戦闘はティー・タイムのあとで
午後のティー・タイム。
その時間は必ず、ニーナの部屋から優雅なクラシックが漏れ聴こえてくる。
お気に入りのスコーンやケーキをティー・スタンドに載せ、
その日の気分で茶葉を選び紅茶を淹れて飲むのがニーナは好きだ。
お茶の相手は、盟約者のリリアナ。
この日、リリアナは『申し訳ありません』とはにかみながら少し遅れてやってきた。
ニーナはリリアナの遅刻をまったく気にする素振りもなく、
「ちょうど蒸らし終わったところです」
と微笑み返した。
ところが、リリアナが抱えていた鞄から次々と小瓶を取り出して、
テーブルの上に置き始めると、さすがにニーナも少し驚いて目を丸くした。
「これは?」
『ハチミツです』
リリアナが町を散策していたところ、ハチミツの専門店を見つけて購入したというのだ。
『お店の人が紅茶にもとても合うというので、試してみたくなったんです』
「……けど、少し多すぎません?どうしてこんなに沢山……」
テーブルに置かれたハチミツ入りの小瓶はなんと16個。ニーナが戸惑うのも頷ける。
『ハチミツはお花の種類によって味が違うんですよ』
「お花?」
レンゲ、アカシア、トチ、みかん花、コーヒー花、マヌカ、タイム、ローズマリー、
ラベンダー、リンゴ花、クリ、ソバ、菩提樹、ナタネ、クローバー……
よく見ると、リリアナが置いた小瓶は、花の種類ごとにラベルされていた。
『私のお気に入りは、みかん花のハチミツです』
そう言って、リリアナは淹れ立ての紅茶にたっぷりとハチミツを入れた。
「……少し入れすぎではないでしょうか?」
紅茶の味そのものを愛するニーナは、不安そうに眉をひそめる。
『一口どうぞ』
リリアナに勧められるまま、ニーナは恐る恐るハチミツ入りの紅茶に口をつける。
「……美味しい!」
ニーナは、驚いて頬を紅く染めた。
「では、このお花の味はどうかしら?」
それからのニーナは、紅茶を淹れては別の種類のハチミツを試すを繰り返した。
ニーナが気に入ってくれてリリアナは満足そうだ。
『この時間がずっと続いてほしいですね……』
リリアナはそうつぶやいた。
彼女が愛する平和が、この午後のティー・タイムに詰まっているようなそんな気がした。
だが、リリアナの思いとは裏腹に、警報が鳴り、平和な時間は終わりを告げる。
緊急出撃し、現場へと向かうニーナとリリアナ。
『何故、争いが絶えないのでしょう……』
リリアナは悲しそうにポツリとつぶやいた。
「だからこそ、私たちが止めなければならないんです」
ニーナはリリアナの悲しみを察しながらも、背中を押すように力強く話しかけた。
リリアナも悲しみを押し殺し力強く頷く。
現場の公園では、護送車が襲われ凶悪犯たちが3体の使者にトランスジャックされていた。
「ALCAの者です。これ以上の傍若無人は許しません」
リリアナとトランスしたニーナは、百合の花の長杖を振るい、使者たちの前に立ちはだかる。
公園の花壇のあった場所は、使者たちによってすでに破壊されていた。
それを見たリリアナは、悲しみをいっそう駆り立てる。
『……まずは、言葉で』
振り絞って出したリリアナの言葉に、ニーナは頷く。
「無駄な抵抗はやめてください。私たちは、できれば争いたくはありません。
速やかにトランスジャックを解除し、出頭していただけませんか?」
だが、ニーナたちの耳に入ったのは、あざけ笑う使者たちの声だった。
凶悪犯の邪悪なココロを知った使者たちには、ニーナの声は届かなかった。
『無駄な抵抗をやめる? つまらん』
『こいつらのココロ…面白い……』
『俺たちはもっと暴れたいんだ』
かつてトリトミーで軍事用の機械だった使者たちは、ニーナの数倍はあろうかという巨体揃いだ。
ニーナを見下ろしながら、にじり寄ってくる。
そんな使者たちが相手でも、ニーナは怯むことなく続けた。
「……できれば、あなたたちと戦いたくはないんです。どうでしょう?
こんな争いはやめて、ご一緒に午後のお茶でもいかがです?」
使者たちの嘲笑がこだました。
『バカか!? やれるものならやってみろ!!』
使者たちは聞く耳を持たず、一気に襲い掛かってきた。
『……仕方ありません』
リリアナは溜息を吐いた。
「……そうですね」
そう言ってニーナは百合の長杖を高く掲げた。
「ロジックドライブ、花園の祝福」
その瞬間、いくつもの花びらが宙を舞い、甘い花の香りが辺りを包み込んだ。
使者たちは立ち止まり、邪悪に歪んでいた顔が弛緩していった。
その手から武器の類がするりと離れ、崩れるように跪いていく。
そして一人、また一人と倒れていった。
『これが……こいつの力なのか……!』
ニーナたちの恐るべき実力に気づいた時にはもう遅かった。
使者たちは戦闘意欲を失い、平和で心地よい気分を感じながら、眠りについていったのだ。
すべてが終わり、ニーナとリリアナはトランスを解除する。
2人は、幸福そうに眠る使者たちを見つめ、憐れみながらつぶやいた。
「これで、心を入れ替えてくれると良いのですが……」
『ええ……きっと大丈夫ですよ』
ニーナとリリアナはギュッと手を握り合い、そう願うのだった。
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