リオネス・エリストラーヴァ & ベル
定理者養成校・ピラリ学園の白樺寮、リオンと万博の部屋。
やっと太陽がカーテンの隙間から光を差し込もうか、という冬の早朝。
リオンはパチリと目を覚まし、ぐいっと体を起こす。
『キュウ?』
いつもの様に傍で寝ていたベルも、目覚めて顔を上げるが、
「し~っ」
リオンがその口に指を当てた。
「まだ、まひろちゃんが寝てるからね」
ロフトから下を見ると、乱雑に散らばった床の中央、毛布で体をぐるぐる巻きにした万博が、
何かまたぞろ怪しい機械と工具を握りしめながら
「ぐふふふふ こんどこそゲートをくぐるっす~ ぐぅ」
寝言を呟きつつ眠りこけているのが見える。昨晩もずいぶんと夜まで根を詰めた様だ。
万博を起こさないように、気を付けながら身支度。
今日の道具類は昨晩のうちに用意しておいた。
その1番上に、昨晩万博が貸してくれた、大きな鈴の様な奇妙な機械―
「クマよけリンリンマシーン2号」とやらも載っている。
流石にもうクマは冬眠しているはずだが、最近冬眠に失敗したクマが人里近くに降りてきたなんて事件も聞いている。
まあ念のため、ということでこれも持っていく事にする。
廊下の窓から外を見ると、昨日の雪が積もっているのが見える。
もう一面銀世界だ。
すると、手洗い場で顔を洗ってきたのか、部屋着姿の弥生、そして華凛・華恋とすれ違う。
「あらリオンさん、もう出発ですの?」
「うん!早めの方が、釣りやすいんだー!」
「おひとりで大丈夫ですの?」
「ベルもいるよ」
『キュー』
「たくさん釣ってきてね!おいしいやつ~~」
「まったく、華恋ちゃんは食いしん坊なんですから!」
「へへ~ 朝ごはんまだかな~~」
「じゃあ、お気をつけて。楽しみにしていますわ」
「うん、わかった!」
「ベル、今日は久しぶりに、二人でお出かけだね!」
『キュウ~!』
今日は休日。
雪景色の中、リオンはベルを連れ、学園裏の川に向かっていた。
背負ったケースには釣り竿ほか用具一式。クーラーボックスも用意。
釣果を持ち帰ることまで考えると、ちょっと帰りは重くなりそうだったが・・・
友達が喜ぶ顔を思い浮かべれば、自然と足取りも軽くなる。
それに、冬晴れの綺麗な空気の中を歩いていくのはなんだか楽しくて、
「ふんふんふふ~~ん たらららら~」
『きゅっきゅっきゅきゅ~ん きゅうきゅうきゅー』
思わずスキップしてしまいそうだ。
「ニホンでは12月の事を、師走、って言うんだって。
先生も忙しくて走り回る、って意味ですわよ、って弥生ちゃんが教えてくれたんだ」
『キュウ』
「でね、りっちゃん先生がこの間、ま~~ひ~~ろ~~さーーーん! て叫びながら廊下を走り回ってたんだよ。
弥生ちゃんの言ってたとおりだったね!」
『キュウ?』
「だけど師走でも神楽先生が走り回ってるとこは想像できないなー
先生が走ってたら、きっと一大事だよー」
『キュウ』
事の発端はニーナだった。
このところ彼女は、天体望遠鏡のある展望室と図書室を行ったり来たりして、とても忙しそうだった。
理由を尋ねると、ケフェイド変光星がどうのこうの、脈動周期がどうのこうの、トリトミー由来の観測機器がどうたらこうたら。
長々勢い込んで話してくれたのだが―
「・・・ごめんなさい、つい夢中になっちゃって」
「・・・ううん。よくわかんないけど、ニーナちゃんが一生懸命なのはわかったよ!」
とにかく、何か難しいことを調べているらしくて大変そうだ。
でも、それをしている最中のニーナの横顔は輝いている。
あまり感情を表情に出さないニーナだが、リオンはその表情を読むのは得意中の得意だ
(と自負してる)。
冬の凍り付くような夜空の下、真夜中まで天体観測をしている彼女を、何かしら応援したくて、でも計算や調べ物方面ではとても助けにはなれないから・・・思いついたのが「ウハー」を作ることだった。
ウハーはロシアのシンプルな魚と玉ねぎのスープだ。
リオンは特に料理が趣味というわけではないが、でもこれなら、小さい頃に教わったサバイバル知識の応用で作ることができる。ニーナもきっと、あったかいスープを喜んでくれる。
「ニーナちゃんに美味しいお魚、食べてもらおうね!」
『キュウ!』
川のあちこち、ポイントをいくつか変えながらアタックすること数時間。
幸い、欲しかった分の釣果を得ることができた。
日が傾く前に、荷物をまとめて帰途につく。
「ランランラ~~ン お魚いっぱい夢いっぱい~」
『キュウキュウキュ~~ウ』
と、その時。
ガサッガサガッ、と葉擦れの音が。
まさか、本当に冬眠しそこねたクマが出てきた!?
と思いながら、音がした方を向き様子を探る。
すると奥から、ちいさくか細い獣の鳴き声が聞こえてきた。
道の脇から少し林の中に入って見ると、2匹の狐がいる。
冬毛でモコモコとした姿は大変に可愛らしいものだったが、片方の狐は足を怪我しているらしく、引きずりながら、ヒイヒイと細い声を上げている。所々血がにじんでいるのが痛々しい。
すると、無事な方の狐がこちらを見つけ、こちらを見てオンと鳴いた。
一歩近づくと、さらにもうひと鳴き。
「・・・どうしよう・・・」
この間、ニーナがお気に入りの動物番組を一緒に見ていたら、キタキツネの特集をしていた。
キタキツネは夏から秋にかけて巣立ちした後、冬の発情期にパートナーを見つけて番になると説明していた。ひょっとするとこの2頭は、そんなひと組なのかもしれない。
「――オン!」
さらにもう一度鳴いて、こちらを見つめる狐。
『キュウ~?』
ベルが訝しむように一声鳴いた。
「うん、わかってる。むやみに助けるのがいいわけじゃない、ってことは」
手を差し伸べたい気持ちをぐっとこらえる。
昔、父と一緒に山に行ったときのこと。
鳥のヒナが巣から落ちていた。地面でピーピー鳴くヒナがかわいそうで、
幼いリオンは父に巣へ戻してあげるよう頼んだ。
だが、そもそも弱くなった生き物は別の獣の大事な食事になる。
厳しいようだが、それが自然の営みなのだ、と大好きな父が教えてくれた。
その時は身を切る思いで、ヒナの鳴き声に背を向けたのだ。
でも。
「―うん。わたし、助けたい。ベル、力貸してくれる?」
『キュウ・・・キュウキュウ!』
「ありがとう、ベル!」
荷物を降ろすと、リオンは1枚のフォーリナーカードを天にかざす。
「ゲートアクセス! テトラヘヴン!!」
光が輝き、ゲートが開く。
異世界の光の中、ベルは本来の姿―青い毛並みの聖獣の姿を取り戻す。
「お願いね、ベル!」
『まったく、貴女は困らせてくれますね』
言葉とは裏腹に、ちょっと嬉しそうな口調で聖獣が答える。
『リーニャとそっくり。あの男とも……』
「え? あの男……?」
『貴女を城に連れ帰った後、あの男はこっそり戻ってヒナを巣に戻したんですよ』
「……パパ!?」
『自然の摂理は守るべき理でしょう。ですが、貴女のその思いもまた尊いものなのです』
「うん! ――ロジックドライブ!」
リオンを中心に暖かな光が降り注ぎ、傷ついた狐を優しく抱きしめた。
天気は良くて、空気も澄んでいて。
ちょっと寒いけど凍えるほどではなくて。
日が落ちかける夕暮れの日差しはとてもきれいで。
お魚はいっぱい獲れたし、きっと友達も喜んでくれる―
疲れすらも心地よく、リオンは笑顔で歌を口ずさむ。
狐が助かってよかった。でも、考えるのは続けようと思う。
いつも先生たちが言っている。
人を超えた力を持つわたしたちは、その力の使い方を学び、考えていかなければならない。
これからも、ずっと。
―大変そうだけど、多分楽しいこともいっぱいあるんだと思う。
だって、言ってる先生たちは、なんだかんだいっても楽しそうだから。
『キュウキュウ!』
「―うん、みんな待ってるね。帰ろう!」
みんなの待つ白樺寮へと足を向ける。
そんな、とある冬の休日だった。