ニーナ&アモル
命令に従い、ALCAの支局を離れ、ピラリ学園に入学してきたニーナ。
教室に集まったニーナたち新入生に、副担任の藤崎が早速クラスのカリキュラムについて
丁寧に説明をしてくれている。
―が。
失礼な事とは思いながら、藤崎の声はニーナの頭の中を上滑りしていく。
心の中の大半は、ずっとひとつの事に占められたままだ。
昨日までは、ALCAの第一線で定理者として人々のために働く自分。
今日からは、ピラリ学園で学ぶ自分。
でも何を学ぶのか?
3人の使者と盟約し、彼女たちと深く心を通わせ信頼の絆を保ってきた自負がある。
それぞれの能力、特性を引き出し、様々な事件を解決してきた実績もある。
その私が、いまさら何を学ぶというのか。
何を学べば、力を証明し、戻ることができるのか。
ずっと考えているが、その答えは出ていなかった。
「ところで、テトラヘヴンの天使サマが、ニーナにぜひ会いたいそうだ。どうする?」
担任の神楽の、そんな唐突な声に引き戻される。
―異世界、テトラヘヴン。
テトラヘヴンと言えば、神や女神、魔神たちが実在する神話の様な世界と聞く。
以前ナイエン区で大事件を起こしたのはそのテトラヘヴンの魔神たちだし、
その時活躍したナイエン支局の先輩定理者たちも、テトラヘヴンの女神たちの力を借りて事件の解決にあたったのだ。
そんな世界の使者と盟約できたら、自分がALCAに戻るための糸口がつかめるかもしれない。
盟約室に入ると、たちまち室内はテトラヘヴンの風景に変わった。
宙に浮かぶ白亜の神殿。事前の知識では知っていたものの、その荘厳さに思わず息をのむ。
すると。はるか天空から、光に透ける6枚の翼を広げ、白銀の鎧に身を包んだ女性が降りてきた。
頭上に輝く大きな光の輪が印象的だ。
『お前がニーナ・アレクサンドロヴナか』
「はい、私です」
相手の名前は聞いていた。テトラヘヴンでも、神々に次ぐ高い地位の大天使だという。
『我はミカエル。天使騎士団の団長を務めている。
我が声に応じてくれたこと、感謝しよう』
「では、貴方が私と盟約したい、と?」
『うん? ちがうぞ?』
どうも話が間違って伝わっているらしい。
『すまん。お前とぜひ盟約したい、というのはこっちだ。ほら、アモルよ、挨拶をせよ』
『は、はい…』
ミカエルの陰でわからなかったが、おずおずと羽ばたきながら現れたのは、ニーナよりも背の小さい、幼く可愛らしい天使の少女、だった。
『わ、わたし、その、あ、アモルと・・いいます・・・』
おじぎのつもりか、頭を下げたまま、うつむいて動かない。
ふわふわの髪から覗く可愛らしい耳が真っ赤に染まっていくのが見える。どうも相当に恥ずかしがりやらしい。
(初めてのタイプだわ・・・)
超然とした自信家で天才肌のエメラダ、傍若無人で天真爛漫なアイシャ、落ち着いていて高貴なリリアナ。
かつて盟約した者たちと全く違う目の前の天使の姿に、ちょっと驚いた。
(いや、というより・・・)
そう、驚いたというより、心配になってしまう。
『こら、アモルよ、ちゃんと自己紹介して、思いを自分で伝えぬか!
それではニーナが困ってしまうだろう』
『あ! ご、ごめんなさい、ごめんなさい・・・』
ますます頭を下げ小さくなってしまうアモルに、思わず助け舟を出してしまう。
「いえ、謝らないでください。緊張しているんですね。
気を楽にして、貴方の話を聞かせてください」
そしてニーナは、アモルのたどたどしい話をゆっくりと聞いていった。
アモルはまだ見習いのキューピッドであること。
この世界、セプトピアへの視察団に手伝いとして随行してきたとき、ニーナの活躍を目撃したこと。
彼女から見た自分は、強くて、綺麗で、かっこよくて、りりしくて―
聞いているこっちも赤くなってしまいそうだが、とにかくそういうこと、らしかった。
『わ、わたし、こんな、何もできない、ダメな天使、だけど・・・
か、変わりたい、そう、変わりたいんです!
わたしも、皆の役に立てるような、
人と人を結ぶ、立派なキューピッドに、なりたいんです!だから、だから、そのぅ・・・』
「だから?」
『う、ううう・・・』
次の言葉を、ニーナもミカエルも急かしはしなかった。
ただ待った。
この言葉ばかりは、アモルが自分で伝えなければならない。
『私の、盟約者に、なってください!』
正直なことを言うと、最初にアモルが盟約を希望していると聞いて、落胆とまでいかなくても
(どうなんだろう?)と思ったのは確かだ。
ALCAに復帰するために、自分の強さを証明する。
そのためには、強い使者と盟約した方がいい。
(―でも。
もしそうだとするなら、エメラダやアイシャ、リリアナが弱かった、ということ?
そんなことはない。そんなことは認められない。
私、ニーナ・アレクサンドロヴナの誇りにかけて)
アモルはついに顔をあげて、まっすぐニーナと目を合わせた。
今にも泣きだしそうに目が潤んでいるが、しっかりと、目を合わせた。
今までの盟約者たちは、いつも自分を引っ張ってくれる存在だった。
しかし今度は私が、この幼い天使の手を引いて共に歩くことができたなら。
―私がちゃんと一人前の定理者であると、証明できるかも?
後にニーナはちょっと反省してこの時のことを語る。
少々、打算がありましたね、と。
「いいわアモルさん。私と盟約しましょう」
小さなキューピッドの小さな勇気。
それが大きな力となって、ニーナを助けていくようになるのに、それほど時間はいらなかった。































































