キャラクター&ストーリー

テトラヘヴン

  • アルテミス

    アルテミス

    テトラヘヴンからやってきた、ミステリアスな「月の女神」。
    長身で細身の美女で、詩をこよなく愛し、詠う。
    盟約者となったパートナーの事を、あたかも月の光が照らすように、優しく見守っている。

     明日葉 学 & アルテミス

    嵐の前

    ニーナたちの分析によって、使者たちが大挙襲来した原因が突き止められた。
    実験段階にあったゲートカードの暴走によって、
    各異世界との間に次々とゲートが開き、
    それを通じて招かれざる客たちが押し寄せたのだ。
    新型ゲートカードを手にした定理者たちの奮闘で、
    市街地での騒動は沈静状態に向かいつつあった。
    しかし、ALCA研究所の暴走しているゲートカードを止めなければ、根本は解決しない。
    ただちにオルガを中心に作戦が立案され、今、実行の時を迎えていた――。

    「よりによってこんな時に……」
    慌ただしく鳴り響く警報に、司令部の一同は苦虫を嚙みつぶしたような顔を浮かべた。
    作戦実行のため、出撃準備をしていた最中に敵が再び大挙して襲来したのだ。
    その目標は、ALCA本部である。
    作戦を続け攻めるべきか、定理者たちを待機させ守るべきか。
    危険を承知のうえで作戦を決行すべきか。
    それとも、中止にして本部を防衛するか。
    現行の作戦では、本部の防衛に当たる定理者は学ひとりだけだったためだ。
    苦悩の表情を浮かべるオルガに歩み寄ったのは学だった。

    「……作戦は続けるべき」
    「しかし!」
    「大丈夫。本部は私一人で守る」

    学の鬼気迫る表情に、オルガも決断する。

    「……わかった。作戦決行だ」

    学の決死の覚悟は、他の定理者たちにも伝わり、士気はいっそう高まった。
    だが、その中で一人、アルテミスが学を心配そうに見つめていた。
    (……あの子、まだ死に場所を求めているのかしら)

    親に捨てられた孤独な出自を抱え、
    今生きる世界に執着を持たず、
    生と死の境界線に憧れのような感情を抱き続けていた学。
    長い間、学を母親のように見つめていたアルテミスは、
    学が抱え続けていた苦悩をよく知っていた。
    仲間たちと歩むことでその闇は消えたように思えたが、
    この危機を前に再びあの感情が蘇ったのか――
    アルテミスの脳裏には、直感的にそんな不安が過ぎった。

    アルテミスと合体した学は、本部の屋上にある狙撃ポイントへ向かう。
    エレベーターの中で、敵の到達予想時間を通信で聞きながら、
    学は無表情のまま静かに目を瞑っていた。
    合体しているアルテミスに伝わるのは、静かな凪の海のような落ち着いた感情。
    学の心の奥底に眠る心理まではわからなかった。

    『……嵐の前の静けさね』

    アルテミスの声が耳元で囁くように聞こえた。

    「え?」
    『あなたの心を表わす言葉……』
    「……嵐」

    学がボソリとつぶやいた。
    その瞬間、学の心がざわめき始めたのをアルテミスは感じた。

    『……あなたの心に炎が見えた。それは自らも焼き尽くす炎かしら?』

    学はクスッと笑うと首を横に振った。

    「……みんなと、約束したんだ」
    『約束?』
    「ぜんぶ終わったら、遊園地にいこうって……」
    『遊園地……』
    「射撃のゲーム。おもちゃのライフルで景品を当てるヤツ。
    私がぜんぶ当てて係の人を困らせてみようって……」

    それを聞いていたのかクロエから通信が入った。

    「そーそー! なんか、楽しそうじゃない?」
    「申し訳ない気もするけど――」

    今度は玉姫からの通信。

    「――キョウトにいる聖那とジゼルちゃんにプレゼントできるもの、
    ゲットできたら嬉しいな……」

    その後、続々と仲間たちから通信が入った。
    いずれも、遊園地で何をしようかという話ばかりだ。
    やがて狙撃ポイントへと到着した学。
    その心は紅蓮の炎に燃えている。
    だが、それは自らを焼き尽くす炎ではない。
    仲間たちとの未来、希望に燃える学の心だ――と、アルテミスに伝わった。
    (杞憂だったわね……)
    今ここにいる学は、もう昔の学ではないと知り、アルテミスは喜びを噛みしめる。

    「敵影、指定距離に到達!」

    司令部からの通信を聞き、学はライフルを構える。
    アルテミスが囁いた。

    『……嵐が来たわ。でも、それが過ぎれば、あとは希望があなたを照らす』
    「―うん」

    一条の光芒。
    先頭の影が音もなく崩れ落ち、押し寄せる使者たちに動揺が走る。
    相手の姿を視認することすら難しい、超・長距離。
    動揺する敵たちに、立て直す隙を与えず次々光の銃弾を当てていく。

    『風よ、嵐よ、しかし我が灯火は消せず』
    「一人も通さない」

    至高の銃撃が、嵐を切り裂いていく。

    定理者のカード 使者のカード 合理体のカード

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  • ルシフェル

    ルシフェル

    テトラヘヴンからやってきた、謎の魔神。
    その正体は、テトラヘヴンに百年戦争を引き起こした張本人の堕天使。
    セプトピアでの平和な暮らしを楽しんでいる様子だったが・・・

     オルガ・ブレイクチャイルド & ルシフェル

    オルガ・ブレイクチャイルド & ルシフェル

    その建物は、ガイエン地区の端、路地を抜けた所にあった。
    中庭の様に開けた場所、月光の落ちるそこに、寂れた協会が建っている。
    「・・・」

    彼にとって、懐かしく、またある意味忌まわしい、因縁の場所だ。

    錆びついた門を押し開き、中に入る。
    中は想像通り薄暗い。長椅子の連なる奥に祭壇、その脇に朗読台。
    ひび割れた天井からは細く月光が差し、祭壇の上を照らし出していた。
    そこには十字架に架けられた聖人の姿があるはずだったが、何者かに壊されたのだろう、折れて途中から無くなっている。
    左右の壁に行くに従って、光は影に呑まれ、見通し辛い。
    ―だが、いる。
    戦士の肌感覚とでも言うのか、何人かが陰に潜んで自分を見ているのが、わかる。
    軽く息を整えると、声を張った。
    「オルガ・ブレイクチャイルドだ。呼び出しに応じ、来てやったぞ!」

    話は数時間前に戻る。
    今回のキョウトでの事件の裏に、ルシフェルらしき人物がいるとのクロエの報告。
    その情報に、ALCAナイエン支局は揺れた。ただし。
    「クラウ、この情報はこの指令室から外へ出すな。
    ヴェロニカ局長には俺から話す」
    「―はい、しかし良いのですか?」
    それに答えたのは、オルガではなくゼラだった。
    「流石にルシフェルの名前はデカすぎる。
    この名前だけが独り歩きすれば、せっかく平和になったこの町への影響は計り知れない。
    ということですな?」
    「ああ。ピエリ、今日までの調査報告をすぐに上げてくれ、確認したい」
    彼の個人用端末がメッセージの着信を伝えたのは、その時だった。

    『二人だけで逢いたい、あの思い出のセプトヘヴンで』

    記されていた文章はそれだけ。発信者の名前もなく、アドレス情報は隠蔽されている。
    だがもちろん、オルガにはその発信者も、指定された場所も、想像がついた。

    そして、今。
    『久しぶりだね、オルガ。我が盟約者よ』
    妖艶な笑みを浮かべた男。
    思い出と寸分変わらない姿が、説教壇の影から現れた。
    「―ルシフェル、なのか?」
    『もちろんだ。忘れたのかい?』
    「・・・忘れるわけがない」
    ルシフェル。
    その名を聞けば、ナイエン区・ガイエン区の住民、いやこの国、この世界全ての人が震え上がるだろう。
    元は異世界テトラヘヴンの天界に仕える大天使の一人でありながら、大神に反逆して100年戦争を引き起こし、破れ、堕天の地に永遠に幽閉された大罪人。
    しかし堕天の地の底でゲートカードを手に入れた彼は、この世界・セプトピアへと脱出。
    そして次々仲間の魔神を呼び寄せた。あまつさえ、セプトピアを自らの物にすべく、ガイエン区の住民たちを洗脳し支配。
    さらにALCAの定理者をも誘惑し、遂には新世界「セプトヘヴン」の創造まで夢見た。
    ルシフェルはオーバートランスをも実行し、この世界を黒い羽根のロジックで塗り変えんとしたが、
    ALCAナイエン区定理者チームのリーダー、剣美親とその盟約者アテナの献身的な戦いにより企みは阻止され逮捕。その後、ALCAによって密かに「処理」された。
    それが数年前に起きた大規模使者連続襲来事件「ルシフェル事変」の真相であり、愚かにもその口車に乗せられた定理者というのが俺、オルガ・ブレイクチャイルドというわけだ―
    『約束通り、独りで来てくれたんだね』
    「そういうお前は、独りではないようだが」
    『ああ、気にしないでくれ』
    軽く手を振ると、壁際の影に潜んだ何人かの気配が動く。
    『彼らは私の協力者さ。
    ALCAによって消された私を助け、
    ここに帰ってくるのを手伝ってくれた』
    そう言いつつ、右手をつと伸ばす。そう、まるであの日の様に。
    『お帰り、オルガ・ブレイクチャイルド。
    君と私が揃えば、ここが約束の地、セプトヘヴンだ』
    その手を取り、握手する。
    ―いや、強く握る―

    「・・・で、お前は誰だ? ルシフェルを騙る偽物め」

    空いた左手。胸の前に握った拳の上で、翼の様な紋章が紅く輝く。
    『な、何を言う―』
    「ひとつ。
    ルシフェルのロジックのうち1枚、人と神の共存を謳うロジックはここ、俺の中にある。
    なのにお前は、何の欠落もなくセプトヘヴンを口にする。
    ふたつ。
    ルシフェルはALCAに処刑されたんじゃない。
    自分からロジックを解いて消えたんだ。
    みっつ。
    そんな誇り高き者が、おめおめと平気な顔で俺の前に現れるわけがない!!」
    決して逃さぬと、腕に力を込める。
    「俺のロジックが聞こえる―
    お前が堕天使ルシフェルである可能性は、マイナス200%だ!」

    驚愕の顔を張り付けた、ルシフェル。いや、ルシフェルを騙る偽物。
    考えてみれば、ルシフェルのそんな表情を見たことは無かったな―そんな風に思ったのも束の間。
    闇の中から、乾いたまばらな拍手が聞こえてきた。

    『スバラシイ、いやスバラシイですよ、オルガ・ブレイクチャイルドさん』
    「・・・誰だ」
    わずかな月明りに半分だけ姿を現したのは、中年のビジネスマン然とした、どこにでもいそうな普通の男。今にも名刺を差し出してきそうだ。
    『初めまして。ワタクシ、金錆ギゼと申します。評価額は9500万GD』
    「評価額?」
    『ああ、申し訳ございません。
    我々の世界では、自己紹介の際に、己の「金額」を伝えるのですよ。
    それが我が世界、歯車と蒸気に彩られしペンタクルスのロジック!!』
    「ペンタクルス!? 聞かない名だ。まさか、未だ見ぬ異世界か!」
    それにしても、随分と金に目が無さそうな世界じゃないか」
    『然り!慧眼です。
    わが世界ペンタクルスは、全てを財貨が支配する世界。
    さすがはオルガさん、ご理解が早くていらっしゃる』
    「黙れ。このくそ芝居を仕掛けたのはお前か?」
    『フフ、いやあ、そうおっしゃられてしまうと悲しいですなぁ。
    いかがです? ビジュアルといい、受け答えといい、
    わが社の蒸気人形はなかなか良くできていると思うのですがね!』
    「蒸気人形?」
    目の前のルシフェル、らしきもの。その肩から腹から腰元から、まるで合図があったかの様に、どうじに白い蒸気が吐き出される。
    『いやあ、苦労しました。
    我が世界で製造したものママでは、こちらの世界に持ち込んだ端から変質してしまいますから。技術と製法だけもちこんで、材料からこちらでかき集めて作ったのですよ。
    どうです? 一家に一台、蒸気人形。
    オーダーメイドでお望みの姿に作ってさし上げますよ』
    「確かに、良く調べたようだな。外見だけはソックリだ」
    『お褒めにあずかり恐悦至極です」
    「―どこまで調べたんだ?」
    『それはもう、顧客となられる方のニーズを調べ、適切なシーズを選択し商品化・提供する。マーケティングは営業活動の基本ですから。
    ご所属のALCAのスタッフ、定理者のお仲間たちにいたるまで、調べてございますよ?』
    「だが流石に俺とアイツだけが知る事柄まではわからなかったようだ」
    『弊社の力不足をお詫びいたします。
    よろしければぜひ、ご意見ご感想をお聞かせ願えませんか?
    今後の開発の参考にさせていただきたい』
    「とんでもない。聞くのはそっちじゃない。こっちだ。
    いったいどんなつもりでこんな事をしでかしたのか、局の尋問室でたっぷり話してもらうぜ」
    『まあまあ落ち着いて。今回のプレゼンは、これからが本番です』
    「―なんだと!?」
    ギリギリっと何かが噛みあう音がする。
    突然握手したままの右手を強く引かれ、つんのめるところを受け止められる。
    ―いや、左手を掴み取られている。
    「くっ、離せっ」
    しかし離さない。
    それだけではない。
    蒸気人形。その腹が、服を破りギチギチと不吉な音ともに開くと・・・オルガの左拳を抱えたまま、腹に抱き込んだではないか。
    「な、なにをす― ぐわああああ」
    『申し訳ない、もう少し穏便な手も考えたのですがね。
    貴方の手には、素晴らしい価値が付いているのです。
    より正確に言いますと、貴方に宿る、堕天使ルシフェルのロジックに、です。
    あなた方セプトピア人は、もっと貴方の価値に気づくべきです。
    オーバートランスを実行した定理者のロジックカードなど、この世界広しといえど、そう何枚もないのですから!!!』

    ブツン

    『ありがとうございます。堕天使ルシフェルのロジック、確かに頂戴しました』
    吐き出された拳を右手で確かめる。手も指もついている。肉体的には何も傷ついたわけではないのに、圧倒的な喪失感がある。思わず力が抜け、膝から崩れ落ちる。
    「貴様ァ・・・・」
    『くっくっく、ありがとう、ありがとうございます!!!
    このロジック、いくらの値が付くか・・・想像しただけでも震えますねぇ!!!』
    胸元からフォーリナーカードを出すオルガ。紅武、あるいは銀影と合体すれば、こんな使者の一人や二人、一刀の下に切り伏せられるはず。
    『おおっと、無駄なことはおよしなさい』
    「なんだと?」
    確かに。掲げたカードは、いつもの光を放つ素振りが無い。
    『我らが蒸気科学の結晶は、この蒸気人形だけにあらず。
    異世界ゲートの開閉技術についても、手中にしております。
    ・・・まあ本当の事を申し上げますと、トリトミーから供与された技術を受けたALCAの技術を、それとなくリスペクトさせていただいた、ってだけですがね。
    それでも、短時間ならそのカードの作動を阻害するのは十分に可能です!』
    「―なら、当然通信も遮断しているんだろうな」
    『もちろんです!
    お仲間の定理者の方々、揺音さん・明日葉さんは局にいらっしゃる様ですね。局長さんも同様。クロエさんはまだこちらに戻られていませんし、非番の七星さんも御家にいらっしゃることを確認しています。
    仮に通信されてお呼びになったとしても、今からではとてもとても、間に合いません』
    「本当によく調べたな」
    『重ね重ね、光栄です…
    さて、残念ですが、そろそろ本日はお開きといたしましょう。
    お前たち!』
    その声に応じて、二人の男が陰から現れる。姿かたちともにそっくりで双子の様だ。
    『人形を運び出しなさい。大切な商品ですから、丁寧に扱うのですよ。
    ―いやあ、お恥ずかしい。ロジックの回収機構は複雑でしてね?
    これを機能させますと、他の機能が全て停止してしまうのです。
    せめて歩くぐらいはできたらと思いましたが、やれやれ至らぬ所ばかりでして』
    「やらせると思うのか」
    立ち上がろうとするオルガを手で制する。
    『虚勢を張るのはおよしなさい、貴方にはもう打つ手はない』
    いつの間にか、その手には銃らしきものが握られている。
    『おとなしくしていてくれませんかねぇ?
    ワタクシ、将来的に顧客になっていただけそうな方は傷つけたくないのですが…
    商売の邪魔をされるなら、容赦はしません』
    そう言って銃口を左右に振る。だが。
    「本当に、俺が独りでここに来たと思っているのか?」
    『・・・!?』
    笑みを浮かべた金錆ギゼの顔に、初めて別の表情が浮かんだ。
    「お前は調べきれなかったようだ。
    俺が、一番信頼している定理者の事を―」
    腕に巻いた時計に目を落とす。
    「―そろそろ時間だ」

    その数瞬前。
    遥か上空に、大きな黒い翼を広げて飛ぶ姿があった。
    見れば、翼を生やした少年が、一人の白いマント姿の青年を抱え星空の下を飛んでいる。
    「―先輩、本当に良いんですか? こんな空から、落としちゃって?!」
    「大丈夫、任せろって」
    「だけど無茶しますよね。定理者による高空からの空挺潜入なんて」
    「いや? ナイエン支局はよくやるらしいぜ、この作戦。
    いつもは七星がクロエや明日葉を運ぶ、らしい。
    悪いな、皆が目を付けられているらしいから、君に来てもらった」
    「とんでもないです!憧れの先輩のお役に立てて、嬉しいです!」
    端末を叩くと、現在の時刻が表示される。そろそろだ。
    「いいぜ、落としてくれ」
    「わ、わかりました!」
    黒翼の少年が手を離すと、白の青年は星空を背景に、一直線に落ちていく。そして。

    「『ロジックドライブ!! リフレクション!』」
    その声が聞こえたか。
    轟音と共に天井が砲撃でも受けたかの様に吹き飛び、崩落する。
    広がった月光をスポットライトにして、中心に降り立った青年が顔を上げる―
    「遅いぜ、剣」
    「悪い、ちょっと手間取った」
    『ま、まさか・・・貴方は!!!』
    金錆ギゼのうろたえた様子は、少しオルガの留飲を下げた。
    『剣美親― ロジックを喪い、何処かへと去ったと聞いていましたが―』
    ギゼは手にした銃らしきものを軽く構えるが―
    『想像通りの方ならば、ハハ、この銃ごときが通用する相手ではございませんね』
    「試してみるか?」
    左腕に光り輝くは、アテナの盾。
    『いいえいいえ、ワタクシ、無駄は最も嫌うところです・・・しからば!』
    言うが早いか、突然教会のあちこちから白い蒸気が噴き出した。
    たちまち視界は白く染まる。
    『これにてオサラバさせていただきましょう!』
    「貴様、逃がすと思うのか! 剣!」
    「ああ!」
    『お前たち、人形、人形を確実に! 
    この際、手足がもげても構いません!すぐに運びだし―』

    『それは困るな』

    「!!!」
    煙幕替わりの蒸気が晴れていく。
    ついさきほどまで、マネキンの様に突っ立っていた人形が、強烈な存在感を放っていく。
    月光の影、夜と星に照らされて、輝くロジックカードが見えただろうか?
    人形を中心に、999枚のロジックカードが束ね、集まっていく。
    それはあの日、彼の魔神が手放した、己のロジック。
    『神の依代としては、まあまあの出来栄えだね。
    せっかくの供え物だ、ありがたく使わせていただこうじゃないか』
    ゆらり、その姿が闇より現れる。
    『神の名を騙る不届き者に、その報いを与える間ぐらいはね』
    その笑みは、さきほど人形が浮かべていたものとは確かに比べるべくもない。
    『そのためならば、この世界に在るという恥辱すら、しばし耐えよう』
    もっと美しく、そしてはるかに―恐ろしい。
    『―神罰を、くれてやる』

    『もはやこれまで!』
    優れたビジネスマンは、その引き際の判断も早いと聞く。
    金錆ギゼが手を叩くと、人形を運ぼうとしていた2人が―身体の内側からいきなり弾けた。
    さらに噴き出す煙と蒸気。
    『改めて、オサラバです!商談はまたの機会に!!』
    運搬役の二人すらも人形だったのだろう。
    それらを自爆させ、逃げに徹したペンタクルスの使者。
    彼の後を追うことはできなかった。

    後に残されたのは―
    『「トランス解除」』
    月光の下たたずむ、ひと組の男女。
    『―久しぶりだね、アテナ。そして剣美親。仲睦まじいようで何より。
    ・・・そして』
    もう一人の青年もまた、ゆっくり、おそるおそる、あたかも手を伸ばせば消える幻に近づくように、歩を進める。
    「ルシフェル」
    『我が盟約者よ。
    また逢う事になるとは思っていなかったが』
    差し出された手を取り、握手する。
    「―やはり、本物は違うな」
    『だろうね』

    再会、そして新たな出会い。
    奇しくも七星縁と蓮香仙女の占いは的中していた。
    果たしてこの縁の糸は、どこへ続いているのか。
    事件はまだ、解決していない。

    ―続く

    定理者のカード 使者のカード 合理体のカード

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  • ヴァルキリー

    ヴァルキリー

    テトラヘヴンからやってきた、「戦の女神」。
    小柄だが剣の達人であり、冗談の通じない真面目な性格。
    奔放なパートナーに振り回され、ちょっと苦労性の面もある。

     クロエ・マクスウェル & ヴァルキリー

    ロンリー・ウォーリアー

    ティーブと合体したクロエが研究所へと続く路上に降り立つと、
    無数の視線が彼女を突き刺した。
    それは研究所の前でたむろしていた使者たちだ。
    その時クロエは、よくある西部劇の一場面のようだと思った。
    町の酒場にふらりとやってくる流れ者。主人公の凄腕のガンマンだ。
    すると、その瞬間、酒場に賑やかに笑っていたならず者たちから笑顔が消えて、鋭い眼光を主人公に向けるのだ。

    「――って映画みたいじゃない?」
    『観たことないが面白そうだな――』

    そう言って、ティーブはイタズラっぽく笑った。

    『――で、その後どうなるんだ?』
    「決まってるじゃない……ド派手な撃ち合いよ!」

    クロエが言い放つと、無数のミサイルが放たれる。

    『!!』

    突然の攻撃に敵たちも面食らった。
    使者たちに炸裂したミサイルは、轟音を上げ爆発していく。
    辺りは爆風が吹き荒び、白煙が舞い上がる。

    「まだまだ」

    クロエはニヤリと笑う。
    これで終わりではないことは百も承知だ。
    白煙の中から雄叫びを上げて、無数の使者たちの影がこちらの向かってくるのが見えた。

    「いっくよ! クレイジーパワードキャノン!!」

    お次は肩部のキャノン砲から放たれるビーム。連射モードで乱れ打ちだ。

    『こりゃ敵に当たってるかどうかわかんねぇな』

    ティーブも思わず笑ってしまう。

    「いいのいいの! 派手にやるほどいいんだから!」

    クロエの言う通り、考えなしに滅茶苦茶やっているわけではない。
    これは立派な作戦の一部だった。
    倒しても倒しても敵は続々と湧いて出てくる。
    クロエのド派手な攻撃が呼び水となって、
    研究所の内部からも続々と使者たちがやってきていたのだ。
    この間に、はるか上空で仲間たちが研究所に突入するタイミングを見計らっているはずだ。
    クロエの役割は、陽動。
    敵の目を引きつけ、仲間たちを無事に潜入させること。
    なので、ド派手に攻撃すればするほど効果バツグンなのである。

    「よーし、ここらへんで……グレートフルブレークバーストッ!!」

    と、ミサイルのビームの一斉放射で、至るところが爆発。爆発。大爆発。

    『……こんな性に合った任務はねぇな』

    ド派手な火柱を眺めながらティーブのつぶやくと、クロエはうなずく。

    「陽動って……サイコーッ!」

    なにせ、思う存分暴れ回っても、誰も怒らない作戦なのだから、クロエもノリノリだ。

    『ギャアアアアオッ!!!』
    『「!?」』

    凄まじい哭き声とともに、炎の中から、巨大なワイバーンが現れた。
    だが、クロエは動揺することなく、むしろ楽しげだ。

    「ティーブ、サンキュー!」
    『ラジャー』

    クロエはティーブとの合体を解除すると、ゲートカードでヴァルキリーを呼び出す。

    「だって、ドラゴンっていったら、やっぱ剣で倒すものじゃない?」
    『なるほど、竜といえば剣で――って、そんな理屈があるか!?』

    などと、真面目に返すヴァルキリーの手を取るクロエ、そして合体。
    対するワイバーンは、クロエが先ほどまでやっていたことを真似をしているのかように、口から炎を乱れ打つ。
    それを躱すクロエの動きは早い。
    炎の間隙を縫い、踊るように敵へと近づくと、高く跳躍。
    あっという間にワイバーンの鼻先に姿を現した。

    「ハロー、ドラゴンちゃん」

    と、相手をおちょくるように笑顔で手を振るクロエ。

    『!!』

    ワイバーンは再び炎を吐き出す。

    「うりゃあああああっ!!!」

    だが、その炎をクロエの大剣が切り裂いた。
    真っ二つに割れた炎の中から、現れたクロエの身に纏う鎧、そして大剣が黄金色に輝き始めた。
    クロエが再び大剣を振り上げる。

    「ゴールデンッ!ファイナルフィニッシュソオオオドッ!!!」

    大剣は黄金色の軌跡を残しながら、ワイバーンを一気に斬り裂いた。
    クロエが着地すると、ワイバーンの断末魔の叫びが聞こえる。
    だが、

    『ギャアアアオッ!!!』

    再び、ワイバーンの叫びが聞こえた。
    別のワイバーンたちの群れが姿を現したのだ。

    『仲間の叫びを聞いてやってきたか……義理堅い種族だ』

    苦笑いを浮かべるヴァルキリー。
    クロエは怯むことなく不敵な笑みを浮かべた。

    「陽動って言ってもさ……私がぜーんぶ倒しちゃってもいいんでしょ?」

    定理者のカード 使者のカード 合理体のカード

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  • ヴィーナス

    ヴィーナス

    テトラヘヴンからやってきた、「愛と美の女神」。
    思わず目を引く魅力的な体の持ち主。
    どんなものにも恋心をいだき、全てを愛する女性。
    隙あらば男女関係なく愛の言葉を語りかけている。

     揺音 玉姫 & ヴィーナス

    癒しの障壁

    星の力によって使者たちを撃退した学。
    避難民たちと一緒に、学は星と冥に肩を担がれて高層ビルから降りてきた。

    「学っ!」

    その声に反応して、学は顔を上げる。
    こちらに駆け寄ってくる玉姫の姿が見えた。

    「怪我してるの?」
    「……怪我だけで済んでよかった」

    学が星に向かって微笑むと、星も微笑み返す。
    それを見て、玉姫も安心して微笑んだ。
    だが、周囲を取り巻く怪我人や疲弊した人々の姿に、すぐにその笑顔を消した。

    「学たちがこの人たちを守ってくれたのね……カードが届いてよかった」
    「あのカードは玉姫が?」

    玉姫は頷くとポケットに入れていた淡く光るカードを取り出した。

    「……詳しくはまだわからないけど、
    このカードで別の世界にいる盟約者を呼び出せるみたい」
    『だから星がこの世界に……』

    冥が感慨深げにつぶやいた。

    『玉姫は一人なの? 盟約者は?』

    星が訊いた。

    「小玲は一旦ジスフィアに帰ってもらったの。状況によってはまた来てもらうわ」
    『状況によって……って?』

    よくわからず戸惑う星。

    「たとえば、今、私たちを助けてくれるのは……」

    玉姫がそう言った瞬間、カードは閃光を放った。
    そして、その光の中から飛び出したのはヴィーナスだ。

    『もう心配したんだからッ!!』

    現れるや否や、玉姫に抱きつくヴィーナス。

    『セプトピアが大変だって聞いて、私ずーっと早く呼んでって念じてたのよ。
    でも良かったわ。玉姫が無事で……』

    そう言いながら頬ずりをするヴィーナスに玉姫は苦笑い。

    「……私もヴィーナスに会えて嬉しいわ。でも喜ぶのは後にしよう?」
    『あッ! いけない私ったら……』

    ヴィーナスは照れてペロリと舌を出す。

    「! 来た……」

    その時、玉姫たちは不穏な気配を感じる。
    再び使者が玉姫たちの周囲を囲むように現れたのだ。
    一難去ってまた一難――学、星、冥、そして避難民たちもその状況に戦慄する。
    だが、ヴィーナスは余裕の表情だ。

    『大丈夫。任せて』

    頷く玉姫。次の瞬間、2人は合体する。
    ヴィーナスと合体した時の玉姫の武器は鞭のように使うリボン。

    『こんなふうな使い方もできるのよ』

    玉姫がリボンを掲げると、リボンはスルスルと伸び続け、
    それは巨大なドームとなって周囲を取り囲んだ。まるでバリアーのように。

    「これなら敵も入ってこられない……」

    驚きながら学がつぶやく。

    『ウフフッ、ただのバリアーじゃないわ』
    「?」

    学が訊こうとした瞬間、リボンの中にいた人々から次々と声が上がった。

    「痛くない!」
    「治ったぞ!」

    リボンから放たれる力によって傷つき疲弊していた人々が続々と回復していったのだ。
    それは学の怪我も例外ではない。

    『すごい……』

    驚く星。学も、冥も、さらにパワーアップしたヴィーナスの癒しの力に目を見張った。

    『どう? 名づけてラブリーバリアーよ』

    得意げなヴィーナスに、玉姫は笑って返した。

    「それ今、適当に考えたでしょ?」
    「玉姫、聞こえるか!?」

    突然聞こえたのはオルガの声だった。途絶えていた司令部との通信が回復したのだ。

    「オルガ? 聞こえるわ! 私は無事よ」
    「よかった……まだ戦えるようなら、至急クロエのところに向かってほしい」
    「クロエのところ……?」
    「現在、港付近の海底で交戦中と確認できた。クロエを狙って続々と敵が集まっている」
    『よし今度は海の中ね!』

    それを聞いたヴィーナスがはりきる。
    だが、玉姫に考えが。

    「ありがとうヴィーナス。でも適材適所があるから。
    水の中か……今度はあの子の力が必要になるわね」

    そう言った途端、バリアーの外でリボンが淡く光り、動き出す。
    一瞬のうちに、敵たちに向かってリボンが巻きつくと、
    敵たちはまるで大きな愛に包まれたかのように敵意を失い、グッタリと弛緩。
    あっという間に、敵の殲滅が完了した。

    一体倒したかと思えば、続々と現れる敵にクロエは手を焼いていた。
    どれほどの時間を戦闘に費やしていたのか。
    クロエの体力もロジックも限界に近づいていた。
    (このままじゃトランスリミットがきちゃうよ……)
    クロエの焦りを嘲笑うかのように敵の数はなおも増え続ける。
    ざっと見ただけで50体はいそうだ。

    「!!」

    その時だった。
    突如現れた魚の群れが、敵とクロエの間を割って入ったのだ。

    「なんなの……!?」

    クロエが驚いてると、群れをなしたサメや巨大なイカが現れ、敵を襲い始めたのだ。
    よく見ると、その中に、人影が混じっている。
    それは乙姫と合体した玉姫だ。

    「乙姫、まだまだ足りないわ! もっと仲間を呼んで!」
    『任せて!』

    (魚を操っているのは、タマヒメ……?)
    唖然としているクロエに向かって、玉姫が叱りつけた。

    「もう、クロエは無茶なんだから! 一人で飛び出すなんて!」
    「え? だってタマヒメが連絡つかなくてピンチだって言うからさ!」
    「え? そうだったの? ありがと……」

    頭ごなしに怒ってしまったのを反省して頬を赤らめる玉姫。
    一方、クロエは気にしていない様子で、玉姫と背中合わせになった。

    「まぁ、ともかくタマヒメがいれば100人力だね。指示だして」
    「うん、わかった……」

    玉姫の表情が再び引き締まる。
    玉姫とクロエのタッグは、海中でも健在だ。

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  • アテナ

    アテナ

    テトラヘヴンからやってきた、「知恵と戦略の女神」。
    テトラヘヴンの魔神たちがセプトピアへのゲートを開いたことを知り、他の女神たちと共にその後を追ってやってきた。
    正義感と、尊い命が失われるのを何よりも嫌う心の優しさを持つ女性。

     剣 美親 & アテナ

    剣 美親 & アテナ

    「剣美親のこと、ねぇ・・・」
    「ヨシチカのこと? あのねあのね!」
    「あー、ちょっとお前はおとなしくしてくれるか。
    じゃあ、私から話そう」
    「えー ずっるーい」
    ホンコン支局の支局長に就任したばかりのを青年、アーロン・ラウは、隣に同年代の女性を従えながらゆっくり話し始めた。
    「剣美親という奴は― そうだな、眩しかったな」

    親の仕事の都合で、当時ホンコンに住んでいた日本人の少年、剣美親。
    彼が定理者としての素質を「発見」され強制招集を受けたのは、13歳の時だった。
    当時ホンコンでは、各地で頻発するジスフィアの悪しき妖怪・悪霊たちの襲来に頭を悩ませており、対抗し市民を守るための戦力は喉から手が出るほど欲しかった。

    「溌溂とした、元気のいい奴だった。
    いつも話すとき、相手を真っ直ぐに見る。その真っ直ぐさを良く覚えている」
    「しかもスッゴク可愛かったのヨー
    女の子、特に年上の女子にモテたよねー。
    天然のタラシってやつー!」
    「お前もう黙れ」

    有無を言わさぬ強制招集の上、少年には過酷なトレーニングの日々。
    それを持前のタフさ、そして正義感で乗り越えた剣美親。
    そんな彼が、最初に盟約した相手。
    それが、ジスフィアから来た女サムライ、緋華だった。

    『剣美親の事か… ふふ、懐かしいな』

    異世界ジスフィアには、一応世界の中を統治する政治機構があり、若干官僚的とはいえ、人を、民を守る意思がある。またセプトピアにあふれた悪霊たちは、彼らが最も大事にするロジックである「輪廻」から外れた者たちだ。ジスフィアの者たちからしても退治は急務であり、多くの戦士たちが派遣されてきた。
    緋華もその一人である。

    『そう、あいつと最初に合体したのは私だよ』

    そう語る彼女の目は、懐かしそうに細められていた。

    『当時私は、魑魅魍魎どもを退治るよう上から下知されてな。
    これでも一所懸命、お役目を果たそうと気張っていたのサ。
    そしたら引き合わされたのがあの小僧だろう?
    面食らったねぇ。
    最初は、あんまり易々と合体の事を語るもんだからさ、睨みつけてやったんだよね。
    こう、目力こめてさぁ』

    なるほど、女サムライの眼光は、普通の人ならそれだけで震え上がりそうなほど、怖い。

    『にも拘らず、まっすぐ目を逸らさずに言うものサ。
    「俺はこの街を守りたい……子供たちの夢を守りたいんです!」
    ってね。自分もガキだろうに、良く言ったもんだ・・・
    だけどまあ、
    「緋華さん。あなたは俺のロジックを受け入れてもらえますか?」
    そう言われたときには、もうこっちが飲まれていたね』

    『ふふっ だからね、あの小僧に合体のいろは、を教えてやったのは私って事にならぁね』

    そう語る表情は、今度はいたずらっぽく笑みを浮かべていた。

    『で、なんだい。今そんな事になってんのかい。難儀だねぇ……
    ま、でも何とかするだろうよ。大丈夫、そういう“相”をしている』

    その後、美親と緋華のペアはホンコンの治安維持に尽力。
    さらに美親の飽くなき向上心とたゆまぬ努力は、ジスフィアに名高い剣鬼・羅刹までも降すことに成功する。

    『済まない、口下手でな。あまり話すのは得意じゃない』

    羅刹は、己の剣を磨くため、闘争とその相手を求め、モノリウムからセプトピアに侵入した獣人たちを狙ってやってきた。その前に立ちふさがったのが、美親である。

    『我は格上と認めた者しか相手にせぬ。
    だが美親は、刀を抜いて我の前に立った。
    軽くあしらうつもりであったが―』

    目を閉じた羅刹の表情は、あの時の事を思い出している様だった。

    『始めは相手になぞしなかった―
    サムライの技を多少は使えるようだったが、まだまだ児戯。
    刃を見せるまでも無かったが、ふふ、しつこい小僧だった』

    羅刹があくまで武芸者としての仁義にこだわり、格下の命を奪う気が無かったのが幸いしたのか。彼がトランスジャックして現れるたび、その前に美親は立った。
    倒されても、倒されても、ケガを負っても気絶しても、食い下がった。

    『そして遂に― 我は負けた』

    羅刹に追いつかんと急速に成長した美親は、ついに羅刹を倒すことに成功する。
    『斬れ』と言う羅刹を、美親は生かした。
    それは美親自身の不殺の信念ゆえでもあったが―
    もしかしたら、美親も羅刹に剣の師としての姿を見ていたのかもしれない。

    その後、羅刹も美親と盟約を結び、さらに活躍を広げていくことになる。
    ホンコン支局定理者チームのエースとして、その名が知れ渡ったころ、あの事件が起きた。
    ジスフィアから侵入した強力無比な妖怪・鬼夜叉を退治するため。
    そして、同じくセプトピアに侵入しながらも、鬼夜叉の鬼気に巻き込まれ死に瀕していた小妖怪の命を守るため。
    二人は、禁断のオーバートランスを実行したのだ。

    『後悔はない―
    あの時、美親も我も、鍛えた刃の使いどころを得たのだから』

    オーバートランスの後遺症で美親は「合体のロジック」を喪い合体ができなくなった。
    そして羅刹は、「剣術のロジック」を喪い、人生を賭けた全てを失った。しかし。

    『彷徨の果て、我はまた新たな剣術を一から学び会得した。
    美親にも伝えるがいい。いずれまた手合わせを、と』

    『ふふっ 楽しいお話が、たくさん聞けました!』
    白いワンピースに白い帽子。編み上げた金色の髪が映える。
    そう言って彼女は、寄り添う青年の顔を見上げた。
    『美親はどうでした?』
    「やっぱり・・・少し恥ずかしいな」
    『それは良い事です! 恥ずかしいのは自分の事だ、って思えているからです』

    喪った「合体のロジック」を見つけたのが、傍らに立つ女性、アテナ。
    彼女はテトラヘヴンから派遣されてきた使者であり、その正体は正義と勝利を司る女神であった。
    アテナと出会った美親は、ロジックを回復し、彼女と盟約を結ぶ。
    そして再び、人々を守る戦いに挑んだ。
    彼らが挑んだナイエン区の使者襲来事件。
    その背後で糸を引いていたのが堕天使ルシフェルであり、その後の「ルシフェル事変」はこの世界そのものを脅かす大事件であった。
    これを解決するため、美親はアテナと二回目のオーバートランスを断行。
    事件は解決したものの、彼は今度は「記憶のロジック」を失う。

    その後美親は、アテナと「剣美親の記憶」を巡る長い旅を続けていた。
    急ぐ旅ではなかった。
    彼の生地を訪ね、育った土地を歩き、時折、というかしばしば、寄り道をしながら、ゆっくりゆっくり旅を続けていた。
    「剣美親の物語」。
    最初は、記憶を喪った美親にはまるで他人の話だったが―

    「ロジックカードがあっても無くても、お兄ちゃんは私の自慢のお兄ちゃんだよ!
    お母さんもきっとそう思ってる!」
    「そうだな。かすみもそう思ってるさ。
    そうそう、お前ももうそろそろいい年だ。
    ここは父親として、オトナのアソビって奴を教えてやらなくちゃなー」
    「ダメだよ!」『お断りします』

    彼を育んだ人の愛情が、彼と共に戦った者の友情が、その胸に染み入る度、身体の隅々、細胞のひとつひとつが何かを応える感じがする。
    そう、それは確かにこの身に、この体にあったことなのだ、と。

    そして、ある日の「中華ななほし」。
    ナイエン支局定理者チームの七星縁の実家で、定食屋を営んでいる。
    昼の忙しい時間を終え、いったん暖簾を降ろした時刻。
    今日は非番の縁が帰って来ており、家族と語らう時間を過ごしている、はずであったが―
    締め切った店の中、剣美親とアテナの前に立つのは、

    「―久しぶり、剣。アテナも」
    栗色のウィッグを脱ぎ、眼鏡をかけた玉姫は、そう言って微笑んだ。
    『もー アテナも全然連絡してこないんだからー 心配してたのよ? 玉姫が』
    「ちょ、ちょっとヴィーナス!?」
    玉姫の携えたフォーリナーカードから、アテナの同僚でもある女神ヴィーナスが声をかける。
    今回のキョウトから始まる一連の事件の背後に、ルシフェル事変の事を知る何者かの存在を嗅ぎ取ったオルガは、一計を案じた。
    秘密裏に剣美親と連絡を取り、呼び戻し、こうして玉姫を縁に変装する手はずまで整えて、彼女を仲介に任務を伝えたのだ。

    玉姫が胸元に掲げた端末から、ナイエン区メンバーたちが次々と美親に声をかける。

    まずはリーダーのオルガ。
    「剣、頼むぞ」
    「ああ、任せろ」

    ナイエン区定理者チームのアタッカー、クロエとヴァルキリー。
    「チカヨシとは一度、思いっきりマジで戦ってみたいンだよねー。どう?」
    『クロエ、お前というヤツは・・・ ま、私も構わんぞ?』
    「じゃあ・・・そのうちに」

    当時は新人定理者だった七星縁とケツァルコアトル。
    「先輩!」
    「もう七星の方がベテランじゃないか?」
    「いえいえ、私にとっては剣先輩は今でも剣先輩です!
    私、お祝いにご飯をいっぱい作りたい!・・・んですが、
    今日は無理なんで、代わりにウチの定食、たくさん食べて行ってくださいね!」
    『おう! お前がいないと男が少なくて肩身がせめーンだ。早く戻ってこいヨー!』

    ナイエン区のスナイパー、明日葉学とアルテミス。
    「リーダー? 戻ってきた・・・」
    「もう俺はリーダーじゃないよ。だからその呼び方は」
    「命令?」
    「いや、これは・・・お願いかな」
    「・・・わかった。
    これからは・・・ヨシチカ。
    ヨシチカ、これでいい?」
    『着いては離れが世の定めなら、今ひと時は、良き旅の道連れとなりましょう』

    そして支局長のヴェロニカとネメシス。
    「剣、お前には私の、誤った復讐を止めてもらった恩がある」
    『ま、アタシも復讐の女神だからネ。感謝しといてアゲルー』
    「せめてもの礼だ。戻ってきたら沢山仕事を与えてやるから、安心しろ」
    『シロー!』

    他にも、ゼラやクラウ、ピエリ、あるいはキタオカなど顔見知りのスタッフたちのメッセージが伝えられると、自然と目蓋が熱くなる。

    任務の説明と、仲間たちのメッセージを届ける。
    だが玉姫にはもう一つ、大事な仕事が残っていた。

    「・・・じゃ、試すね」
    「―ああ、頼むよ」
    『お願いします』

    「ゲートアクセス・モノリウム!!」

    清純のニコと合体、聖なる一角獣の癒しの力を宿した玉姫は、そのありったけを込めて、美親の胸にそっと手を置いた。
    「―ロジックドライブ」
    産まれた光は、ふわりと周囲を温めたかと思うと、すぐに美親の身体へと吸い込まれ、その全身を巡っていく。
    「・・・どう?」
    「・・・どうかな」
    心配そうな玉姫、そしてアテナの見る中、剣美親は、己の手を己の心臓の上に置き、ゆっくり深呼吸する。

    欠落したのは「記憶のロジック」。
    自分が誰かもわからず、真っ黒な穴をのぞき込む様な果てない不安が胸に空いていたが―
    ―あれから随分経った。
    アテナは片時も離れず彼につき従い、ともすると穴に落ちそうになる自分を支えてくれた。
    旅を決意し、各地を回る度、ひとつひとつの出会いがその穴を埋めてくれた。
    そして今、玉姫のくれた温かい光が、強く、眩しく、黒い穴を満たしていく。
    美親の家族、友人、知り合い、ライバル、皆が与えてくれた記憶の欠片を、その光が結び付けていく―

    「うん、大丈夫。きっと、大丈夫だよ」
    「・・・そう」
    残念ながら、表面上でハッキリと治療の効果がわかるわけではない。
    抑えていないと叫びだしそうになる気持ちを、無理やり留めて。
    「―剣」
    「なんだい?」
    「あなたの事は、あの時からずっと、信じてる」
    「ああ」
    「だからこれからも、信じさせて。美親」

    夕日が落ちようとしていた。
    この後、この公園でジークハルトたちと合流。作戦を開始する予定だ。
    既に時計合わせは済んでおり、今少しだけ、アテナは美親と二人きりの時間を作った。

    向かい合うと、特に言葉もなく、ただ何気なくどちらからともなく、ふと、微笑む。

    『・・・・・!』
    「アテナ、どうしたの?」
    『美親さん―』
    アテナが見た美親の微笑みは、そう、まさしく彼女の記憶の中にある微笑み。
    彼が記憶を喪ってから、どう繕ってもぎこちなさの影が潜む表情が、今―

    剣美親。
    2度のオーバートランスを経験した世にもまれな定理者。
    数年前のルシフェル事変を解決した英雄として称えられながらも、本人は記憶を喪い、何処かへと去ったと伝えられていた。
    今なお「記憶のロジック」は喪われたままだが、しかし、彼の掛け替えのない「記憶」は彼だけの物では無い。彼と縁を結んだ人々が欠片を持ち寄り、暖かな光で埋めている。

    美親はアテナの伸ばした手を取り、そのまま抱き寄せていた。
    『やっと、美親さん、いえ美親を見つけました・・・』
    「ありがとう・・・アテナ・・・」

    「じゃあ、行こうか」
    『はい、美親』

    「『合体!』」

    ―そして白き大楯の勇者は三度、戦場に現れる。

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  • ケツァルコアトル<br>(ケッツー)

    ケツァルコアトル
    (ケッツー)

    テトラヘヴンからやってきた、蛇の魔神。
    マスコットの様な可愛い姿はセプトピアに適応した姿で、本来は翼ある大蛇の姿をしている。
    自分を畏れ敬う相手を求めていた。

     七星 縁 & ケツァルコアトル

    ディナー・オア・ダイ

    ――作戦が始まった。
    ケッツーと合体した縁は、アシュリーと葵を抱え、輸送機から飛び立った。

    「うわあああああッ!!」
    「きゃあああああッ!!」

    高度33000フィートからの急降下に思わず悲鳴を漏らすアシュリーと葵。
    だが、縁の表情は引き締まったままだ。
    縁の使命は、アシュリーと葵の2人を研究所まで無事届けること――。
    雲を突き抜けると、眼下に研究所が見えてきた。
    そして、その周辺に上がる火柱も。
    (あれはクロエ先輩が……)
    地上で陽動作戦をしているクロエの奮闘を想像し、縁はいっそう気持ちを引き締める。
    縁とは対照的に、

    『なア! なア! なア! これが終わったら何を食わせてくれんだ!?』

    ケッツーには緊張感がまるでない。
    ため息混じりで返す縁。

    「……なんでも作りますよ。ケッツーは何が食べたいですか?」
    『そうだなァ、ええと……あ、焼き鳥!』

    その瞬間、バサッと羽音が聞こえたかと思うと、黒影が縁たちを覆った。
    鋭い眼光を放つ鳥型の使者が3体。縁たちの周りを羽ばたいている。

    「ケッツーが焼き鳥を食べたいなんて言うから!」
    『オレのせいじゃねぇ!!』

    だが、縁は落ち着いていた。

    「しっかりつかまっていてください! あと、目が回りますので気をつけて!」

    アシュリーと葵に声をかけると、迎撃態勢に入る。

    「いっきますよぉおおおおおお!!!」

    縁が叫んだ瞬間、竜巻が大蛇のようにうねり彼女の身体に巻きつく。
    そして、敵たちに突進していった。
    その衝撃と竜巻に巻き込まれ、一瞬にして3体の敵は飛行能力を失い、
    空から地面へと真っ逆さまに落ちていく。

    「お見事です……!!」
    「落ち着いてますね、さすがベテランです」

    縁の手際よい攻撃に、感心の声を上げるアシュリーと葵。
    ところが縁は、
    (わ、私がベテラン……??)
    と、照れて頬を赤らめた。

    『当たり前だ! オレの巫女を舐めんじゃねえ!!』

    口は悪いがケッツーも縁が誉められて嬉しいようだ。
    それを聞いて縁は苦笑いを浮かべていると、再び羽音が聞こえた。

    「!!」

    新たな鳥型の使者が縁たちに接近しようとしている。
    しかもその数は数えきれないほどの大群。
    本部を襲っていた使者たちが研究所の異変を察知し引き返してきたのだ。
    (けど、今はこの2人を届けないと――)
    縁は再び気を引き締めると、研究所に向かって急降下を始める。
    使者の大群を振り切るつもりだ。
    それを見て使者たちもスピードを上げる。
    残り300メートル、200メートル、100メートル……。
    研究所が縁の目の前に迫って来た。
    (あと少し……もう少し……)
    だが、その瞬間、縁の身体に激痛が走る。
    敵の鋭い嘴が縁の背中を斬り裂いたのだ。

    「うッ」
    『縁ッ!!』

    ついに縁は追いつかれ、続々と敵たちが襲いかかる。
    縁は痛みに耐えながら必死にアシュリーと葵を庇った。
    (なんとか2人を送り届けなきゃ……でも、どうすれば……? あ、そうだ!!)
    絶体絶命の危機の中で、縁は彼女の存在を思い出した。

    「ケッツー、サンドラと交代です!」
    『わかった! 縁、死ぬんじゃねぇぞ!! 晩飯ちゃんと作ってもらうんだからな!!』

    ケッツーの別れの言葉に、微笑む縁。
    次の瞬間、眩い閃光が彼女を覆った。
    ケッツーとの合体は解除され、ゲートカードから現れたサンドラと新たに合体する。
    一方、 縁の手を離れたアシュリーと葵は、

    「「きゃあああッ!!!」」

    地面に向かって落下していく。

    「サンドラ、風を!!」
    『――っ!!!』

    縁は、手に握った鮮やかな羽でできた扇を2度振るう。
    最初に起こった風は、囲っていた敵たち吹き飛ばし、
    2度目の風は落ちていくアシュリーと葵に向かって吹いていく。

    「!?」
    「風が!」

    アシュリーと葵の身体はその風に乗り、再び上昇。研究所へと運ばれていった。
    それを見て、使命を果たせたとホッと胸を撫で下ろす縁。
    だが、まだ安心はできない。
    相変わらず敵の大群に囲まれたままなのだ。

    『だ……大丈夫……縁、私が守る……』

    サンドラの小鳥のような優しい声が聞こえた。
    縁は嬉しそうに、小さく頷く。

    「ありがとう。この戦いが終わったら、サンドラは何が食べたいですか?」

    定理者のカード 使者のカード 合理体のカード

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  • ネメシス

    ネメシス

    テトラヘヴンからやってきた、毒舌家の「憤りと罰の女神」。
    幼い子供の様に見えるが、読書好きで博学。
    ゾンビ映画が大好物で、グロテスクなものに目がない。

     ヴェロニカ・アナンコ & ネメシス

    ヴェロニカ・アナンコ & ネメシス

    「こちらへどうぞ」
    『おおきに、ありがとな』
    クラウの先導でサロンに入ってきたのは、上品でシャープな印象の、ネイビーのスーツを着こなした女性だった。
    ALCAナイエン支局のサロンルーム。
    奇しくも、あのルシフェルを迎えた時と同じ場所。
    女性は、やはりシャープな印象を与えるブルーメタルフレームの眼鏡に軽く指を当て、視線の先を確かめる様に首を少しかしげる。
    『そちらさんが、ALCAのヴェロニカ局長はん?』
    「―ああ。ヴェロニカ・アナンコだ」
    『なるほど、お姿は拝見しとりましたが、ホンモノはそれ以上にお綺麗ですわ。
    そしてそちらが―』
    『テトラヘヴンのネメシス』
    『こちらもまあ、可愛らしいお嬢さんで。お会いできてホンマ、嬉しいわあ』
    だがそう言われたネメシスの方は、口にくわえたロリポップキャンディーをガリっと噛み砕くと目を逸らす。
    『おやまあ、嫌われてしまいました?』
    「―見え透いた世辞はいい。ペンタクルスの使者」
    『さいですか? そりゃあ、話早くて助かりますわ。
    うちはペンタクルスの紫車リィス。評価額は2億3千万GD。
    以後よろしゅうに』

    「あいつもペンタクルスの使者なのか」
    サロンを見下ろすフロアに、オルガ、玉姫、クロエ、そして縁が揃っている。
    いずれも懐にフォーリナーカードを忍ばせ、事あれば即合体して対応できる構えだ。
    それ以外の、警備員を含め一般のスタッフは万一に備え退避させている。
    「…ヴェロニカさん、大丈夫でしょうか…」
    「大丈夫だ。そのために、俺たちもこうして待機しているんだからな」

    ナイエン支局の定理者は、みな様々な試練を乗り越えてきた、言わば歴戦の勇士だ。
    彼らが見守る中、会談は表面上、穏やかなムードで進行していた。
    『・・・ちゅうわけで、金錆はうちの部下なんやけど、
    焦ってしもたんやろなぁ。此度のことは、ほんに申し訳ないことしましたわ』
    といって、ついと視線を上に伸ばす。その先には、オルガ。
    『特に、そちらの色男さんには、重ねてお詫び申し上げます』
    と言って、いったん席を立つと、腰を折って綺麗なお辞儀をして見せる。
    「俺のことはいい。
    ルシフェルのロジックの件も、解決した話だ。
    それより、金錆のギゼはどうしたんだ。
    詫びというなら、本人が来て謝るべきじゃないのか」
    『暖かいお言葉、ありがとうございます。
    おっしゃる通りです、本人に謝らせるべきなんですけど・・・
    当人、あれから行方をくらましてもうて。
    うちらの呼び出しにも応じんのですわ』
    その言葉を受け、ヴェロニカが柳眉をひそめる。
    「我々も行方を追っている。
    そちらの言う事が本当なら、ヤツを追うための情報は提供してもらえるのか?」
    『もちろんです。どれだけお役に立つかわかりませんが、なんでも提供させていただきます』

    リィスの説明によれば。
    彼女のギルドに所属する「金錆ギゼ」が今回の事件を主導。
    オルガの左手に宿る「ルシフェルのロジック」の奪取を企図した彼は、そのためにロジック採取の機能を持つ蒸気人形を制作。さらに、行動をやり易くするため、ジスフィアの玉風・鳴神をそそのかしキョウトで事件を起こさせた。

    「貴様の部下の企みのために、キョウトの街は随分被害を受けた」
    『申し訳もありませんわ。
    ただ、キョウト支局の皆さんも随分優秀なようで。ジスフィアの暴れもんもあっちゅうまに捕まったらしいやんか』
    「それは貴様の知ったことではない」
    『フフ、そりゃ失礼しましたわ』

    日本のALCAの目がキョウトに集中する中、ナイエン支局の定理者たちを調べ上げ、更にオルガを一人で誘い出すことに成功した金錆ギゼ。
    その目的まであと一歩のところで、計算外の切り札によって阻止される。

    『これは、せめてもの詫びの印ですわ』
    そう言って、紫車リィスは手にしたカバンから布袋を取り出すと、机の上にそっと置く。
    袋の口から、かしゃりと澄んだ音と共に、白銀に輝く光が漏れる。
    「・・・これは?」
    『白金― プラチナ製の歯車ですわ』
    「プラチナ?」
    結構な量だった。
    ヴェロニカが手に持ってみると、それなりの重さがある。
    『調べてみて構いまへんわ。純度はPt1000。
    綺麗に見せるんはパラジウムとか混ぜた方がええねんけどね。
    歯車にしたんは、まあ、うちの気まぐれや。
    別に、溶かしてくれても構わんよ?
    それだけで、こっちの価格で100万円ぐらいにはなるやろ』
    「これで、キョウトの被害を弁済できるとでも?」
    『とんでもありまへん。
    これは、うちから局長はんへの、あくまで個人的な、そう、プレゼントや』
    「―なんだと?」
    『こんなもん、うちにとっては大したもんやない。
    うちの世界では、こっちの石ころ程度のもんやしね?』
    「・・・」
    『局長はん、うち、局長はんと仲良うしたいねん。
    もちろん、そっちの皆さんともな?』
    といいつつ視線を軽く上へ投げ、また降ろす。
    「何を考えている」
    『もうお分かりでっしゃろ?』

    「プラチナの歯車のプレゼントねー アクセにはちょーっとゴツイよねぇ」
    「でもこれだけの物をあっさり用意できるという証明ね」
    「俺のロジックが聞こえる・・・
     財貨のロジックで動くお前たちの狙いは―」
    「つまり、そのう、お金儲け、ってことですか?」

    『ふふっ それ以外に、うちらに生きる意味はあらしまへん』

    と言って、今度は扇子を取り出すと、くるりと回して広げる。
    青く染めた和紙に白く鳥の絵が描かれている。
    『綺麗ですな。これ、扇子言うんですね。
    似たもんはうちの世界にもあるんやけど、こないに綺麗なもんは無かった。
    というか、わざわざ色付けて、絵を描くなんて発想が無かった!』
    あたかも舞う様に、手の中でくるりくるりと扇子を弄ぶ。
    『これな、うちの世界で大流行りしましてん。
    うち、ようけ儲けさせてもらいましたわ。
    流石はセプトピア。
    快楽のロジックは、伊達じゃありませんなあ』
    「つまり、何が言いたい?」
    『うちと組んで、お金儲けしまひょ』

    そしてリィスは語り始めた。
    ロジックの影響で、世界を超えると物質は変わってしまう。
    しかし、元から両方の世界に在る物質なら?
    さらに、その価値に大きな差があるなら?
    セプトピアでは産出量では金よりも貴重なプラチナが、彼女の世界ペンタクルスでは石ころ並みに手に入るという。
    さらに。

    『情報。概念。思考。理念。アイデアや発想は、世界を超えても有効ですわ』

    手動の涼を得る道具に絵を描くことが、彼女の世界で大ヒットしたように。
    お互いの世界での「当たり前」が別の世界では「青天の霹靂」となるのだ。

    『儲かりますえ? たーくさん!』
    目を輝かせ、乗り出さんばかりに語る彼女に対し。
    見た目は愛らしい幼女、しかして人の尺度では追い付かない長さを生きてきたテトラヘヴンの復讐の女神、ネメシスはぼそりと言った。
    『―バカじゃん?』
    『え?』
    リィスの滑らかな口調が止まったのは初めてかもしれなかった。
    『そっちの世界のロジックがなんだか知らないけど。
    抱えきれないお金持って何するのサ』
    『―!!!!!』
    「まあ待て」
    ヴェロニカはあくまでその姿勢を崩さない。
    冷めた目でリィスを射抜く。
    「お前の話はそれなりに興味深い」
    『せ、せやろ?』
    「だから、ALCA本部に行こう。
    ヤルノさんが段取ってくれる。
    すぐに国際的な異世界間貿易の枠組みを検討し、協定を検討しよう。
    素晴らしい事業になるんじゃないか?」
    そういう台詞の内容に比べ、その口調の冷たい事。あたかも、異世界の使者の熱を冷やすがごとく。
    『わ、わかってまへんな・・・
    これはぁ、うちとあんたさんの・・・』
    「お前がやりたいのは、開かれた異世界間貿易ではないな。
    セプトピアとの窓口を独占し、利益を収奪する。
    ―つまり密貿易だ」
    『・・・』
    ひゅうっ と息を飲むような音の後― リィスから出た言葉は・・・

    『だってその方が、儲かりますやろ?』

    ヴェロニカとかわす視線。
    不思議なアイコンタクトだった。
    ある意味この瞬間、この二人は誰よりもお互いを分かっていたのかもしれない。

    『交渉、決裂ですな』
    言うが早いか、身を翻す。その背中に、
    「私が、おとなしく貴様を帰すとでも?」
    ヴェロニカの目が鋭く光る。伸ばした手は盟約者、ネメシスの手を握り。

    『「合体」』

    『カミカミボム、出ておいで!』
    「動かないでいた方がお前の為だぞ?」
    瞬きする間すら与えない。リィスの足元をぐるり囲むように、小さな爆弾たちがニタニタと笑みを浮かべて整列する。

    「きょ、局長! 室内で爆弾は!」
    「ま、まあ一度爆破したけどな」
    「あれは後片付け大変でした!」
    言いながら、彼女たちもフォーリナーカードをかざそうとする。

    『ご心配には及びませんわ!』
    リィスの体のあちこち、スーツを破って白い蒸気があがる。
    「ちっ」
    起爆。
    ためらいなく足元の爆弾を爆発させるが、そもそも足止め程度の威力に設定していたためか、白煙の向こうに人影が飛んで逃げるのが見える。
    しかし。
    「明日葉!」
    「―」
    ゆらりと空気がうごめく。
    長いライフルの銃身が現ると、そのまま発砲。光の弾丸がその影を射抜く。
    「―命中」
    学はこの会談の前に合体してスニークウォークを発動。姿を隠しながら、サロンの中でずっと待機していたのだ。

    「・・・まあ、こんな事だろうとは思ったがな」
    白煙が晴れた時。
    そこに横たわるのは、人形。
    穿たれた穴から除くのは、歯車。
    血は流れていない。

    『エろうすいマせんなァ・・・』
    壊れた調子で人形のどこからか声が流れる。
    『うチもさすがニ、名高イないえん支局さンに、
    自分デ来るンはこわいコワい・・・』

    つまりそういうことだ。
    ここに来たのは紫車リィスの影武者。
    本物は別のどこかから、これを観ている。
    『まタ、お会イしまひょ・・・ そオの時は、勉強サせてもらいま―』
    と言って、音は途切れ、二度と鳴らなかった。

    「忙しくなるぞ」
    合体を解いたヴェロニカは、定理者たちを見回し、そう、告げた。
    ―続く

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  • アモル

    アモル

    まだまだ見習いの未熟なキューピッド。
    上位の天使型フォーリナーのお付きとして人間の住む世界の
    ALCAを視察する際、自分と近い年代であり、理想そのもの
    のニーナの姿を見て、一大決心し、彼女へ声をかけた。
    その後、彼女と友人となり盟約する。

     ニーナ・アレクサンドロヴナ & アモル

    ニーナ&アモル

    命令に従い、ALCAの支局を離れ、ピラリ学園に入学してきたニーナ。
    教室に集まったニーナたち新入生に、副担任の藤崎が早速クラスのカリキュラムについて
    丁寧に説明をしてくれている。
    ―が。
    失礼な事とは思いながら、藤崎の声はニーナの頭の中を上滑りしていく。
    心の中の大半は、ずっとひとつの事に占められたままだ。

    昨日までは、ALCAの第一線で定理者として人々のために働く自分。
    今日からは、ピラリ学園で学ぶ自分。
    でも何を学ぶのか?
    3人の使者と盟約し、彼女たちと深く心を通わせ信頼の絆を保ってきた自負がある。
    それぞれの能力、特性を引き出し、様々な事件を解決してきた実績もある。
    その私が、いまさら何を学ぶというのか。
    何を学べば、力を証明し、戻ることができるのか。
    ずっと考えているが、その答えは出ていなかった。

    「ところで、テトラヘヴンの天使サマが、ニーナにぜひ会いたいそうだ。どうする?」
    担任の神楽の、そんな唐突な声に引き戻される。

    ―異世界、テトラヘヴン。
    テトラヘヴンと言えば、神や女神、魔神たちが実在する神話の様な世界と聞く。
    以前ナイエン区で大事件を起こしたのはそのテトラヘヴンの魔神たちだし、
    その時活躍したナイエン支局の先輩定理者たちも、テトラヘヴンの女神たちの力を借りて事件の解決にあたったのだ。
    そんな世界の使者と盟約できたら、自分がALCAに戻るための糸口がつかめるかもしれない。

    盟約室に入ると、たちまち室内はテトラヘヴンの風景に変わった。
    宙に浮かぶ白亜の神殿。事前の知識では知っていたものの、その荘厳さに思わず息をのむ。
    すると。はるか天空から、光に透ける6枚の翼を広げ、白銀の鎧に身を包んだ女性が降りてきた。
    頭上に輝く大きな光の輪が印象的だ。
    『お前がニーナ・アレクサンドロヴナか』
    「はい、私です」
    相手の名前は聞いていた。テトラヘヴンでも、神々に次ぐ高い地位の大天使だという。
    『我はミカエル。天使騎士団の団長を務めている。
    我が声に応じてくれたこと、感謝しよう』
    「では、貴方が私と盟約したい、と?」
    『うん? ちがうぞ?』
    どうも話が間違って伝わっているらしい。
    『すまん。お前とぜひ盟約したい、というのはこっちだ。ほら、アモルよ、挨拶をせよ』
    『は、はい…』
    ミカエルの陰でわからなかったが、おずおずと羽ばたきながら現れたのは、ニーナよりも背の小さい、幼く可愛らしい天使の少女、だった。

    『わ、わたし、その、あ、アモルと・・いいます・・・』
    おじぎのつもりか、頭を下げたまま、うつむいて動かない。
    ふわふわの髪から覗く可愛らしい耳が真っ赤に染まっていくのが見える。どうも相当に恥ずかしがりやらしい。
    (初めてのタイプだわ・・・)
    超然とした自信家で天才肌のエメラダ、傍若無人で天真爛漫なアイシャ、落ち着いていて高貴なリリアナ。
    かつて盟約した者たちと全く違う目の前の天使の姿に、ちょっと驚いた。
    (いや、というより・・・)
    そう、驚いたというより、心配になってしまう。

    『こら、アモルよ、ちゃんと自己紹介して、思いを自分で伝えぬか!
    それではニーナが困ってしまうだろう』
    『あ! ご、ごめんなさい、ごめんなさい・・・』
    ますます頭を下げ小さくなってしまうアモルに、思わず助け舟を出してしまう。
    「いえ、謝らないでください。緊張しているんですね。
    気を楽にして、貴方の話を聞かせてください」

    そしてニーナは、アモルのたどたどしい話をゆっくりと聞いていった。
    アモルはまだ見習いのキューピッドであること。
    この世界、セプトピアへの視察団に手伝いとして随行してきたとき、ニーナの活躍を目撃したこと。
    彼女から見た自分は、強くて、綺麗で、かっこよくて、りりしくて―
    聞いているこっちも赤くなってしまいそうだが、とにかくそういうこと、らしかった。

    『わ、わたし、こんな、何もできない、ダメな天使、だけど・・・
    か、変わりたい、そう、変わりたいんです!
    わたしも、皆の役に立てるような、
    人と人を結ぶ、立派なキューピッドに、なりたいんです!だから、だから、そのぅ・・・』
    「だから?」
    『う、ううう・・・』
    次の言葉を、ニーナもミカエルも急かしはしなかった。
    ただ待った。
    この言葉ばかりは、アモルが自分で伝えなければならない。
    『私の、盟約者に、なってください!』

    正直なことを言うと、最初にアモルが盟約を希望していると聞いて、落胆とまでいかなくても
    (どうなんだろう?)と思ったのは確かだ。
    ALCAに復帰するために、自分の強さを証明する。
    そのためには、強い使者と盟約した方がいい。
    (―でも。
    もしそうだとするなら、エメラダやアイシャ、リリアナが弱かった、ということ?
    そんなことはない。そんなことは認められない。
    私、ニーナ・アレクサンドロヴナの誇りにかけて)

    アモルはついに顔をあげて、まっすぐニーナと目を合わせた。
    今にも泣きだしそうに目が潤んでいるが、しっかりと、目を合わせた。

    今までの盟約者たちは、いつも自分を引っ張ってくれる存在だった。
    しかし今度は私が、この幼い天使の手を引いて共に歩くことができたなら。
    ―私がちゃんと一人前の定理者であると、証明できるかも?

    後にニーナはちょっと反省してこの時のことを語る。
    少々、打算がありましたね、と。

    「いいわアモルさん。私と盟約しましょう」

    小さなキューピッドの小さな勇気。
    それが大きな力となって、ニーナを助けていくようになるのに、それほど時間はいらなかった。

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  • トール

    トール

    テトラヘヴン屈指の戦闘力を誇り、常に闘いと強さを求める。基本的には真面目な性格であるが、闘いを純粋に求めるあまり、子供っぽい一面も。闘いでは、雷とトールハンマーを操る姿から“雷の戦神”という異名を持つ。

     五六八 葵 & トール

    葵 & トール

    トリトミー襲来の混乱の後、葵はいかなる場合にも備えて、「強さ」が必要であることを実感した。

    単純な戦闘の強さだけではなく、精神の強さも非常に重要になると。
    それは、使者の襲来が激減し、戦闘よりもパトロールや慈善活動に従事するようになった、
    今この時においても。

    『葵、闘いはまだか!?』
    また始まった…と心の中で呆れる葵。
    今日お願いされている活動は、道を塞いでいる倒木の処理。
    確かに、彼女の求めているような闘いではない。
    「言ったでしょ?今の定理者は闘うだけじゃないって。こういう活動だって、とても大切なことなのよ」
    『そうかもしれないが…』

    ここまで彼女が闘いを求める理由、
    それは彼女が、テトラヘヴン屈指の戦闘力を誇る、雷の戦神だからであろう。
    “戦神”ともあろうものが慈善活動にいそしんで、自慢の戦闘力を発揮できないことが、
    腑に落ちないのかもしれない。
    葵も、その気持ちは十分に分かっているつもりだったが、
    「トール、あなたはそれでもいいって言ってたじゃない」
    そう言いながら、彼女と盟約した時のことを思い出していた。

    ALCA盟約室には、葵とトールの姿があった。
    実戦経験を持つ定理者と盟約がしたいというトールからの要望に、葵が呼ばれたのである。
    葵のトールへの第一印象は、力強さ、であり、これまでの盟約者とは毛色が違うかな、
    というものだった。

    「実戦経験を持つ定理者なら私以外にもいるわ。その中からなぜ私が?」
    『キュウドウの名家で育ったという話を聞いた。葵は闘いの為の能力を幼いころから鍛えてきたということだろう。“戦神”の異名を持つ私にぴったりの定理者だと思ったのだ!』
    「弓道は闘いってわけでもないけど・・・」
    『それに、モノリウムの腕利きの戦士、メルチとも盟約しているそうじゃないか!
    あれだけの力を持った者と盟約をしていることが、葵の実力を証明している!』
    トールは、葵以外の盟約者は他にいないと考えているようだった。
    葵の話を聞こうとせずに、とにかく盟約をしようと、葵についての情報を熱弁している様子である。

    「トール、あなたは“戦神”の異名を持つみたいだけど、今のセプトピアはかなり平和なの。
    使者の侵略も減ったし、滅多に闘うことはないのよ?」
    葵は、勢いに押されそうになりながらも、なぜこのタイミングで盟約を、という疑問を投げかけてみた。
    『定理者と盟約をすれば、さらに強くなれると聞いた!
    葵と盟約をすれば、もっと強くなれると感じたのだ!それに、強くなることに理由などいらない!
    闘いが少なくても構わない!』
    答えになっているような、なっていないような返答であったが、葵が何を言ってもこの熱意は変わらないのだろう。葵にとっても、「強さ」を求めることに異論はなかった。
    「そこまで言うなら…」
    『本当か!?ありがとう、恩に着る!』
    これまでとは違った、力強い盟約者であるため、葵は内心ドキドキしながらも、自分の心の強さを鍛えていくために、良い相手なのではないかと考えていた。

    「戦いが少なくても構わないって言ってたわよね?この倒木だって、私たちだから簡単に処理できるのよ」
    そう言いながら、トールハンマーの一閃で倒木を吹き飛ばす。
    『こういう能力の使い方ももちろん必要なことだとは思う……』
    トールと過ごしていく中で、彼女のことを徐々に理解するようになっていた。
    “戦神”という異名を持ちながらも、闘いを求める純粋な子供のよう一面があること。

    なんだかんだ文句を言いながらも、慈善活動にも能力を発揮して、精を出してくれる真面目な性格であること。
    盟約した当初はどうなっていくのか不安もあったが、上手くやっていけそうだな、と感じるようになっていた。
    出来ることであれば、彼女が一番輝ける、闘いの場を用意してあげたい気持ちはあるが、
    「今、私たちにできることをやりましょう。この活動も、しっかりと強さに繋がっていくと思うわ。」
    『葵が、闘いでは得ることのできない強さがあるというのなら信じてみよう。ただし毎日1時間の訓練には付き合ってもらうぞ』
    「はいはい」

    駄々をこねたような言い方に少し呆れながらも、強さを純粋に求める姿勢は見習うべき点だな、
    と微笑みながら返事をした。

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  • ブリュンヒルデ

    ブリュンヒルデ

    テトラヘヴンからやってきた、戦いを好まないおしとやかな使者。どうしても戦わなければならない時には、ニーベルングリングを使う。彼女が葵の元へやってきた理由は、大切な人を“守る”ためである。

     五六八 葵 & ブリュンヒルデ

    五六八 葵 & ブリュンヒルデ

    「ここで仕留めるわ!」

    葵の声が宵闇に響き渡る。
    使者の襲来が激減したとはいえ、それでも完全に途絶えたわけではない。

    『戦うことでしか、分かり合うことが出来ないのですね……』
    ブリュンヒルデが哀しそうに呟く。
    「大切な人を。平和を守るために。戦いましょう。」

    トールと盟約した少し後、ALCAの盟約室に葵は再び呼び出されていた。
    またしても、葵と盟約をしたいという使者が現れたという。
    (なんだか人気者になった気分だわ…)
    そんなことを考えていると、
    「あなたが葵さん・・・ですね。伺っていた印象とぴったりです。
    私と盟約してくださいませんか?」
    いきなり名前を呼ばれてハッとする。
    室内はテトラヘヴンの風景に変わっていた。
    目の前にいたのは、綺麗なでおしとやかな女性であった。
    紫色の髪をなびかせて、憂いを帯びた表情に、思わず見とれてしまう。
    「葵さん…?」
    返答がない葵に、ブリュンヒルデは再度問いかけた。
    見とれていた、と言うわけにもいかず、少し焦る。
    「ごめんなさい…!でもなぜ盟約を?」
    いきなり盟約をしようと持ち掛けられる理由が全く見当たらなかった。
    トールの時と同じ流れだな、と思いながらも問いかける。
    「トールが、葵さんと盟約をしたと聞きました。」
    ちょうど今考えていた名前が、目の前の女性の口から出てきたことに驚く。
    「なぜご存知なんですか?」
    「同じテトラヘヴンにおりますから。“闘い”と“強さ”を求め、強く、凛とした定理者と盟約をしたと聞いて、その定理者の方を探していたのです。」
    葵の目を見つめながら、話を続けるブリュンヒルデ。

    「私は、戦いを好みません。トールにもできるだけ戦いをさせたくないのです。
    それが出来るのは、葵さんのそばにいることだと感じました。」
    戦いをさせたくないから、盟約をしたいとは、今までに聞いたことがない理由であった。
    「私も出来ることなら戦いたくはないわ。
    でも平和のために“強さ”は必要だと思ったからトールと盟約したの。“強さ”を求めているのはトールも私も同じよ?」
    「私とトールは幼馴染なんです。」

    いきなりの告白に動揺する。
    「トールは、小さいころから、戦いから帰るたびに、私に楽しそうに戦いの様子を話してくれていました。戦神として名を知られるようになってからは、もっと目を輝かせて。
    トールが楽しそうにしているのを見るのは私もとっても嬉しかったです。」
    「それなら、戦いをさせたくないなんて…」
    葵の言葉を遮るように、ブリュンヒルデは言葉を続けた。
    「それでも…楽しそうに話す彼女の身体は、いつも傷だらけでした。
    私は、彼女にこれ以上傷ついてほしくないのです!」
    ブリュンヒルデの、強い想いが葵の心を動かす。
    「・・・。あなたの、トールを守りたいという気持ちはよくわかったわ。」
    「それでは・・・!」
    ブリュンヒルデの顔が明るくなる。

    「私は平和を守りたい。必要があれば、戦うこともあるし、
    ブリュンヒルデにも一緒に戦ってもらうわ。それでもいいかしら?」
    「私がトールを守りたいのと同じように、葵さんは平和を守りたいのですね。
    平和のために戦うというのであれば…お手伝い致します。」
    “守りたい”という共通の気持ちが、盟約の決め手となった。

    「なぜブリュンヒルデが!?」
    ブリュンヒルデを見たトールが驚きの声を上げる。
    「私も葵さんと盟約をしたんですよ。」
    微笑みながら答える。
    驚きながら、トールも嬉しそうな表情をしている。
    二人のやり取りを見ていると、本当に仲が良いことが伝わってくる。
    その様子を見ながら、
    (私にも、あんな仲間がたくさんできたらいいな)
    と葵は考えていた。

    ―これは、アシュリーと共にピラリ学園に転入して、大切な仲間がたくさん出来る、
    数か月前の出来事である。

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  • アストライアー

    アストライアー

    星を司り、占いによって人の未来を予知する能力を持つ。ただし、自分自身の未来を占うことはできない。公平さを重んじる「星の女神」。好奇心が強く、面倒見がよい。ふとした理由で人間に興味を持ちセプトピアにやってくる。

     アシュリー・ブラッドベリ & アストライアー

    アシュリー・ブラッドベリ & アストライアー

    アシュリーがピラリ学園に入学して仲間と出会う、素敵な未来がやってくる数か月前のこと。

    読書好きなアシュリーは、随筆や小説、詩歌から純文学まで幅広く読んでいた。
    彼女はもちろん神話も幼いころから親しんでおり、
    後に出会うアストライアーがどんな女神なのかを本でよく知っていた。

    アストライアーは善悪を司る天秤を所持した星の乙女と呼ばれる女神。
    アシュリーはアストライアーと出会うまで特に星が特に好きではなかったし、
    性格についても正義感が強い玉姫に比べると自分はそうでもなく、
    人を傷つけるような人は嫌いだけれどもそこにもなんらか意図があるに違いないと思ってしまうようなタイプだったから、アストライアーに出会うまではまさか盟約するなんて思ってもみなかった。

    そんな、アシュリーとアストライアーが出会う、ほんの少し前のテトラヘヴンのこと。
    「アストライアーは堅いんだから~!ちょっとからかっただけじゃないですか!」
    「タナトス!あなたという人は。人の命をもて遊ぶなんてもってのほかですわ。」
    正義を司る女神は、死を司る女神とは旧知の仲。友人というよりも腐れ縁に近い。
    いつもタナトスの面倒をみているのがアストライアーなのである。

    「だって、すごい暗そうだから面白そうなんですもん!」
    タナトスはセプトピアの様子がわかる鏡を見ながら笑っている。
    「人はみなさんそれぞれの正義があります。それをバカにしたりしてはいけないと思います。
    こっちの人なんて、一生懸命読書をしているからきっと素敵な未来がまっていると思いますわ。
    あなたも少しは見習って!」
    「じゃあ、私、セプトピアにいくことにする!そしたらニンゲンって生き物がもっとわかると思うんです!アストライアーだって星占いでほんとのことがわかると思ったら大間違いですよ。」

    ――タナトスがセプトピアにいくなんて。少し考えただけでも何が起こるかわからない。
    でも、言っていることはよくわかる。私は、ニンゲンというものを本当に知っているのかな。
    「私は占いを通して、人の信じる結果を見守ります。この子だって。」
    そういって、アストライアーが見た未来は衝撃的なものだった。
    「どうしたの?アストライアー?聞いてる?」
    「この子の未来が見えないの。」

    その数か月後、アストライアーはタナトスを探してセプトピアにいた。
    というよりも、タナトスを探すというのは名目で、実は未来を占った少女に興味があったのだが。
    いざ来てみると、テトラヘヴンとあまりにも違いすぎる星空でうまく未来を占えない。
    本来の能力も使えないしどうしたらよいのかわからず、露頭に迷ってうろうろしているところで見知らぬ少女に声をかけられた。

    「何かお困りですか?」
    ――どこかで見たことのあるような顔…。いえ、この子…。占っても未来が見えなかった子だわ!
    「人を探しているんですが、見つからないんです。」
    アストライアーはアシュリーの顔をまじまじと見つめながら、応える。
    「それは、困りましたわね。どんな姿なんですか?どこで見失ったんですか?」

    ――占えば簡単なのに、とても一生懸命ね。この子の未来がなぜ私に見えないのかしら!
    「紺色の髪で、赤い服を着ています。背はふつうくらいです。見失ったのはこの世界ではないんです。」
    とりあえず、アシュリーの会話に合わせつつアシュリーの様子を伺う。
    「この世界ではない?あなたはもしかして……使者?」
    「そうなんです。実は、私、テトラヘヴンから来た、アストライアーと申します。」
    街角で使者に会ったことに驚くアシュリー。しかもその使者は女神アストライアーと名乗る。
    驚きを隠せないアシュリーはあまりにも突然のことで変な事を口走ってしまう。

    「あなたが!?もっと光貴で威厳のある方だと思っておりましたわ。」
    ――とても不躾ね!タナトスみたいな子だわ。でも、面白い子だわ。
    アシュリーは自分で失礼なことを言ったことを自覚する。
    「ごめんなさい!失礼なことを言ってしまって!まさか眼鏡をかけた美少女が女神様だなんて!」
    「いえ、気にしないで。実はね、私、あなたに興味があるの。」
    「私にですか?あなたのような女神様が私に?」
    「そうなの。私、未来を占う力があるんだけど、あなたの未来が見えないの。」
    「私のですか!?もしかして死ぬ日が近いとかでしょうか?」
    無茶苦茶な展開に混乱するアシュリー。

    ――突然声をかけたら女神と名乗り、しかも未来が見えないだって!?
    「それはないわ。死ぬ人の未来は死ぬときが見える。でもあなたはそうじゃない。私にも理由はわからないの。」
    アシュリーはアストライアーの言葉が妙に魅力的に聞こえた。
    星を占う女神なのに私の未来が占えないなんて。

    ――私はほかの人にはない未来が待っているのですね。きっと素敵な未来ですわ。
    アストライアーはアシュリーの未来を見守ることがとても楽しそうな未来に思えた。
    ――タナトスの言っていた、ニンゲンというものを知るというのはこういうことかもしれない。

    その数日後、意気投合した二人は盟約することになる。

    二人はお互いの未来に興味があったし、二人の言葉を理解することで新たな発見があったからだ。

    アストライアーがアシュリーの未来を占えなかった理由。
    それは、アストライアーが自分自身の未来を占えないから。

    二人が盟約することで二人の運命が重なることになっていたから。アストライアー自身がそれに気付くのはずっと先のことなのだが。

    アストライアーはセプトピアの星空を見上げてつぶやく。
    「タナトス。ありがとう。」
    占えない未来は面白い。

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  • ミカエル

    ミカエル

    異世界の秩序を護る大天使。天使騎士団の団長を務める。
    ルシフェルとの戦いのあと、人間の住む世界を訪れたところ、
    そこで出会ったニーナに自分と親しい騎士道を感じ、共に高
    め合う友と認めたことで盟約を交わした。

     ニーナ・アレクサンドロヴナ & ミカエル

    ニーナ・アレクサンドロヴナ & ミカエル

    「さーあ盛り上がってまいりました!
    ピラリ学園体育祭! 午前中最後の競技は、各学年のSクラス選手によるエキシビション・マッチです!」

    ピラリ学園体育祭は、最初の競技から観客を含めて大盛り上がりだった。
    予想通り、紅組・白組それぞれの中心には各学年のSクラスの生徒がおり、縦横無尽の活躍をしていた。
    例えば普通の女子競技とは思えないアスレチックな障害物の数々を並べた「スーパー障害物競走」では、紅組の2年Sクラス、桐谷華凛が次々と障害を突破しコースレコードを記録。
    「フフフ、主様、今日ばかりは私が勝利させていただきます!」
    一方ちょっと乙女にはどうか?と思うサイズの焼きたてパンをブドウのごとく鈴なりに吊るした「エクストリームパン食い競走」では、
    白組の同じく2年Sクラス、桐谷華恋が
    「おねえちゃんばかりに、いいかっこさせないよ~
    もぐもぐぱくぱく おいし~~!」
    全てのパンを食らい尽くし、他の生徒をゴールさせない荒業で観客を唖然とさせていた。
    ちなみに観客たちは、生徒たちの父兄とその関係者など招待客。一部、ALCAの職員やOBも混じっている。
    とある国の国王が巨大な映像機器を持ち込み、あらゆる角度からその娘の活躍を記録収録しようとしたが、規則ということで家庭用ビデオ端末一台を残して全て没収されたらしい。

    この日のために、鍛えてきた少女たち。
    みな、個人競技に、あるいは団体競技に、輝かしい汗をきらめかせている。
    もちろん中には、運動の苦手な子たちもいただろう。
    彼女たちにも、できる範囲で参加できる競技が用意されたり、あるいは運営の方で活躍させたり。
    生徒会の面々が細かいフォローをしていたことがわかるのは、また後日のことである。

    「・・・ごめんニーナちゃん、負けちゃった・・・」
    いつも太陽の様なリオンが、落ち込むとこれまた分かり易い。しおれた花の様だ。
    しかし。
    「そう、リオンに勝ったのね-」
    視線の先には、リオンを倒し、決勝に上がってきた選手が見えていた。
    「-じゃあ、仇取らなくちゃね?」
    自分なりに少し冗談めかして言うと、
    「うん!頑張って!応援してる!」
    これまた花が咲くように笑顔を向けてくれた。

    「Sクラスエキシビション・マッチ、低学年の部・決勝戦を開始します!
    1年から3年までのSクラス選手の中で、まず決勝に名乗り出ましたのは、優勝候補No.1、白組2年Sクラス、ニーナ・アレクサンドロヴナ選手!」
    拍手と応援の声に背中を押されて、中央に進み出る。
    そして。
    「対しますは、これまた白組2年Sクラス! 有言実行の努力の天才!、橘弥生選手!」
    そう。
    リオンを倒し、今目の前に立つのは、弥生だった。
    ちなみにトーナメントの結果、どっちに転んでも優勝は白組の選手なので、白組にボーナスポイントが入る事が確定している。
    「ニーナさん、いい試合をしましょう、なんて申しませんわ。
    私、今日こそは全力を尽くし、あなたに勝ちます!」
    「そう。難しいと思うけど」
    「だからこそ、挑戦する価値があるのですわ!
    -それに。ひとつ、賭けを受けて欲しいのです」
    「何?」
    「もしこの勝負で私が勝ったら・・・」
    「・・・」
    「その時は、私の事は橘さん、ではなく、弥生、と呼んでもらいますわ」
    「-」
    ニーナの目が一瞬大きく見開いて、直ぐに閉じ-
    軽く右手を胸の上に置くと、何かを確かめるようにして、また目を開く。
    「-分かったわ、橘さん」

    残念ながらニーナの両親は国を離れられず、彼女を個人的に応援してくれるのはALCAの元同僚のスタッフ。あるいは、結局来ているかどうかわからない文通相手。そして。
    「ニーナちゃん、がんばれ!!!!」
    大切な友達。うん、充分。いや、充分以上だ。

    「やっちゃ~~~~ん! 今日こそ目にもの見せてやるっす!!!!!」
    「万博ちゃん、万博ちゃんは弥生ちゃんの応援するんだね!」
    「主様!!」「主さま~~~!」
    「もちろん私たちも」「主さまを応援するよ~」
    「ってわけっす。だからこの一戦だけはリオンとも敵っすね!」
    「いいよ!ニーナちゃんは負けないから!」

    弥生と正対するニーナ。
    アモルとミカエルのフォーリナーカードを手に取る。
    「アモル、ミカエル、最初から全力で」
    『うん、ニーナちゃん、わたしがんばるね!』
    『ああ、手加減はしない』
    「-でないと、勝てない」

    「ゲートアクセス、テトラヘヴン!」
    「ゲートアクセス、ジスフィア!」

    最初の交錯は空中戦で始まった。
    優雅で柔らかな天使の白い羽を翻し、アモルと合体したニーナは弧を描きながら飛翔、素早く弓を連射する。
    一方の弥生は凪と合体。黒い烏天狗の翼を広げて飛ぶ。と同時に高下駄で空を蹴る。ジグザグの機動で動きを読ませない。更に。
    「凪、やりますわよ!」
    『おう、俺の力を見せる時だ!』
    人型の符をばらまくと、符は次々鴉天狗の式神と化し、ニーナに襲い掛かる。
    だがそれらは彼女の傍までたどり着くことなく、アモルの矢に撃ち落されていく。
    「まだまだ!出し惜しみは無しですわ!」
    「いくらでも来なさい!」
    ニーナの機動は小回りに優れ、前後左右自由自在。勢いを増す凪の符術もくるりくるり舞うようにかわす。
    一方の弥生は、一瞬の直線加速ならニーナに勝る。そこを使う。
    「凪!今ですわ!」
    『おおう!』
    さんざんばら撒いた全ての式神。それら全部、全部を囮に。
    式神たちの姿が一瞬ぶわっと膨れ上がったかと思うと、黒い霧を吐いて形を解き、ニーナの視界を奪う。
    そして-

    『わわっ、わわっ』
    「アモル、落ち着いて。こう来るなら、きっと!」
    振り仰いだ空。
    体育祭にぴったりの、雲ひとつない青空。それが黒い霧に覆われて、太陽の光もさえぎっている。
    だからこそ。
    「-来る」

    黒い霧がかすんでいく刹那。
    弥生はニーナの真上、太陽を背に飛んでいた。
    広げた黒翼が太陽をさえぎり、
    「トランスチェンジ! 七宝、出番ですわよ!」
    『ふふっ、腕が鳴るわねぇ~!』
    七宝とトランスチェンジ。
    その姿が変わった時、背にした太陽をさえぎっていた黒翼はなくなり―
    「しまった!」
    弥生が上を取ってくることも、太陽を背にしてくることも、読めていた。
    しかし。頭上でトランスチェンジすることで、太陽の光すら武器にするとは!
    さえぎるもののない日光が、振り仰いだニーナの目を灼いた。
    『「如意棒!!!」』
    脳天逆落とし。
    如意棒を手に、天空からニーナを急襲する。
    だが黙ってやられる彼女ではない。
    「トランスチェンジ! ミカエル!!」
    『任せろ!』
    ごきん、と鈍い音と共に、ミカエルの大盾が如意棒を受け止める。
    そのままもつれ合うように落下、地面へ。

    「ニーナちゃん!」
    「やっちゃん!」
    「主様!」「主さま!!」

    観客の悲鳴、それが鳴り止まぬうちに。
    地面の土煙の中から、鋭く鈍く、金属音が鳴り響いた!
    鋭く突き出される棒を盾ではじき、返すレイピアを更に棒を回してそらす。
    「やはりこの程度では、倒せませんわね!」
    「でも少し驚いた」
    「なら、もっと驚いていただきますわ!!」
    更に弥生が肉薄してくる。
    如意棒はやや短めの長さに抑え、更に突くよりは打撃で。体に巻き付けるような動きで振るいつつ、さらに接近。
    「っ!」
    「いかがです!」
    ニーナの表情が少しゆがむ。
    額から汗が滴り目の端をかすめる。
    『流石だな』
    「ええ」
    合体しているミカエルも、弥生の動きを思わず称えていた。
    ミカエルの主な攻撃は、もちろんレイピアによる鋭い刺撃。
    従って攻撃範囲は彼女の前方に限定される。もちろん彼女自身が鋭く動くことで、そもそも相手を近づけず縫い留める様に攻撃してしまうのが本来のスタイルだ。
    だが今回は弥生の作戦により、レイピアの間合いよりやや短い肉薄戦になっている。
    間合いを突き放したいところだが、弥生の巧みな足運びがそれを許さない。
    さらに武器の相性も問題だ。
    レイピアは相手の武器をそらしていなし、カウンター気味に突き込むこともできるが、如意棒の打撃は極めて重く、まともに受ければレイピアがゆがむ。
    勢い、弥生の攻撃を盾で受け止める事が多くなるが-
    『くっ 重い』
    そう、重いのだ。
    身体を軸に、その重さを十分乗せたうえ、回転の勢いをつけてぶつけてくる打撃。
    盾で受け止めてはいるが、受け止めた身体ごと沈んでしまいそうだ。

    「-」
    ALCA支局で最前線に立ち、実戦を切り抜けてきたニーナ。
    己の才能を、気高い意志と努力で磨き上げてきた数年間。
    その蓄積に、橘弥生はわずか1年と半年で、追い付こうとしている。
    それも、日々の勉強や生徒会の庶務としての仕事をこなしながら、だ。
    そのことを思い、ニーナは決めた。
    「ミカエル、ごめんなさい」
    『わかっている。悔しいが、今日は譲ろう』
    そう心中で会話を交わす。
    気高いミカエルだからこそ、万言を費やすよりも、この一言で通じると信じた。

    「もらった!ですわ!!」
    必勝を期したひと振り。
    それはもしかしたら、ほんの少し踏み込みが深すぎ、ほんの少し振りが大きすぎたかも、しれない。
    そのわずかなブレに、ニーナは柔らかく体を折って飛び込む。
    「-トランスチェンジ。いくわよ、アイシャ」
    『おっけ~ みんなを釘付け。みんな見惚れるがいい、にゃあ』

    光を放ち、ニーナは再びトランスチェンジ。その姿は。

    「かわいいいいい~~~!!!!!」

    思わず絶叫するリオンの視線の先には、モノリウムの使者、山猫の獣人である闘舞のアイシャと合体。
    薄く肌もあらわな踊り子の衣装に身を包み、頭の上から可愛らしい猫の耳を生やしたニーナがいた。

    「!」
    万博も華凛も華恋も、そしてもちろん弥生も見たことのないニーナの姿。
    だが思考を止めることこそ愚策。弥生はためらわずそのまま、如意棒を振るった。
    が。
    「!!」
    棒は当たっている。
    ニーナの身体に当たっている。
    しかし、限りなく当たった手ごたえがない。
    『これは・・・まずいわねぇ』
    あたかも、空に浮かぶ木の葉を打ったかの様に。
    ふわり。
    棒がそのまま回っていくのを、ニーナの体が、まとわりつくように絡めとる。
    「そんな・・・!」
    恐るべき体術。
    いかなる技か、如意棒の勢いを見事殺し、柔らかく受け流したかと思うと、
    「はっ!」
    カウンターで突き出されたニーナの掌底-なんと大きな猫の肉球-が弥生の腹に吸い込まれる。
    その可愛らしいビジュアルに反し、想像以上の重い一撃。
    おなかの中をかき回されるような衝撃が、弥生を襲う。
    『浸透剄。やるねぇ・・・』
    「か、かんしんしてるばあいじゃ、ありませんわっ」
    そして弥生は気づいた。
    今度はニーナが自分の間合いの内側にいるのだ、と!
    本来、如意棒の威力はいかなニーナといえど、そうそう殺しきれるものではないはず。
    しかし、棒を振るう半径の、さらに奥に位置することで、十分な回転を乗せられず威力は半減する。
    そう、接近戦を仕掛けた弥生が、さらに肉薄された超接近戦を仕掛けられているのだ。
    「ならば!」
    棒を引き戻し、今度はこちらが突きで縫いとめようとするが。
    じゃらん。
    弥生の視界を、ニーナの両腕に繋がった金色の鎖が舞った。
    (ちなみに鎖の先には、猫の顔をかわいく形どった分銅がついている)
    鎖は棒にきゅっと絡むと、その動きを一瞬制止する。
    そのまま手前に引きこむと同時に、ニーナは弥生の足元を軽くなでるように蹴る。
    それだけで、弥生のバランスは大きく前に崩れた。
    ぐるぅり。
    身体が半回転、背中から地面に転がされる。
    その弥生のお腹をニーナは軽く踏みつけながら、掌底を今度は顔に打ち下ろし-
    「-参りましたわ」
    次の瞬間、弥生の顔は大きく柔らかく不思議な弾力のあるあたたかなものにむぎゅっ とされていた。

    「決着ー! 勝者は2年Sクラス、ニーナ・アレクサンドロヴナ選手!」

    大歓声と拍手の中、ニーナは肉球のついた手を弥生に差し出し、助け起こした。
    「ニーナさん、そんな奥の手がありましたのね!」
    「ええ」
    「今回も負けましたけど、次こそは勝ちます! 七宝の技をもっと私が使えれば、きっと!」
    「いつでもどうぞ。
    -橘さん」

    『今回はアイシャ殿に譲ったが、次こそは必ず、私のレイピアで!』
    『にゃ、がんばれがんばれ』
    『う、うぬぬぬー!』
    『ミ、ミカエル様、ごめんなさい、私のせいで・・・』
    『ばか、泣くんじゃない!お前のせいではないだろう!』
    フォーリナーカードを介して彼女の盟約者たちが騒いでいるのを放置しながら、軽く空を見上げる。
    この学園に来てから盟約した、アモルとミカエルの力だけでは勝てなかった。
    ・・・
    何故だろう、なのにニーナの顔には、少し笑みが浮かんでいた。

    「ニーナさん。今日の最後に、最後の出し物として、高学年の部の優勝者とのエキジビション・マッチを検討しているのだけど、どうされます?
    他の競技もありますし、疲れもあるでしょうし、それに相手は高学年ですから、辞退しても問題ないですわよ?」
    対戦の後、今度は体育祭の運営委員としてそう尋ねてきた弥生に、
    「やります」
    即答だった。
    強い意志の光が瞳に宿る。
    「相手は誰?」
    その時、訓練場の方から歓声、そして高らかに勝者を称えるアナウンスが聞こえてきた。
    「決まったー!!
    勝者、紅組5年Sクラス、生徒会副会長、アシュリー・ブラッドベリ!!!」

    ―続く!

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  • ウェスタ

    ウェスタ

    他の世界の料理を学ぶため、セプトピアを訪れた際、参加した料理教室で夕子と出会う。そこで夕子と意気投合し、彼女と初めて盟約するフォーリナーとなる。

     森ヶ谷夕子 & ウェスタ

    森ヶ谷 夕子 & ウェスタ

    夕子が彼女と出会ったのは、今から2年ほど前のことになる。

    ピラリ学園の4年生になった夕子は、もっと料理のバリエーションを増やしたいと思い、
    休みの日を使ってオビヒロの料理教室に通うことにした。

    基礎は身についている自信があったので、ちょっと背伸びしてプロのシェフに習うコースを選択。
    二人一組になって授業を受けるのだが、その時同じ組になったのは夕子と同じぐらいの背格好で、
    柔らかい印象の若い女性だった。

    ウェスタ、と名乗ったその少女は、夕子よりも大人びた立ち振る舞いをしながらも、ちょっとした受け答えでころころ笑う表情はまるで年下の様でもある。不思議な人だった。

    「まずは野菜を、それぞれ指示した通りに包丁で切ってください。
    ここで大きさを揃えておかないと、火の通りがばらばらになりますからね、気を付けてください」
    講師の指示に従って野菜の皮をむき、指定した形に切っていく。
    輪切り、半月切り、銀杏切り。

    夕子の目から見ても、ウェスタの包丁使いはなかなかのものだ。
    ゴロゴロした形のジャガイモも、無駄を出さず丁寧に皮を剥いていく。

    「では炒めていきましょうか。フライパンは用意できていますね。
    今日は油通しをしない方法を教えます。
    油は少なめ、材料を入れたらすぐに弱火に。じっくり火を通していきましょう」

    フライパンをコンロに置いたウェスタは、両手を構えると、『えいっ』と小さく声をかけた。
    そのまま数秒。
    『・・・あ、失敗失敗。こっちでは力、使えないんだっけ』
    舌を出すその仕草は、あざといぐらいに可愛いものだったが―

    『夕子さん、わたし、このコンロって言うの?使い方、良くわからなくて。
    火の点け方、教えてくれない?』
    「ええ、もちろん・・・でもあなた、もしかして・・・」
    『あ、火が点いたわ! なんだか不思議ね、なでるだけで火が大きくなったり、小さくなったり。
    精霊さんのご機嫌を伺わなくていいから便利ね!』
    「・・・使者さんも、料理はするの?」
    『ええ、料理は得意中の得意。だってわたしは、竈の神だもの』
    「私も料理は大好き。嬉しいわ、そんな使者の人と出会えて。改めてこんにちは、ウェスタさん。
    私は森ヶ谷夕子。定理者育成機関ピラリ学園の4年生です」
    『始めまして、夕子。私はテトラヘヴンのウェスタ。竈の神ウェスタ。セプトピアのお料理、わたしに教えてくれる?』

    定理者の素質があると認められ、定理者育成機関・ピラリ学園に入学したものの、長らく盟約者が見つからなかった森ヶ谷夕子。
    それがこうして使者に巡り合い、料理という得意分野を通じて仲良くなり、あれよあれよという間に盟約する関係になったのだから、運命とは不思議なものだ。

    先生に言われるまま、Sクラスへ移動の手続きを進める彼女の部屋に、今日も騒がしい訪問者があった。
    「良かったじゃないか夕子!これで君も立派な定理者だ!」

    彼女は東瑞希。
    小学生の時からの幼馴染で、何かといつも自分を気にかけてくれる。
    「ええ、そうね、そうなんだけど・・・」
    「浮かない顔だね、何を心配しているんだい―
    はっ! そうか! 私としたことが気づかなかった!
    夕子、私とクラスが離れてしまうことに、君がこれほどまでに胸を痛めていよう、とは。
    ああ! そうだとも! この重大事! だが大丈夫。私はいついかなる時も心は君と共にある。
    なあに一言呼んでさえくれれば、授業中であろうがなんであろうが、私はすぐに駆け付け―」

    「クラスのことは、別に構わないの」
    「ええー」
    「それより、Sクラスになったら、戦闘訓練がある、でしょう?」
    「! ・・・夕子、君は・・・」

    視線を自分の手に落とし、少し震えているかの様な夕子。

    「ううん、わかっているの。
    戦闘訓練ではちゃんと、しーるど?って言うのがあって、私たちは怪我したりしないようになっている、って。でも万が一って事はないのかしら?」
    彼女のことをいつも見ていた瑞希には、わかっていた。
    夕子は、自分が傷つくのが怖いのではない。

    「万が一、万が一私のこの手が、人を傷つけ、怪我させてしまったらって思うと、どうしても・・・ね」
    思わず瑞希は、夕子の両手を手に取り、包むように握っていた。
    「夕子―」
    「こんな事じゃ、いけないわよね。
    定理者の先輩方は、今も世界のため、戦っているというのに。私も盟約者ができたのだから、すぐに戦えるようになって、皆を助けないといけないわ。なのに、ね」
    そう。つい先日も、トウキョウはナイエン区に強大な使者の襲来があり、ALCAは定理者の少年少女たちを動員し、なんとかその制圧に成功したと聞く。
    考えてみれば、ウェスタがトランスジャックで人を襲うような使者でなかったのも、実に幸運なことなのだ。

    ほどなく、夕子はSクラスに移動。
    危惧していた戦闘訓練では、残念ながら予想通りの状況となっていた。
    『夕子、少しは攻撃しないと。いえ、攻撃するフリだけでもしないと―』
    「わかってる、わかってる、けど・・・」

    ウェスタの能力は、二つの錬金釜を使い、様々なものを産み出す能力だ。
    竈の神の由来通り、産み出せるものは家庭の台所にあるようなものが中心になる。
    正直、人を害する武器の類を産み出すのは、ちょっと苦手だ。
    でも物は使いよう。
    家庭にある包丁だって十分凶器になりえるし、鍋に油をたたえて熱すればいくらでも恐ろしい使い方ができるだろう。
    ・・・それが、できない。

    「え、ええ~い」
    本人は必死、だがどう見てもへっぴり腰で振り下ろされた箒が、あえなく空を斬る。
    対戦するクラスメートも済まなそうに放つ光弾が、夕子の最後の防御シールドをあっさり破壊して、今日の戦闘訓練は終わった。

    『ごめんなさい夕子、私がもう少し、戦いに向いた能力を持っていれば』
    「いいえウェスタ、それが原因じゃないことは、一番私が知っているわ」
    戦闘訓練後は、いつもこんな風に反省大会になってしまう。
    原因ははっきりしている。
    本人もウェスタも、教える担任やクラスメートたちも、その理由はわかりきっている。
    だが誰がこの優しい少女に言えるだろう。

    ―他人を傷つける覚悟をしろ、などと。

    それが言えぬまま、時間が過ぎていく。
    世界は今日も、悪意ある使者の出現を恐れている。
    Sクラスの中でも、成績優秀と認められた生徒がALCAに仮配属となった。
    人々を守るため、戦いに行くのだ。

    「・・・ウェスタ、手伝ってくれるかしら」
    『ええ、夕子。せめて、楽しみましょう』

    お別れのパーティー。
    寮の台所を借りた夕子は、こっそりウェスタと合体。竈の神の全力を使い、トランスリミットぎりぎりまで、精魂込めて美味しい料理を作ってふるまった。
    「こんな事しか」
    『私たちには、できないから』
    でもそんな二人を、学園の皆は誰も責めなかった。
    皆の気持ちを代弁し瑞希が言う。
    「いいじゃないか、戦うのが嫌いな定理者と使者がいたって。
    私は好きだな、そういうの」
    「ありがとう、瑞希」

    あの日から、もうかなり経った。
    先輩定理者たちと使者たちの努力により、悪意ある使者襲来の恐怖は去り、世の中は平和になった。
    生徒会選挙を圧倒的大差で制した瑞希は、宣言通り生徒会を私物化。
    思いつくまま、規則の改正やら突発イベントの主催やらで度々学園を騒がせているが、そのいずれもがこの学園の生徒たちを楽しませているのだから、生徒の支持は熱烈だ。

    副会長に指名された夕子は、まさかウェスタの錬金釜で「ハリセン」を錬金することになるとは思わなかったが、これが便利で使い減りしないものだから度々役立っている。
    瑞希の勧めもあって、白樺寮の寮長も引き受けた。
    寮に入った子の中には、初めて親元を離れ、不安のあまり泣きそうな子もいた。
    夕子は台所を借りると、ウェスタの力も借りてお菓子を作り、歓迎のパーティーを開いた。
    笑顔を取り戻した少女たちを見て、夕子も、そしてウェスタも、心から幸せを感じたものだ。

    再び季節は廻り、春。
    学園は、また新たな定理者のひなたちを迎える。
    相変わらず戦闘訓練の成績はさっぱりだが、今夜のおやつとそれを食べるみんなの笑顔を想像するだけで、夕子は今日も幸せだ。

    「ウェスタ、今日も手伝ってもらえるかしら?」
    『ええ夕子、わたしの鍋をあなたに預けるわ』

    宙を舞い光り輝く錬金釜。
    武器を産むのは苦手だけれど、笑顔を産むのは、ちょっと自信がある。

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  • タナトス

    タナトス

    テトラヘヴンの死神。死神とは言えない明るい性格の持ち主で、死について授業のように語る。
    一際暗い芽路子の性格を面白がり、セプトピアに来て観察していたが、ある事をきっかけに盟約することになった。

     当麻 芽路子 & タナトス

    当麻 芽路子 & タナトス

    「まーた暗い顔してる!この子、本当にかわいい…!」

    テトラヘヴンの死神であるタナトスは、セプトピアで人の波に紛れながら
    暗い顔で道行く人を睨みつつ歩く少女……芽路子を観察していた。

    事の発端は、数か月前。
    セプトピアの様子が分かる鏡を覗いていたところ、アストライアーに諫められた。
    その時、つい売り言葉に買い言葉で、セプトピアに行くことを宣言してしまったのだ。

    「まあ最初はどうなるかと思ってたんですけど…来てよかったです」

    だってセプトピアは飽きることがないし、なによりあの子が本当に面白い!

    タナトスが芽路子の観察を始めて1週間ほどだが、彼女は本当にタナトスを飽きさせなかった。

    常に下を向き、周囲を睨みながら歩く。
    (悪いことはしていないし、噂されてもいないのに!)
    街中でカップルを見つけたらぼそぼそとつぶやく。
    (何を言っているか分らないけど、すっごい声低くなるんですね!どこから出てるんですか?)
    自室で黒い魔女帽子にマントを羽織り、不思議な色の鍋を混ぜる…
    (魔女になりたいのでしょうか?変な人!)
    (どうやって覗いたかなんて、秘密です!)

    「どうせなら、ヒトコト死にたいって言ってくれればすぐ魂を地獄に運ぶのにな…」

    はあ、と軽い溜息を吐いたとき、タナトスはなおも芽路子の後を追った。

    芽路子はふと、悪寒を感じた。

    何これ…なんか、寒い!

    今日も道行く人々に(心の中で)恨みつらみを呟いていた芽路子だったが、
    突如襲った強烈な寒気に、思わず路地裏に一歩逸れた。しかし、それは間違いだったようだ。

    「あん?姉ちゃん、ココ今通れねぇぞ」

    金髪で、目つきが悪く、サングラスに着崩した服…
    芽路子の中で最悪に入る部類の男たちが、数人道をふさいでいた。

    最悪!なんでこんな典型的な路地裏にいるのよ!馬鹿なの!?

    芽路子は心の中で考えられる限りの罵倒で男たちを罵るも、実際口から出てくるのは吐息だけ。
    男たちが一歩も動かない芽路子に近寄ろうとしたとき、ヌッと芽路子の背後から青髪の美女が現れた。

    「あら?こんな暗いところで何をしているんですか?死にたいんですか?」
    「な、なんだてめぇは!」
    「なんだとはなんですか、私はタナトス、死神です」

    ………

    目が、点になった。

    「お前、大丈夫か…?」
    「失敬ですね。私は本当のことを言ったまでです。それとも、そんなに死にたいんですか?
    極楽浄土は無理ですが、地獄になら連れて行ってあげますよ」
    タナトスはとびきりの怪しい笑顔を、男たちに送った。

    「おい、ずらかるぞ!こいつ、やべぇヤツだ!!!」

    男たちは見てはいけないものを見る目でタナトスを見ながら、芽路子とタナトに背を向けさらに路地の奥深くへと走り、次第にその姿は見えなくなった。

    「やばいヤツと言われてしまいました…」
    「……ところでアンタ、」
    「そうでした、芽路子さん、大丈夫でしたか?」
    「別に……アンタ、使者でしょ」
    「わかりますか?」

    芽路子に話しかけられたタナトスは、嬉しそうに肯定の言葉を返した。

    「さっきの言葉も本当ですよ。私はテトラヘヴンの死神、タナトスといいます」
    「……私は芽路子。ねえ、タナトス、私と盟約しなさい」

    芽路子は極めて冷静にタナトスに語りかけたが、内心では感情が爆発していた。

    ついに出会ったー!これこそ私の求めていたTHE・死神!
    コイツと盟約すれば、私も念願の死を操る力を手に入れる…!
    そうしたらちょっと痛いものを見る目をよこすリア充をこの手で懲らしめてやる…!

    一瞬、小さな違和感を感じたが、それよりも念願の使者に出会えた興奮の方が大きい。
    必死に顔に出ないよう取り繕うが、芽路子の口元は怪しく歪んでいた。

    「ま、まずは合体してみない?」
    「ええ、構いませんよ」

    タナトスと芽路子がそれぞれ手を重ね合わせると、まばゆい光が2人を包み、
    芽路子の身にまとう色が赤へと変わった。
    赤と青を基調とした大きな刃の鎌は、芽路子を一層興奮させた。

    『芽路子さん、どうですか?』
    「ふ、ふふふ…!問題ないわ!これこそ私の求めていた力!」
    『それは良かったです。私も芽路子さんと合体できるなんて…フフ、夢のようです』

    そうして2人は合体を解除し、改めて向き直り、盟約を交わした。

    「改めて、これからよろしく、タナトス」
    「はい、よろしくお願いします。ところで、芽路子さんって、どんな死に方を考えてるんですか?」

    「……は?」
    「いっつもいっつも暗い顔してるし、人とほとんど話すこともなかったから、もう秒読みかなってここ数日観察してたんですよ!
    あ、でも楽に死にたいからってクスリはダメですよ?」

    さっきまでの落ち着いた死神らしい雰囲気はどこへやら、明るく微笑むタナトスに芽路子はきょとんとする。
    いや、それよりも語りかけられた言葉に驚愕した。

    「何言ってんの…?え、しかも観察…??」
    「え、芽路子さんこそ、死にたいんじゃないんですか?」
    「死ぬのは他のヤツ!私は死神の力を揮いたいの」
    「そんな、いきなりは難しいですよ~!死神の鎌で刺したり、冥府の使いの召喚はできますけど、
    合体していても死を操るのは、直接の死の経験がないと難しいんです。
    そしてその経験を積むには死んで地獄に行くのが一番!だから芽路子さん、まずは一度、元気に死んでみませんか!?きっと性格も明るくなりますよ!」

    「余計なお世話よ!それに、死んだら合体できないじゃない!」
    「んん……?確かにそうですねぇ…。
    あ、でも、その時は私が地獄まで行って芽路子さんの魂を迎えに行きます!
    もとから芽路子さんの魂を地獄に送りたいなって思ってたので!タナトスの送迎は安心安全が第一なんです!」
    「なんで私が地獄に行かなきゃならないの!」

    ヤバイ!!この死神、だめな死神だ!

    そしてあの盟約から数日たつ今も、タナトスは今日も死への言葉を芽路子に贈るのだった。

    「芽路子さん、どんな死に方がご希望ですか?」
    「むしろアンタはなんで私が死ぬと思っているの?」

    がっかりとした表情で問いかけてくるタナトスに、芽路子は睨みつけながら質問を返す。

    「だって芽路子さん、相変わらず死にたそうな表情をしているじゃないですか。初めてちゃんと会った時も、とっても表情が暗かったし、私が死神だとわかると笑ったから、死神に会いたかったんだな、って…」
    「…そりゃ、死にたいときもあるけど、本当に死にたいわけじゃ……」
    「そうだったんですか…?芽路子さんみたいに暗い人、私、初めて見たので…。手には数珠持ってるし…死神に会って嬉しがるなんて、死ぬ準備万端の人に見えるじゃないですかぁ…」
    「………」
    「芽路子さん、大丈夫ですよ。悲しむ人なら私がいます!またお迎えに行くまで芽路子さんに会えなくて、私は悲しいです!なので、まずは終活!死んでみませんか!?」
    「だからなんで私が地獄に行かなきゃならないのよ!」

    また厄介な使者と盟約してしまった………

    芽路子は、今日も激しく後悔した。

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  • ステュクス

    ステュクス

    テトラヘヴンからやってきた、大河の女神。水その
    ものや河の流れを操る力を持つ。大神ゼウスの命令
    でセプトピアに派遣されたところ、ALCA支局にて
    夕子と出会う。

     森ヶ谷夕子 & ステュクス

    森ヶ谷夕子 & ステュクス

    白樺寮から電車に乗ってオビヒロの街へ。そこから更に特急に乗り換えておよそ2時間半。
    やってきたのはサッポロ。
    さらにその中心近くにある、タワーを備えた特徴的な建物。

    「さぁ夕子、ついたぞ! ここが卒業後私たちが働くことになるALCAサッポロ支局だ!」

    そう言って、くるりと器用に回りながら手を広げるのは、東瑞希。
    定理者育成校・ピラリ学園の元生徒会長だ。
    秋になり、生徒会を後輩に譲った瑞希。もちろん卒業後の進路の準備も万全だ。
    成績や内申評価は十分、ALCAの入局については先生方も太鼓判を押している。
    東瑞希にとって、ALCA入局はスタートでしかない。入局後の配属や達成すべき仕事、
    たどっていくキャリアパスまでしっかり検討済み。
    現役の定理者や元定理者が重要ポストを占めるALCAの中で、
    定理者の才能があっても盟約者に恵まれなかった彼女がいかに駆け上っていくか。
    将来を考えるだけでわくわくしてくる。

    問題は―
    「あらあら、瑞希は大変ね。毎日サッポロまで通うのかしら。家からだと、ちょっと遠いわね~」
    「いや、だから、夕子もALCAに入局してね、ほら近くに下宿をね、二人でね、ゆ~う~こ~~」

    瑞希の未来予想図には夕子が不可欠なので、事あるごとに一緒にALCAに入局しよう!
    と勧めているのだが、彼女はなかなか乗ってきてくれない。
    とりあえず今回、ALCAサッポロ支局の職場訪問に連れ出すことには成功したのだが、先はまだまだ長そうだ。

    親切な職員の案内で、二人は支局のあちこちを見て回り、気になるいろいろなことを質問することができた。
    「以前は、ある程度以上の適正のある方は強制招集の上、緊急時には即出撃でしたからね、
    盟約相手のいるいないに関わらず、支局に住み込んで貰っていました」
    「なるほど、だから宿泊施設が充実しているのですね!」
    「フォーリナーカードもありませんでしたから、盟約相手の使者の方も全員住み込んでいたのですよ」
    「今は違うのですか?」
    「はい、各定理者の方によってまちまちです。当番制のシフトこそありますが、自宅は別、という方も多いですし、こちらに住まれている方もいます。
    使者の方も普段は故郷の異世界にいてフォーリナーカードで呼ばれる方もいれば、相変わらず適応体でセプトピアにとどまっている方もいらっしいます。
    一方、以前のような、戦闘任務での出撃は、ほぼありません。
    定理者の仕事は様々に広がっていますが、特に喜ばれているのは、火事や事故、災害時の緊急応援任務ですね」
    そんな事を話しながら、今は空き室が目立つ一角を歩いていると・・・

    『!!! むぎゃっ!!!』

    何か重い物が転がる音と共に、子供の悲鳴?ともとれる声が聞こえてきた。
    ALCA支局内で子供の声?
    思わずそちらに向かう夕子と瑞希だが、案内の職員は何か呆れたような諦めたような顔でゆっくりついてくる。
    音の出処を探ると、一番隅の部屋が、酷いことになっていた。
    決して狭くはない個室が、足の踏み場もないほど雑多なもので埋まっている。
    本やら紙束やら定規やら測距儀やら。中でも一番目立つのは・・・
    「壺?」
    ひと抱えもある壺がごろごろ転がっている。先程の音は、これが崩れたかららしい。
    その真ん中で、小学校高学年か、せいぜい中学生といった感じの女の子が倒れて頭を抱えている。
    『あ、アイタタタ・・・なんで転がるんよ・・・ムカツクなー』
    「あらあら!大丈夫?」
    「お嬢さん、さあ、私の手をとりたまえ」
    助け起こす夕子と瑞希だが。
    『ム! お前、人間だな! は、はなせ! わたしにさわるなー!』
    この反応は?と目を合わせる二人。そこへ顔を出した職員は、
    「―またですかステュクスさん」
    『しかたないのだ! 壺のくせに、わたしの言うことを聞かずに転がってしまうのだ!』
    「そりゃ転がりますよ。そんな丸い壺。なんでわざわざ特注までして丸い壺にするんだか・・・」
    『カワイイじゃないか!
    ―それはともかく、いいかげん、はーなーせー!!!』
    「え、えっと・・・」
    「この方は、まさか・・・?」
    なんとなく手を離すタイミングを失った夕子と瑞希が問いかけると、
    「はい、本局に滞在中の、テトラヘヴンの使者の方です」
    『大河の女神、ステュクスであるぞ! えらいんだぞ! だから、はーなーせー!!!』
    じったじった。ばったばった。

    ステュクス自身と職員が語るには。
    テトラヘヴンの大河の女神である彼女は、ゼウスとか言うテトラヘヴンの偉い神様の命令でこのセプトピアに派遣されたらしい。
    だがステュクス本人としてはそれが相当不満なようだ。
    『・・・ったくぅ、レーテーとアケローンの定期水質調査の途中だったんだぞ?
    それをゼウスのバカチンが、他のやつにやらせるからいいとか言いやがって・・・』
    「交流事業の一環でして、テトラヘヴンから何柱かの神様が各地の支局に来ているのです。
    その一人がこちらのステュクスさんなのですが・・・」
    『なんだよー 文句あるのかー』
    「ま、こんな感じでして」
    と言って部屋の惨状を見せる。
    「研究、と称してサッポロに留まらずホッカイドウ各地に出かけてはサンプルを採取、なにやらいろいろおやりになっていまして・・・」
    『なんだよー そんな事言ってると、教えてやらないぞー?』
    思わせぶりなセリフを言うステュクス。
    『ふっふっふ、イシカリ川のとあるところに、ごくわずかだけど水質汚染が起きてる。
    知りたいかー?』
    「そ、それは確かに。本当だとすれば大変なことに」
    『本当に決まってるだろー! お前、わたしを疑ってるなー! くっそー やっぱ教えてやるもんかー!(くぅ)」

    とふんぞり返った彼女のお腹が『くぅ』と可愛らしい音を立てた。
    「あらあら、お腹が空いてるの?」
    『べ、べつに! お腹空いてなんか、ないぞ!(くぅうう)』
    「あらあら、ところでお姉さん、お菓子もってるんだけど、ちょっと多く作りすぎちゃったの」
    そ、それは私の分じゃないのかー?という声が聞こえた様な気がするが聞こえないことにする。
    「貰ってくれると、お姉さん嬉しいな?」
    『む、むう。そこまで言うなら、しかたない。もらってやるぞ』
    もぐもぐ。ぱくぱく。ぽりぽり。
    『む! こ、これはおいしいな、おいお前、おいしいぞ!!』
    「あらあら、食べ残しが口についているわ、ちょっとこっち向いて?」
    『む、むぐむぐ・・・ あ、なくなった。なくなってしまったぞ!』
    つまり私の分が無くなったというわけだな、という悲しい声が聞こえてきたが、
    お菓子のお代わりを作っている間に調査結果を教えてくれる約束を引き出したのだから尊い犠牲と言うべきだった。

    さてその後。
    ステュクスの分析は正しく、定期の水質検査をくぐり抜けていた微量な水質汚染を発見、
    事態が深刻化する前に対策を採ることができた。
    流石は大河の女神、と讃えられステュクスは大いに面目を果たし、更に研究に没頭することになるのだが―

    「・・・で。そのチビ神さまが、なんでこの白樺寮にいるんだ?」
    『(もぐもぐ)チビ言うな!(ぱくぱく)』
    「なんでも、ステュクスちゃんの研究成果を教えてもらおうとしたら、
    お菓子を捧げないと教えてくれないんですって」
    「だったら、サッポロのコンビニででも、洋菓子屋ででも、買ってくればいいじゃないか!」
    『(もぐもぐ)神への供え物を、そこらで買ってこようという考えが甘いんだ(ぱくぱく)
    あ、これあまーい! うまーい!』
    「私のお菓子の味が、忘れられないんですって」
    「だからって、わざわざサッポロからここまで来なくても!」
    「サッポロ支局の方から、先生方に是非ともってお願いの連絡があったそうよ?
    しょうがないから、白樺寮で少しの間もてなしてあげて、ですって」
    『(ぐっぐっぐっぷはー)安心しろ、さっき夕子と盟約をすませたから、卒業後は夕子といっしょに住む』
    「な、なんですとー!」
    『夕子ゆうこ、こんどゼリー作ってくれゼリー。わたしが良い水を流してやるから。
    おいしいのができるぞー!』
    「あらあら、それは楽しみね~!」
    「ゆうこ~ そんな簡単に使者と同棲とかダメだろう!
    だいたい、私が探してきた下宿は、新生活にピッタリ!というか、ニューファミリー向けというか、つまり二人暮らしにちょうどいい感じでね?」
    『わたしの水は料理に使っても最高だぞ?』
    「それは楽しみね~ きっとウェスタも喜ぶわ。なんだかお料理作りすぎちゃいそう」
    「大丈夫!夕子が作る料理なら、なんでも、いくつでも食べるとも!!」
    『バッカスも酒を仕込むときにはわたしのところに頭を下げに来るのだ。
    夕子も酒作る?ダメ?』
    「あらあら、お酒づくりはやったことないわねぇ」
    「ダメに決まってるだろう! ゆ~う~こ~!!」

    果たして、瑞希の未来予想図は実現するのだろうか。
    それはまた、別のお話。

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  • ベル

    ベル

    リオンの母と盟約したフォーリナーで、リオンの誕生と共にテトラヘブンに帰る予定であったが、彼女が持つロジカリストとしての大きな才能を感じ、セプトピアに残留した。
    リオンの母とは盟約しているが、リオンと盟約しているわけではなく、トランスしたことはない。
    幼いころから一緒のなため、リオンの一番の理解者であり親友。適応体のときは言葉を喋ることはできないが、リオンはベルの言うことをはなんとなく察している。

     リオネス・エリストラーヴァ ・ベル

    リオネス・エリストラーヴァ & ベル

    定理者養成校・ピラリ学園の白樺寮、リオンと万博の部屋。
    やっと太陽がカーテンの隙間から光を差し込もうか、という冬の早朝。
    リオンはパチリと目を覚まし、ぐいっと体を起こす。
    『キュウ?』
    いつもの様に傍で寝ていたベルも、目覚めて顔を上げるが、
    「し~っ」
    リオンがその口に指を当てた。
    「まだ、まひろちゃんが寝てるからね」
    ロフトから下を見ると、乱雑に散らばった床の中央、毛布で体をぐるぐる巻きにした万博が、
    何かまたぞろ怪しい機械と工具を握りしめながら
    「ぐふふふふ こんどこそゲートをくぐるっす~ ぐぅ」
    寝言を呟きつつ眠りこけているのが見える。昨晩もずいぶんと夜まで根を詰めた様だ。

    万博を起こさないように、気を付けながら身支度。
    今日の道具類は昨晩のうちに用意しておいた。
    その1番上に、昨晩万博が貸してくれた、大きな鈴の様な奇妙な機械―
    「クマよけリンリンマシーン2号」とやらも載っている。
    流石にもうクマは冬眠しているはずだが、最近冬眠に失敗したクマが人里近くに降りてきたなんて事件も聞いている。
    まあ念のため、ということでこれも持っていく事にする。

    廊下の窓から外を見ると、昨日の雪が積もっているのが見える。
    もう一面銀世界だ。
    すると、手洗い場で顔を洗ってきたのか、部屋着姿の弥生、そして華凛・華恋とすれ違う。
    「あらリオンさん、もう出発ですの?」
    「うん!早めの方が、釣りやすいんだー!」
    「おひとりで大丈夫ですの?」
    「ベルもいるよ」
    『キュー』
    「たくさん釣ってきてね!おいしいやつ~~」
    「まったく、華恋ちゃんは食いしん坊なんですから!」
    「へへ~ 朝ごはんまだかな~~」
    「じゃあ、お気をつけて。楽しみにしていますわ」
    「うん、わかった!」

    「ベル、今日は久しぶりに、二人でお出かけだね!」
    『キュウ~!』
    今日は休日。
    雪景色の中、リオンはベルを連れ、学園裏の川に向かっていた。
    背負ったケースには釣り竿ほか用具一式。クーラーボックスも用意。
    釣果を持ち帰ることまで考えると、ちょっと帰りは重くなりそうだったが・・・
    友達が喜ぶ顔を思い浮かべれば、自然と足取りも軽くなる。
    それに、冬晴れの綺麗な空気の中を歩いていくのはなんだか楽しくて、
    「ふんふんふふ~~ん たらららら~」
    『きゅっきゅっきゅきゅ~ん きゅうきゅうきゅー』
    思わずスキップしてしまいそうだ。

    「ニホンでは12月の事を、師走、って言うんだって。
    先生も忙しくて走り回る、って意味ですわよ、って弥生ちゃんが教えてくれたんだ」
    『キュウ』
    「でね、りっちゃん先生がこの間、ま~~ひ~~ろ~~さーーーん! て叫びながら廊下を走り回ってたんだよ。
    弥生ちゃんの言ってたとおりだったね!」
    『キュウ?』
    「だけど師走でも神楽先生が走り回ってるとこは想像できないなー
    先生が走ってたら、きっと一大事だよー」
    『キュウ』

    事の発端はニーナだった。
    このところ彼女は、天体望遠鏡のある展望室と図書室を行ったり来たりして、とても忙しそうだった。
    理由を尋ねると、ケフェイド変光星がどうのこうの、脈動周期がどうのこうの、トリトミー由来の観測機器がどうたらこうたら。
    長々勢い込んで話してくれたのだが―
    「・・・ごめんなさい、つい夢中になっちゃって」
    「・・・ううん。よくわかんないけど、ニーナちゃんが一生懸命なのはわかったよ!」
    とにかく、何か難しいことを調べているらしくて大変そうだ。
    でも、それをしている最中のニーナの横顔は輝いている。
    あまり感情を表情に出さないニーナだが、リオンはその表情を読むのは得意中の得意だ
    (と自負してる)。
    冬の凍り付くような夜空の下、真夜中まで天体観測をしている彼女を、何かしら応援したくて、でも計算や調べ物方面ではとても助けにはなれないから・・・思いついたのが「ウハー」を作ることだった。
    ウハーはロシアのシンプルな魚と玉ねぎのスープだ。
    リオンは特に料理が趣味というわけではないが、でもこれなら、小さい頃に教わったサバイバル知識の応用で作ることができる。ニーナもきっと、あったかいスープを喜んでくれる。
    「ニーナちゃんに美味しいお魚、食べてもらおうね!」
    『キュウ!』

    川のあちこち、ポイントをいくつか変えながらアタックすること数時間。
    幸い、欲しかった分の釣果を得ることができた。
    日が傾く前に、荷物をまとめて帰途につく。

    「ランランラ~~ン お魚いっぱい夢いっぱい~」
    『キュウキュウキュ~~ウ』

    と、その時。
    ガサッガサガッ、と葉擦れの音が。
    まさか、本当に冬眠しそこねたクマが出てきた!?
    と思いながら、音がした方を向き様子を探る。
    すると奥から、ちいさくか細い獣の鳴き声が聞こえてきた。
    道の脇から少し林の中に入って見ると、2匹の狐がいる。
    冬毛でモコモコとした姿は大変に可愛らしいものだったが、片方の狐は足を怪我しているらしく、引きずりながら、ヒイヒイと細い声を上げている。所々血がにじんでいるのが痛々しい。
    すると、無事な方の狐がこちらを見つけ、こちらを見てオンと鳴いた。
    一歩近づくと、さらにもうひと鳴き。

    「・・・どうしよう・・・」
    この間、ニーナがお気に入りの動物番組を一緒に見ていたら、キタキツネの特集をしていた。
    キタキツネは夏から秋にかけて巣立ちした後、冬の発情期にパートナーを見つけて番になると説明していた。ひょっとするとこの2頭は、そんなひと組なのかもしれない。

    「――オン!」

    さらにもう一度鳴いて、こちらを見つめる狐。

    『キュウ~?』
    ベルが訝しむように一声鳴いた。
    「うん、わかってる。むやみに助けるのがいいわけじゃない、ってことは」
    手を差し伸べたい気持ちをぐっとこらえる。

    昔、父と一緒に山に行ったときのこと。
    鳥のヒナが巣から落ちていた。地面でピーピー鳴くヒナがかわいそうで、
    幼いリオンは父に巣へ戻してあげるよう頼んだ。
    だが、そもそも弱くなった生き物は別の獣の大事な食事になる。
    厳しいようだが、それが自然の営みなのだ、と大好きな父が教えてくれた。
    その時は身を切る思いで、ヒナの鳴き声に背を向けたのだ。
    でも。

    「―うん。わたし、助けたい。ベル、力貸してくれる?」
    『キュウ・・・キュウキュウ!』
    「ありがとう、ベル!」

    荷物を降ろすと、リオンは1枚のフォーリナーカードを天にかざす。

    「ゲートアクセス! テトラヘヴン!!」
    光が輝き、ゲートが開く。
    異世界の光の中、ベルは本来の姿―青い毛並みの聖獣の姿を取り戻す。
    「お願いね、ベル!」
    『まったく、貴女は困らせてくれますね』
    言葉とは裏腹に、ちょっと嬉しそうな口調で聖獣が答える。
    『リーニャとそっくり。あの男とも……』
    「え? あの男……?」
    『貴女を城に連れ帰った後、あの男はこっそり戻ってヒナを巣に戻したんですよ』
    「……パパ!?」
    『自然の摂理は守るべき理でしょう。ですが、貴女のその思いもまた尊いものなのです』

    「うん! ――ロジックドライブ!」

    リオンを中心に暖かな光が降り注ぎ、傷ついた狐を優しく抱きしめた。
    天気は良くて、空気も澄んでいて。
    ちょっと寒いけど凍えるほどではなくて。
    日が落ちかける夕暮れの日差しはとてもきれいで。
    お魚はいっぱい獲れたし、きっと友達も喜んでくれる―

    疲れすらも心地よく、リオンは笑顔で歌を口ずさむ。
    狐が助かってよかった。でも、考えるのは続けようと思う。
    いつも先生たちが言っている。
    人を超えた力を持つわたしたちは、その力の使い方を学び、考えていかなければならない。
    これからも、ずっと。
    ―大変そうだけど、多分楽しいこともいっぱいあるんだと思う。
    だって、言ってる先生たちは、なんだかんだいっても楽しそうだから。

    『キュウキュウ!』
    「―うん、みんな待ってるね。帰ろう!」
    みんなの待つ白樺寮へと足を向ける。
    そんな、とある冬の休日だった。

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  • ヒュプノス

    ヒュプノス

    テトラヘヴンの眠りの神。可愛らしい顔と眠そうな表情で無口だが、いったん口を開くとかなりの毒舌。ちなみに眠っているところを起こされると、とても不機嫌になる。芽路子の部屋とベッドがお気に入り。

     当麻芽路子 & ヒュプノス

    当麻 芽路子 & ヒュプノス

    帰宅して部屋に戻ると―
    ―知らない少女が寝ていた。

    「・・・これ何てギャルゲ?」

    芽路子は、とりあえず部屋の電気を点けると(同時に端末の電源も立ち上げる)
    椅子に腰を落ち着けて、ゆっくり深呼吸してみた。

    (うん、落ち着いている。さすが私)

    異世界から来たやたら陽気な死体(得意技・呪殺)に憑りつかれて高い所から落ちてみたり。
    異世界から来たやたら面倒見よすぎる蜘蛛型ロボに押し掛けられ高い所から落ちてみたり。
    異世界から来たやたらギャルな鬼娘にズッ友とか懐かれて高い所から落ちてみたり。
    異世界から来たやたら明るい死神に死に方を選びましょ?と高い所から落ちてみたり。

    (フフフ、いまさら幼女の一人や二人で驚かないわ)

    今までのアレやコレやを思い出しては、昏い笑みが浮かぶ芽路子。
    ちなみに彼女は高所恐怖症なのである。

    さて改めてベッドの上を見てみれば。
    小学生ぐらいだろうか。
    赤いくせっ毛をざっくりショートにまとめ、頭にのった青いベレー帽が良く似合っている。
    羊だろうか?ふわふわとしたぬいぐるみをクッションにして抱き込み、
    それはそれは気持ちよさそうに熟睡している。
    白いベッドの中心で、猫の様に体を丸めた姿は、まるで1枚のイラストの様だ。

    ・・・

    そのまましばらく見ていたが、起きる気配は、ない。
    起こした方がいい。お前は誰だ、と問い詰めたい。
    何処から来たの? ってか、どの異世界から来やがったの?
    いやもう、何処から来たんでもいいから、すぐに帰ってほしい。

    (私だって寝たいんだし!)

    お気に入りのベッドなのである。
    以前のアジトを引き払ってこっちに移った時、ついでにベッドを買ったのだ。
    実際の寝心地を試すため、出不精の自分を奮い立たせ、
    寝具店・家具店を回りお節介な店員を眼力で排除。
    ひとつひとつ確かめて選び抜いた、至高の逸品なのである。

    ・・・あ、よだれ。

    可愛らしいものではあるが、流石に我慢ならぬ。
    芽路子は敢然と立ちあがり、少女の肩に手を掛けた。

    「ちょ、ちょっと! あんた、人の部屋で、何寝てんのよ!」
    『・・・』

    返事がない。ただのようじょのようだ。(ムカッ!)

    「うあー もう! 起きろ!起きろっての!!!」
    頭にきた芽路子は、さらに激しく少女をゆすり、大声で起きろと叫ぶ。
    すると流石に。

    『・・・・』
    まぶたを開くと、青色の瞳がきらっと輝く。確かに美少女だ。ほんとゲームみたい。
    「あんた、どこの誰? なんで勝手に私のベッドで寝-むぎゅっ」
    少女は抱きしめていた羊クッションをつかむと、それで芽路子を叩く。叩く。叩く。
    別に痛くはないが、顔を狙ってくるので喋れない。
    「ちょ、ちょっと止めなさい、止めなさいよ!」
    『お前。死ぬか』
    可愛い顔の可愛い唇から、なかなか物騒な台詞が出てきた。
    『人間のブンザイで神の眠りをジャマするとか。死ぬか。死ぬのか。死にたいのか』
    「へ、へぇ、神サマでしたか」
    そう言われても、もはや驚かない芽路子である。神様なら知り合いがいる。
    『そうだ。わかったか。わかったら邪魔するな。オヤスミ』
    と言って再び寝転がろうとする自称神サマを慌てて止める。
    「ちょっと! その神様が、なんで私のベッド占領して寝てるのよ!」
    『先ほどから軽々しく神の体に手をかけおって・・・ 殺すぞ。
     タナトス! ターナートースー!』
    すると、芽路子の懐、フォーリナーカードが震え、勝手に宙に浮きあがると光を放った。
    『はーい、タナトスさんですよ。こんばんわー』
    あたかもスマホの様に、異世界テトラヘヴンにいるはずの死神・タナトスの声が響く。
    「『タナトス。こいつなんとかしろ(して)』」
    面白いことに、芽路子と少女の声がユニゾンした。
    『まあまあヒュプノスちゃん。芽路子さんはただいま、私と共に楽しい終活中なので』
    「してない。終活してない」
    『そのうち死にますから、待っててくださいね?』
    「しばらく死なないから!死ぬ予定ないから!」

    やはりというか、案の定というか。
    芽路子の盟約者のひとりであるタナトスが説明するに、
    この少女も同じくテトラヘヴンの、安眠と微睡みを司る神ヒュプノスだという。
    芽路子と盟約し、この部屋に転がり込んだタナトスが、
    そのベッドの素晴らしさをうっかり茶飲み話で持ち出したのが、きっかけらしい。
    興味を持ったヒュプノスが、わっざわざゲートをこっそり開けてその寝心地を確かめにきた。そして今に至る。

    『お前、寝床を選ぶセンスはいいな。ニンゲンにしては。
     さっきの無礼は許してやる。喜べ。じゃあな。ふわああ』
    と言って再び寝ようとするものだから、
    「ちょっと! 返せ! 返して! 私のベッド!!」
    『うるさい。安眠妨害。黙れ』
    「私どこで寝るのよ!」
    『床ででもどこでも寝るがいい』
    「私のベッドよ!!」
    芽路子は、無理やり自分もベッドにあがって取り返そうとする。
    『お前、やめろ、狭いじゃないか』
    「いやならあなたが出なさいよ」
    『断る』
    「ちょっと、枕返しなさいよ」
    『イヤだ』
    ベッド上で今、神と人との極めてしょうもない争いが始まるところだったが。
    『じゃあ、合体しちゃったら?体がひとつになるから、ちょうどいいんじゃない?』
    タナトスのこの馬鹿な提案を受け
    『なるほど、死神にしては良い案だ』
    「・・・はぁ?!」
    『さ、合体するぞ』

    ALCAに未登録の非合法な定理者とはいえ、
    ここまでしょうもない理由で合体を迫られるのは自分ぐらいだろうな、と芽路子は思った。

    しばしのち。
    大騒ぎしてドタバタやったせいか、すっかり目が冴えてしまった彼女は、
    ウェブにアクセスして日課の巡回を始めていた。
    ちなみにヒュプノスの方は、ちゃっかりベッドで寝ている。
    寝ている姿がホントに可愛らしいのがまた頭にくる。

    と、メーラーが着信を伝えてきた。ビデオメールだ。

    「-またあの子か」

    気が進まないながらも、仕方なく、ビデオメールを再生する。
    ウィンドウの中で、銀髪の美少女が微かに表情をほころばせながらしゃべり始めた。

    「――というわけで、私にも、友達と呼べる人ができました。
     ぜひメジィさんにも紹介したいのです! お願いします。お待ちしています」

    今でも、決して表情豊かというわけではない。
    破顔一笑、という感じではない。
    しかし随分可愛らしい表情をするようになりやがったなー、とは思う。
    あの時は、窮屈そうな軍服みたいなグレーの制服を着ていたが、今は可憐なブレザー姿で胸元の赤いリボンが良く似合っている。
    本人が言うように、学校で、良い友人ができたのだろう。

    「美少女はいいよねー」

    思わず口に出していたらしい。すると。
    『いやいや、メジもけっこイケてっしょ! マジで!』
    テンション高く答える声が響く。
    と同時に、また別のフォーリナーカードが光り、ピンク髪に着崩した風の和服というド派手な少女がそばに現れた。
    彼女の名前は鬼道丸。こう見えて、ジスフィアから来た鬼娘。
    使者で、芽路子の盟約者で、そのうえ
    『ズッ友のアタシがホショーするし?』
    芽路子のズッ友でニコイチだ。ただし自称。
    「・・・・」
    声にならない返事とジト目を送るが、鬼娘は全くそれを理解せず
    『だーいたい、メジにはアタシらがいるじゃーん!
     さびしくナイナイ。うりうり!』
    何を勘違いしたか、背中から絡みついてきた。重い。
    しかも手には、チョコ塗りポテチなる罪深いお菓子を持ちもっしゃもっしゃ食べている
    『ほらほら、メジもポテチ食う?ウマいよ?』
    口の前に突き出されたそれを、悔しいのでぐわっと噛みつかんばかりに食ってやった。
    しょっぱさと甘さが交互に襲ってきて、いつまでも食べ飽きないという恐るべき菓子である。糖分と塩分と油分、ついでにジャガイモのでんぷんとまあ乙女の敵なのだが。
    「――貰ったの私だってのに、勝手に食べやがって」
    画面の向こうの、銀髪の美少女がたまに送ってくれるのだ。
    こっちはろくにメールの返事もしないのに、ちょっと申し訳ない。いやかなり。

    あの連続使者襲来事件のただなか。
    ALCAに逆恨みで復讐してやろうと研究所をハッキングした芽路子は、偶然にもあの少女と出会った。いや映像を介してだが。出会ってしまった。
    行きがかりで彼女の説得に負けて、研究所内の暴走したシステムを回復、復旧への手助けをさせられてしまった。
    その時のことを、彼女は随分恩に感じたらしく、たびたびメールを送ってくる。
    そうそう、最初のころは、ALCAの実働部隊から外されて学校に通わされた、と押し殺した怒りがダダ漏れのメールを貰ったことを覚えている。
    割と適当に、同意と相づちだらけの返事を戻した気がするのだが、向こうはなんか嬉しかったらしい。

    『メジ、ポテチなくなっちゃったよー』
    「そりゃ、食ったらなくなるよね」
    『もっと無いのー?』
    「ここらじゃ売ってない。ホッカイドウの名物なんだよ。お取り寄せって奴だね」

    ほとんど脊髄反射でブラウザをなぞると、通販サイトが商品と料金を表示する。
    ウィンドウの横では、開きっぱなしのメールが添付ファイルの存在を主張する。
    ホッカイドウへのデジタルチケット(宿泊付き!)に、ついでにピラリ学園とやらの体育祭への招待状がついている。

    『へー メジ、ホッカイドウまでポテチ買いに行くの? いいね、たくさん食おう!』
    「はァ? な、なにを」

    思わず変な声出た。

    『ポチっとな。アタシにもわかるよ、へへん、これでチケット受け取りなんだろ?』
    「ば、ばかばか、受けとるなぁ!」

    受け取ったら、受け取ったことが相手に伝わるじゃないか。
    ご招待を受け取ったことが、伝わっちゃうじゃないか。

    『りょっこう、りょっこう、みんなでりょっこう、イエー!』
    「イエー!、じゃないよ!」
    『ホッカイドウで何食べる? 他にどんなデザートある? 楽しみー!』
    『ホッカイドウには、どんな自殺の名所があるんでしょうか。わくわくしますね』
    「わくわくしないよ!ってかタナトス! 出てくんな!」
    『うるさい。寝てられない。ホッカイドウだかなんだか知らないが、とっとと行って』
    「あんたも帰れぇ!」

     どうして私の使者どもは人の話を聞かないやつらばかりなのか。
     不幸だ。
     ちくしょう。
     みんな呪われろ。

     ・・・

    鬼道丸が首根っこにつかまってぐらんぐらん揺らすものだから、止まったままのビデオメールが視界に入る。

    そんなに、友達って、いいもんだろうか。

    画面の向こうで、少女がふわりとほほ笑んだ。

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