり振り向くニーナの目の前に、突然現れたのは―
    『うー!』『やー!』『たー!』
    薄青の小鬼たち。
    「行きなさい!」
    アシュリーがぐいと腕を突き出せば、背後の何もない空間から、あれよあれよと湧いて出る。
    『だだだだだー!!!!』
    「こ、これはっ」
    艶鬼の力は、その鬼の剛力だけではない。魑魅魍魎たちをジスフィアから呼び出し使役する、鬼道もまたこなすのである。
    まるっこい外見にまんまるおめめ、これまた可愛らしい外見の小鬼たちだが、
    『うわー!』『わー!』『わわわわー!!』
    力が強い。そして数が多い。後から後からひっきりなしに湧いてくる。さらに。こちらの攻撃が当たっても。ふわり。拳が突き抜けてしまう!
    『な、なんにゃー!!!!』
    これには合体しているアイシャが恐れおののいた
    『なにこれなにこれなにこれ怖い!おばけー!!!!』
    「落ち着きなさい!」
    合体している相手の精神が乱れてしまえば、力も半減してしまう。でもニーナは諦めていない。

    『これはー 勝負ありましたわいなあ』
    「いいえ、そんなはずはありませんわ」
    小鬼たちに埋もれたニーナを、油断なくみすえるアシュリー。するとその期待に応えるごとく、光があふれた―!

    「アモル、あなたの力を見せて」
    『うん、ニーナちゃん!!』

    ぎゅっと握った手と手。
    次の瞬間、テトラヘヴンのキューピッド、アモルとトランスチェンジしたニーナは、白い天使の翼を広げ、まとわりつく小鬼たちを跳ねのけふわりと宙に浮かぶ。そして。更に 足元を掴もうとする魍魎たちを見下ろすと―
    『や、闇からあふれし、ち、魑魅魍魎たち! わ、私の愛の矢で、元いた場所に帰ってください!!』
    「―ロジックドライブ」
    降り注ぐキューピッドの矢。
    貫かれた小鬼たちは次々と、不思議に満ち足りた幸せそうな笑顔を浮かべ、塵になって消えていく。
    『こら、あきまへんわぁ。相性がわるすぎやん』
    もちろん、その矢が狙うのは小鬼たちだけではない。あらかたの掃除を終えた後、鋭く狙うは、無論アシュリー。
    「行きます!」
    こうなると今度はアシュリーの分が悪い。艶鬼のパワーが届かない空中から、苦手な聖なる矢をつるべ撃ちにしてくる。それなら。
    「それで手はありますわ。―トランスチェンジ!」
    今度は金色の光がアシュリーを包む。
    光の中に現れるのは、上品な貴婦人のシルエット。いやその姿は、金色の装甲に包まれた流麗なる機体。トリトミーに数多ある自律戦闘機械群、同型の機体が秒単位で大量生産される合理の世界にあって、それらを指揮する目的でワンオフで作られた高級機。
    『アシュリー、では戦闘指揮を』
    「はい、やりましょう!」
    ルカ・キャンドル237とトランスチェンジ。金の鎧に身を包んだアシュリーは、慣性コントロールを起動、ふわり体を浮かせ、ニーナと対峙する。
    「さあ行きなさい! シューティングビット! ストライクビット!」
    ルカの主な武器は、多様な戦闘用ドローン、ビットたちだ。
    シューティングビットは小口径ながらレーザーカノンを備え、敵を包囲し様々な方向から光弾を浴びせる。ストライクビットは空飛ぶナイフといった武器で、死角からそのまま猛スピードで突進、体当たりする。
    これらの攻撃を、ニーナはあえて低空飛行、森の木々を盾に、細かく鋭い機動でかわしながら次々弓矢で迎撃、さらに機を見てはアシュリー自身にも放ってくる。
    それを防御用に展開したバリアビットで受け止めつつ。
    『敵機の機動・攻撃速度は当初の予測を超えています。―しかし』
    「ええ、わかります」
    しばしの攻撃の応酬は、トリトミーの指揮官機たるルカに十分な分析の時間を与えていた。木々を見下ろす高空に占位しながら、ルカが呟く。
    『本来、未来とは我らトリトミーの代名詞。
    予知ではなく予測、データの蓄積こそが産む高度な計算による未来予測を、ご覧いただきましょう―
    ノクターンビット01、02、起動』
    「さあニーナさん、これはいかが?」
    ノクターンビットは静粛性・隠密性に優れたステルス機能を持つ攻撃ドローン。相手の未来位置と姿勢を予測し、予め死角に潜む。その場で定められた攻撃のチャンスを待つ。そしていざという時、獲物に向け鋭く光刃を放つのだ。
    「くっ!」
    突然死角から現れたビットの攻撃を、すんでのところでかわすニーナ。しかしそのため、大きく体勢が崩れるのが観客の目から見ても明らかだった!

    「ニーナちゃん!!」

    悲鳴の様な声が観客たちから上がる中、アシュリーはさらなる一手を放つ。手持ちの武器、レーザーナイフを変形、指揮棒のようなタクトへ。鋭く前へと振り下ろす。
    『「ロジックドライブ」』
    「トライコンセントレート!!!」
    全てのビットたちが十重二十重にニーナを取り囲むと、あらゆる角度から彼女を狙い、定め、撃ちこんだ。

    「こりゃあ・・・ダメっす・・・」
    「ニーナさん・・・」
    2年Sクラスの皆が宙を見上げ、モニターを見つめ、手元のタブレットに目を落としながら呆然とする中、しかしリオンは、指をぐいっと突き出した。
    「見て!!!! ニーナちゃんは、負けてない!!!!!」

    目を疑ったのは、まず攻撃を繰り出したアシュリーだった。
    攻撃の余波、宙に漂う煙が晴れた時、そこには黒と銀のスーツに身を包み、光の鍵盤を周囲に漂わせたニーナがいた。健在だ。
    「ニーナさん・・・!」
    『そんな! 私のビットの制御が、奪われた!?』
    すこしばかり煤のついた、しかし誇りに輝く顔をついと上げて、ニーナは微かに笑みを浮かべた。
    「今度は私の演奏を、聞いてください」
    じゃあん、流れる旋律が見えない糸となり、ルカのビットたちを絡めとる。
    『さあ、奏でよう! 即興だが私の新曲だ。聞き惚れるといい!』
    新たにニーナとトランスチェンジしていたのは、ルカと同じくトリトミー出身の使者、エメラダ・シンフォニー076。
    その正体は、意識をもった自律電子楽器の集合体だ。

    弥生が午後の競技全てからニーナを外したのは、体力の回復を図るため、だけではない。
    相手がアシュリーと分かったその時から、ALCAの広報局にアクセス。
    公開されている使者襲来時代のアシュリーの戦闘記録を把握、分析、その傾向を掴み対策を立てる時間に充てたのだ。
    特に、ルカとの合体により多彩なビットを操る戦術はやっかいで、隙が無い。一人で軍勢を相手にするようなものだ。
    『ならば、私の音楽をこの子機たちにも聞かせてやろう』
    それに対抗する手段を、ニーナの盟約者であるエメラダが有していたのはまさに僥倖と言えた。
    もともとビットは、周囲の状況を確認するセンサーと、探査情報と命令情報を母機とやりとりするための通信回線を、いずれも有している。
    そこに、エメラダからそのコントロールを奪うためのハッキング命令を音情報、つまり彼女の曲として流す。無論ルカのビットもハッキング対策は備えていたが、まさか音情報を解釈する過程でAIに誤作動をさせられるなど、想定にない事態だった。

    「凄いな、ニーナちゃん」
    ぽつり、改めて、アシュリーからそんな言葉がこぼれた。
    去年のニーナは、ALCAに一日でも早く戻るため、その実力を証明しようと明らかに焦り、あがいているところがあった。
    だが今、ALCAに戻ることを考えていない今、ここまで彼女を突き動かす、その力の源は、なんなのだろう。

    『素敵な曲―! ウフフ、アイドルとしては、この挑戦、逃げるわけにはいかないよー!』
    「トランスチェンジ!」
    ルカのビットたちが消え失せる。
    代わりにアシュリーの姿が再び輝くと、今度は大きな蝶の羽が広がる。
    『オッケー! 今日のサプライズセッション、行ってみよう!
    燃え上がれ、バーニングハート! ときめけ! ダズリングハート!』

    「わったしのココロは、バーニング! あなたの視線で、燃え上がるうー!」

    『私の即興曲に、歌詞を即興で付けて歌いだしただと!』

    「あなったのココロは、ダズリング! わったしの気持ちを、うっけとめってー!!!」

    アシュリーが今度トランスチェンジした盟約者は、同じくトリトミーのアイドルアンドロイド、シュガー・ディーバロイド741。
    ピンクを基調にしたアイドル衣装に身を包み、七色に輝く蝶の羽で歌い、舞う。
    「っ!!」
    ビットをハッキングできなくなったニーナは、このままエメラダの力を使って音響攻撃をするつもりだった。しかし驚いたことに、今度はアシュリーの方が曲を乗っ取ってしまう。エメラダの即興曲はまるで流行りのアイドルソングに。戦いはあたかも、アシュリーのライブ会場に変えられてしまったかのようだ。

    そんな中、間奏のタイミングでアシュリーがニーナにマイクを向ける。
    「ねえ、ニーナさん。私、知りたいことがありますの」
    「―何でしょう」
    「ニーナさん、あなたは何故、ここまで頑張れるの?」
    突然の問い。
    でも、ニーナに躊躇はなかった。
    「実力を、証明するためです」
    「誰に? ALCAに? それとも先生たちに?」
    「いいえ、いいえ」
    かぶりを振って、強く相手を見据えて答える。
    「私の― 私の大切な、大切な友達であり、ライバルである皆のために!
    私は、私の力を証明します!!」

    ニーナ自身はその力を、こういった競技めいた勝負の場で使うのは、ちょっと卑怯なのではないか、とも思っていた。使わずに済めばいい、と心のどこかで思っていた。
    ―でもそれは甘えだと、驕りだと今思い知った。
    持てる力の全て、全てを使わないと、この先輩には勝てない。
    そして私は、勝ちたい―

    「行きます」
    決意を視線に込めて、ニーナはフォーリナーカードを掲げる。
    「トランスチェンジ、リリアナ!」
    『ええ、ニーナ、存分に』
    超自然世界・モノリウムへのゲートが開き、ニーナの盟約者、貴純のリリアナを呼ぶ。
    たちまち合体。
    黄色と緑が花びらの様に折り重なったドレス。修道女にも似たベールが頭を飾り、しとやかな印象を強調する。が、大きく開いた背中にはあやしい色香すら漂わせ、見た目通りの手折られるを待つ道端の花ではないことを匂わせる。
    間を置かず、ニーナは花弁でできた杖を掲げ、高らかに宣言する。
    「遥かな未来への希望、輝く明日への祈りを、ここに」
    「『ロジックドライブ』」
    「花園の祝福!!!!!」

    その技に、刃はない。その技に、破壊はない。
    ただただ、静かなる安らぎがあるのみ―

    舞い踊る花びらに包まれたアシュリーは、身体から心から、力が抜けていくのを感じていた。戦う気持ち、抗う気持ち、激しい気持ち、脅える気持ち。何もかもが、優しい何かに包まれて溶けていく。
    『あー・・・ なんか、しゃーわせー・・・』
    この台詞が、本来ココロを持たないトリトミーのアンドロイドの口から洩れるという奇跡。自然、アシュリーの心もひたすら静かに穏やかに、眠りにも近い何かに落ちていく。

    これがニーナのまさに必殺技、「花園の祝福」。
    貴純のリリアナはモノリウムの百合の花の獣人だが、かの世界で彼女が有する癒しの力は貴重なもので、その身柄を狙われることも多かったという。身を護るために彼女が編み出した技。彼女が求める平和な世界を、強制的にでも叶える技。それが、一面に放出する花粉を吸引することによる薬効と、展開する花びらの色彩と花杖の動作による視覚から思考に割り込みをかける強制暗示で完成する、この技だ。
    この技の効果範囲に入った者は、害意・悪意・猛々しい心を鎮められ、戦意を放棄してしまうのだ。

    戦う力を喪ったアシュリーの身体は、そのまま下へ― 池の中へと落ちていく。
    そして、水柱を上げて着水。
    アシュリー・ブラッドベリは、墜落した。
     
    「これは決まったかぁー! ニーナ選手の大技が炸・裂!
    今入りました情報によりますと、この技は花園の祝福と言い、かの無差別襲来事件の際もニーナ選手が使用し事件を解決に導いたことで有名に―」

    だがニーナは、騒ぎ立てる実況の声を聴いていなかった。
    まだ審判から決着の声は出ていない。
    リリアナとの合理体は飛ぶ力は持っていないので、そのままニーナも地面に着地。
    ゆっくり、池に近づいていく。
    ・・・
    そして、アシュリーの姿がぷかり、と水面に浮かんだ。
    シュガーとの合体は解除され、黒い上下の下着か水着という姿。見る限り、気を失っているのか、目をつむったまま力ない様子で漂っている。
     
    「後は、トドメさして決着っすねー!」
    「流石はニーナさん! 大金星ですわ!」
    上空の偵察ドローンの映像を、押し合いへし合いしながらタブレットで見守る2年Sクラスの面々。もう皆お祭り騒ぎだ。
    だがそんな中、一人だけ、じっ とただ画面を見ていた者がいる。
    リオンだ。
    そして叫んだ。
    「ニーナちゃん! 危ない!!!」

    ニーナも、気をつけては、いた。
    だが、連続したトランスチェンジの負荷、大技である花園の祝福の反動、いやそれ以上に、事前に立てておいた策がはまった事の安心感が、あと一歩の詰めのため、足を急がせたとして誰が責められよう。
    池の浅瀬に水音を立てて入り、横たわるアシュリーに花杖を突きつけようとしたその瞬間。アシュリーの目がすっ と開き。彼女はこう、言った。
    「ニーナさん、ごめんなさいね」
    次の瞬間、ニーナの全身に電撃のような痛みが走り、痺れ、手も足も動かせなくなった。
    「!!!」
    力を失い崩れ落ちる身体。それをきゅっと引き寄せて支えたのは、ニーナの足首に巻き付いていた、半透明の触手。今の今まで見えていなかったそれを、わずかに動く瞳で改めてよく見れば。触手はアシュリーの身体から。彼女を包む、同じく半透明のベビードールの様な衣装から生えている。
    そう、アシュリーは合体をただ解いた、のではない。
    ふわふわと波間を漂う、クラゲ。
    アシュリーはモノリウムのクラゲの獣人、泡沫のシェリーとトランスチェンジしていた。そしてその姿や、主な攻撃手段である電撃を放つ触手を透明化。
    ニーナが近寄って来るのを、待っていたのだ。
    「そ、ん、な・・・」
    「ごめんねニーナさん。この娘、シェリーと盟約したのは、ピラリ学園に来るちょっと前だったから、ALCAの広報資料には載っていないんですわ」

    「決着ゥー! ただいま審判が下りました! エキジビションマッチ決勝戦は、アシュリー・ブラッドベリ選手の逆転勝利です!!」

    「だ…ま…さ…」
    腕の中で力なく、しかし目力を込めて見上げるニーナと一緒に池から上がりながら、アシュリーは言った。
    「ニーナさんも、たまにはファンタジー小説とか、ライトノベルとか、読むと面白いとおもいますわ。いっそ、バトルものの漫画でもいいかも。
    ふふっ。この程度の『騙し』は、初歩の初歩、です!」

    しばし後。
    エキジビションマッチ優勝の表彰式にて、万雷の拍手で迎えられたアシュリー。
    壇上を降りると、痺れの抜けたニーナから、改めて「負けました」と頭を下げられた。
    「でも、次は負けません。必ず」
    その強い瞳に、
    「うん、そうだね。受けて立ちますわ。・・・ちょっと、怖いけど」
    と返した。
    去り際、ニーナはひとつ、アシュリーに問いかけをした。
    「先輩、先輩はどうして…」
    ニーナにしては珍しく、言葉が尻つぼみになっていく。
    どうして戦うのか、とか、どうしてそんなに強いのか、とか。
    あるいはもっと直截に、どうして勝てたのか? とか?
    でもそんな事を聞くのは失礼と思ったのかもしれない。そこを最後まで言わせず、アシュリーは自分から切り出した。
    「ニーナさん、私にも、夢ができましたの。
    将来どうしようか― ALCAに戻るか、それともまた、別の仕事に就くか。
    いろいろ、考えてました。
    私は元々本の虫で、一日ずっと、夢わくわくの、胸ドキドキの、物語の世界に浸っていられれば幸せな子でした。
    でも定理者に目覚めて、異世界の皆さんと盟約して、戦ったり、助けたり。
    それはそれはタイヘンな日々でしたけど、でも楽しかったですわ。
    おかげさまで、普通の子じゃ体験できないような、いろんな体験を。
    それこそ、私が小さい頃に胸をときめかせて読んだお話の中にしかないような体験を、いくつも、たくさんたくさん、させていただきました。
    だから今度は私が、この私の体験を、みんなに伝えたいな、って。
    そう、思うようになりましたの
    ・・・
    私、作家になろうと、思います」
    そう言ってアシュリーは、ふわりとニーナに笑いかけ、
    「だから私、もっともっとたくさんの、もっともっといろんな体験をしなければなりませんし、いろんな機会は逃さず、全力で、体験してみようと思いますの」
    「・・・じゃあ、今日は・・・」
    「とっても強い後輩から、全力で挑まれるなんて、なかなかできない体験でした。
    だから私も、全力で、がんばっちゃいました。
    それだけ、です!」

    果たして未来。
    アシュリー・ブラッドベリが本当に作家になり、その様々な体験を元に、夢わくわくの、胸ドキドキの、素敵な物語をいくつも紡いでいく、のかどうか。
    アストライアーの星占いもルカ・キャンドル237の未来予測も答えを出すことはできない。
    何故ならそれは、ひとえに、アシュリーの心ひとつに掛っているからだ。
    でもアストライアーもルカも、それにジェイドも艶鬼もシュガーもシェリーも知っている事がある。
    たとえ彼女がどんな道を選ぼうと、みな、それを支え手助けすることは確かだ、ということ。

    さて何年か後。
    ニーナ・アレクサンドロヴナは本屋に立ち寄る際、以前なら通り過ぎる小説の新刊が飾られた平台、その著名にはちょっとだけ、目をやるように、なった。
     

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  • ミカエル

    ミカエル

    異世界の秩序を護る大天使。天使騎士団の団長を務める。
    ルシフェルとの戦いのあと、人間の住む世界を訪れたところ、
    そこで出会ったニーナに自分と親しい騎士道を感じ、共に高
    め合う友と認めたことで盟約を交わした。

     ニーナ・アレクサンドロヴナ & ミカエル

    ニーナ・アレクサンドロヴナ & ミカエル

    「さーあ盛り上がってまいりました!
    ピラリ学園体育祭! 午前中最後の競技は、各学年のSクラス選手によるエキシビション・マッチです!」

    ピラリ学園体育祭は、最初の競技から観客を含めて大盛り上がりだった。
    予想通り、紅組・白組それぞれの中心には各学年のSクラスの生徒がおり、縦横無尽の活躍をしていた。
    例えば普通の女子競技とは思えないアスレチックな障害物の数々を並べた「スーパー障害物競走」では、紅組の2年Sクラス、桐谷華凛が次々と障害を突破しコースレコードを記録。
    「フフフ、主様、今日ばかりは私が勝利させていただきます!」
    一方ちょっと乙女にはどうか?と思うサイズの焼きたてパンをブドウのごとく鈴なりに吊るした「エクストリームパン食い競走」では、
    白組の同じく2年Sクラス、桐谷華恋が
    「おねえちゃんばかりに、いいかっこさせないよ~
    もぐもぐぱくぱく おいし~~!」
    全てのパンを食らい尽くし、他の生徒をゴールさせない荒業で観客を唖然とさせていた。
    ちなみに観客たちは、生徒たちの父兄とその関係者など招待客。一部、ALCAの職員やOBも混じっている。
    とある国の国王が巨大な映像機器を持ち込み、あらゆる角度からその娘の活躍を記録収録しようとしたが、規則ということで家庭用ビデオ端末一台を残して全て没収されたらしい。

    この日のために、鍛えてきた少女たち。
    みな、個人競技に、あるいは団体競技に、輝かしい汗をきらめかせている。
    もちろん中には、運動の苦手な子たちもいただろう。
    彼女たちにも、できる範囲で参加できる競技が用意されたり、あるいは運営の方で活躍させたり。
    生徒会の面々が細かいフォローをしていたことがわかるのは、また後日のことである。

    「・・・ごめんニーナちゃん、負けちゃった・・・」
    いつも太陽の様なリオンが、落ち込むとこれまた分かり易い。しおれた花の様だ。
    しかし。
    「そう、リオンに勝ったのね-」
    視線の先には、リオンを倒し、決勝に上がってきた選手が見えていた。
    「-じゃあ、仇取らなくちゃね?」
    自分なりに少し冗談めかして言うと、
    「うん!頑張って!応援してる!」
    これまた花が咲くように笑顔を向けてくれた。

    「Sクラスエキシビション・マッチ、低学年の部・決勝戦を開始します!
    1年から3年までのSクラス選手の中で、まず決勝に名乗り出ましたのは、優勝候補No.1、白組2年Sクラス、ニーナ・アレクサンドロヴナ選手!」
    拍手と応援の声に背中を押されて、中央に進み出る。
    そして。
    「対しますは、これまた白組2年Sクラス! 有言実行の努力の天才!、橘弥生選手!」
    そう。
    リオンを倒し、今目の前に立つのは、弥生だった。
    ちなみにトーナメントの結果、どっちに転んでも優勝は白組の選手なので、白組にボーナスポイントが入る事が確定している。
    「ニーナさん、いい試合をしましょう、なんて申しませんわ。
    私、今日こそは全力を尽くし、あなたに勝ちます!」
    「そう。難しいと思うけど」
    「だからこそ、挑戦する価値があるのですわ!
    -それに。ひとつ、賭けを受けて欲しいのです」
    「何?」
    「もしこの勝負で私が勝ったら・・・」
    「・・・」
    「その時は、私の事は橘さん、ではなく、弥生、と呼んでもらいますわ」
    「-」
    ニーナの目が一瞬大きく見開いて、直ぐに閉じ-
    軽く右手を胸の上に置くと、何かを確かめるようにして、また目を開く。
    「-分かったわ、橘さん」

    残念ながらニーナの両親は国を離れられず、彼女を個人的に応援してくれるのはALCAの元同僚のスタッフ。あるいは、結局来ているかどうかわからない文通相手。そして。
    「ニーナちゃん、がんばれ!!!!」
    大切な友達。うん、充分。いや、充分以上だ。

    「やっちゃ~~~~ん! 今日こそ目にもの見せてやるっす!!!!!」
    「万博ちゃん、万博ちゃんは弥生ちゃんの応援するんだね!」
    「主様!!」「主さま~~~!」
    「もちろん私たちも」「主さまを応援するよ~」
    「ってわけっす。だからこの一戦だけはリオンとも敵っすね!」
    「いいよ!ニーナちゃんは負けないから!」

    弥生と正対するニーナ。
    アモルとミカエルのフォーリナーカードを手に取る。
    「アモル、ミカエル、最初から全力で」
    『うん、ニーナちゃん、わたしがんばるね!』
    『ああ、手加減はしない』
    「-でないと、勝てない」

    「ゲートアクセス、テトラヘヴン!」
    「ゲートアクセス、ジスフィア!」

    最初の交錯は空中戦で始まった。
    優雅で柔らかな天使の白い羽を翻し、アモルと合体したニーナは弧を描きながら飛翔、素早く弓を連射する。
    一方の弥生は凪と合体。黒い烏天狗の翼を広げて飛ぶ。と同時に高下駄で空を蹴る。ジグザグの機動で動きを読ませない。更に。
    「凪、やりますわよ!」
    『おう、俺の力を見せる時だ!』
    人型の符をばらまくと、符は次々鴉天狗の式神と化し、ニーナに襲い掛かる。
    だがそれらは彼女の傍までたどり着くことなく、アモルの矢に撃ち落されていく。
    「まだまだ!出し惜しみは無しですわ!」
    「いくらでも来なさい!」
    ニーナの機動は小回りに優れ、前後左右自由自在。勢いを増す凪の符術もくるりくるり舞うようにかわす。
    一方の弥生は、一瞬の直線加速ならニーナに勝る。そこを使う。
    「凪!今ですわ!」
    『おおう!』
    さんざんばら撒いた全ての式神。それら全部、全部を囮に。
    式神たちの姿が一瞬ぶわっと膨れ上がったかと思うと、黒い霧を吐いて形を解き、ニーナの視界を奪う。
    そして-

    『わわっ、わわっ』
    「アモル、落ち着いて。こう来るなら、きっと!」
    振り仰いだ空。
    体育祭にぴったりの、雲ひとつない青空。それが黒い霧に覆われて、太陽の光もさえぎっている。
    だからこそ。
    「-来る」

    黒い霧がかすんでいく刹那。
    弥生はニーナの真上、太陽を背に飛んでいた。
    広げた黒翼が太陽をさえぎり、
    「トランスチェンジ! 七宝、出番ですわよ!」
    『ふふっ、腕が鳴るわねぇ~!』
    七宝とトランスチェンジ。
    その姿が変わった時、背にした太陽をさえぎっていた黒翼はなくなり―
    「しまった!」
    弥生が上を取ってくることも、太陽を背にしてくることも、読めていた。
    しかし。頭上でトランスチェンジすることで、太陽の光すら武器にするとは!
    さえぎるもののない日光が、振り仰いだニーナの目を灼いた。
    『「如意棒!!!」』
    脳天逆落とし。
    如意棒を手に、天空からニーナを急襲する。
    だが黙ってやられる彼女ではない。
    「トランスチェンジ! ミカエル!!」
    『任せろ!』
    ごきん、と鈍い音と共に、ミカエルの大盾が如意棒を受け止める。
    そのままもつれ合うように落下、地面へ。

    「ニーナちゃん!」
    「やっちゃん!」
    「主様!」「主さま!!」

    観客の悲鳴、それが鳴り止まぬうちに。
    地面の土煙の中から、鋭く鈍く、金属音が鳴り響いた!
    鋭く突き出される棒を盾ではじき、返すレイピアを更に棒を回してそらす。
    「やはりこの程度では、倒せませんわね!」
    「でも少し驚いた」
    「なら、もっと驚いていただきますわ!!」
    更に弥生が肉薄してくる。
    如意棒はやや短めの長さに抑え、更に突くよりは打撃で。体に巻き付けるような動きで振るいつつ、さらに接近。
    「っ!」
    「いかがです!」
    ニーナの表情が少しゆがむ。
    額から汗が滴り目の端をかすめる。
    『流石だな』
    「ええ」
    合体しているミカエルも、弥生の動きを思わず称えていた。
    ミカエルの主な攻撃は、もちろんレイピアによる鋭い刺撃。
    従って攻撃範囲は彼女の前方に限定される。もちろん彼女自身が鋭く動くことで、そもそも相手を近づけず縫い留める様に攻撃してしまうのが本来のスタイルだ。
    だが今回は弥生の作戦により、レイピアの間合いよりやや短い肉薄戦になっている。
    間合いを突き放したいところだが、弥生の巧みな足運びがそれを許さない。
    さらに武器の相性も問題だ。
    レイピアは相手の武器をそらしていなし、カウンター気味に突き込むこともできるが、如意棒の打撃は極めて重く、まともに受ければレイピアがゆがむ。
    勢い、弥生の攻撃を盾で受け止める事が多くなるが-
    『くっ 重い』
    そう、重いのだ。
    身体を軸に、その重さを十分乗せたうえ、回転の勢いをつけてぶつけてくる打撃。
    盾で受け止めてはいるが、受け止めた身体ごと沈んでしまいそうだ。

    「-」
    ALCA支局で最前線に立ち、実戦を切り抜けてきたニーナ。
    己の才能を、気高い意志と努力で磨き上げてきた数年間。
    その蓄積に、橘弥生はわずか1年と半年で、追い付こうとしている。
    それも、日々の勉強や生徒会の庶務としての仕事をこなしながら、だ。
    そのことを思い、ニーナは決めた。
    「ミカエル、ごめんなさい」
    『わかっている。悔しいが、今日は譲ろう』
    そう心中で会話を交わす。
    気高いミカエルだからこそ、万言を費やすよりも、この一言で通じると信じた。

    「もらった!ですわ!!」
    必勝を期したひと振り。
    それはもしかしたら、ほんの少し踏み込みが深すぎ、ほんの少し振りが大きすぎたかも、しれない。
    そのわずかなブレに、ニーナは柔らかく体を折って飛び込む。
    「-トランスチェンジ。いくわよ、アイシャ」
    『おっけ~ みんなを釘付け。みんな見惚れるがいい、にゃあ』

    光を放ち、ニーナは再びトランスチェンジ。その姿は。

    「かわいいいいい~~~!!!!!」

    思わず絶叫するリオンの視線の先には、モノリウムの使者、山猫の獣人である闘舞のアイシャと合体。
    薄く肌もあらわな踊り子の衣装に身を包み、頭の上から可愛らしい猫の耳を生やしたニーナがいた。

    「!」
    万博も華凛も華恋も、そしてもちろん弥生も見たことのないニーナの姿。
    だが思考を止めることこそ愚策。弥生はためらわずそのまま、如意棒を振るった。
    が。
    「!!」
    棒は当たっている。
    ニーナの身体に当たっている。
    しかし、限りなく当たった手ごたえがない。
    『これは・・・まずいわねぇ』
    あたかも、空に浮かぶ木の葉を打ったかの様に。
    ふわり。
    棒がそのまま回っていくのを、ニーナの体が、まとわりつくように絡めとる。
    「そんな・・・!」
    恐るべき体術。
    いかなる技か、如意棒の勢いを見事殺し、柔らかく受け流したかと思うと、
    「はっ!」
    カウンターで突き出されたニーナの掌底-なんと大きな猫の肉球-が弥生の腹に吸い込まれる。
    その可愛らしいビジュアルに反し、想像以上の重い一撃。
    おなかの中をかき回されるような衝撃が、弥生を襲う。
    『浸透剄。やるねぇ・・・』
    「か、かんしんしてるばあいじゃ、ありませんわっ」
    そして弥生は気づいた。
    今度はニーナが自分の間合いの内側にいるのだ、と!
    本来、如意棒の威力はいかなニーナといえど、そうそう殺しきれるものではないはず。
    しかし、棒を振るう半径の、さらに奥に位置することで、十分な回転を乗せられず威力は半減する。
    そう、接近戦を仕掛けた弥生が、さらに肉薄された超接近戦を仕掛けられているのだ。
    「ならば!」
    棒を引き戻し、今度はこちらが突きで縫いとめようとするが。
    じゃらん。
    弥生の視界を、ニーナの両腕に繋がった金色の鎖が舞った。
    (ちなみに鎖の先には、猫の顔をかわいく形どった分銅がついている)
    鎖は棒にきゅっと絡むと、その動きを一瞬制止する。
    そのまま手前に引きこむと同時に、ニーナは弥生の足元を軽くなでるように蹴る。
    それだけで、弥生のバランスは大きく前に崩れた。
    ぐるぅり。
    身体が半回転、背中から地面に転がされる。
    その弥生のお腹をニーナは軽く踏みつけながら、掌底を今度は顔に打ち下ろし-
    「-参りましたわ」
    次の瞬間、弥生の顔は大きく柔らかく不思議な弾力のあるあたたかなものにむぎゅっ とされていた。

    「決着ー! 勝者は2年Sクラス、ニーナ・アレクサンドロヴナ選手!」

    大歓声と拍手の中、ニーナは肉球のついた手を弥生に差し出し、助け起こした。
    「ニーナさん、そんな奥の手がありましたのね!」
    「ええ」
    「今回も負けましたけど、次こそは勝ちます! 七宝の技をもっと私が使えれば、きっと!」
    「いつでもどうぞ。
    -橘さん」

    『今回はアイシャ殿に譲ったが、次こそは必ず、私のレイピアで!』
    『にゃ、がんばれがんばれ』
    『う、うぬぬぬー!』
    『ミ、ミカエル様、ごめんなさい、私のせいで・・・』
    『ばか、泣くんじゃない!お前のせいではないだろう!』
    フォーリナーカードを介して彼女の盟約者たちが騒いでいるのを放置しながら、軽く空を見上げる。
    この学園に来てから盟約した、アモルとミカエルの力だけでは勝てなかった。
    ・・・
    何故だろう、なのにニーナの顔には、少し笑みが浮かんでいた。

    「ニーナさん。今日の最後に、最後の出し物として、高学年の部の優勝者とのエキジビション・マッチを検討しているのだけど、どうされます?
    他の競技もありますし、疲れもあるでしょうし、それに相手は高学年ですから、辞退しても問題ないですわよ?」
    対戦の後、今度は体育祭の運営委員としてそう尋ねてきた弥生に、
    「やります」
    即答だった。
    強い意志の光が瞳に宿る。
    「相手は誰?」
    その時、訓練場の方から歓声、そして高らかに勝者を称えるアナウンスが聞こえてきた。
    「決まったー!!
    勝者、紅組5年Sクラス、生徒会副会長、アシュリー・ブラッドベリ!!!」

    ―続く!

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  • ウェスタ

    ウェスタ

    他の世界の料理を学ぶため、セプトピアを訪れた際、参加した料理教室で夕子と出会う。そこで夕子と意気投合し、彼女と初めて盟約するフォーリナーとなる。

     森ヶ谷 夕子 & ウェスタ

    森ヶ谷 夕子 & ウェスタ

    「え? もう学園内にはいない?」
    ヴェロニカから連絡を受けたオルガは、視線を横に。
    そこには、灰金色のショートで可愛らしい顔を飾った、ピラリ学園の制服に身を包んだ華奢な感じの美少女「違います! 僕はお、男ですうううう!!」もとい美少年が、いた。
    「あー、ジーク。言いにくいんだが・・・
    プランBは、中止だ」
    「え!?」
    同じく連絡を受けていた美親が、隠れていた茂みから出てきながら
    「ああ、どうも、もう敵はここらへんにいない、らしくて、ね」
    「ええー!!」
    プランB。
    それは、討ち漏らしたペンタクルスの使者たちを釣り出すため、彼らの目標たるピラリ学園の生徒を囮にし誘い出すという作戦プランである。使者たちを残らず摘発するためとはいえ、この作戦のために女生徒たち、あるいは女子職員たちを危険に晒すわけにはいかない。故に、この作戦に危険を承知で敢然と立候補したのが、ジークハルト・クラウスで「女装するなんて、聞いてませんでした!!!」あった。
    「いやジークよ。安心しろ。
    俺のロジックが聞こえる。
    お前の女装がバレる確率は0%だ!!」
    「うん、けっこう、いや、かなり可愛いと思うぞ」
    『そうですね、こういうのは、なかなかの逸材、って言うのでしょうか?』
    この年頃の、少女のナチュラルな身だしなみを指導していたアテナも太鼓判を押し、
    『むう、どうしよう、私自信無くしそう』
    とルシアも嫉妬する出来栄え。
    「嬉しくありません!!!!」
    という訳だったのだが、残念ながら、非常に残念ながら、本作戦は中止となった。
    「もったいないから、記念写真でも、撮るか?」
    「・・・そんな事したら、先輩たちを倒して僕も舌を噛みますからね・・・」

    ピラリ学園体育祭の外で、そんな大騒ぎが繰り広げられていた、その日の、夜。
    とある住宅地、小洒落たマンションの一角。
    帰途を急ぐ一人の女性がいた。
    彼女の名前は、東瑞希。
    ピラリ学園の卒業生であり、生徒会長でもあった女傑であり、そして今は、ALCAサッポロ支局の、ヒラの新人局員である。彼女は、後輩たちが遂に自分たちで企画したピラリ学園体育祭にゲストとして呼ばれながらも、残念ながら休日出勤の当番のため、行くことができなかった。ある程度勤務した人間ならば、同僚たちで都合をつけることもできるのだが、流石に今年入局したばかりの新人ではそうもいかない。
    「後輩たちの光る汗、輝く涙をこの目で見守ることができなかったとは・・・
    慚愧に堪えない。なんとも口惜しい。
    この悲しみは、我が愛するひとの胸で癒やすしかないのではないか?
    うむ、そうだ。そうに違いない!」
    と、いつもの調子の独り言を呟きながら、帰り道を急ぐ。
    今彼女は、同じピラリ学園を卒業し同期で入局した同僚、森ヶ谷夕子とホームシェアして(瑞希本人の主張によれば、二人で愛の巣を育んで)いる。

    家が近づいてきた。
    見れば、部屋の電気がついているようだ。
    今日の体育祭を楽しんできた夕子が、もう戻ってきているのだろう。
    「ゆーうーこー! 今帰ったよ~~~!」
    扉を開ければそこには、マイスイートハニー夕子が彼女の帰りを待っているはず。三つ指ついて「おかえりなさいませ、あ・な・た」「ご飯にします? お風呂にします? それとも・・・」う、うふふふふ! 妄想の翼を広げるのは自由というもの。いや実際、そんなお迎えをしてくれたことはまだかつて一度としてないのだが、いやいや夕子はまだ恥ずかしがり屋さんだなぁ、いいんだよ私はいつでも・・・
    がちゃり
    「あ、瑞希、お帰りなさい」
    「ゆ~う~こ~・・・・!!!!!!」
    その時、瑞希は目の前が真っ暗に、なった。
    彼女の思考が、視神経から入る情報を理解し把握することを拒否、放棄したのだ。

    え、なにそれ。なんか今、見えてはいけないものが見えた。

    だが彼女は東瑞希。戦う者である。
    現実を拒否していて、現実と戦うことはできぬ。
    再び目をかっぴらいて、目前の現実に立ち向かう。
    「ゆ、う、こ・・・ そ、そのお、おと、男は!いったい!誰!!!」
    そう。
    彼女たちの愛の巣、スイートルーム(瑞希の主張による)の食卓に、見知らぬ若い男(瑞希としてはどうでもいいので描写したくないのだが、ガタイの良い二十代後半のガテン系といったところ。顔はちと険があってヤバイ感じ。おいおいもしかして、その筋のヤカラか??)が座っているのだ。
    そしてあろうことか、夕子は台所に立ち、今エプロンを付けようとしている。
    つまり何? 今から夕子が、夕子が、私たちの台所で、この男のために食事を作ろうとしている、のではあるまいな???

    「こちらの方は~~ あらあら、そう言えばお名前、まだお聞きしてなかったわ~~」
    「お、俺は・・・ラハン。鉛鎚ラハン。
    評価額は8200万GD、だった・・・いや、なんでもねぇ」
    男は、相当憔悴しているようだった。服はところどころ汚れ、端が破けているところもある。顔にも真新しい傷なのか、絆創膏が貼られている。
    瑞希は大きく深呼吸をし、己の精神力を総動員して自分を抑え込むことに成功、一応成功した。そして、まずは会話を試みるという難題に挑んだ。
    「で、そのなんとかラハンさんと言ったね。
    ・・・君、何故ここにいる?」
    「そ、それが俺にもなんだかよくわからねぇ・・・」
    「はァ?」
    「瑞希!」
    夕子が抑えてくれなかったら、怒鳴り返していたかもしれない。いけないいけない。
    「こちらの方はね、玄関の近くに倒れていらしたの。
    傷だらけだったし、お腹も減っていらしたみたいだから、ついでに食事をね」
    「め、面目ねぇ・・・」

    ついつい詰問調になりそうな自分を夕子に押さえてもらいながらも、なんとかこの男が語るのを聞いたところでは。
    この男は、近くで仲間とともに仕事をしていたのだが、これに失敗。
    仲間は散り散りになり、自分もまた、仕事場から逃げ出した、とのこと。
    土地勘もなく、ただただ足の進むまま歩いていて、気づいたら家の前に倒れていた、と。
    ・・・なんとまあ、迷惑千万なことだろう。
    この様子からしても、話の内容からしても、ろくなもんじゃない。恐らく暴力関係の職業、犯罪者かその予備軍だ。
    こんなヤツに、夕子のお情けをくれてやる必要は皆無。
    即座に官憲に引き渡すべき!
    「夕子、この男だが・・・」
    と切り出そうとしたが。
    その夕子は、豊かな胸元から2枚のフォーリナーカードをすっと抜き出すと―
    「ウェスタ、ステュクス、手伝ってくれるかしら?」
    2枚のフォーリナーカードから、光があふれる。
    まず夕子の左に現れたのは、テトラヘヴンの竈の神、ウェスタ。
    セプトピアに適応した姿は夕子と背格好もまとう雰囲気も良く似ていて、姉妹と言っても通用しそうだ。竈の神というだけあって家事全般、特に料理は達人級。夕子と盟約した当時はこの世界の調理器具には慣れていなかった様だが、今ではこの台所全ては彼女の領地と言っても良い。
    『ふふ、任せて夕子。材料の下ごしらえ、していくわね』
    早速、手際よく包丁で皮むきを始める。
    右に現れた少女は、同じくテトラヘヴンの大河の神、ステュクス。
    こちらは見た目十歳ぐらいの可愛らしい少女だが、実際はウェスタ以上に古い神とのこと。テトラヘヴン全ての大河を管理すると豪語するだけあって、以前ホッカイドウ各地の水質汚染を言い当てたほどの権能を持つ。
    『まったく、わたしがいないとメシも作れないのか。しょうがないなー!』
    と言いつつ顔はにまにまと緩んでいる。こちらは皿出しと味見担当。それから食事後の皿を綺麗にするのも彼女の仕事だ。正直、彼女を呼ぶのはあらかた調理が終わった後でも十分なのだが、それはそれで「何故わたしをよばないのかー!」と不貞腐れるので難しいのである。
    「みんな、お願いね」
    夕子の指示のもと、3人で楽しそうに調理を始めていく。
    瑞希にとっては見慣れた風景である。が、いつになっても見飽きることは無い。
    ああ夕子、何故君はそんなにまで、料理という行為を楽しそうにしてのけるのか。
    君の行う料理は、調理などという単語では表現できない。一種の芸術活動。神の恵みをこの世にもたらす神聖な行為(実際、二柱もの神が参加しているのだが)。
    後光が差して見える―!

    いやいや。まてまて。
    「いや夕子、料理は嬉しいが、それよりもこの男―」
    と指を突きつけて気が付いた。
    男は、大きく目を開き、あからさまに驚きと、それから恐怖?を顔に貼付けて、のどから絞り出すように、うめいた。
    「お、お前まさか、お前もまさか、ろ、定理者なの、かっ・・・!!!」
    「あら、びっくりさせちゃったかしら? そうなの。私、ALCAサッポロ支局所属の定理者で―」
    その先の言葉が止まった。
    東瑞希、一生の不覚。
    美しいものをその視界に収めていたいという欲望に負けて、男に対する注意がわずかに逸れていた。
    視界の端を太い腕がぎゅっと伸び、
    「くっ」
    「瑞希!!」
    『動くなァ!!!』
    一瞬の早業。
    ラハンと名乗った男は、瑞希の首を左手に抱える様に軽く締め付けながら背中に回り、右手で瑞希の右腕をねじり上げていく。
    「っ―!」
    「瑞希を離して!」
    『だから動くんじゃねぇ!』
    テーブルを挟んで対峙。
    夕子と二柱の神を視線と威圧で固める。
    『動くんじゃねえぞ・・・ てめえが合体?とやらをするより早く、俺もこいつをトランスジャック、するからなぁ・・・』
    「あなたまさか、使者・・・」
    『ああ、そうだよ。
    はっ! ざまぁねぇなあ。
    ALCAの定理者にコテンパンにやられた俺を、同じくALCAの定理者サマが、拾って手当した上にメシまで食わせようってんだからなぁ!』
    まったく、何やってんだ。
    と、思わずこぼれる愚痴。それはもちろん、夕子に対してではなく、自分自身に対しての言葉。

    今回、ラハンは自らの資産の大半を投入、この「仕入れ」・・・ セプトピアの定理者の誘拐計画に賭けていた。
    楽な仕事だと思っていた。
    ペンタクルスで様々な「シノギ」をこなし、荒事師として名を馳せたラハンだ。子飼いの部下たちと買い集めた人形で、あっさりいつもの様に仕事を済ませる。今頃は悠々アジトで己の評価額がハネ上がるのを眺めていればいい、そのはずだった。
    だが目の前で次々と戦闘人形が破壊され、子飼いの部下たちが倒されていき、自分の身を守るのも怪しくなってきた時。彼に残されたのは、何もかも捨てて逃げ出すこと、それだけだったのだ。
    そう、全てを捨てて、逃げたのだ。
    ・・・だから今、俺には何も、ない。

    「・・・で? それでどうするのさ」
    腕の中の女が、全く脅えるでもなく、彼に問いかけてきた。
    「な、何?」
    「だからこれから、どうするのか。どうしたいのか、と聞いているのだよ」
    東瑞希は、首をひねり右目でラハンを睨んで問いかける。
    「私をトランスジャックしたところで、この夕子は2人の盟約者を持つ腕利きの定理者だ。君が太刀打ちできる相手ではないぞ」
    『んだとっ』
    と反射的に反駁しようとして、その脳裏に黒い流星と白い閃光の記憶がフラッシュバックした。
    『っっ!!!』
    「その分だと、どこかの支局の定理者にとっちめられたんだろう。
    そんなお前が、夕子に勝てるわけがない!」
    『うっ、うるせ―』
    脳裏に再びフラッシュバック。
    荒事師の矜持を粉々に砕く、悪夢の記憶。
    『くそっ!!』
    頭を振って、それを追い出そうとする。できない。
    『くそっくそっくそーーーっ!!!!』
    瑞希の計画は、もちろんこの使者をびびらせて隙を見て脱出、ALCAに連絡を入れ保護・救出を求めることだ。夕子の強さ、なんてものは無論ハッタリ。彼女に戦わせるなんて、とんでもない!
    ・・・だが瑞希の計算は、少々理知的に過ぎたようだった。
    『や、やってやる。やってやろうじゃねぇか!!!!』
    「え」
    『お、お前!』
    夕子を睨み、吠える。
    『お前、俺と、勝負しろっ!!!』
    「ええー!」
    失うものをなくしたラハンにとって、砕かれたプライドを再びかき集めるには。まずは目の前の「敵」を倒す事。それしかないように思えたのだ。

    「いいわ、どうしてもって、言うなら。お相手、します」
    「夕子!?」
    驚く瑞希。いや、ウェスタもステュクスも驚いている。
    「お相手します。お約束、します。
    だから一旦、瑞希を離して。そして、席に座ってくださいな」
    『な、なんでだ』
    その落ち着きよう。勝負を受けるというこの態度。
    やはり俺は、勝ち目のない賭けをまた仕掛けてしまったのか?
    人質を取り、有利なはずのラハンが、夕子の落ちついた声ひとつにあっさり転がされる。
    夕子は言った。
    「だって、せっかく炊いたご飯が、冷めてしまうでしょう?」

    異様な空気だった。
    炊きあがった米を蒸らす20分。
    その間に、下ごしらえをしておいた魚を焼き、手早く味噌汁を作る。
    夕子ひとりが鼻歌を歌いながらいつものご機嫌で調理を進めるのを、ラハンも、そして彼女の盟約者であるステュクスも、何か異様なものを見るかのように眺める。
    『お、お前、凄いな』
    思わずそうこぼしたステュクスに、
    「だって、誰であろうと、お客様に料理を出すのは、楽しいわ」
    とあっさり返す夕子に、
    『ふふ、しょうがないわね。そりゃあ鼻歌もでるわね』
    と、より付き合いの長いウェスタが受ける。
    「うん。流石は私の夕子だ!」
    と瑞希が納得の笑みを浮かべたが、こちらの台詞はだれも拾ってくれず流れていく。
    「そんなあー!」
    『こ、これが定理者、ってヤツなのか・・・!?』
    今まで、ラハンがカモにしてきた相手は、みなラハンの暴力の前に脅え、頭を垂れ、崩れ落ち、どんなに逆らうヤツも最後はモノが言えないようになっていた。
    だがこの夕子という女の態度はどうだろう。
    ラハンがこの時感じていたのは、恐怖とか、畏敬とか、なにかそんなものに違いなかった。

    「さあ、めしあがれ。
    異世界の、使者さんの口に合うかは、わからないけれど」
    それは、ごくごく普通の、家庭の食卓に上るような献立。
    炊き立てのご飯に焼き立ての焼き魚。あらく食感を残した大根おろしがアクセント。
    椀には豆腐と大根の味噌汁。味噌は白みそ3に赤だし1を混ぜた自家製ブレンドで、出汁はいりこを一晩漬けたもの。
    海苔と醤油はお好みで。ついでにカリカリ梅と昆布の佃煮が添えられていた。
    どこにでもある、普通の、食事
    でも。

    『―うめぇ』
    ハシ、という食器はまだ上手く使えなかった。
    スプーンで米をすくい、フォークで突き刺した魚をかじる。
    旨い。ただひたすらに、旨い。
    「当たり前だ! 夕子のご飯は、最高なんだぞ!」
    横の女が何か言っているが、耳に入らない。
    頬を熱いものが流れていく。
    これが「涙」と呼ばれるものだとは、まだこの体に適応して日の浅い彼は知らなかった。
    『何故だ・・・! 止まらねぇ・・・ 止まらねぇよ!!』
    飯をかきこむことも。
    熱いしずくが流れることも。
    どちらも彼は、その意志で止めるすべを、知らなかった。

    それは、どこにでもある、誰でも知っている、普通の献立。
    しかして、隅々まで夕子が、相手の事を思い、彼女なりのおもてなしを込めて作り上げた食事だ。
    元ピラリ学園生徒会副会長にして当時の白樺寮の寮長。
    いつも柔らかな笑みを絶やさず、クラスメートからも後輩たちからも慕われた、6年Sクラスの女神。
    意に副わぬ現実に抵抗することが「戦う」ということならば、彼女、森ヶ谷夕子は、けして戦えない女性では、ない。
    『戦い方が、他の子とは、ちょーっと違うだけ、なのよね』
    ウェスタとしても、今の夕子の「戦い」を傍で助けられるのは、密かな誇りでもある。

    『借りが、できちまったな』
    米粒のひとつ残さず、全て綺麗に平らげた後で。
    ラハンは夕子の前に手を付き頭を垂れた。
    『俺は、荒事専門でな。この身一つで、どんなヤバイ橋も渡ってきた。
    あくどいと言われた商売も、誰もやりたがらねえようなシノギも、命をタマにやりとりすることも、全部、全部この腕でやってきた。
    俺はバカだったからな。他に稼ぐ方法を知らねぇのさ。
    そんな俺のことを、周りがどう言ってんのかは知ってる。
    悪童、荒事師、押し込み屋、弾け玉。
    どう言われようと、どう見られようと、今更後悔はしてねぇが―
    だけどな、俺は俺の、もう1GDも残ってやしねぇが俺の評価額の全部を賭けて誓う』
    そう言って、顔を上げると、まっすぐに夕子を見た。
    『俺は、借りたもんを踏み倒したことだけは無ぇ。
    だからこの借り、必ず、必ず返すぜ』

    さて、その後の話である。
    クシロの港に、一人の男がやってきた。
    ガタイのいい男で、見た目通り体力も腕力もあり、港湾労働者のひとりとしてすぐに馴染んだ。顔は怖いが話してみれば意外に気さくな男で、毎日サボらず熱心に働いている。
    何故そんなに一生懸命に働くのかと聞いたらば、男はこう、答えた。
    『借りを。でっけぇ借りを、返さなきゃならねぇんで』
    どれだけの借金を背負っているのかと周りは少し心配したらしいが、男はそれには答えず、ただひたすら、今日も額に汗して働いているという

     

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  • タナトス

    タナトス

    テトラヘヴンの死神。死神とは言えない明るい性格の持ち主で、死について授業のように語る。
    一際暗い芽路子の性格を面白がり、セプトピアに来て観察していたが、ある事をきっかけに盟約することになった。

     当麻 芽路子 & タナトス

    当麻 芽路子 & タナトス

    「まーた暗い顔してる!この子、本当にかわいい…!」

    テトラヘヴンの死神であるタナトスは、セプトピアで人の波に紛れながら
    暗い顔で道行く人を睨みつつ歩く少女……芽路子を観察していた。

    事の発端は、数か月前。
    セプトピアの様子が分かる鏡を覗いていたところ、アストライアーに諫められた。
    その時、つい売り言葉に買い言葉で、セプトピアに行くことを宣言してしまったのだ。

    「まあ最初はどうなるかと思ってたんですけど…来てよかったです」

    だってセプトピアは飽きることがないし、なによりあの子が本当に面白い!

    タナトスが芽路子の観察を始めて1週間ほどだが、彼女は本当にタナトスを飽きさせなかった。

    常に下を向き、周囲を睨みながら歩く。
    (悪いことはしていないし、噂されてもいないのに!)
    街中でカップルを見つけたらぼそぼそとつぶやく。
    (何を言っているか分らないけど、すっごい声低くなるんですね!どこから出てるんですか?)
    自室で黒い魔女帽子にマントを羽織り、不思議な色の鍋を混ぜる…
    (魔女になりたいのでしょうか?変な人!)
    (どうやって覗いたかなんて、秘密です!)

    「どうせなら、ヒトコト死にたいって言ってくれればすぐ魂を地獄に運ぶのにな…」

    はあ、と軽い溜息を吐いたとき、タナトスはなおも芽路子の後を追った。

    芽路子はふと、悪寒を感じた。

    何これ…なんか、寒い!

    今日も道行く人々に(心の中で)恨みつらみを呟いていた芽路子だったが、
    突如襲った強烈な寒気に、思わず路地裏に一歩逸れた。しかし、それは間違いだったようだ。

    「あん?姉ちゃん、ココ今通れねぇぞ」

    金髪で、目つきが悪く、サングラスに着崩した服…
    芽路子の中で最悪に入る部類の男たちが、数人道をふさいでいた。

    最悪!なんでこんな典型的な路地裏にいるのよ!馬鹿なの!?

    芽路子は心の中で考えられる限りの罵倒で男たちを罵るも、実際口から出てくるのは吐息だけ。
    男たちが一歩も動かない芽路子に近寄ろうとしたとき、ヌッと芽路子の背後から青髪の美女が現れた。

    「あら?こんな暗いところで何をしているんですか?死にたいんですか?」
    「な、なんだてめぇは!」
    「なんだとはなんですか、私はタナトス、死神です」

    ………

    目が、点になった。

    「お前、大丈夫か…?」
    「失敬ですね。私は本当のことを言ったまでです。それとも、そんなに死にたいんですか?
    極楽浄土は無理ですが、地獄になら連れて行ってあげますよ」
    タナトスはとびきりの怪しい笑顔を、男たちに送った。

    「おい、ずらかるぞ!こいつ、やべぇヤツだ!!!」

    男たちは見てはいけないものを見る目でタナトスを見ながら、芽路子とタナトに背を向けさらに路地の奥深くへと走り、次第にその姿は見えなくなった。

    「やばいヤツと言われてしまいました…」
    「……ところでアンタ、」
    「そうでした、芽路子さん、大丈夫でしたか?」
    「別に……アンタ、使者でしょ」
    「わかりますか?」

    芽路子に話しかけられたタナトスは、嬉しそうに肯定の言葉を返した。

    「さっきの言葉も本当ですよ。私はテトラヘヴンの死神、タナトスといいます」
    「……私は芽路子。ねえ、タナトス、私と盟約しなさい」

    芽路子は極めて冷静にタナトスに語りかけたが、内心では感情が爆発していた。

    ついに出会ったー!これこそ私の求めていたTHE・死神!
    コイツと盟約すれば、私も念願の死を操る力を手に入れる…!
    そうしたらちょっと痛いものを見る目をよこすリア充をこの手で懲らしめてやる…!

    一瞬、小さな違和感を感じたが、それよりも念願の使者に出会えた興奮の方が大きい。
    必死に顔に出ないよう取り繕うが、芽路子の口元は怪しく歪んでいた。

    「ま、まずは合体してみない?」
    「ええ、構いませんよ」

    タナトスと芽路子がそれぞれ手を重ね合わせると、まばゆい光が2人を包み、
    芽路子の身にまとう色が赤へと変わった。
    赤と青を基調とした大きな刃の鎌は、芽路子を一層興奮させた。

    『芽路子さん、どうですか?』
    「ふ、ふふふ…!問題ないわ!これこそ私の求めていた力!」
    『それは良かったです。私も芽路子さんと合体できるなんて…フフ、夢のようです』

    そうして2人は合体を解除し、改めて向き直り、盟約を交わした。

    「改めて、これからよろしく、タナトス」
    「はい、よろしくお願いします。ところで、芽路子さんって、どんな死に方を考えてるんですか?」

    「……は?」
    「いっつもいっつも暗い顔してるし、人とほとんど話すこともなかったから、もう秒読みかなってここ数日観察してたんですよ!
    あ、でも楽に死にたいからってクスリはダメですよ?」

    さっきまでの落ち着いた死神らしい雰囲気はどこへやら、明るく微笑むタナトスに芽路子はきょとんとする。
    いや、それよりも語りかけられた言葉に驚愕した。

    「何言ってんの…?え、しかも観察…??」
    「え、芽路子さんこそ、死にたいんじゃないんですか?」
    「死ぬのは他のヤツ!私は死神の力を揮いたいの」
    「そんな、いきなりは難しいですよ~!死神の鎌で刺したり、冥府の使いの召喚はできますけど、
    合体していても死を操るのは、直接の死の経験がないと難しいんです。
    そしてその経験を積むには死んで地獄に行くのが一番!だから芽路子さん、まずは一度、元気に死んでみませんか!?きっと性格も明るくなりますよ!」

    「余計なお世話よ!それに、死んだら合体できないじゃない!」
    「んん……?確かにそうですねぇ…。
    あ、でも、その時は私が地獄まで行って芽路子さんの魂を迎えに行きます!
    もとから芽路子さんの魂を地獄に送りたいなって思ってたので!タナトスの送迎は安心安全が第一なんです!」
    「なんで私が地獄に行かなきゃならないの!」

    ヤバイ!!この死神、だめな死神だ!

    そしてあの盟約から数日たつ今も、タナトスは今日も死への言葉を芽路子に贈るのだった。

    「芽路子さん、どんな死に方がご希望ですか?」
    「むしろアンタはなんで私が死ぬと思っているの?」

    がっかりとした表情で問いかけてくるタナトスに、芽路子は睨みつけながら質問を返す。

    「だって芽路子さん、相変わらず死にたそうな表情をしているじゃないですか。初めてちゃんと会った時も、とっても表情が暗かったし、私が死神だとわかると笑ったから、死神に会いたかったんだな、って…」
    「…そりゃ、死にたいときもあるけど、本当に死にたいわけじゃ……」
    「そうだったんですか…?芽路子さんみたいに暗い人、私、初めて見たので…。手には数珠持ってるし…死神に会って嬉しがるなんて、死ぬ準備万端の人に見えるじゃないですかぁ…」
    「………」
    「芽路子さん、大丈夫ですよ。悲しむ人なら私がいます!またお迎えに行くまで芽路子さんに会えなくて、私は悲しいです!なので、まずは終活!死んでみませんか!?」
    「だからなんで私が地獄に行かなきゃならないのよ!」

    また厄介な使者と盟約してしまった………

    芽路子は、今日も激しく後悔した。

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  • ステュクス

    ステュクス

    テトラヘヴンからやってきた、大河の女神。水その
    ものや河の流れを操る力を持つ。大神ゼウスの命令
    でセプトピアに派遣されたところ、ALCA支局にて
    夕子と出会う。

     森ヶ谷夕子 & ステュクス

    森ヶ谷夕子 & ステュクス

    白樺寮から電車に乗ってオビヒロの街へ。そこから更に特急に乗り換えておよそ2時間半。
    やってきたのはサッポロ。
    さらにその中心近くにある、タワーを備えた特徴的な建物。

    「さぁ夕子、ついたぞ! ここが卒業後私たちが働くことになるALCAサッポロ支局だ!」

    そう言って、くるりと器用に回りながら手を広げるのは、東瑞希。
    定理者育成校・ピラリ学園の元生徒会長だ。
    秋になり、生徒会を後輩に譲った瑞希。もちろん卒業後の進路の準備も万全だ。
    成績や内申評価は十分、ALCAの入局については先生方も太鼓判を押している。
    東瑞希にとって、ALCA入局はスタートでしかない。入局後の配属や達成すべき仕事、
    たどっていくキャリアパスまでしっかり検討済み。
    現役の定理者や元定理者が重要ポストを占めるALCAの中で、
    定理者の才能があっても盟約者に恵まれなかった彼女がいかに駆け上っていくか。
    将来を考えるだけでわくわくしてくる。

    問題は―
    「あらあら、瑞希は大変ね。毎日サッポロまで通うのかしら。家からだと、ちょっと遠いわね~」
    「いや、だから、夕子もALCAに入局してね、ほら近くに下宿をね、二人でね、ゆ~う~こ~~」

    瑞希の未来予想図には夕子が不可欠なので、事あるごとに一緒にALCAに入局しよう!
    と勧めているのだが、彼女はなかなか乗ってきてくれない。
    とりあえず今回、ALCAサッポロ支局の職場訪問に連れ出すことには成功したのだが、先はまだまだ長そうだ。

    親切な職員の案内で、二人は支局のあちこちを見て回り、気になるいろいろなことを質問することができた。
    「以前は、ある程度以上の適正のある方は強制招集の上、緊急時には即出撃でしたからね、
    盟約相手のいるいないに関わらず、支局に住み込んで貰っていました」
    「なるほど、だから宿泊施設が充実しているのですね!」
    「フォーリナーカードもありませんでしたから、盟約相手の使者の方も全員住み込んでいたのですよ」
    「今は違うのですか?」
    「はい、各定理者の方によってまちまちです。当番制のシフトこそありますが、自宅は別、という方も多いですし、こちらに住まれている方もいます。
    使者の方も普段は故郷の異世界にいてフォーリナーカードで呼ばれる方もいれば、相変わらず適応体でセプトピアにとどまっている方もいらっしいます。
    一方、以前のような、戦闘任務での出撃は、ほぼありません。
    定理者の仕事は様々に広がっていますが、特に喜ばれているのは、火事や事故、災害時の緊急応援任務ですね」
    そんな事を話しながら、今は空き室が目立つ一角を歩いていると・・・

    『!!! むぎゃっ!!!』

    何か重い物が転がる音と共に、子供の悲鳴?ともとれる声が聞こえてきた。
    ALCA支局内で子供の声?
    思わずそちらに向かう夕子と瑞希だが、案内の職員は何か呆れたような諦めたような顔でゆっくりついてくる。
    音の出処を探ると、一番隅の部屋が、酷いことになっていた。
    決して狭くはない個室が、足の踏み場もないほど雑多なもので埋まっている。
    本やら紙束やら定規やら測距儀やら。中でも一番目立つのは・・・
    「壺?」
    ひと抱えもある壺がごろごろ転がっている。先程の音は、これが崩れたかららしい。
    その真ん中で、小学校高学年か、せいぜい中学生といった感じの女の子が倒れて頭を抱えている。
    『あ、アイタタタ・・・なんで転がるんよ・・・ムカツクなー』
    「あらあら!大丈夫?」
    「お嬢さん、さあ、私の手をとりたまえ」
    助け起こす夕子と瑞希だが。
    『ム! お前、人間だな! は、はなせ! わたしにさわるなー!』
    この反応は?と目を合わせる二人。そこへ顔を出した職員は、
    「―またですかステュクスさん」
    『しかたないのだ! 壺のくせに、わたしの言うことを聞かずに転がってしまうのだ!』
    「そりゃ転がりますよ。そんな丸い壺。なんでわざわざ特注までして丸い壺にするんだか・・・」
    『カワイイじゃないか!
    ―それはともかく、いいかげん、はーなーせー!!!』
    「え、えっと・・・」
    「この方は、まさか・・・?」
    なんとなく手を離すタイミングを失った夕子と瑞希が問いかけると、
    「はい、本局に滞在中の、テトラヘヴンの使者の方です」
    『大河の女神、ステュクスであるぞ! えらいんだぞ! だから、はーなーせー!!!』
    じったじった。ばったばった。

    ステュクス自身と職員が語るには。
    テトラヘヴンの大河の女神である彼女は、ゼウスとか言うテトラヘヴンの偉い神様の命令でこのセプトピアに派遣されたらしい。
    だがステュクス本人としてはそれが相当不満なようだ。
    『・・・ったくぅ、レーテーとアケローンの定期水質調査の途中だったんだぞ?
    それをゼウスのバカチンが、他のやつにやらせるからいいとか言いやがって・・・』
    「交流事業の一環でして、テトラヘヴンから何柱かの神様が各地の支局に来ているのです。
    その一人がこちらのステュクスさんなのですが・・・」
    『なんだよー 文句あるのかー』
    「ま、こんな感じでして」
    と言って部屋の惨状を見せる。
    「研究、と称してサッポロに留まらずホッカイドウ各地に出かけてはサンプルを採取、なにやらいろいろおやりになっていまして・・・」
    『なんだよー そんな事言ってると、教えてやらないぞー?』
    思わせぶりなセリフを言うステュクス。
    『ふっふっふ、イシカリ川のとあるところに、ごくわずかだけど水質汚染が起きてる。
    知りたいかー?』
    「そ、それは確かに。本当だとすれば大変なことに」
    『本当に決まってるだろー! お前、わたしを疑ってるなー! くっそー やっぱ教えてやるもんかー!(くぅ)」

    とふんぞり返った彼女のお腹が『くぅ』と可愛らしい音を立てた。
    「あらあら、お腹が空いてるの?」
    『べ、べつに! お腹空いてなんか、ないぞ!(くぅうう)』
    「あらあら、ところでお姉さん、お菓子もってるんだけど、ちょっと多く作りすぎちゃったの」
    そ、それは私の分じゃないのかー?という声が聞こえた様な気がするが聞こえないことにする。
    「貰ってくれると、お姉さん嬉しいな?」
    『む、むう。そこまで言うなら、しかたない。もらってやるぞ』
    もぐもぐ。ぱくぱく。ぽりぽり。
    『む! こ、これはおいしいな、おいお前、おいしいぞ!!』
    「あらあら、食べ残しが口についているわ、ちょっとこっち向いて?」
    『む、むぐむぐ・・・ あ、なくなった。なくなってしまったぞ!』
    つまり私の分が無くなったというわけだな、という悲しい声が聞こえてきたが、
    お菓子のお代わりを作っている間に調査結果を教えてくれる約束を引き出したのだから尊い犠牲と言うべきだった。

    さてその後。
    ステュクスの分析は正しく、定期の水質検査をくぐり抜けていた微量な水質汚染を発見、
    事態が深刻化する前に対策を採ることができた。
    流石は大河の女神、と讃えられステュクスは大いに面目を果たし、更に研究に没頭することになるのだが―

    「・・・で。そのチビ神さまが、なんでこの白樺寮にいるんだ?」
    『(もぐもぐ)チビ言うな!(ぱくぱく)』
    「なんでも、ステュクスちゃんの研究成果を教えてもらおうとしたら、
    お菓子を捧げないと教えてくれないんですって」
    「だったら、サッポロのコンビニででも、洋菓子屋ででも、買ってくればいいじゃないか!」
    『(もぐもぐ)神への供え物を、そこらで買ってこようという考えが甘いんだ(ぱくぱく)
    あ、これあまーい! うまーい!』
    「私のお菓子の味が、忘れられないんですって」
    「だからって、わざわざサッポロからここまで来なくても!」
    「サッポロ支局の方から、先生方に是非ともってお願いの連絡があったそうよ?
    しょうがないから、白樺寮で少しの間もてなしてあげて、ですって」
    『(ぐっぐっぐっぷはー)安心しろ、さっき夕子と盟約をすませたから、卒業後は夕子といっしょに住む』
    「な、なんですとー!」
    『夕子ゆうこ、こんどゼリー作ってくれゼリー。わたしが良い水を流してやるから。
    おいしいのができるぞー!』
    「あらあら、それは楽しみね~!」
    「ゆうこ~ そんな簡単に使者と同棲とかダメだろう!
    だいたい、私が探してきた下宿は、新生活にピッタリ!というか、ニューファミリー向けというか、つまり二人暮らしにちょうどいい感じでね?」
    『わたしの水は料理に使っても最高だぞ?』
    「それは楽しみね~ きっとウェスタも喜ぶわ。なんだかお料理作りすぎちゃいそう」
    「大丈夫!夕子が作る料理なら、なんでも、いくつでも食べるとも!!」
    『バッカスも酒を仕込むときにはわたしのところに頭を下げに来るのだ。
    夕子も酒作る?ダメ?』
    「あらあら、お酒づくりはやったことないわねぇ」
    「ダメに決まってるだろう! ゆ~う~こ~!!」

    果たして、瑞希の未来予想図は実現するのだろうか。
    それはまた、別のお話。

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  • ベル

    ベル

    リオンの母と盟約したフォーリナーで、リオンの誕生と共にテトラヘブンに帰る予定であったが、彼女が持つロジカリストとしての大きな才能を感じ、セプトピアに残留した。
    リオンの母とは盟約しているが、リオンと盟約しているわけではなく、トランスしたことはない。
    幼いころから一緒のなため、リオンの一番の理解者であり親友。適応体のときは言葉を喋ることはできないが、リオンはベルの言うことをはなんとなく察している。

     リオネス・エリストラーヴァ ・ベル

    リオネス・エリストラーヴァ & ベル

    定理者養成校・ピラリ学園の白樺寮、リオンと万博の部屋。
    やっと太陽がカーテンの隙間から光を差し込もうか、という冬の早朝。
    リオンはパチリと目を覚まし、ぐいっと体を起こす。
    『キュウ?』
    いつもの様に傍で寝ていたベルも、目覚めて顔を上げるが、
    「し~っ」
    リオンがその口に指を当てた。
    「まだ、まひろちゃんが寝てるからね」
    ロフトから下を見ると、乱雑に散らばった床の中央、毛布で体をぐるぐる巻きにした万博が、
    何かまたぞろ怪しい機械と工具を握りしめながら
    「ぐふふふふ こんどこそゲートをくぐるっす~ ぐぅ」
    寝言を呟きつつ眠りこけているのが見える。昨晩もずいぶんと夜まで根を詰めた様だ。

    万博を起こさないように、気を付けながら身支度。
    今日の道具類は昨晩のうちに用意しておいた。
    その1番上に、昨晩万博が貸してくれた、大きな鈴の様な奇妙な機械―
    「クマよけリンリンマシーン2号」とやらも載っている。
    流石にもうクマは冬眠しているはずだが、最近冬眠に失敗したクマが人里近くに降りてきたなんて事件も聞いている。
    まあ念のため、ということでこれも持っていく事にする。

    廊下の窓から外を見ると、昨日の雪が積もっているのが見える。
    もう一面銀世界だ。
    すると、手洗い場で顔を洗ってきたのか、部屋着姿の弥生、そして華凛・華恋とすれ違う。
    「あらリオンさん、もう出発ですの?」
    「うん!早めの方が、釣りやすいんだー!」
    「おひとりで大丈夫ですの?」
    「ベルもいるよ」
    『キュー』
    「たくさん釣ってきてね!おいしいやつ~~」
    「まったく、華恋ちゃんは食いしん坊なんですから!」
    「へへ~ 朝ごはんまだかな~~」
    「じゃあ、お気をつけて。楽しみにしていますわ」
    「うん、わかった!」

    「ベル、今日は久しぶりに、二人でお出かけだね!」
    『キュウ~!』
    今日は休日。
    雪景色の中、リオンはベルを連れ、学園裏の川に向かっていた。
    背負ったケースには釣り竿ほか用具一式。クーラーボックスも用意。
    釣果を持ち帰ることまで考えると、ちょっと帰りは重くなりそうだったが・・・
    友達が喜ぶ顔を思い浮かべれば、自然と足取りも軽くなる。
    それに、冬晴れの綺麗な空気の中を歩いていくのはなんだか楽しくて、
    「ふんふんふふ~~ん たらららら~」
    『きゅっきゅっきゅきゅ~ん きゅうきゅうきゅー』
    思わずスキップしてしまいそうだ。

    「ニホンでは12月の事を、師走、って言うんだって。
    先生も忙しくて走り回る、って意味ですわよ、って弥生ちゃんが教えてくれたんだ」
    『キュウ』
    「でね、りっちゃん先生がこの間、ま~~ひ~~ろ~~さーーーん! て叫びながら廊下を走り回ってたんだよ。
    弥生ちゃんの言ってたとおりだったね!」
    『キュウ?』
    「だけど師走でも神楽先生が走り回ってるとこは想像できないなー
    先生が走ってたら、きっと一大事だよー」
    『キュウ』

    事の発端はニーナだった。
    このところ彼女は、天体望遠鏡のある展望室と図書室を行ったり来たりして、とても忙しそうだった。
    理由を尋ねると、ケフェイド変光星がどうのこうの、脈動周期がどうのこうの、トリトミー由来の観測機器がどうたらこうたら。
    長々勢い込んで話してくれたのだが―
    「・・・ごめんなさい、つい夢中になっちゃって」
    「・・・ううん。よくわかんないけど、ニーナちゃんが一生懸命なのはわかったよ!」
    とにかく、何か難しいことを調べているらしくて大変そうだ。
    でも、それをしている最中のニーナの横顔は輝いている。
    あまり感情を表情に出さないニーナだが、リオンはその表情を読むのは得意中の得意だ
    (と自負してる)。
    冬の凍り付くような夜空の下、真夜中まで天体観測をしている彼女を、何かしら応援したくて、でも計算や調べ物方面ではとても助けにはなれないから・・・思いついたのが「ウハー」を作ることだった。
    ウハーはロシアのシンプルな魚と玉ねぎのスープだ。
    リオンは特に料理が趣味というわけではないが、でもこれなら、小さい頃に教わったサバイバル知識の応用で作ることができる。ニーナもきっと、あったかいスープを喜んでくれる。
    「ニーナちゃんに美味しいお魚、食べてもらおうね!」
    『キュウ!』

    川のあちこち、ポイントをいくつか変えながらアタックすること数時間。
    幸い、欲しかった分の釣果を得ることができた。
    日が傾く前に、荷物をまとめて帰途につく。

    「ランランラ~~ン お魚いっぱい夢いっぱい~」
    『キュウキュウキュ~~ウ』

    と、その時。
    ガサッガサガッ、と葉擦れの音が。
    まさか、本当に冬眠しそこねたクマが出てきた!?
    と思いながら、音がした方を向き様子を探る。
    すると奥から、ちいさくか細い獣の鳴き声が聞こえてきた。
    道の脇から少し林の中に入って見ると、2匹の狐がいる。
    冬毛でモコモコとした姿は大変に可愛らしいものだったが、片方の狐は足を怪我しているらしく、引きずりながら、ヒイヒイと細い声を上げている。所々血がにじんでいるのが痛々しい。
    すると、無事な方の狐がこちらを見つけ、こちらを見てオンと鳴いた。
    一歩近づくと、さらにもうひと鳴き。

    「・・・どうしよう・・・」
    この間、ニーナがお気に入りの動物番組を一緒に見ていたら、キタキツネの特集をしていた。
    キタキツネは夏から秋にかけて巣立ちした後、冬の発情期にパートナーを見つけて番になると説明していた。ひょっとするとこの2頭は、そんなひと組なのかもしれない。

    「――オン!」

    さらにもう一度鳴いて、こちらを見つめる狐。

    『キュウ~?』
    ベルが訝しむように一声鳴いた。
    「うん、わかってる。むやみに助けるのがいいわけじゃない、ってことは」
    手を差し伸べたい気持ちをぐっとこらえる。

    昔、父と一緒に山に行ったときのこと。
    鳥のヒナが巣から落ちていた。地面でピーピー鳴くヒナがかわいそうで、
    幼いリオンは父に巣へ戻してあげるよう頼んだ。
    だが、そもそも弱くなった生き物は別の獣の大事な食事になる。
    厳しいようだが、それが自然の営みなのだ、と大好きな父が教えてくれた。
    その時は身を切る思いで、ヒナの鳴き声に背を向けたのだ。
    でも。

    「―うん。わたし、助けたい。ベル、力貸してくれる?」
    『キュウ・・・キュウキュウ!』
    「ありがとう、ベル!」

    荷物を降ろすと、リオンは1枚のフォーリナーカードを天にかざす。

    「ゲートアクセス! テトラヘヴン!!」
    光が輝き、ゲートが開く。
    異世界の光の中、ベルは本来の姿―青い毛並みの聖獣の姿を取り戻す。
    「お願いね、ベル!」
    『まったく、貴女は困らせてくれますね』
    言葉とは裏腹に、ちょっと嬉しそうな口調で聖獣が答える。
    『リーニャとそっくり。あの男とも……』
    「え? あの男……?」
    『貴女を城に連れ帰った後、あの男はこっそり戻ってヒナを巣に戻したんですよ』
    「……パパ!?」
    『自然の摂理は守るべき理でしょう。ですが、貴女のその思いもまた尊いものなのです』

    「うん! ――ロジックドライブ!」

    リオンを中心に暖かな光が降り注ぎ、傷ついた狐を優しく抱きしめた。
    天気は良くて、空気も澄んでいて。
    ちょっと寒いけど凍えるほどではなくて。
    日が落ちかける夕暮れの日差しはとてもきれいで。
    お魚はいっぱい獲れたし、きっと友達も喜んでくれる―

    疲れすらも心地よく、リオンは笑顔で歌を口ずさむ。
    狐が助かってよかった。でも、考えるのは続けようと思う。
    いつも先生たちが言っている。
    人を超えた力を持つわたしたちは、その力の使い方を学び、考えていかなければならない。
    これからも、ずっと。
    ―大変そうだけど、多分楽しいこともいっぱいあるんだと思う。
    だって、言ってる先生たちは、なんだかんだいっても楽しそうだから。

    『キュウキュウ!』
    「―うん、みんな待ってるね。帰ろう!」
    みんなの待つ白樺寮へと足を向ける。
    そんな、とある冬の休日だった。

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  • ヒュプノス

    ヒュプノス

    テトラヘヴンの眠りの神。可愛らしい顔と眠そうな表情で無口だが、いったん口を開くとかなりの毒舌。ちなみに眠っているところを起こされると、とても不機嫌になる。芽路子の部屋とベッドがお気に入り。

     当麻芽路子 & ヒュプノス

    当麻 芽路子 & ヒュプノス

    帰宅して部屋に戻ると―
    ―知らない少女が寝ていた。

    「・・・これ何てギャルゲ?」

    芽路子は、とりあえず部屋の電気を点けると(同時に端末の電源も立ち上げる)
    椅子に腰を落ち着けて、ゆっくり深呼吸してみた。

    (うん、落ち着いている。さすが私)

    異世界から来たやたら陽気な死体(得意技・呪殺)に憑りつかれて高い所から落ちてみたり。
    異世界から来たやたら面倒見よすぎる蜘蛛型ロボに押し掛けられ高い所から落ちてみたり。
    異世界から来たやたらギャルな鬼娘にズッ友とか懐かれて高い所から落ちてみたり。
    異世界から来たやたら明るい死神に死に方を選びましょ?と高い所から落ちてみたり。

    (フフフ、いまさら幼女の一人や二人で驚かないわ)

    今までのアレやコレやを思い出しては、昏い笑みが浮かぶ芽路子。
    ちなみに彼女は高所恐怖症なのである。

    さて改めてベッドの上を見てみれば。
    小学生ぐらいだろうか。
    赤いくせっ毛をざっくりショートにまとめ、頭にのった青いベレー帽が良く似合っている。
    羊だろうか?ふわふわとしたぬいぐるみをクッションにして抱き込み、
    それはそれは気持ちよさそうに熟睡している。
    白いベッドの中心で、猫の様に体を丸めた姿は、まるで1枚のイラストの様だ。

    ・・・

    そのまましばらく見ていたが、起きる気配は、ない。
    起こした方がいい。お前は誰だ、と問い詰めたい。
    何処から来たの? ってか、どの異世界から来やがったの?
    いやもう、何処から来たんでもいいから、すぐに帰ってほしい。

    (私だって寝たいんだし!)

    お気に入りのベッドなのである。
    以前のアジトを引き払ってこっちに移った時、ついでにベッドを買ったのだ。
    実際の寝心地を試すため、出不精の自分を奮い立たせ、
    寝具店・家具店を回りお節介な店員を眼力で排除。
    ひとつひとつ確かめて選び抜いた、至高の逸品なのである。

    ・・・あ、よだれ。

    可愛らしいものではあるが、流石に我慢ならぬ。
    芽路子は敢然と立ちあがり、少女の肩に手を掛けた。

    「ちょ、ちょっと! あんた、人の部屋で、何寝てんのよ!」
    『・・・』

    返事がない。ただのようじょのようだ。(ムカッ!)

    「うあー もう! 起きろ!起きろっての!!!」
    頭にきた芽路子は、さらに激しく少女をゆすり、大声で起きろと叫ぶ。
    すると流石に。

    『・・・・』
    まぶたを開くと、青色の瞳がきらっと輝く。確かに美少女だ。ほんとゲームみたい。
    「あんた、どこの誰? なんで勝手に私のベッドで寝-むぎゅっ」
    少女は抱きしめていた羊クッションをつかむと、それで芽路子を叩く。叩く。叩く。
    別に痛くはないが、顔を狙ってくるので喋れない。
    「ちょ、ちょっと止めなさい、止めなさいよ!」
    『お前。死ぬか』
    可愛い顔の可愛い唇から、なかなか物騒な台詞が出てきた。
    『人間のブンザイで神の眠りをジャマするとか。死ぬか。死ぬのか。死にたいのか』
    「へ、へぇ、神サマでしたか」
    そう言われても、もはや驚かない芽路子である。神様なら知り合いがいる。
    『そうだ。わかったか。わかったら邪魔するな。オヤスミ』
    と言って再び寝転がろうとする自称神サマを慌てて止める。
    「ちょっと! その神様が、なんで私のベッド占領して寝てるのよ!」
    『先ほどから軽々しく神の体に手をかけおって・・・ 殺すぞ。
     タナトス! ターナートースー!』
    すると、芽路子の懐、フォーリナーカードが震え、勝手に宙に浮きあがると光を放った。
    『はーい、タナトスさんですよ。こんばんわー』
    あたかもスマホの様に、異世界テトラヘヴンにいるはずの死神・タナトスの声が響く。
    「『タナトス。こいつなんとかしろ(して)』」
    面白いことに、芽路子と少女の声がユニゾンした。
    『まあまあヒュプノスちゃん。芽路子さんはただいま、私と共に楽しい終活中なので』
    「してない。終活してない」
    『そのうち死にますから、待っててくださいね?』
    「しばらく死なないから!死ぬ予定ないから!」

    やはりというか、案の定というか。
    芽路子の盟約者のひとりであるタナトスが説明するに、
    この少女も同じくテトラヘヴンの、安眠と微睡みを司る神ヒュプノスだという。
    芽路子と盟約し、この部屋に転がり込んだタナトスが、
    そのベッドの素晴らしさをうっかり茶飲み話で持ち出したのが、きっかけらしい。
    興味を持ったヒュプノスが、わっざわざゲートをこっそり開けてその寝心地を確かめにきた。そして今に至る。

    『お前、寝床を選ぶセンスはいいな。ニンゲンにしては。
     さっきの無礼は許してやる。喜べ。じゃあな。ふわああ』
    と言って再び寝ようとするものだから、
    「ちょっと! 返せ! 返して! 私のベッド!!」
    『うるさい。安眠妨害。黙れ』
    「私どこで寝るのよ!」
    『床ででもどこでも寝るがいい』
    「私のベッドよ!!」
    芽路子は、無理やり自分もベッドにあがって取り返そうとする。
    『お前、やめろ、狭いじゃないか』
    「いやならあなたが出なさいよ」
    『断る』
    「ちょっと、枕返しなさいよ」
    『イヤだ』
    ベッド上で今、神と人との極めてしょうもない争いが始まるところだったが。
    『じゃあ、合体しちゃったら?体がひとつになるから、ちょうどいいんじゃない?』
    タナトスのこの馬鹿な提案を受け
    『なるほど、死神にしては良い案だ』
    「・・・はぁ?!」
    『さ、合体するぞ』

    ALCAに未登録の非合法な定理者とはいえ、
    ここまでしょうもない理由で合体を迫られるのは自分ぐらいだろうな、と芽路子は思った。

    しばしのち。
    大騒ぎしてドタバタやったせいか、すっかり目が冴えてしまった彼女は、
    ウェブにアクセスして日課の巡回を始めていた。
    ちなみにヒュプノスの方は、ちゃっかりベッドで寝ている。
    寝ている姿がホントに可愛らしいのがまた頭にくる。

    と、メーラーが着信を伝えてきた。ビデオメールだ。

    「-またあの子か」

    気が進まないながらも、仕方なく、ビデオメールを再生する。
    ウィンドウの中で、銀髪の美少女が微かに表情をほころばせながらしゃべり始めた。

    「――というわけで、私にも、友達と呼べる人ができました。
     ぜひメジィさんにも紹介したいのです! お願いします。お待ちしています」

    今でも、決して表情豊かというわけではない。
    破顔一笑、という感じではない。
    しかし随分可愛らしい表情をするようになりやがったなー、とは思う。
    あの時は、窮屈そうな軍服みたいなグレーの制服を着ていたが、今は可憐なブレザー姿で胸元の赤いリボンが良く似合っている。
    本人が言うように、学校で、良い友人ができたのだろう。

    「美少女はいいよねー」

    思わず口に出していたらしい。すると。
    『いやいや、メジもけっこイケてっしょ! マジで!』
    テンション高く答える声が響く。
    と同時に、また別のフォーリナーカードが光り、ピンク髪に着崩した風の和服というド派手な少女がそばに現れた。
    彼女の名前は鬼道丸。こう見えて、ジスフィアから来た鬼娘。
    使者で、芽路子の盟約者で、そのうえ
    『ズッ友のアタシがホショーするし?』
    芽路子のズッ友でニコイチだ。ただし自称。
    「・・・・」
    声にならない返事とジト目を送るが、鬼娘は全くそれを理解せず
    『だーいたい、メジにはアタシらがいるじゃーん!
     さびしくナイナイ。うりうり!』
    何を勘違いしたか、背中から絡みついてきた。重い。
    しかも手には、チョコ塗りポテチなる罪深いお菓子を持ちもっしゃもっしゃ食べている
    『ほらほら、メジもポテチ食う?ウマいよ?』
    口の前に突き出されたそれを、悔しいのでぐわっと噛みつかんばかりに食ってやった。
    しょっぱさと甘さが交互に襲ってきて、いつまでも食べ飽きないという恐るべき菓子である。糖分と塩分と油分、ついでにジャガイモのでんぷんとまあ乙女の敵なのだが。
    「――貰ったの私だってのに、勝手に食べやがって」
    画面の向こうの、銀髪の美少女がたまに送ってくれるのだ。
    こっちはろくにメールの返事もしないのに、ちょっと申し訳ない。いやかなり。

    あの連続使者襲来事件のただなか。
    ALCAに逆恨みで復讐してやろうと研究所をハッキングした芽路子は、偶然にもあの少女と出会った。いや映像を介してだが。出会ってしまった。
    行きがかりで彼女の説得に負けて、研究所内の暴走したシステムを回復、復旧への手助けをさせられてしまった。
    その時のことを、彼女は随分恩に感じたらしく、たびたびメールを送ってくる。
    そうそう、最初のころは、ALCAの実働部隊から外されて学校に通わされた、と押し殺した怒りがダダ漏れのメールを貰ったことを覚えている。
    割と適当に、同意と相づちだらけの返事を戻した気がするのだが、向こうはなんか嬉しかったらしい。

    『メジ、ポテチなくなっちゃったよー』
    「そりゃ、食ったらなくなるよね」
    『もっと無いのー?』
    「ここらじゃ売ってない。ホッカイドウの名物なんだよ。お取り寄せって奴だね」

    ほとんど脊髄反射でブラウザをなぞると、通販サイトが商品と料金を表示する。
    ウィンドウの横では、開きっぱなしのメールが添付ファイルの存在を主張する。
    ホッカイドウへのデジタルチケット(宿泊付き!)に、ついでにピラリ学園とやらの体育祭への招待状がついている。

    『へー メジ、ホッカイドウまでポテチ買いに行くの? いいね、たくさん食おう!』
    「はァ? な、なにを」

    思わず変な声出た。

    『ポチっとな。アタシにもわかるよ、へへん、これでチケット受け取りなんだろ?』
    「ば、ばかばか、受けとるなぁ!」

    受け取ったら、受け取ったことが相手に伝わるじゃないか。
    ご招待を受け取ったことが、伝わっちゃうじゃないか。

    『りょっこう、りょっこう、みんなでりょっこう、イエー!』
    「イエー!、じゃないよ!」
    『ホッカイドウで何食べる? 他にどんなデザートある? 楽しみー!』
    『ホッカイドウには、どんな自殺の名所があるんでしょうか。わくわくしますね』
    「わくわくしないよ!ってかタナトス! 出てくんな!」
    『うるさい。寝てられない。ホッカイドウだかなんだか知らないが、とっとと行って』
    「あんたも帰れぇ!」

     どうして私の使者どもは人の話を聞かないやつらばかりなのか。
     不幸だ。
     ちくしょう。
     みんな呪われろ。

     ・・・

    鬼道丸が首根っこにつかまってぐらんぐらん揺らすものだから、止まったままのビデオメールが視界に入る。

    そんなに、友達って、いいもんだろうか。

    画面の向こうで、少女がふわりとほほ笑んだ。

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  • ヘルメス

    ヘルメス

    テトラヘヴンの神々の伝令使にして、旅人や商人の守護神。
    享楽家で煽情的な格好を好むが、実はひそかに計算高い所も。
    セプトピアにやってきたのも何か思惑がありそうだが・・・?

     クロエ・マクスウェル & ヘルメス

    クロエ・マクスウェル & ヘルメス

    タララン
    光の弦を張った黄金のハープを奏でながら、その女性―テトラヘヴンの大神ゼウスの使い、ヘルメスと自称する―はクロエの耳元でささやく。
    『いいだろ? さあ、仲よくしよう。
    体を楽にして。わたしに任せて。
    二人でこの世界の快楽のロジックを見つけに行こうじゃないか・・・』
    クロエよりも大柄なその女性は、出るところも激しく、凹むところもぐいっと、つまりとても肉感的。それを、何を考えているのか薄い布を巻きつけました、ぐらいのアヤシイ格好でぐいぐい迫ってくる。
    『大丈夫、恥ずかしくないさ・・・
    誰にだって初めては、ある。
    君にとって、それが今日、ってだけサ』
    大理石から削り出したような白い肌を、豪奢な金髪が豊かに飾っている。クロエも金髪だが、彼女のそれは、さらに光り輝いているように見える。
    少しハスキー気味で、それだけに耳に残る甘やかな声。
    それを発する唇はぽってりと艶めき、間からちろり見える舌の朱色がたまらなく煽情的だ。
    いつの間にかハープを置き、片手でクロエを抱くように抱えると、空いた手でクロエの手を外から掴む。その手が熱い。
    『さぁ、行こうか・・・』
    そのままゆっくり、ソファーの上へ倒れ込む―

    『行くって、どこへ行くつもりだ』

    すんでのところで。
    いつの間にか部屋に入っていた、小柄な赤毛の少女が鋭い声をかけると、クロエを今にも組みしかんばかりだった女性はくいっと顔を上げ、
    『おやヴァルキリー。久しぶりだね。キミも混ざるかい?』
    と言い出したものだから、赤毛の少女―テトラヘヴンの剣と戦の女神であるヴァルキリーは、鋭く手刀を構えると、ヘルメスの頭にびしりと叩き落とした。

    『おー いたた。クロエ、ちょっと私の頭を見てくれ。割れてないか?』
    『割れれば良かったのだ!
    というかクロエ、君も情けないぞ』
    「だってヴァルぅ・・・」
    たじたじで涙目のクロエ。
    「なんかこのオバさん怖いヨ・・・」
    『オバっ―
    ヒドイなキミは! そりゃあわたしは神だ。長く生きてる。キミ達、人の身からすれば年長なのは当然だが、このヴァルキリーだってこう見えて―』
    『おい巻き込むな』
    この女性。
    本当に、テトラヘヴンのヘルメスである。
    本人曰く。
    再びルシフェルが地上に現れたとの知らせを受け、大神ゼウスから派遣された特使である、という。
    『まあ来てみれば、あの堕天使は自分から堕天の地へと帰ったって言う。
    ならわたしの仕事は、本当に帰ったかどうか確かめる事
    そして、もう二度と出てこないように監視すること、かな』
    ヴェロニカの案内の下、ALCAナイエン支局を中心に現在のセプトピアを視察したヘルメス。
    現在の状況を確認すると、彼女は今度は、クロエとの盟約を願い出てきた。
    『だいたい、何でクロエなんだ?』
    『そりゃだって。あの局長さんは落ちそうにないし? ケツァルコアトルが引っ付いてる子、あれは見た目に反して難物だよ? 眼鏡の子はヴィーナスが仕込んでるみたいだし、あとあの背の小さい子は可愛くて狙い目だったけど、アルテミスが近寄ったら射殺すって目してたしい』
    『じゃあここで私が斬り殺しても文句はないな』
    『まーったまった暴力反対!
    ふふ、これは冗談でね』
    『お前は冗談が多すぎる』
    『わたしの目的は、話した通り、ルシフェル事変とキミ達が呼んでいるアレ。
    アレが再び起きないようにすること。そのために、必要な手を打つよう、ゼウスから命令されてる。
    ま、最初はあのオルガって坊やを篭絡するか、それが叶わない時は―
    ふふっ 殺しちゃおうかと思ったけど』
    「許さないよ」
    うって変わっての鋭いクロエの声。しかしそれに、まるで望んでいた答えをもらったかのように満足そうに微笑むヘルメス。
    「ふふっ 冗談サ。
    あの坊やを殺しても、別の誰かと盟約されて、そいつがまた悪質なヤツだったら元も子もない。幸い、坊やは今のところ正しい心を持っているようだし。ルシフェルも何故かあの坊やに執着してる。なら当面は、あの坊やに任せとくのが上策ってもんだ」
    と言った後、ひと呼吸入れて。
    ヘルメスは再び口を開くが、それは先ほどまでとは変わって、重くざらついた口調だった。
    『でもね。もしまた何かがあったら、わたしは容赦しないよ。ためらいも無しだ。
    あの100年戦争で、わたしの眷属だって大勢犠牲になった。ヴァルキリー、お前だって忘れたわけじゃあるまい?』
    『それは―』
    改めてクロエに向き直り、
    『わたしには見えているよ、クロエ・マクスウェル』
    「え?」
    『万が一、オルガ・ブレイクチャイルドが再び闇に捕らわれた時。
    万が一、再びルシフェルが闇の翼で世界を覆わんとしたその時。
    いち早く気づくのは、キミだよ。ALCAイチのハンターの、キミだ』
    ヘルメスの金色の瞳がクロエを捉える。
    そのクロエもまた、ひたと目を据えて離さない。
    『クロエ・マクスウェル。
    キミとなら、ルシフェルを抑えられるかもしれない。
    故に大神ゼウスの伝令として、改めてお願いする。
    再びルシフェルが暴挙に出ることを防ぐため、助力願いたい。
    そのためにどうか、わたしと盟約を結んでいただきたい』
    「―いいよ」
    ヴァルキリーが制止する間もなかった。クロエは即断する。
    「もう2度と、あんな事は起こさせない。そのためなら、手を貸すよ。
    でも、今のガンガンをいきなり殺す、ってのはナシだからね」
    『もちろん。そこはゼウスの名に懸けて誓おう。
    ―というわけだからぁ、早速お互いのロジックを直接確認しよう?
    さあ、わたしが天上の快楽へみちび―』
    その先を言い終える前に、鞘に入ったままの聖剣がヘルメスの頭上に振り下ろされた。

    さてその後のお話である。
    「ちょ、これ、見えちゃってない?
    大丈夫? なんか、スース―するよ?」
    『何を言う。素晴らしい。キミとわたしの美しい合理体に、いっそ隠すところなどない!
    さあ、羽ばたこう! 金色の沃野へ!!』
    「意味わかんないって!」
    ヘルメスとの初合体で、薄絹に身を包んだクロエ。その煽情的な己の姿に、流石に赤面を隠せない。いや、今までの合体だって露出はあったが、なんというか、このヘルメスの姿はその、なんというか・・・
    「うん、エロいな― ぐはっ」
    「見るなガンガン! チカヨシもあっち向けバカ!」
    「お、俺は見てない、と思うぞ?」
    「タマヒメ~!」
    思わず、同じくヴィーナスと合体している玉姫に駆け寄ると、
    「よしよし」
    何故かいつもより優しい目をした彼女に、抱きしめ撫でられた。
    『も~う、玉姫も、クロエも、ラブリーよ? さ・い・こ・う!』
    『うむ。まさしくこのテトラヘヴンこそ楽園、だな!』
    というわけで。
    当面はナイエン支局も平和、であるようだ。

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